八百二十一話 主力vs主力・決着
「やれ、娘よ!」
「はい……。"神の霆"……」
アフロディーテがリヤンに命を下し、それに従うリヤンがライたち三人に向けて霆を放出した。
周囲には凄まじい轟音と共に雷撃が広がり、白亜の道と周囲の建物がその余波で切断されるように崩れ落ちる。
「させるか!」
そしてそれに対してライが拳を放ち、神の力からなる霆を粉砕した。それと同時にレイ、エマ、フォンセの三人がリヤンとアフロディーテの二人に向けて駆け出す。
「リヤンを戻すには……アフロディーテ! 貴女を切り伏せる!」
「私はリヤンの足止めをするとしよう。アフロディーテが近くに居るからな。直視せぬよう気を付けなければ」
「それなら私はライたちのサポートをしつつ二人を相手にする。まあライとレイが女神を相手取るなら私はリヤンが中心になりそうだ。後は任せた!」
ライとレイはアフロディーテの元に。エマはリヤンの元に。フォンセがサポート役としてリヤンを中心に二人から少し離れた場所に。
各々が互いの相手を迅速に決め、その瞬間にもライは既にアフロディーテへ拳を放っていた。
「お主は話し合わなくて良いのか?」
「ああ。元々アンタと戦っていたからな。レイたちも分かってくれている」
「信用し合っているという事か。下らんな」
光の速度で放たれた拳は、ライの周りにある空気へ反射の力を作用させて躱す。今回は正面からの一撃だけだったので今までのように避けられてしまったようだ。
しかしライにも考えがある。レイたちの話を聞いていない訳ではないので、自分が正面から真っ直ぐ攻めても大丈夫だと判断したのだ。
「やあ!」
「そういう事か……!」
避けた方向にはレイが勇者の剣を翳しており、次の刹那に振り下ろした。
アフロディーテは咄嗟に避け、レイの腹部に光弾を近付ける。
「よっと!」
「……!」
そんなアフロディーテの腕に向け、片足で弾き飛ばすライ。
弾かれた腕は狙いの方向とは別方向である天空を向き、放とうとしていた光弾は上空にて破裂した。
「チィッ……!」
「わわ……!」
「レイ!」
それを見た瞬間、アフロディーテは再び身体の周りに反射の力を展開。ライは無事だが勇者の剣以外に無効化する力は使えないレイが飛ばされてしまった。
しかしライはレイの手を握り、自分の近くに寄せて腕を引く。レイを庇うように前へ出てアフロディーテに向けて蹴りを放った。
「そら!」
「……ッ!」
それによって蹴り飛ばされたアフロディーテは吹き飛び、一つの建物を倒壊させる。今回は全く力を入れておらず、ライは一先ずレイが飛ばされるのを防いだだけである。
ライはレイの方に視線を向けて言葉を続ける。
「大丈夫か、レイ? アフロディーテは光と反射の力を使うんだ。気を付けてくれ」
「う、うん……あ、ありがとう……」
ライは注意を促したが、ライに抱き寄せられる形となっているレイは赤面して頷き、名残惜しそうにライから離れる。
そのやり取りの間にも天空には光弾が漂っており、二人は即座に構え直した。
「飛ばされる瞬間に形成していたみたいだな。抜け目がない女神様だ」
「そうみたいだね。やっぱり幹部らしいや」
光弾を見つけた瞬間にライが拳圧を放ち、レイが斬撃を飛ばす。それきよって光弾はその場で破裂し、目映い閃光が周囲を包み込んだ。
「目眩ましも兼ねての光みたいだ」
「うん。けど、アフロディーテから視線は離さないよ」
それには攻撃以外にも目眩ましの役割があったようだが、それくらいで怯むライたちではない。エマとフォンセも同じ様子らしくリヤンと戦っており、ライとレイは先程吹き飛ばしたアフロディーテの気配を追う。
「そこか!」
「……っ。もうバレてしもうたか……!」
そして見つけたその瞬間、足元に広がる瓦礫を蹴り上げてアフロディーテへ弾丸のように飛ばす。
気付かれた事を指摘したアフロディーテはそのまま反射の力を纏い、弾丸のような瓦礫を全て防いだ。
「行くぞ!」
「私も!」
「……っ。厄介よの……!」
反射の力を展開したのを見届け、それが消え去るよりも前にライとレイが加速してアフロディーテの眼前に迫る。アフロディーテは瓦礫を反射させて飛ばし、ついでに光弾も放って二人を牽制。しかしライは正面から砕いて直進し、レイは全てを躱し、もしくは切り防いで足止めされる事無く距離を詰め寄った。
「オラァ!」
「やあ!」
「……!」
そしてライが拳を、レイが勇者の剣を振るったその瞬間──
「…………」
「「……!?」」
「……!」
──リヤンが瞬間移動を用いて姿を現し、アフロディーテを庇うようにライたちの前へ立ち塞がった。
ライとレイは瞬時に動きを止めて衝撃を逃がし、周囲の建物を粉砕するもリヤンは傷付けぬよう自分たちの攻撃を逸らした。
「瞬間移動……! 私の知る力なら"テレポート"か不可視の移動術か……! 油断していた!」
「ライ! レイ!」
リヤンの姿が自分たちの前から消え去った事により、エマとフォンセがライとレイへ声を張り上げて告げる。その瞬間にもリヤンは神の力を纏っていた。
「"神の爆発"……」
「レイ、下がっていろ!」
「う、うん!」
エマとフォンセの声が聞こえたのかどうか。そんな事を考える間もなく放たれた神の力からなる爆発。ライはレイを押し退けるように自分の背後に回し、爆発が巻き起こると同時に拳を打ち付けた。
その一撃によってリヤンとライ、レイの間には巨大な爆発が生じ、"フィーリア・カロス"の街は粉塵に包まれる。
リヤンの放った爆発は中々の威力ではあるが、その威力もあってそれを近くで見ていたレイの心境はそんな様子が無かった。
「嘘……たったこれだけ……?」
──それは、あまりにも小さ過ぎるその威力について。
ライの力は言わずもがな、なのでそれは置いといても良い事なのだが、リヤンは確かに神の力を使っていた。なので今の状況はおかしな事である。
何故なら神の力は、今現在リヤンが操られている事で本来より圧倒的に劣っていたとしても惑星や恒星を砕く事が出来、超新星爆発に匹敵する力。
そんな二つの力がぶつかり合い、この星がまだ形を残している事。街一つすら吹き飛ばなかった事。あまりにもおかし過ぎるそれらに対しての疑問だった。
「ライ。今の力……相殺したの……?」
「うん? ああ、そうだな。たった今リヤンの力を相殺したよ。だからこの程度の破壊に留まったんだ」
思わず訊ねてしまうレイだが、それも仕方の無い疑問。なのでライは何でもないように返した。
一方で、爆発が掻き消されたリヤンとあの攻撃でもダメージを与えられなかった事の歯噛みするアフロディーテ。まだ粉塵は消え去っていないが、確かに四人は向かい合う形で態勢を保っていた。
「けど、流石リヤンだ。今の爆発を受けた拳は少しヒリヒリするよ」
「フム……妾の攻撃では全く動じなかったというのに。頼もしいと同時に妬ましいのう」
拳に伝わるヒリヒリとした鈍痛。ライの拳は爆発の熱と衝撃によって少しばかりダメージを負っており、それを見たアフロディーテがリヤンの事を頼もしく思いながらも自分の全力でも無傷。もしくは全力でようやく鈍痛だったライに多少のダメージを負わせた事へ妬みを感じていた。同じ鈍痛でも、全力と簡単な一撃では差があるものだ。
だが、有効的な方法である以上、それを無下にはしない。
「まあいい。攻撃手段があるならそれに甘んじるのみよ。お主が主要となれ」
「はい……"神の威圧"」
アフロディーテの命令に従い、ライたち。主にライの相手を承ったリヤンは即座に行動へ移り、神の力からなる威圧。目に見える衝撃波を放った。
その衝撃波は"フィーリア・カロス"を駆け抜け、一瞬にしてライたちの元に迫る。既に周囲の建物は崩壊しており、その衝撃波のみが迫っていた。
「これくらいなら……」
その衝撃波に向け、ライは拳を打ち付けて正面から粉砕した。
周りは崩壊しているがライから背後に掛けては無傷であり、変わらぬ美しい街が広がっていた。
「今!」
「……!」
次の瞬間、ライの背後から飛び出したレイがリヤンに向けて勇者の剣の鞘を振り下ろす。攻撃によって少し止まっていた事も相まり、レイの鞘はリヤンの頭に直撃した。
それと同時に更なる力を込め、その場で勢いを付けて叩き付ける。
「ごめん……! ……やあ!」
「……ッ!」
次の瞬間、リヤンが頭から倒れ込むように白亜の道に激突した。
それによって白亜の粉塵が舞い上がり、脳震盪でも起きたのかリヤンの身体が一時的に停止する。
「チッ……来い、娘!」
「リヤン!」
それを見たアフロディーテは迅速に行動を起こし、反射の力を用いてリヤンの身体を持ち上げた。そのまま自分の元に引き寄せ、小さな反射の力で脳に刺激を与えて脳震盪の状態から戻す。
「既に妾も攻撃は出し尽くしておるからな……娘の力も無効化されるとなると、不本意だが、互いに合わせて嗾けるか」
「はい……。仰せのままに……」
命令を下し、二人は力を込める。既にアフロディーテは力の大半を見せたらしく、リヤンの技に重ねるしかないと判断したのだろう。
二人を前にライは力を込め、レイたちを後ろに下げた。
「アフロディーテは兎も角、リヤンの力はマズイ。三人は下がっていてくれ!」
「う、うん!」
「ああ、分かった!」
「任せたぞ、ライ!」
魔王の力を七割程纏い、ライの片腕が漆黒に染まる。アフロディーテだけなら五割くらいで良いのだが、リヤンも居るとなるとこれくらいは使わなくてはならないだろう。
「──"黄金惑星の爆発"!」
「──"神の粛清"……」
そして放たれた、反射の力で流転する光の爆発と神の力から形成された世界を焼き尽くす霆。
リヤンとアフロディーテ。二つの神の力が合わさり、通常よりも遥かに劣るリヤンの力も半分程の威力に到達していた。
「フォンセ! 周りを防げるか!」
「ああ! "魔王の防壁"!」
これでは余波が凄まじいものとなる。アフロディーテはどうしても決着を付けたいのか、周りの事を気に掛けず放ったのだ。
だからこそ正面から受け止めるよりも前にライはフォンセに指示を出して余波を抑える防壁を頼み、魔王の力からなる防壁が造り出された。城よりも守りを優先したこれなら超新星爆発の数倍の威力であってもこの星が傾く程度に抑えられるだろう。
「んじゃ……目を覚ましてくれよ、リヤン!」
「「…………!」」
魔王の七割に加えてライ自身の八割を合わせ、ライは二つの神の力に拳を打ち付けた。
次の瞬間、周囲は目映い光に飲み込まれた。そして完全に飲み込まれる前に──アフロディーテの身に付けている宝帯が砕けたの様子が視界に映り込んだ。
*****
「……ン! ……ヤン! ……リヤン! リヤン!」
「……?」
──微睡みの中に聞こえる一つの呼び声。リヤンはそれを追って行くと、次第に視界が開けた。
「…………ライ……?」
「あ、気付いたみたい!」
リヤン、アフロディーテとライの衝突により、瓦礫も残らぬ更地となった"フィーリア・カロス"にて、少しばかり身体を負傷したリヤンが目を覚ました。
リヤンの視界にはレイの安堵する顔が映り込み、ライ、エマ、フォンセと視線を合わせて行く。
「……。……私……もしかしてライたちと……」
「大丈夫だ、気にするな」
リヤンが続けようとした言葉を遮るようにライは言葉を挟んだ。
ライたちを傷付けたと知ればリヤンはショックを受けるかもしれない。リヤンが優しいからこそその可能性は高いのだ。最後の一撃で片腕がそれなりに負傷したが既にその治療も終えており、終わった事に対して心配は掛けたくないのだろう。
「ああそれと、この街の幹部は美の女神アフロディーテだった。けど、もう決着は付いたよ」
「……。本当だ……美人さんが倒れている……けど……私……何も出来なかった……」
アフロディーテとの決着は付いた。なので万事は解決しているのだが、リヤンは自分が操られてしまったばかりに何も出来なかった事を気にしている様子だった。
そんなリヤンの肩に手を置き、エマが話し掛けた。
「ふふ、気にするな。……私も最後に少し参加しただけだからな。そう気を落とす事は無いさ」
「……」
今回に置いて、エマとリヤンは立場が似ている。なのでエマだからこそ、力になれなかった事に思うところはあるのだろう。
何はともあれ、これにて"フィーリア・カロス"での戦闘は終わりを迎えた。ライ、レイ、フォンセと操られていたエマ、リヤン。そして操った張本人にしてこの街の幹部であるアフロディーテの戦闘。それはライたちの勝利で決着が付くのだった。