八百二十話 主力vs主力
「取り敢えず、リヤンの動きを止める事優先だな」
「うん!」
「ああ!」
一先ずフォンセはレイに治療を施し、三人は改めてリヤンに向き直る。
治療の時も動き出さなかったのは人数の把握と能力を確認していたからだろう。新たに仕留めるべき対象が増えたからこそ、その情報を整理していたようだ。
それも催眠の作用のようだが、まるで機械にでもなっているような感覚だった。
「力は抑えつつ……"魔王の炎"!」
「"神の水"……」
そして同時に放たれた、魔王の魔術と神の力。それら二つは相殺し合い、濃霧のような水蒸気を周囲に散らした。
神と魔王の力を使えば余波で街や世界が崩壊する可能性は高い。しかし範囲を狭め威力を抑える事でその余波を減らしているのだ。
「私は防衛に回る。レイとエマでリヤンの動きを止めてくれ!」
「了解!」
「分かった!」
それでも今回のように上手く行くばかりではない事はフォンセが一番分かっている。なので主な攻撃はレイとエマに任せ、フォンセはリヤンの攻撃を防ぐサポートのような役割に回るらしい。
確かに鞘で攻めているレイと天候を操る時以外は比較的範囲が狭いエマなら適役だろう。二人は即答で返し、左右から挟み込むようにリヤンの元に近寄った。
「やあ!」
「はあ!」
「……」
レイが勇者の剣の鞘を振るい、エマがヴァンパイアの怪力で攻める。対するリヤンは肉体を強化して二人の腕を握り締め、片足を軸に自身が回転して二人の身体を放り投げた。
「……っ」
「あの力は……ダーク辺りのものか……!」
放られた二人はそのまま地面に叩き付けられるが大したダメージは受けずに立ち上がり、リヤンの様子を窺う。
どうやら複数人を相手にするリヤンは今のような技で相手の距離を置かせるように戦うらしい。確かに遠距離から仕掛けられるフォンセが居るこの状況、態々隙を作るように二人と正面から戦う必要は無いだろう。合理的な判断だった。
しかしそれならそれでレイとエマにも考えはある。と言っても単純に距離を置かれても更に詰め寄るというモノだが、リヤンの動きを止める事が優先なのでそれが一番だ。
「仕掛けるぞ」
「うん!」
再び二人は駆け出し、リヤンとの距離を詰め寄る。リヤンは魔力を纏って光を形成し、それを一気に放出した。
「"光の球"……」
それは魔族の国"マレカ・アースィマ"幹部の側近、現在はヴァイス達に囚われているであろうラビアの光魔術からなる光球。
それらが一気に放たれ、レイとエマはそれを避ける。建物や白亜の道に着弾すると同時に光の爆発を引き起こし、周囲は目映い光に包まれて街が衝撃波で振動した。
「これくらいなら避けられる」
「もしくは切り伏せられる!」
「そして、私が防ぐ事も可能だ。"守護"!」
光球はエマが躱し、レイが切り伏せ、フォンセが防ぐ。対処法は様々だがレイたち三人には一つも当たらず、瞬く間にレイとエマがリヤンとの距離を詰め寄った。
「今度は掴まれないよ!」
「同じく!」
「……」
先程よりも速度を上げて鞘を振るい、エマも高速で拳を放つ。リヤンはそれらを見切って躱し、片手に風を集めて圧縮した。
「…………」
「これは……私の技か……!」
「普通の超能力で再現したみたい……!」
"サイコキネシス"。もとい、"エアロキネシス"を用いて再現したエマの天候術。リヤンはそれを左右に放つ事で暴風を引き起こし、左右にある建物を粉砕して吹き飛ばした。
そう、吹き飛んだのは建物だけ。レイとエマはそれも避けており、リヤンを狙って次の行動に移っていた。
「流石の動体視力だな。先程から仕掛け切れない」
「うん……! 私たちは二人になっていてフォンセがサポートしているのに……一向に進展しない……!」
一番攻撃を受ける可能性のある正面からはエマ。背後からはレイが接近しており、二人は同時に先程のような力業を放った。リヤンは跳躍してそれらを躱し、魔族の国"ラマーディ・アルド"支配者の側近ウラヌスの扱う重力魔術を用いて二人の身体を重くした。
「"重力"……」
「「……っ」」
一気に降り掛かった重力によって二人は膝を着き、白亜の道にはクレーターが形成されて徐々に広がりを見せる。
周りを見ての通り既に生き物は拉げている領域に踏み込んでおり、二人にも着実にダメージが及んでいた。しかしそれを見過ごすフォンセではなく、フォンセは既に行動を開始していた。
「"終わりの風"!」
「「……! 」」
「…………」
重力を超えるように禁断の魔術からなる風魔術を放ち、二人の身体を吹き飛ばして重力の範囲から押し出す。それによってレイとエマは浮き上がり、重力から逃れられた。
「ありがとう、フォンセ!」
「すまない!」
「気にするな。私はサポート役だからな。今のような私のやり方で戦うとするさ」
サポート役の行うべき事は戦いやすい環境を作り出す事。援護射撃なども行うが、リヤンをなるべく傷付けぬ為にも今のような手助けなどのやり方が一番適切なのだ。
礼を言った二人は再度駆け出し、着地したリヤンに向けて嗾けた。
「"破壊"……」
「やあ!」
対するリヤンは両手から破壊魔術を繰り出し、レイとエマの居る空間諸とも全てを破壊する。しかしレイが破壊という概念を切り裂き、空間が完全に砕け散るよりも前に切り捨てる。同時にエマが踏み込み、霧となって姿を消し去りリヤンの死角から回し蹴りを放った。
「そこだ!」
「……!」
蹴られたリヤンは吹き飛び、転がるように白亜の地面に倒れ伏せる。そこにフォンセが狙いを定め、リヤンに向けて片手を翳した。
「"多重の箱"!」
「……!」
それと同時にリヤンの上下左右の全方向に箱を作り出し、連続して重ねる。箱はそれを数十回繰り返し、多重の魔力が積み重なった魔力の強固な箱が形成された。
「最後だ。"魔王の箱"!」
そして駄目押しのように新たな箱、魔王の力からなる箱を一つ重ね、リヤンを完全に封じ込める箱が完成した。箱の中からは何一つ物音が聞こえない。フォンセは呟くように話す。
「後々の解除が面倒だから本気ではないが、超新星爆発くらいでは傷が付かず、音すら閉じ込める強度を誇る箱だ。正気に戻るまでそこに居てくれ、リヤン」
声は聞こえていないだろう。なので自己満足のようなものだが声を掛けて箱に近寄る。同時にレイとエマも近寄り、超新星爆発ですら傷一つ付かず音をも閉じ込めるという漆黒の箱に視線を向けた。
「閉じ込めたんだね。これで終わるかな?」
「さあ、どうだろうな。それは私にも分からない。リヤンの……神の力はそれ程のものだからな。例え太陽系全てが消え去る爆発が起こっても形くらいは残るような強度にしたが……如何程のものかはな」
超新星爆発や太陽系破壊規模の攻撃に耐えられる箱。現在のリヤンは神の力も本来より遥かに劣っているが、それでも神の力である事は変わらない。
外壁が魔王の魔力によるものなので"テレポート"などのような移動術でも抜けられない箱ではあるが、現在のリヤンが扱える神の力がどれ程のものか。それが問題だった。
「"神の破壊"……」
「「「…………!?」」」
そして次の瞬間、聞こえる筈の無い。聞こえてはならない声が三人の耳に届き、多重に形成された箱を粉砕した。
三人は驚愕の表情を浮かべるが直ぐ様冷静さを取り戻し、箱の中から姿を現した人影に構える。
「思っていたよりもあっさりと破られてしまったな。……まあ、神の力なら本来は銀河系から宇宙まで砕けるもの……操られている事で力が圧倒的に劣っていたとしても、超新星爆発程度以上の攻撃は出来るか」
「アフロディーテも、街や世界を壊されるのは困るから今までは大した攻撃をしていなかったのかな……まあそれでも星一つは壊れそうになったけど……」
「有り得るな。遠隔操作型の催眠ではないが、予めその様な命令を吹き込めば簡単に行える事だ」
姿を現した者は、無論、リヤン。
太陽系破壊規模や数光年を飲み込む超新星爆発にも耐えられる箱だったのだが、リヤンの前では数秒の時間稼ぎが関の山だったようだ。
神の力からして、本来より力が弱くとも相応の力は秘めているのだろう。
「やれやれ。これは予想以上の難敵だな……味方への攻撃のやりにくさもあるが、それ以上に、ただ純粋にリヤンは強い」
「うん……。けど、ライがアフロディーテを倒すまで耐えきれれば……!」
「まあ、今の状態ではそれが一番だな」
「…………」
レイ、エマ、フォンセ。主力の三人からしても素直に強敵と言えるリヤン。それならば後出来る事はライがこの街の幹部であるアフロディーテを倒すのを待って耐え忍ぶ事だろう。
レイ、エマ、フォンセとリヤンによる戦闘もまだ続くのだった。
*****
「よっと……そら!」
「……っ」
土塊を放り投げ、自身が加速してアフロディーテとの距離を詰めるライ。
アフロディーテは土塊を反射して防ぎ、自身は亜光速で移動してライの拳を躱した。それと同時に無数の光弾を放って光の爆発を引き起こす。
「そう言や、アンタは頑なに自分の手は汚そうとしないな。どんな状況でも光弾か反射の力で弾き飛ばした物体を嗾けてくる」
「フッ、泥臭い争いは妾に似合わんからの。それを行うのは下々の者達だけで十分よ」
「けど、アンタも今は泥臭い格好になっているぞ? 主に俺の所為でだけどな」
「そうだな。それなら妾を汚したお主に責任でも取って貰おうかの?」
「それは結構!」
足元を砕き、複数の土塊を巻き上げる。それと同時に蹴り飛ばし、弾丸のような土塊を用いてアフロディーテを狙った。
それをアフロディーテは反射して返し、ライは正面から来る土塊を砕いて粉砕する。その瞬間に踏み込み、アフロディーテの眼前に迫った。
「……っ」
「光の速度なら効果ありか」
アフロディーテは亜光速で避けようとしたが光速で迫ったライの拳が打ち付けられ、一気に正面から吹き飛んで複数座の山を粉砕する。
アフロディーテの強みである反射の力と光の力は無効化出来るライは、ライ自身の持つ魔王の六割に匹敵する力で圧倒していた。しかし頑なに宝帯は砕かせない事にアフロディーテの意地は感じられる。
「やはり妾だけでは力不足が否めぬな……それなら……!」
「……!」
次の瞬間、アフロディーテはライと逆方向に駆け出し、亜光速で星を一周して"フィーリア・カロス"の街に向かった。それを見たライはアフロディーテの意図に気付き、ハッとして"フィーリア・カロス"に向かう。
「成る程……そういう事か……!」
瞬く間に二人は"フィーリア・カロス"の街に着いており、一足早く辿り着いたアフロディーテは一瞬だけ呆然としていた。
「わ、妾の街に巨大な城が建っておる……。あの者達の誰かの仕業か……! いや、今はそれより目的を優先せねば……気配は此方か!」
呆然としたのは突如として"フィーリア・カロス"の街に現れていた城に対して。しかし目的とやらを優先する為、強い気配の感じる方向に向かってその気配──レイ、エマ、フォンセ、リヤンの元に姿を現した。
「一人は既に正気か……なら……!」
「……! エマ! フォンセ! 避けて!」
「「……!」」
同時に三人へ向けて光弾と瓦礫を放ち、レイが勇者の剣で切り伏せて防ぐ。そのまま背後にある建物が粉砕した。
「やっぱりアンタ、催眠で操った者を使おうって考えているみたいだな」
「ライ!」
「ライ……!」
「ライ」
「よっ。レイ、フォンセ。エマは戻ったみたいで何よりだ。リヤンはまだみたいだな……!」
そのやり取りの横で、アフロディーテに追い付いたライがレイ、エマ、フォンセを庇うように姿を現し、リヤンとアフロディーテに向き直る。
それによってエマが正気に戻った事は分かったが、まだリヤンが戻っていないのも確認して歯噛みする。
「取り敢えず、エマはアフロディーテの宝帯は見ないように気を付けてくれ。彼処が催眠の原因だ」
「分かった。となるとアフロディーテの相手はライたちに任せる事になりそうだ」
「ああ。元々俺が相手をしていたんだ。当たり前さ」
「フッ、舐められたものよ。一人は正気に戻ってしまったようだが……妾達二人で攻めようぞ」
「はい……アフロディーテ様……」
それだけ告げ、ライたちは構え直し、アフロディーテとリヤンも構える。
これにてこの場にライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、アフロディーテ。今人間の国"フィーリア・カロス"の主力が全員揃った。よってこの戦闘も、決着に向けて大きく前進するのだった。