八十一話 "魔法・魔術"披露宴・本の再生
《長らくお待たせ致しました。これより魔法・魔術披露宴を開始致します。今から数分だけ下準備をしますので、各自でやりたい事を今のうちにしておいて下さい》
アナウンスの放送が鳴り、周りの魔族達が一斉に沸き立った。
それ程待ち遠しかったのだろう。熱気に包まれていた会場が更に熱くなる。
周りを見ればその数分だけしかない待ち時間を使い、飲食物などを購入している者達が多かった。
「凄い歓声だな……。そういや、魔法・魔術披露宴って具体的にどういう事をするんだ?」
歓声を上げる人々の様子を見たライは、ふと思い付いたこの事をそれに詳しいであろうアスワドに尋ねる。
それは内容について。魔法・魔術とは四つのエレメントからなる術であり、それを披露するに当たってどのような事を行うか気になったのだ。
「えーとですね……まあ大体はそのままの意味ですが、主に魔法・魔術で観客を楽しませるためのパフォーマンスをするという事です」
「パフォーマンス? 魔法・魔術を使ってって事は……魅せる何かを行うって事か?」
説明するように話す体勢に入って綴るアスワドの言葉を聞き、アスワドに尋ねるライ。アスワドは頷いてそれに返す。
「はい、そう言う事でございます。……四大エレメントってありますよね? その四大エレメント……"炎"・"水"・"風"・"土"のいずれかを組み合わせ、通常とは少し違った魔法・魔術を魅せるという事です」
「違った魔法・魔術……ねえ?」
魔法・魔術で生み出した物質という物は通常よりも強度が高く、直ぐに消えたり無くなったりしない。
つまり、魔法・魔術を使えば水で消えない炎や炎で蒸発しない水といった物を創り上げる事が出来る。
「それらを利用し、自然の炎や水では決して創る事の出来ないような物を創り上げたりします。例えば水や土の中で燃え続ける炎や、風を水で包み込んでシャボン玉のようにしたり……とまあそんなところです。それを行う方々が順番にそういった魔法・魔術を披露し、観客を楽しませるという事ですね」
「成る程……パフォーマンスってのは魔法・魔術を使った曲芸みたいな物……って事ね……。……ハハ、中々面白そうだな」
アスワドの説明を聞き終え、それは中々楽しそうだな。と笑って返すライ。説明が終わると同時に、会場のステージ上へ一つの影が上がってくる。
《えー、ただいま下準備を終えましたので、これより披露宴を本当に開催致します。では皆様、ご清聴……などの気を遣わず大いに盛り上がって下さい!》
その瞬間、ドワッと魔法・魔術披露宴の会場が揺れるほどの歓声が響き渡り、空気をビリビリと刺激する。
そしてステージ上に新たな魔族が増え、司会を除いた五人が立っていた。
《では……始め!》
*****
──"タウィーザ・バラド"、某所。
「お、始まったみたいだぞ」
他の建物に比べ、かなり豪華な建物にて一人の男性がモニターのように魔法・魔術披露宴が写された水を覗き込みながら誰かに言った。
「もう始まったのか!? ち、ちょっと待ってくれ! 俺も気になる……!」
「バカね……時間は待ってくれないわよ? 気になっても早くそこへ行かなきゃ……!」
「冷静にツッコムねェ……言葉の綾みてェなモンだろ? ……つか、お前に何があった?」
そして、それに返す三つの声。その三人もモニターのような水に近付き、それを覗き込む。
「で、今回はどんな魔法・魔術が飛び出るんだろうねェ……?」
「さあ? ……まあ、つまらなくは無いんじゃない? 何時も通りさ」
水を覗き込みながら会話をする二人。こちらの四人も魔法・魔術披露宴を楽しみにしているようだ。
「……っておい、これって……アスワドさんじゃね?」
「「「……え?」」」
そして、一番最初に話した者が訝しげな表情をして他の三人へ尋ねる。
他の三人はその者が指差した方を見、あちゃー。と呆れたような表情で話す。
「また抜け出したのね……あの人……」
「本当に自由人だな……大人しそうな話し方の癖に中々お転婆だからなァ……」
「で、アスワドさん以外にも何人かいるが……さしずめアスワドさんが何かをやらかして助けて貰った……ってところか……」
ハァ……。とため息を吐く四人。この様子を見ると、普どうやらアスワドは普段から落ち着きが無いのだろう。
「……しゃーねー……連れて帰るか……」
「「「だな(ね)」」」
そして最初に水を覗き込んでいた者が提案し、他の三人も頷いて返す。
その瞬間、この場に居た四人の姿が消え、水に写し出されたままの魔法・魔術披露宴の会場だけが残り、辺りには静寂が広がった。
*****
「……へえ? これは凄いな……」
魔法・魔術披露宴は、ライが予想していた物を遥かに上回っており、ライは感嘆のため息を吐く。
ライが予想していた物はアスワドが言ったように水で燃え続ける炎や空中に浮かぶ水の球体。
「水中の炎!」
しかし、実物を目の当たりにするとそんな予想は甘過ぎる物だった。
水の中で燃え続ける炎。確かにそうだが、そんなに単純な物では無く、炎は水の中で『形を変えながら』燃え続けていた。一人が水を創り一人が炎を放出している。
炎を創り出している者は女性のようで、炎を使う為熱いからか肌を多く露出した水着のような衣服を纏っていた。炎を使うなら肌を露出しない服装の方が良いだろうが、余程この炎の扱いに自信があるのだろう。
水を操っているのは男性だ。男性の服装は袖の長い普通の衣服である。水を操る者が水着のような服装を着た方が良いのでは? と疑問が浮かぶ。
そして役者? はさておき、その炎の形は様々な幻獣・魔物を型どっているようだった。
炎が闇夜の"タウィーザ・バラド"を照らし、ポツポツと輝くように燃える様はまるで宝石のようで──紅いルビーやレッドダイヤモンドを彷彿とさせる。
「わー……綺麗……」
それを見ているレイは目を輝かせ、ライのように感嘆のため息を溢す。
レイのみならず、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテ。そしてアスワドもそれに目を奪われていた。
形を変えながら燃え続けるだけならばそれ程でも無いが、その形の生物のように動いており、その色も変わるのだから驚かずにはいられない。
「ふふ……余興はこれくらいだ……!」
そして、その炎を創り出していた女性は杖を大きく振り、魔力を溜め直しつつ次の行動に移る。
「炎の舞踊!」
その刹那、静かに燃え続けていた炎が激しく燃え上がり、蛇のように長く伸びるように水から飛び出して会場を飛び交った。無論の事色も変化し、色とりどりの線が空中に軌跡を描いた。
「なら、俺も行くか……水の舞踊」
その炎に続き、男性の放出した水も炎を追い掛けるように飛び交っている。空中で炎と水がぶつかり合い、混ざりあって水を蒸発させていた。
そしてぶつかる際にあらゆる色の煙が生じ、それによって水蒸気が作り出されて会場を真っ白に包み込んだ。
「「最後よ(だ)!!」」
そして女性と男性が互いに声を出し、杖を飛び交う炎と水に向けて呪文? を発する。
「「大花火!!」」
──刹那、炎と水に色が付き、水蒸気爆発が起こって大きな花火を創り出した。
それと同時に観客の魔族達が一斉に歓声を上げ、地鳴りが起こったかのように会場が揺れた錯覚を覚える。
万雷の拍手が起こる中、声を広げる魔法を使ったアナウンスが会場へ話す。
《まだ披露宴は続きます。皆様はこのまま……》
それはこの披露宴がまだまだ序章だという事に対してのアナウンスだった。
そんな説明を行っている中、ライたちは初見の感想を話し合っている。
「まだ一個目だが、確かに名物ってのも分かる気がするな……。一つ辺り数分って考えりゃ三十分くらいで全てが終わるのか?」
「まあそうですね。三十分くらいで終わるショー? が二、三ヵ月に一度あります。それが今日です」
ライが時間を聞き、それに返すアスワド。どうやら数ヵ月に一度のイベントらしく、たまたま来た日がそうだったライたちは中々の運を持っているようだ。
「でも本当に凄かったね! 魔法・魔術って最近だと戦争とか街の護衛でしか使われていないけど……やっぱり戦い以外でも良い事に使えるんだね!」
レイは魔法・魔術の幅広さに感心したような口振りで話す。
魔法・魔術というものは元々戦闘では無く、薬の調合や怪我・病気の治療、畑を耕したりする為に使われていた。
それが時を隔て、争い事に使われるようになっていったのだ。
本来は人を喜ばせたりするものなので、"タウィーザ・バラド"の祭典? はあながち間違っていないのである。
「まあ、魔法・魔術も武器も……使う者によって変わるからな……。英雄が使えば英雄の技や伝説の武器になり、悪人が使えば悪の技や悪魔の武器となる。……そういう意味ならばこの街の者達は道化師……他人を楽しませる者だな。ふふ……何はともあれこれからも楽しみだ」
レイの言葉に返すよう話すエマ。エマもこの公演を楽しんでいるようだ。レイやエマだけでは無く、無論の事フォンセたちも楽しんでいた。特にフォンセは、魔術の使い方を更に知る事が出来る利点もあるので勉強になるのだろう。
「見つけたぞ……アスワドさん……」
──すると、突然こちらに話し掛けてくる者の声が背後から聞こえてきた。
今いる場所は中々の高さを誇っている。普通は背後から声が掛かるなどあり得ないが、"タウィーザ・バラド"は魔法・魔術の街。空を飛ぶ事など誰にでも容易に出来るのだ。それはさておき、その声の方向へ振り向くライ。
「……アンタ……誰だ? ……"見つけたぞアスワドさん"……って事は……側近か何か?」
「いや、お前が誰だよ……。……まあそれはいいか。……ああそうだ。俺は"タウィーザ・バラド"幹部アスワドの側近……名は『ナール』」
ライに聞かれ、自己紹介をするナール。
そんなナールはライが誰か分からないので一瞬怪訝そうな顔をするが直ぐに戻した。
「で、私が『マイ』。ナールと同じアスワドさんの側近よ」
「俺が『ハワー』で」
「俺が『ラムル』。まあ、よろしく」
そして、ナールに続いて自己紹介をするマイとハワー、ラムル。警戒せずに自己紹介をした様子を見ると、ライたちを普通の客人として扱ってくれているようだ。
「皆さん……もうバレてしまいましたか……やはり一筋縄では抜け出せませんね……」
「当たり前だ。貴女は幹部なんだから……まあ、ただ外出するなら良いとして、魔法を使って姿を変えたり、しょっちゅう抜け出すような真似をするのが問題だ」
ナールに言われ、観念したような表情のアスワドはため息を吐き、ライたちの方を向いて話す。
「という訳です……残念ながら幹部の身である限り、自由に行動するにしてもそれなりにやる事を終わらせなければなりません。なので私はこれで失礼致します」
ペコリ、と頭を下げてその場を後にしようとするアスワド。
そんなアスワドや帰ろうとしているナール、マイ、ハワー、ラムルにライが尋ねるように言う。
「……なあ、別に良いんじゃないか? 部外者の俺が言うのも何だが、数ヵ月に一度の祭典なんだろ? 少しくらい大丈夫じゃないのか?」
それは少しなら自由に行動しても良いのではないかという事。幹部の仕事とやらがどんな物かを知らないライだが、束縛されていると逆に物事が上手く進まないと考えたからである。
それを聞いたナールはライに近付き、言葉を発する。
「……確かにその言い分には一理ある。……が、それは働き詰めの奴なら……だ。……残念ながらうちの幹部はサボり癖が酷くてな……何度も抜け出して何度も俺たちに迷惑を掛ける……苦労しているんだ。俺たちも……」
ハァ……とため息を吐いて頭を掻きながら気苦労を話すナール。その様子を見る限り、かなりアスワドに困らされているのが窺えた。その言葉にライは苦笑を浮かべて返す。
「あー、成る程……。それなら仕方無いかもな……確かに苦労しているんだな……。普段から自由を奪われているなら擁護出来るが……普段から自由なら擁護出来ないな。うん」
「そんなぁ……」
ナールの様子からアスワドは本当に自由人という事が窺えたライは同情するようにナールへ話した。アスワドは肩を落とす。
「じゃ、もう少し楽しんでいてくれ。資金はアスワドさんから出す」
「えぇ!?」
それだけ言い、移動魔法か移動魔術でその場から姿を消すアスワド、ナール、マイ、ハワー、ラムル。
「アハハ、何処の国でもある程度苦労があるんだね……」
「ふふ……いずれは私たちも苦労しなくてはならないからな……今のうちに自由を楽しもうじゃないか」
一連の流れを見ていたレイとエマが会話する。エマが言っている苦労とは、世界征服を成功させた暁にしなければならない世界の管理の事だろう。
そんな事を話しているうちに新たな魔族が出て来て、興行が再開される。
「まあそうだな。今の俺たちもこの休息を楽しむか」
こうして、この興行の続きを楽しむライたちだった。
*****
──翌日、"タウィーザ・バラド"大樹の図書館。
昨晩の興行を見終え、エマ、フォンセ、リヤンは見つけた図書館に居た。
昨日行った残りのショーは"土"魔法・魔術で石像のような物を造ったり、"風"魔法・魔術でその石像を操って生きているように見せたりと、他にも様々な催し物が行われた。
そして、今は他の魔族達が少ない朝の図書館でエマたちはリヤンの家で見つけた本を調べている。
「……よし、この本を再生させるぞ……」
「……うん」
「よかろう……」
フォンセが本に手を翳し、エマとリヤンが少し距離を置いてそれを眺める。二人が距離を置く理由は何が起こるか分からないのと、フォンセの集中力を切らさない為だ。
何かあってからでは意味が無い。なのでそれを行うにしても警戒する必要があるのである。
「……ハァッ!」
刹那、フォンセは本に向けて魔力を当てる。フォンセの魔力に当てられた本は、みるみるうちにボロボロだった部分が繋がり、その下にあったであろう文字が浮かび上がる。
「……ッ、やはり慣れない魔術は使う物じゃない……な……ッ!」
しかし、物を再生させる魔術というものは莫大な労力を消費する為、魔術師であるフォンセも苦労しているようだ。
その本は完全に再生する事無く、フォンセの額には大量の汗が掻かれていた。
「エマ……リヤン……すまないが……何か魔力を高める物を探して来てくれないか……? 魔法・魔術の街にある図書館なら何かしらある筈だから……!」
魔術を放出しつつ、冷や汗を流しながらエマとリヤンへ話すフォンセ。
先程も述べたように、終わってしまった物を復活させる魔術はそれ程の労力を消費するのだ。
全てのエレメントを使えるフォンセであっても例外では無く、下手したら数日間動けなくなる可能性もある。だからこそ何か力を溜めるモノを要請したのだろう。
「分かった、取り敢えず何かを探そう」
「わ、私も……私も自分の魔術で……!」
そしてエマが図書館の中を見渡して駆け出し、リヤンがいつぞやにイフリートから教わった? 授かった? 魔術の力を使って手助けを行う。
「えーと……、……やあ……!!」
イフリートの力を使えるようになってから僅か二日しか経っていないが、魔術の使い方をある程度理解したのかフォンセへ魔力を与える事も出来るようだ。
魔力を持っているかは分からないが、フォンセに向けて魔力を放出するリヤン。
「……リヤン。やはり魔術を扱う事が出来ている……有り難いがその理由はそのうち詳しく教えて貰うぞ?」
「ハハ……何時か……。……ね……」
フォンセは自分に力を貸してくれるリヤンに向け、笑顔を浮かべながら話す。
リヤンは神の子孫である事を告げて良いものか悩むが、いずれは必ず話そうと胸に誓った。
「オイ、役に立ちそうな物を見つけたぞ。……だが……」
すると、エマがフォンセとリヤンの元に戻ってくる。その手には分厚い本のような物を持っていた。
「エマ……その本は……?」
「ああ、この本はどうやら様々な魔法・魔術が書かれているようでな……。魔力を補給出来るような物は無かったが、魔術師のフォンセならばもしやと考えてな……」
フォンセは本を持っているエマに尋ね、それに返すエマはパラパラと分厚い本のページを捲っていた。そして一つのページでそれを止める。
「……これだ。このページには再生魔術が書いてある。……だが、ちとその魔術は普通では無いようでな……何だか禍々しいモノを感じる……。……一応持ってきたがリヤンもいる事だし、必要ないとあらば元あった場所に戻そう……」
そのページには強力な再生魔術が書いてあるらしく、念の為に持ってきたらしい。
しかし良い物では無いと見たエマはフォンセに使わなくとも良いと言う。確かに失敗してしまえば代償は大きいだろう。
そんなフォンセの答えは──
「じゃあ使わせて貰う」
──無論、使わないという選択肢は無かった。
「……そうか」
その言葉に対して何も言うまいとエマは静かに了承し、フォンセに魔術書を託す。
「……これか……」
その本は開いた状態でフォンセの目に見える場所へ置かれる。
フォンセは集中力を高め、その本に書かれている言葉を言い放った。
「"───・────"!!」
刹那、フォンセの掌から大量の『黒い光』が放出し、リヤンの家にあった本を包み込む。例えるならそう、ライを包み込む魔王の放つよつな漆黒の渦。そんな光だ。
「「「……………………!!!!?」」」
エマ、フォンセ、リヤンはその光に包み込まれ、図書館全体が黒く染まる。次の瞬間、図書館は黒い光の爆発に包まれた。
*****
「……大丈夫か……? フォンセ……リヤン……」
黒い光が晴れ、視界が明るくなる。光が爆発するとはどういう事かイマイチ理解し兼ねるエマだが、明るくなったのを確認してフォンセとリヤンに安否を尋ねた。
「ああ……何とか……」
「私も……ケホッ……」
倒れていたフォンセとリヤンは起き上がり、エマの質問に頷いて返す。どうやら二人共無事だったようだ。
その様子を見たエマは安堵したようにホッと一息吐き、肩の力を抜いてフッと笑う。
「「「………………」」」
──そして、エマ、フォンセ、リヤンの三人は爆発した本を覗き込む。
「……ッ、これは!」
「うん……!」
「ああ、完全に!」
静かにしなくてはいけない図書館で歓喜の声を上げるエマ、フォンセ、リヤンの三人。しかし歓声を上げるなと言われる方が難しい話だろう。
何故なら──
「「「再生している!!」」」
──リヤンの家に置いてあった本は、新品と大差無い程にまで再生していたのだから。