八百十九話 レイvsリヤン
「"神の雷"……」
「……っ。はあ!」
神の力によって生み出された霆をレイが勇者の剣で切り裂き、稲光を周囲に散らして轟かせ粉砕した。
美しい街"フィーリア・カロス"にて、また時を数十分巻き戻し、エマとフォンセの戦いが終わりに向かいライとアフロディーテの戦闘が続く最中、リヤンは神の力を解放してレイと相対していた。
今放たれたのは神の霆。レイは勇者の剣で切り裂けたが、もしも切り避けられなければこの星が崩壊していたかもしれない程だった。それに誇張などはなく、神の力がそれ程のモノである事実だ。
「ついこの剣を抜いちゃったけど……流石にリヤンを傷付けちゃうよね……」
「……」
リヤン本来のモノより圧倒的に力は劣っているが、神の力を使われるとなるとレイとしても手を抜いてはいられない。なので咄嗟に剣を抜いてしまったが、果たして勇者の剣を使うべきか否か悩んでいた。
勇者の剣は殺傷力が高い。この世に存在する武器から存在しない武器まで、全ての武器を遥かに凌駕した力を有する剣なので当然だ。
刀のように峰も無く、峰打ちをする事も出来ない現状、レイはそれを悩んでいた。
「"神の光"……」
「……っ」
その様に悩んでいる瞬間、神の力からなる光が天空から降り注ぐ。レイは本人が自覚していない速度で光速の光を避けてその場から離れ、先程までレイの居た場所には一切の乱れが無い綺麗な穴が造り出されていた。
おそらくリヤンの光はこの星を貫通している事だろう。中心核からマグマなどが噴き出さないか心配だが、一先ずは避けられたので冷や汗は掻きつつも安堵する。
「"神の手"……」
「速い……!」
そして安堵するのも束の間、リヤンが神の力によって伸ばした神々しい腕を用いてレイの事を狙い定めた。
次の刹那にはレイを掠め、全てを掴む神の手が前方を崩壊させる。その余波は星を一周し、再びレイの元に近付いた。
「これは防がなきゃ……!」
なのでレイは勇者の剣で神の手からなる衝撃波を切り伏せて消し去り、未だに伸び攻めて来るリヤンの手から逃れるように距離を置く。
正面から来るものは紙一重で躱し、左右から来るものに対して跳躍で避ける。そして避けた方向にも伸びて来た神の手を切り裂いた。
「やあ!」
「……!」
リヤンはピクリと反応を示したがダメージを受けた様子は無く、手の形が作られているとしてもリヤンには何の影響も無い事が窺えた。
それならば話は早い。催眠に掛かっているという根本的な部分は解決していないが、リヤンの放つ神の力は全て正面から切り防げば良いという事だ。
本来のリヤンが扱う神の力なら力を出し切っていなくても簡単には防げないが、操られている事で通常の魔法・魔術のような異能よりかなり強い程度の力。成長しているレイは勇者の剣から力を借りている状態なら星一つを砕く程度の力は簡単に切り伏せる事が出来るようになっていた。
(これなら……防御を剣に、攻撃は……鞘で……!)
勇者の剣を使えば操られている事で弱体化しているリヤンの攻撃は防げる。そして腰には勇者の剣が納まっていた鞘が余っている。
それらを踏まえ、レイは勇者の剣本体は防御メイン。鞘で打撃のように仕掛ける事にした。
「"神の鞭"……」
「今度は縦横無尽に攻めてきた……!」
決めた瞬間にリヤンが神の力から鞭を創り出して嗾け、レイは思考を戻して構え直す。同時に上下左右とあらゆる方向から嗾けられる鞭を切り伏せ、消し去りながらリヤンとの距離を詰め寄った。
「はあ!」
「"神の剣"……」
詰め寄った瞬間に鞘を振り下ろし、リヤンが神の力からなる剣で受け止めた。
おそらくリヤンの創り出した剣は比類無き鋭さと切れ味を有している筈。ある程度能力は下がっているのだろうが、それでもかなりの力は秘めている事だろう。そんな剣に正面から受けられても無傷である勇者の剣の鞘には、やはり勇者の持ち物だったという確信があった。
「えい!」
「……」
神の力から創られた剣に対しては勇者の剣で払い除け、鞘でリヤンの側頭部を狙う。リヤンはそれを躱し、レイの脇腹から抉り込むように剣を斬り上げた。
しかし剣での戦闘ならレイの方が一枚上手。どの様な方向からどの様な攻撃が来るのかは大体予想が付いており、神の剣を勇者の剣で押さえ付け、再び鞘を振るう。
「……」
「……! 飛び退いた……!」
操られているとは言え、リヤンはリヤン。危険を察知したリヤンは勇者の剣に押さえられている神の剣を消し去って飛び退き、片手に神の力を込めて新たな剣を創造した。
リーチなら槍や鞭の方が良さそうだが、レイはとても素早い。なので小回りが利く剣の方が有効であると考え付いての創造だろう。
「催眠状態って言うのもあるけど……最善策を練ってくるんだね……。リヤンの地頭が良いから思い付くのかな……」
「……」
届いていないレイの言葉には当然返さず、神の剣を片手に迫り来るリヤン。
現在のリヤンは最善手を打ってくるが、それはリヤンの潜在能力有りきのものだろう。頭が良いからこそ、操られている状態でも一番有効な手段を行ってくるのだ。
正面から来たリヤンは的確にレイの死角を狙って神の剣を薙ぐが、レイの優れた感覚と反射神経が反応してそれを受け止める。受け止めた瞬間に鞘を振るい、リヤンは仰け反ってそれを躱した。
躱すと同時に回転するように神の剣を放ち、レイが再び勇者の剣で防ぐ。その片手には別の剣が握られており、リヤンも二刀流で嗾けた。
「……っ。いつの間に……!?」
「……」
左右の剣を突き刺し、ハサミのように閉じて斬り込む。レイはそれを同じく二つの剣で防守すると同時にリヤンの腹部を蹴り抜き、距離を置かせるように後退らせた。
弾いた瞬間に今度はレイが攻め入り、勇者の剣で神の剣の動きを封じ、鞘を突き刺すように嗾ける。
リヤンはそれをもう一本の神の剣で受け、四本の剣が鬩ぎ合う態勢で両者は一時的に制止する。今のこの状況でも互いに力は入れているが、二人が一歩も退かないので制止しているのだ。
(此処で弾くと今の状況と全く同じ状況が作り出されるから……えーと……どうすれば……)
「……」
「きゃっ!」
一進一退の鬩ぎ合い。レイは何が最善策なのかを考えて行動を練っていたが、先に練り終わった。もしくは最初から終わっていたリヤンが先に嗾けレイの身体を弾き飛ばした。
弾かれたレイは小さく悲鳴を上げて押し出され、眼前に迫っていたリヤンの剣を何とか受け止める。
「そこ……」
「……あっ……!」
だが、咄嗟だったので受け止めたのは一本だけ。もう一本の神の剣に対しても何とか辛うじて掠る程度に留められたが、リヤンを相手に長考は無謀だろう。なので今度はレイの身体が先に動き出した。
「考えるよりも前に、叩く!」
それは、レイが至った結論からの行動。リヤンは操られているので、やはり単調な攻撃がメインとなっている。そこを突き、レイは自分を信じて自分自身の力で行動を試みる事にしたのだ。
要するに、特に良い策が思い浮かばなかったので力押しの戦法に切り替えたという事である。
「はあ━━ッ!」
「……」
切り替えて踏み込みと同時に鞘を振るい、リヤンの側頭部を狙う。リヤンは神の剣でそれを受け止め、もう片方の神の剣でレイの首を狙った。しかしレイは勇者の剣でそれを弾き、懐に潜り込むよう鞘を振り上げた。
「……!」
「当たった……!」
鞘口がリヤンの顎に直撃し、リヤンの身体が初めてレイの攻撃によって仰け反る。しかしリヤンもただではやられず、神の剣を振るってレイの服を切り裂き腹部に掠り傷を付けた。
「……っ。この程度なら問題無い……!」
「……」
掠り傷は問題無い。痛みはあるが、それ以上の負傷を負った事は多々ある。なので大した事が無いのだ。
レイは即座にリヤンの元へ駆け寄り、鞘を振るって嗾ける。リヤンは飛び退き、神の剣を小さく分解してそこから小さな槍を形成。刹那に放出し、小さいながらも確かな破壊力を秘めている無数の槍をレイへ撃ち込んだ。
「見切れる……!」
その無数の槍を見切り、躱し、或いは切り伏せる。全てをいなしながらリヤンの眼前に迫ったレイは高速で鞘を振り抜いた。
「"盾"……」
「……!」
対するリヤンは神の力を使わぬ通常の防御術。厳密に言えば魔族の国"マレカ・アースィマ"の幹部の側近シターの盾魔術で防いだ。
防がれた鞘と防いだ盾魔術の間には火花と神の力の欠片が散り、レイの身体も弾かれるように後退る。
「必ずしも神様の力を使う訳じゃない……当たり前だよね……!」
「……」
後退した瞬間、踏み込むと同時に跳躍して盾の無い背後に回り込み、鞘を薙ぐように振るうレイ。リヤンは盾の範囲を自身の背後に回して再び鞘を防いだ。その瞬間に盾が変形し、無数の槍のような形を形成した壁がレイを襲う。
「……っ。成る程ね。攻撃にも転じれる盾って訳。シターさんも本当はそういう事出来るのかな」
その槍は飛び退いて避け、そのまま着地する。その瞬間、レイの足元から無数のトゲが出現した。
「……! もう既に次の手を仕込んでいたんだ……!」
咄嗟にレイは勇者の剣を振るって足元のトゲを切り裂き、続くように鞘で砕く。それによって周りのトゲは散り行くが、そこにリヤンの姿が映り込んだ。
「"神の粛清"……」
「──しまっ……!」
その刹那に放たれた、先程の"雷"よりも遥かに強大な力を誇る"神鳴り"。それでも本来の技よりは遥かに劣っているが、恒星クラスならば焼き尽くす事が可能な雷撃だろう。
レイは咄嗟の動きながらも勇者の剣で正面から押さえ付けて防ぎ、その破壊を障害の無い天空に逃がす。勇者の剣を用いて神鳴りを反射させ、その衝撃を宇宙に逃がす事でこの星を守ろうと考えたのだ。
その考え通り神鳴りは天空に向かい、数光年先にて破裂する。数光年程の距離なのでその様子は見れないが、小さく何かが瞬いたのは視線に入りこの星が無事なので一先ずは問題無いのだろう。
「……ッ……流石にこの剣を使っても衝撃は消し切れないよね……」
本来より劣るとは言え、リヤンの最大級の技を受けたレイは剣を突き立てて膝を着く。レイ自身が勇者の力を完全に扱えない事も相まり、かなりのダメージを負ってしまったようだ。
両腕は赤黒く焦げており、衣服もボロボロ。肉体的な負傷も多く、息が荒い。額からは嫌な脂汗が流れていた。
「……アフロディーテ様の為に……」
「……っ」
しかし遠距離から攻撃を放ったリヤンは何ともない。勇者の剣を立てて膝を着くレイに迫り、新たに神の力を纏い始めていた。
流石に無理そうだとレイが諦め掛けていた時、
「"魔王の檻"!」
「……!」
「……?」
何処からともなく魔王の力が放たれ、魔王の魔力から形成された檻がリヤンの身体を閉じ込めた。レイは訝しげな表情で声の聞こえてきた方向を見やり──"二人"の姿を確認する。
「フォンセ! そして……エマ!」
「すまない。少し遅れた。手間取ってしまってな」
「まあ大半は私の所為なのだが、取り敢えず間に合って良かった」
エマとフォンセだ。
向こうで決着が付き、エマの催眠を解いてから数分。強い気配の感じる場所を辿った事でこの現場に到達したと見て良さそうである。
因みに此処まではフォンセの造り出した城が届いていない。なので数キロ以上離れているという事だが、空間移動の魔術を使ったか少し本気を出して進んだ事で間に合ったのだろう。
「エマ、戻ったんだね」
「ああ。迷惑を掛けたな。これは少し厄介な催眠だ。リヤンをどうやって戻すか……」
「リヤンならエマの不死身性も模倣出来る……宿っていると思うが……それを使うタイミングがズレれば死んでしまうかもしれない……難しい問題だ」
「…………」
エマの無事を喜ぶのも束の間、神の力によって魔王の檻は砕かれ、リヤンは姿を現した。
戻す方法があるとすれば本元を叩くか脳を破壊しての荒療治。アフロディーテはこの街からかなり離れた場所に居るので後者しか方法はないが、かなり高難易度な方法だろう。
レイとリヤンの元にエマとフォンセが駆け付ける。レイ、リヤンの戦闘にその二人が加わる事で、戦闘は続行された。