八百十八話 ライvs美の女神
──"フィーリア・カロス"。
時を少し遡り、エマとフォンセの戦いが終わる少し前。ライとアフロディーテの織り成す戦闘は、依然としてライが優勢で続いていた。
一先ずは宝帯ではなくアフロディーテ自身を狙う事に決めたライ。その行動に移ってからの戦況は圧倒的ではないにせよ、かなり押している様子だ。
「オラァ!」
「……!」
ライの拳がアフロディーテの頬を捉え、その身体が勢いよく吹き飛ぶ。街を崩壊させて瓦礫を巻き上げ、辺りに粉塵を舞い上げた。
「まだまだ!」
「やらせぬ!」
続けるようにライがそこに向けて更に迫るが、アフロディーテは周りの瓦礫を反射させて迎え撃つ。正面からそれを受けながら無傷のライは眼前に迫った。
「その程度の技じゃ防げない事は知り尽くしているだろ!」
「無論よ……!」
そんなライに向けて光弾を放ち、光の爆発を引き起こさせる。
当然それも無傷であり、再びアフロディーテに向けて拳を嗾けた。
「これなら躱せるぞよ!」
「みたいだな」
なのでライに纏う空気へ反射の力を使い、ライと同じ速度で距離を置く。
石などで牽制すれば相手の防御を逆に防げるが、連撃を仕掛けて一気に仕留めたいライ的にはなるべく早くに決着を付けたいのだ。
一人はこの数分後に解決する事となるが、エマとリヤンの事もある。だからこそ催眠を解く為にも決着を優先しているのである。
「やっぱり少し手間だけど、牽制と囮は必要か」
周りの瓦礫を蹴り上げ、牽制の為に複数の石を飛ばす。音速を超えた事によって生じた衝撃波と共に進むその石は第四宇宙速度程となって周りの建物を倒壊させ、幾つかがアフロディーテを狙う。
その石に降り注ぐ瓦礫。他の幹部より身体能力は低めなアフロディーテを相手にすると考えると、この様なやり方で反射の力をなるべく使わせて反射も無効化出来るライが直接攻める。単純だがそれが一番だろう。
「取り敢えず押し切る!」
「チィ……! 厄介よ!」
散弾のように、第四宇宙速度で向かって来る石と破片。倒壊した建物から降り注ぐ瓦礫。その全てを避け切る事はほぼ不可能だろう。
なのでアフロディーテは反射の力を使わざるを得ないが、それを使えばライによって確実な一撃を入れられる。本人からすれば絶望的な状況だった。
「そら!」
「……ッ!」
考えている間にライの拳が眼前に迫っており、瓦礫などを反射する暇もなく吹き飛ばされた。
複数の建物を貫通して飛ばされ、"フィーリア・カロス"の街を抜けて一つの山に衝突する。その後で遅れて瓦礫が現れ、衝突した山を崩壊させた。どうやらライの拳圧で飛んできたようだが、石と破片は途中で消滅したらしい。
「街から随分と飛ばされたようだ……」
「アンタも結構頑丈だな。まあ、その頑丈さはさっき……もっと言えば昨日から分かっていたけど。幹部だしな」
「ああ、そうじゃな!」
既に側へ来ていたライに対し、周りの山にある地面を反射させて押し潰す。ライはその地面を即座に砕き、アフロディーテに向けて回し蹴りを放った。
「これは避けられるぞ……!」
抜け出される事は大前提。なのでアフロディーテは既に新たな反射の力を使っており、ライの回し蹴りから逃れると同時に周りにある他の山その物を大地から反射させて隕石のように突き落とした。
「……。もう反射の領域じゃないな。幹部クラスだから当然の所業か」
その山々を片手で粉砕し、崩れ落ちる土塊の中からアフロディーテの気配を探る。
数兆tはある山。それを反射の力のみで持ち上げるのは素直に称賛に値する事だが、アフロディーテが幹部である以上それも当然の事柄。故にライはアフロディーテを即座に見つけ出し、その方向に向けて跳躍した。
「空に逃げるのが安定って判断したのか?」
「フフッ……うむ。そう考えた」
アフロディーテは跳躍したライに反射の力を作用させ、空気に乗って躱す。
空ならば小石や瓦礫などによる狙撃も狙いが定めにくくなって見てから躱す事も可能。ライには今までのように対応すれば良い。アフロディーテにとって空はライを相手にするに当たって都合の良いフィールドだった。
「先ずは身動きを止めたいところだが……」
「……! 空気が身体に纏割り付く……成る程な。反射の力を空気に当てて俺の動きを封じようって魂胆か」
空気を操り、そのまま空中でライの動きを拘束するアフロディーテ。
反射の力自体は効かないが、反射している空気の部分は通じる。というより触れる事が出来ている。なので先ずは空気を用いて拘束のように扱っているようだ。
「まあ、関係無いけど」
「だろうのう」
しかし、反射の力によって圧縮され、かなりの強度となっていても空気は空気。ライにとっては脱出も造作が無く、容易く空気の拘束を解いて抜け出した。
アフロディーテはそれを想定しており、続いて周りを反射の力で圧縮する。
「空気や空間を圧縮。お主達の仲間であるヴァンパイアも行っていた事。妾も試してみようぞ」
「……。へえ?」
ライは自分の身体を浮かせるだけの風魔術で浮遊し、アフロディーテの行動を見守る。このまま仕掛けても良いのだが、敢えて相手の策に乗り、そのまま正面から打ち砕く。確実な勝利を手にする為の行動だった。
アフロディーテは反射の力を空間に作用させ、そのエネルギーを凝縮する。これが放たれた時、元の空間に戻ろうとする力は計り知れないものがあるだろう。
「朽ち果てるが良い!」
「断る!」
圧縮した空間の空気を放ち、それをライが正面から拳を打ち込んだ。──そして、宇宙空間へと打ち上げた。
「……!」
「そら!」
打ち返した事によって動きが止まったアフロディーテに向け、風魔術を消し去り空気を蹴って加速。そのまま拳を叩き込む。
殴打されたアフロディーテは天空から落下するように落ち行き、下方の山を砕いて数キロに及ぶクレーターを造り出した。
その直後に宇宙空間で先程放たれた圧縮されたエネルギーの集合体が張り裂け、ライたちの住むこの星を揺らす破壊の余波が伝わった。どうやら今の一撃でこの星を始めとして周りの惑星の位置が変わったようだが、気にせずとも直ぐに戻るだろう。もしもの時はライが宇宙に行って軌道を戻せば何とかなるので大した問題ではない。
「……っ。まさか片手であしらわれるとはの……規格外な存在よ……」
「と言っても、今は魔王の力も使ったさ。無効化の力だけじゃ対処し切れなかったからな」
「ぬかせ。本気ならお主の力だけで何とか出来たろうに」
「ハハ。たまには魔王にも力を使わせてやらないとな。ずっと俺の中に居るから退屈しているみたいだ」
クレーターの深さも数キロ程。そこの中心にてライと仰向けのアフロディーテが言葉を交わしていた。
しかしアフロディーテの身に付けている宝帯はまだ砕けておらず、もう暫くこの戦闘を続ける必要がありそうだ。
「そうか……のう!」
「……!」
次の刹那、アフロディーテが仰向けのまま反射の力を使い、ライの足元にある大地を浮き上がらせて空中へと舞い上げた。そこに複数の光弾を叩き込み、上空数百メートルのところで光の大爆発が引き起こされる。
その衝撃でクレーターの中には砂塵が舞い上がるがアフロディーテはそこから抜け出し、追撃するようにライの気配を追って光弾と反射の力で"サイコキネシス"のように操った土塊を打ち込んで行く。
「よっと!」
「……っ」
それらを受けた刹那の瞬間に迫り来る無傷のライに対し、反射の力ではなく亜光速でそれを躱す。
アフロディーテも身体能力が無い訳ではない。確かに他の幹部には少々劣るが、全速力なら第五宇宙速度以上、第六宇宙速度未満。つまり光速未満の亜光速で進める。
あまり手を汚したくない本人の性格的に考えて、どうしても搦手が多くなってしまうが幹部の側近以上の動きは出来るのだ。
「ああ、成る程。確かに今の俺の速度ならアンタがその気になれば避けられるな」
「まだまだ余裕を見せおって……! まあ、事実なのだから仕方あるまい……!」
大地と空気を反射しながら空中を移動し、ライから距離を置くアフロディーテ。ライは風魔術を使わずに空気を蹴って飛行し、直進して突き進む。
風魔術は主にその場待機や変幻自在な移動にのみ使う。直進するだけなら空気を蹴った方が速いのでそうしているのだ。
ライがアフロディーテを追う形となり、互いに亜光速で進む。その間にもアフロディーテは光弾や土塊をぶつけるが依然としてライは無傷であり、亜光速から数キロ程速度を上げながら移動してアフロディーテの元に近寄った。
「敢えてその程度の速度で進むか。舐められたものよ!」
「舐めちゃいないさ。ただ純粋に実力差があるのと……決着を急いで変な行動されたら困るからな。……まあ、俺自身は早いところ決着は付けたいから行動が矛盾しているけど」
「それが舐めていると言うのだ! ……だが、確かに今操っている者達は人質のような役割も担っておる。舐められるのは癪だが、本気を出されると困るのも事実……今のうちに片付けたいところよ」
それだけ告げて周りにある数座の山を反射の力で持ち上げ、空中を進むライに全て叩き込む。それによって空中での数十キロが粉塵に包まれ、そこに向けて四方八方から無数の光弾を放つ。次の瞬間、数キロの範囲が光の大爆発に包まれた。
「まだまだよ!」
アフロディーテはその爆発に向けて反射の力を放ち、光の爆発を反射して流転させる。光の速度で流転する爆発は消え掛けていた破壊力が再び戻り、逆に威力が増して数キロ程の大きさに及ぶ光の球体を創り出した。
その中の温度は数千から数万度。正しく小さな太陽のような存在だ。
「妾は太陽に最も近い存在。アポロンのように太陽その物ではないが、相応の事は出来るぞ」
光の球体は熱と光の反射によって無限の旋回を繰り返し、徐々に収束していく。まるで星の一生を表しているかのような黄金の白い輝き。最終的に数百メートル程となりて、この世から消え去るように静かに破裂した。
「"黄金惑星の一生"……とでも名付けておくかの」
小さな光球の一生を見届けたアフロディーテは不敵な笑みを浮かべて呟き、先程まで光球のあった場所から姿を現した影に視線を向けた。
「最も……お主を前ではそれも意味が無かったようだがの……。単刀直入に聞きたいが、どうやればお主に勝てるのだ?」
「さあな。それは俺にも分からない。こう見えて、割と致命傷みたいな傷は負った事があるから……頑張れば何とかなるんじゃないか?」
姿を現したのは少しだけ焦げたような風貌のライ。推定数万度の中に居た筈だが、衣服にも魔王の力が作用しているのか衣類が多少破けただけで本人も無事な様子だった。
それを見たアフロディーテはもう驚く気力もなく、ただどうやれば決定打を与えられるのか。それだけが知りたい様子だ。
しかしライもライでそれは分からない事。魔王の力は自分自身に都合が良く便利だから使っているという節が強く、詳しい事は分からないのである。
「そうか。なら妾もそれが出来るかどうか。まあいい。焦げ目があるという事は、恒星を焼き尽くすくらいの攻撃でようやく軽く叩かれた程度のダメージは負ったという事だからの。策を練るのは得意な方じゃ」
「だろうな。アンタの伝承からして、俺みたいな相手に正面からぶつかるのが間違いって訳だからな。だからこそ、俺は俺にとって得意で有利な正面突破戦法をさせて貰う」
アフロディーテは自身の周りに無数の光弾を浮遊させてライに向き直る。ライもそろそろ決着を付けようかと自身の力を上げて魔王の力を一割程纏う。
ライとアフロディーテの織り成すあらゆる意味で輝く戦闘。それにも決着が付こうとしていた。