八百十七話 フォンセvsエマ・決着
「此処からは少し本気を出す……!」
「……」
戦いやすい空間が創り出される事で場は整った。故にフォンセは全身の魔力を高め、少しだけ本気を出してエマに構え直した。
「……まあ、それは拘束に対してだがな。"魔王の蔦"!」
「……!」
構えた瞬間に足元から森を彷彿とさせる大量の蔦を生み出し、エマの身体を見る見るうちに拘束していく。攻撃寄りの魔王の魔術は、エマへ及ぶ被害を考えて大々的に使えない。だからこそ拘束を専念する事にした。
通常の拘束魔術では簡単に抜けられてしまう。なので魔王の魔力からなる力を用いているのだ。それならエマの不死身性が魔王の魔術で無効化されるのかも分かって都合が良い。
「……」
「抜け出さない……抜け出せないようだな。やはり魔王の魔力にはその様な能力を無効化する力があるのか……。今回は不死身性というより霧になる能力を無効化したみたいだ」
そして分かった答えはエマの不死身性を始めとし、魔王の魔力には異能を無効化する力があるという事。マギアなどの時に相殺されたのは力がほぼ互角だったからかのかもしれない。もしくは体質的なモノは無効化するが攻撃は無効化しない。
魔王の力というものは基本的に最強であり、自分に都合の良いものである。しかし魔王の伝承が力の源でもある為、最期は英雄に敗れる定めにある。
ライのように魔王の側近の子孫という、魔王と直接関係が無い場合は分からないが、魔王直属の子孫であるフォンセは敗れる定めも背負っているのかもしれない。
要するに、魔王の魔術は不死身などの性質は無効化するが敵の攻撃などは自分の力が上回っていないと無効化出来ない。通常の魔法・魔術と同じような感覚という事だ。
「まあいい。動きを止められたのならそれで構わないさ。少し手荒だが、早いところ正気に戻すか」
「……」
何はともあれ、エマの動きが止まった事に変わりはない。なのでフォンセはエマを正気に戻すべく、エマの脳を弄る為の魔術を放出した。
「"巨大な手"……! これで頭を砕くとして、どの部分に洗脳が施されているかだな」
魔力を込めて創り出した巨大な手。エマの両手両足は拘束済みで霧になる事も出来ない。これなら簡単ではないにせよ催眠を解けそうだが、油断していると意表を突かれる事がある。なのでフォンセは油断せず、慎重にエマへと──
「……!」
「……! しまった。慎重に行動し過ぎたか……!」
──近付こうとした瞬間、エマが自身の両手両足を引き千切って拘束から逃れた。
魔王の力が作用した魔術なので不死身性は無効化されている筈だが、それはあくまで触れている部分に過ぎない。両手両足は朽ちたが、魔王の魔術から逃れたエマの胴体から再び両手両足が生え、再生を終えてフォンセに向き直る。
「慎重かつ──迅速に……そうするべきだったか……!」
慎重過ぎた事は反省する。しかし今の状況が状況なので打ちひしがれている暇もない。即座に反省を終え、改めてエマに向き直った。
「"魔王の鞭"!」
魔王の魔力からなる鞭を創り出し、エマの身体を再び拘束する為に動き出す。しかしエマは即座に霧となり、魔王の魔力へ触れる前に消え去る。同時にフォンセの背後へと姿を現し、片手に天候を纏って腕を打ち付けた。
「"魔王の守護"!」
フォンセはそれに気付いた瞬間に魔王の魔力から壁を造り出して天候の衝撃を受け止める。それによって壁は大きく陥没したが砕けず残り、爆風が周囲にある瓦礫の山を吹き飛ばした。
「防御と拘束。それに魔王の力を使うやり方……我ながら考えたものだ」
ふふ、と小さく笑い、早々と距離を置く。攻撃が防がれたとなれば、エマが次の行動に移るのは早いからだ。フォンセとしても早めに行動を起こさなくてはならない。
フォンセは空中に移動し、壁の裏からエマが姿を現した。
「……」
「やはり行動は早いな」
空中にて蝙蝠の翼を広げたエマが拳を打ち付け、フォンセは腕でそれを受け止める。受け止めた瞬間に回し蹴りが放たれ、それを空中移動で躱す。躱した方向には風と雷が創り出されており、渦巻くようにフォンセの逃げ場。退路を潰していた。
「そう言えば、エマは普通に天候を操れるんだったな。それで周りに創り出したか」
天候を片手などに纏い、圧縮して破壊力を上げるやり方は最近見つけ出したもの。なので空間に天候を生み出し形成するのが本来のヴァンパイアの力である。
それによって身動きが取りにくくなったフォンセの側にエマが近寄り、新たに両手へ天候の力を纏って懐に迫る。
「"衝撃"!」
「……!」
そんなエマと天候に向け、フォンセは周囲に魔力を拡散するよう衝撃波を放った。
その一撃で周りの天候は霧散し、足元に広がる瓦礫の山を更に吹き飛ばした。
「……」
「まあ、これくらいでは怯まないか……!」
その衝撃で周りを囲んでいた天候は消し飛んだが、エマは何とも無い様子。魔王の力ではない通常の魔力による衝撃波なのでそれは想定の範囲内だ。
故にフォンセは魔力を込め直した。
「"魔王の束縛"!」
魔王の魔力から漆黒の縄を創り出し、エマの身体を捕らえるべく嗾ける。エマはそれらを縫うような動きで避けて行き、フォンセの眼前に迫って風の力を放出した。
「……!」
「"魔王の壁"!」
刹那に壁を造り出し、その風を防ぐ。壁の無い部分の背面がその衝撃で吹き飛んだが気にする必要も無いだろう。
エマは壁を回り込むようにフォンセの近くへ寄り、足から風を放出して加速力の上げた回し蹴りを打ち込む。フォンセはそれを躱し、次に攻め込められた連続攻撃は風魔術を緩衝材のように扱って防いだ。同時に二人は弾かれるよう吹き飛び、着地と同時に踏み込んで加速。互いの距離を詰め寄る。
「肉弾戦は苦手なんだがな……!」
「……」
距離を詰めた瞬間エマが先に拳を放ち、フォンセが紙一重でそれを躱す。同じタイミングで先程のエマが行ったような風で加速した回し蹴りを叩き込んだ。
それをエマは片手で防ぎ、フォンセの足を掴んで自身も回転。そのままフォンセの身体を放り投げた。
「……っ。足を潰されなかっただけマシか……!」
放られたフォンセは着弾するよりも前に背後へ風を放出して勢いを殺し、態勢を立て直してエマに向き直る。既にエマは眼前へと迫っており、そのまま放たれた拳をフォンセは仰け反って躱した。
躱した瞬間に風魔術で距離を置き、下方のエマに向けて様々な魔術を放出する。
「"炎"! "水"!」
「……」
炎魔術と水魔術の二つを放ち、エマを狙うと同時に辺りへ水蒸気を散らす。エマは風でそれら全てを消し飛ばし、空中のフォンセの頭上に雷雲を形成して落雷を降下させた。
「……ッ!」
それを受けたフォンセは感電し、身体が痙攣して落下する。
脳を動かすものが電気信号である為に、雷を受けるとそれが狂って自由が利かなくなるのだ。
今までは食らうよりも前に相殺していた、もしくは魔王の力が働いて自動的に対応出来ていたが、今回はやる事も多く手加減しているという事も相まって直撃してしまったようだ。というよりも食らう時は食らう、それが魔王の本質なのかもしれない。ともあれ、この状態からも直ぐに戻れるとは思うが、魔法・魔術並みに手数の多いエマが相手では長期戦は現在のような状況が生み出され不利になってしまうだろう。
「……」
「休む時間は与えてくれないか……!」
落下したその瞬間に風を纏ったエマが迫り、フォンセはフラつく足取りをしながらもその場から離れた。
先程までフォンセの居た場所にはその一撃で渦巻くような形の穴が形成される。
「前方数キロが消し飛んだか……いや、この城壁が無ければこの星が半壊していたかもしれないな……」
風の大穴は続いており、此処からは見えない場所にまで及んでいた。
しかし此処は魔王の魔力から造り出された城内。強固な城壁が無ければ世界が大惨事になっていた事だろう。
「全方向から攻める……! "無限の蔦"!」
「……!」
しかしエマの攻撃が虚空を吹き飛ばしたのは事実。それによって動きも一時的に止まっている。なのでフォンセは拘束に本気を出して無数。無限の蔦を生み出して全てで拘束を試みる。
エマは天候。風や雷を用いて次々と蔦を切断していくが無限に生える蔦に終わりは無い。永遠が無限なので当然だ。
時には身体を霧に変え、天候を操り落雷を落として焼き払う。それ以外にも様々な方法で蔦を切断、焼却、削除、破壊していくが波のように溢れる無限の蔦は止まらない。次第にエマ自身が押され始め、それを狙ってフォンセが一気に迫り寄った。
「仲間同士の潰し合いなど不毛……さっさと決めると言い続けて数十分が経過しているな……今度こそ決着を付ける……!」
「……!」
先程から拘束に関しては全力で仕掛けているが、悉く防がれてしまう現状、フォンセは他の場所が更に心配になっており、この戦いに決着を付けようと動き出した。
周りは動きを抑える為の蔦が蔓延っている。エマは動けない様子だが、フォンセの魔術からなる蔦なので本人には悪影響が無い。なので今この瞬間が何度目かとなる訪れたチャンスだった。
「……」
対するエマもただではやられないらしい。当然だろう。
風、雨、雷。それらを合わせた暴風雨の塊を片手に生み出し、腕や足に蔦が絡み付くのも気に掛けず正面から迫るフォンセに構え直す。魔王の魔力も少しは入っている蔦だが、どうやら天候を操る力。それの根源となる念力は変わらずに使えるらしい。
不自然な点。矛盾点。それら全て、大抵の事は魔王の力で説明が付くのでそれは捨て置く。
「狙いは……脳! "魔力の拳"!」
「…………!!」
──そしてフォンセが放ったのは魔王の力ではない通常の魔力を込めた拳。
肉弾戦は苦手らしいが、魔力からなる遠隔操作のような拳は様々な状況で防がれている。なので確実に当たるかもしれない今でも確実性を優先し、ただ魔力を纏っただけの拳を放ったのだ。
対するエマの暴風雨はフォンセの腹部に命中し、張り裂けて込められたエネルギーが放出する。
「……ッ!」
「……!」
それを受けたフォンセは何とか半身のみに逸らす事は出来たが吐血して吹き飛び、エマの頭が割れた。
二つの鮮血が飛び散り、魔王の城に囲まれた"フィーリア・カロス"の街が大きく揺れた。
*****
「……ッ……まだ……だ……脳を調べる……!」
辛うじて直撃は避けられたフォンセ。半身は砕けており、口元から血を流しながらも倒れ伏せているエマの側に寄って残った蔦を操る。
頭を砕いたとは言え、エマが動けないのはほんの数分。精々一、二分程だ。なのでフォンセは気合いのみで堪え、エマの脳を弄った。
「……これ……か……!」
そして催眠の掛かった部分。そこにあった魔力を取り除き、意識を失う。それから数分後、エマはゆっくりと起き上がった。
「……っ。……な、なんだ……? 私は今まで何を……と言うか、此処は何処だ?」
起き上がって周りを見渡し、現在の状況を確認する。エマ本人は覚えていないが、エマの放ったエネルギーの塊によってフォンセに当たらなかった部分は直進して城壁に大穴が空いている状態だった。
その穴を視界に収め、瓦礫の山や蔦の残骸。自分自身の頭から流れたであろう血液を見て確認を終えたこの状況を改めて推測する。
ふと下方に視線を向け、顔色を変色させた。
「……!? フォンセ!? どうしたその傷は!?」
そこに居たのは、血まみれになったフォンセの姿。
エマはフォンセの身体を下手に動かさず、フォンセに自分の声が届くかどうかを確かめる為、驚愕しながらも話し掛けた。
「フォンセ! フォンセ! 一体何が……」
そして言葉を続けようとした時、エマの再生した脳裏には一つの可能性が過る。
(……。……いや、この状況からするに……私がやったのか……? 大気に含まれる水分や風。電気。それは私の力からなるモノ。しかし私にそれを使った記憶は無い……そして周りに広がる蔦。これは魔力の塊か。フォンセの拳には血が付着している……となると私の頭を砕いたのか……。それらを踏まえると……──私が何者かに操られていたという事か……!)
そして高速で思考を回し、この惨状は自分が作り出したという結論に至った。
エマはこの様な推察力が高い。ライたちの中では力が劣っている方だが、状況判断能力と推察力故に今までに数々の強敵も打ち倒せて来たのだ。
もしもエマと本気で戦うとなれば、その事を踏まえなくてはならない。魔王の力で一気に押すやり方を用いても敗れる可能性はある。改めて操られていただけなのは幸いだった。
意識を失ったフォンセは朦朧としながらゆっくり目覚め、正気に戻った様子のエマを見て小さく笑った。
「エマ……良かった……戻ったんだな……」
「フォンセ! いや、声を上げるのは止めておこう。傷口に響くからな。フォンセ。やはりこの状況は私の仕業なのだな?」
「ふふ……気にするな……。私も……前に正気を失った事がある……これくらいはしなくてはな……」
「その時と現在は状況が違うだろう。待っていろ。今、ヴァンパイアにならない範囲で私の血を分ける。拒否しても無理矢理入れるから安心しろ」
「……。何処に安心する要素があるんだ……?」
フォンセの傷口に向けてエマは自身の手首を爪で切り裂き、鮮血を垂らして分ける。普段は拒否されるので始めから拒否権は奪い、無理矢理にでも治療を施した。
量はヴァンパイアにならないギリギリの量。なのでフォンセやリヤンの治療術よりは劣るが、応急処置にはなるだろう。
「……。この状況で言うのも何だが、不覚にも私は操られてしまった。私以外にも操られている者は居るか?」
「……。ああ。リヤンが操られている。それの発端はアフロディーテの宝帯だ」
「成る程……迷惑掛けたな」
治療を施しつつ、自分以外にも操られている者が居るのではないかと訊ねるエマ。フォンセはそれに答え、エマは肩を竦める。
何はともあれ、エマとフォンセの戦闘はエマが正気に戻る事で決着が付いた。しかしフォンセが動けるようになるまで暫く時間が掛かるだろう。なので少しの間は休憩するつもりのようだ。
これにて操られていたエマと正気に戻す為のフォンセの二人による戦いが終わりを迎えた。残る戦いはライとアフロディーテ。レイとリヤンのみになるのだった。