八百十六話 フォンセvsエマ
「"風"!」
「……!」
街全体で戦闘が続く現在の"フィーリア・カロス"にてフォンセが風魔術を放ち、操られているエマが同じく風の塊を纏って打ち付けた。
それらによって爆発的な暴風が吹き荒れ、辺りが大きく揺れる。砂埃が舞い上がり、二人の視界が消え去った。
しかしエマとフォンセは気配で相手を追える。なので粉塵の中でも相手を狙えていた。
「"回転鎚"!」
「……」
フォンセが魔力からなる鎚を造り出し、それを勢いよく回転させて縦横無尽に振り回す。これなら魔力で繋がれており速度も上々。ネックだった速度の壁を越えられたという事である。
しかしそれでもエマは容易く躱し、徐々に距離を詰めながら迫り来ていた。
「やはり当たらないか。まあ、知っていた事だがな……! "壁"!」
当たらないと判断したフォンセは鎚を消し去り、迫るエマに対応する。
前方に壁を造り出し、正面からの進撃を食い止めた。それならばとエマは左右か上下、もしくは背後から来るだろう。なのでフォンセは四方八方に警戒を高め、どの方向からでも対応出来るように構えていた。
「……!」
「まさかの左右か……!」
そして姿を現したのは、半身のみとなったエマだった。
そこから分身が出来る訳ではない。なので生きているのは半身だけという事は分かっているが、そう来るとは考えなかったので一瞬戸惑い不意を突かれてしまった。
「……」
「……ッ!」
即座に半身が再生したエマはフォンセの腹部を殴り付け、フォンセの口から空気が漏れる。ヴァンパイアの怪力による重い一撃だが、肉体が魔族のフォンセは耐えられる。しかしエマは追撃するようにもう片方の手に風を纏い、怯んだフォンセの腹部から抉り込むように嗾けた。
「これはマズイ……! "衝撃"!」
「……!」
それを直撃するのはマズイと判断したフォンセが衝撃波を放ち、エマの腕を逸らす。次の瞬間に纏われていた風が天空へ向けて放たれ、上空で破裂して下方の建物を吹き飛ばした。
「相変わらずの破壊力だ。上空で破裂した空気弾でこの威力か……」
「……」
「そしてエマ自身も変わらず攻めて来ると……!」
エマの力に改めて感心しているフォンセへ、当のエマが再び高速で迫って拳を放つ。フォンセはそれを紙一重で躱し、片手に魔力を纏って裏拳を打ち付けた。
しかしエマはそれも避け、足元から霆を放出しながら両手に風を纏って攻め行く。
「……。成る程な。雷速で足元に広がる霆を展開。継続しながら逃げ場無くさせ、風で確実に仕留めるか」
エマの動きは、操られているだけあって単調。しかし元の動きが良いので全てをいなすのは少し面倒である。
フォンセは風魔術で浮き上がり、足元の電流から逃れる。エマの両腕は対象が居なくなった事で空振るが即座に蝙蝠の翼を広げ、空中のフォンセを追った。
「そう言えば半身になった辺りから傘が無くなっているな……日差しは大丈夫なのか?」
「……」
空中を高速移動して嗾けるエマの様子を見て傘の有無を気に掛けるフォンセ。
雲はライの一撃で全て消え去っているので太陽を隠すものはない。そんな中でも自由自在に動ける事を気になるのは当然だ。しかしエマの動きを見るうちに、その理由が分かった。
「……。ふむ、風や雨を自身に流転させて日差しを避けているな……。心なしかエマの周りの空間が歪んでいる……」
「……」
それは、エマが自分の周りに天候の力を纏わせる事で日差しから逃れているという事。
雨水を風の力で流転させる事で日差しを屈折させ、自分に当たる日差しを減らしている。本来ならそれで防ぎ切る事は出来ないが今のエマに意識は無い。なので多少の苦痛では何の反応も無く、死ななければ操られるがままに行動しているのだ。
「天候の鎧が剥がれてしまったらエマが消滅してしまうかもしれない……下手に手は出せないな……まあ、手加減していたら勝てないんだがな……」
天候による鎧。それがエマを守っているならば、下手な攻撃をして鎧を剥がす訳にはいかない。鎧を剥がす事でエマ自身に危害が及んでしまうからだ。
しかしそれはそれで問題がある。それは単純なもの。エマは手加減して何とかなる相手では無いという事だ。
それなりの修羅場を共に歩んで来た仲間。その実力はフォンセもよく知っている。だからこそ催眠を解く為の戦いはかなりの高難易度となっていた。
「先ずは日差しを避けるのが先決か……。──"魔王の城"!」
「……」
空中を飛び交ってエマの攻撃を避けつつ、"フィーリア・カロス"の街に魔王の魔力を用いて一城の巨大な城を創造した。
それはエマとフォンセの周り、半径数キロの大きさ。街一つを城壁で埋め尽くし、そうする事で完全に日差しを遮断したのだ。
これなら戦闘の余波でエマの鎧が剥がれても問題無い。加えてこの城壁は魔王の魔力からなる強固な城壁。それであるが為に、天空が消し飛ぶ程の破壊力を有するエマの天候の力を受けても耐えられるだろう。
「さて、これからが本番……になると良いな……」
「……」
フォンセが城を造り出している最中にもエマは淡々と狙っていた。その為、それをいなしていたフォンセ自身がある程度は疲弊している状態。長期戦になると辛いものがあるだろう。
なのでフォンセは飛び交うエマの隙を突いて魔力を放った。
「"巨大な手"!」
「……!」
フォンセが放ったのは通常の魔力から手の形を形成してを創り出した巨大な手。それを全身に受けたエマは叩き付けられるように落下して城の中心に粉塵を舞い上げた。
そこに向けてフォンセは急降下し、エマの気配を辿り感じた方向に魔力からなる腕を伸ばす。
「……!」
「まあ、そう簡単には当たらないよな」
魔力の腕から逃れ、砕けた白亜の大地を蹴って加速するエマ。フォンセは魔力を消し去り、エマを正面から迎え撃つ。
既にエマの手には天候の力が纏われており、今回は霆のようだ。風か雨か雷くらいしか纏っていないが、それでも十分に脅威的な力だった。
「アフロディーテ様の為に……!」
「……っと……"風の弾丸"!」
雷を纏って貫通力と切断力を上げた腕を振るい、フォンセを狙う。フォンセはそれらの攻撃を見切って躱し、飛び退いて弾丸のような風魔術を放出した。
その弾丸は真っ直ぐ進み、エマは自身を霧に変えて躱す。刹那にフォンセの背後へと回り込んでおり、雷の腕を斬撃のように振るって嗾けた。
「"土の壁"!」
「……無意味……!」
「みたいだな……! やはり魔王の力の壁でなくては容易く切断されてしまうか……!」
それに対して土魔術からなる壁を造り出して防ぐが、次の刹那にその壁は切り裂かれる。
エマの力を相手に通常の魔法・魔術では意味が無い事は分かり切っている。なのでフォンセ自身も相応の力を使いたいと考えているが、仲間を前に魔王の力を使えばどうなるのか目に見えている。エマなら魔王の炎魔術以外では再生する筈だが、果たして魔王の魔術に異能を無効化する力が秘められているのかは分からない。
例えばマギアなどと鬩ぎ合った事もあるが、その時は相殺された。しかし、それはあくまで相手の魔術に対してだ。生物兵器に対応出来る事から考えてももしかすれば不死身の性質を消し去ってしまうかもしれない。
余波でこの街。もしくは世界が滅びてもライたちが無事ならば良いと考えているフォンセだが、効果が如何程か分からない現状、今回の城のようにエマや周りへの被害を抑える目的以外ではそう簡単に魔王の力を使えないだろう。
「……」
「……っ」
考えているうちにもエマが攻め入り、壁の向こうから嗾ける。それをフォンセは躱して魔力を込め直し、再び物理的な力の魔術を放出した。
「やはり通常魔術で脳を粉砕。その後催眠から解き放つ方が良さそうだ……! "巨大な拳"」
形成したのは魔力から作り出された巨大な拳。大鎚でも良いかもしれないが、それでは如何せん速さ不足。なのである程度は自由に扱える拳を形成したのだろう。
フォンセはエマの攻撃を避けつつ隙を窺い、巨大な拳でエマの頭に狙いを定めた。
「そこだ!」
「……」
次の瞬間に最適なタイミングでその拳を放った。が、しかし、エマは自身の肉体を再び霧へと変えて移動し、フォンセの攻撃から逃れる。
フォンセは次の出現地点を予測してその場所に拳を放って行くが、その全てが躱されてしまった。
「……っ。やはり優れた身体能力だな……! ヴァンパイア特有の変身能力も相まってかなり厄介だ……!」
エマの動体視力。それを用いて霧になられると攻撃が当たらない。それがかなり厄介だった。火その物であるロキのような力にも近い。
しかし隙を見せれば即座にフォンセを討ち仕留めるべく天候の力や純粋な腕力で攻めてくる。攻撃を止める訳にもいかない状況だ。
「……!」
「……っ」
考えている時、予想通りエマが天候の力を纏って片手を突き出した。フォンセはそれを紙一重で避け、背後の城壁がそれによって大きく拉げる。
山河や大陸を砕くくらいの攻撃ならビクともしない魔王の力からなる城壁なのだが、それを陥没させるのはかなりの破壊力が秘められている事の証明だった。
「やれやれ……気が滅入るな。不死身の肉体にあれ程の力を誇るエマ相手に手加減して戦わなくてならないなんてな……」
「……」
エマの持つ天候の力を前に、改めて相手にする事の難しさを実感するフォンセ。
対するエマは変わらずに攻め続けており、先程の風が避けられたその瞬間からフォンセに向けて嗾けていた。
「動きを止める事を優先するか……! "土の拘束"!」
「……」
そんなエマの身体を拘束し、動きを封じ込める。だが身体が霧に変わる事で拘束からは即座に抜けられ、距離を詰めたフォンセの懐に入り込まれる。
フォンセは風魔術を放出して上へと逃げ仰せ、エマを誘うように宙に舞う。しかしそのままでは誘っていると簡単に気付かれてしまうだろう。操られているとは言えエマはエマだ。なので気付かれないように細心の注意を払いながら誘い出していた。
(さあ、来い……!)
「……」
エマに誘っている事がバレぬ為、出方を窺うような動きで空中を飛行する。基本的に無言のエマは何を考えているのか分からないが、どうやらフォンセがエマを誘い出している事には気付かれていないようだ。
「一気に攻める! "炎"! "水"! "風"! "土"!」
しかし何もしなければ逆に不自然。当たれば上々というように様々な魔術で牽制する。
炎を放ち、水を放ち、風を放出して地面を浮き上がらせる。その全ては避けられてしまうがフォンセの眼前へ近付いた。
「今だ……! "元素"!」
「……!」
そしてエマが仕掛けて来たその瞬間、フォンセは先程の四大エレメントから創り出した魔力の塊をエマの頭上から叩き込んだ。
誘い出したのはこの為。牽制のような方法で使った四大エレメントは全てが半分程の力。残りの全てをこの為に用意していたのだ。
魔力の気配などを感じる事の出来ない今のエマならこっそりと本命の魔術を準備していてもバレないと踏んでの行動だった。そしてそれが見事に命中し、エマが勢いよく落下して城内を大きく揺らした。城壁に囲まれている部分の街はその一撃によって半壊したが、気にする事も無いだろう。
「さて……」
一気に強大な衝撃を叩き付けた。流石に少しは効いたかとフォンセは降り立ち、エマの落ちた方向に向き直る。
「……」
「……駄目か」
──その瞬間、周りが見えない程の粉塵を消し飛ばす風が放たれ、フォンセの頬を掠める。それと同時に半壊した街が更に崩壊した。
どうやら片腕は砕けたようだが、それはあくまで片腕だけ。即座に再生してしまう。本来の狙いである頭は無事であり、まだまだ催眠は解けそうに無い様子だ。
「だが、この空間なら戦いやすい……早いところ催眠を解くか……!」
「……」
しかし此処では日差しの心配が無くなり、城壁に囲まれた範囲のみが戦場である。なので先程の"フィーリア・カロス"の街中よりは戦いやすい空間が形成されていた。元々フォンセはそれを狙って造った城壁だったので狙い通りである。
フォンセとエマの戦闘。それは戦いやすいフィールドが形成される事で先に進む。此方の戦闘は、おそらく終わりに向かって進んでいた。