八百十五話 美の女神達との再戦
「"雷"」
「……!」
フォンセが雷魔術を放ち、エマがそれに応えるように霆を纏って嗾けた。その二つの雷撃は正面からぶつかり合い、白亜の大地に稲妻のような亀裂を造り出す。
バチバチと空気を走るような音が響き渡り、その空気が一瞬にして数万度に熱せられた事で音速を超え、膨張して破裂。ゴロゴロという轟音が街全体に響き渡った。
本来は電気を通さない石造りの建物や白亜の石畳の道に霆の余波が残り、点滅するように光る。それを他所に、フォンセはエマの眼前へと迫った。
「遠距離からの魔術では埒が明かないな。直接攻めるか……!」
「……」
フォンセ的には遠距離攻撃や中距離攻撃の方が得意分野ではあるが、今回の状況からしてそれでは意味が無い。エマを正気に戻す方法には思い当たる節があるのでそれを実行する為にも近くへ迫ったのだ。
「狙いは……頭! "岩の鎚"!」
「……!」
土魔術の応用からなる鎚を造り出し、エマの側頭部目掛けて振り下ろす。
エマはそれを見切って背面で避け、そのまま裏拳のような形で風を纏った拳を放った。
「……っ」
それをフォンセは仰け反って躱し、飛び退くように距離を置く。やはり簡単には狙え無さそうである。
何故フォンセがエマの頭を狙っているのかと言うと、それはディオニュソスの時にエマが酔いを覚ます方法を見ていたからだ。
ヴァンパイアであるエマは、おそらくライたちの中でも随一の再生力を誇る。それこそ、細胞一つ残さず消し去らなければならない生物兵器並みの再生力だ。それを持ってすれば頭を砕かれたくらいでは死なない。ディオニュソスの時はエマ自身が頭を砕いて脳を再生させ、アルコール成分を抜いて酔いを覚ましていた。
それ以外にも催眠への対処法は本人からも教えられていたので、もしかすればライがアフロディーテの宝帯を砕くよりも前にエマを正気に戻せるかもしれないと判断して頭を狙っているのだ。
(近接戦の苦手な私が振るう鎚でも、常人相手には申し分無さそうだが……敏捷性の高いエマには少し速度が足りな過ぎたか……。もっと素早く、重い一撃を頭に叩き込む必要があるな……)
「……アフロディーテ様の為に……!」
「考えている時間は無さそうだな……!」
鎚は少々重く、エマ相手では簡単に避けられてしまう。なのでフォンセは即座に鎚を消し去り、次の手を考えていた。
しかし操られてユーモアも余裕も無くなったエマがそれを待つ筈も無く、即座に霆を片手に纏ってフォンセとの距離を詰め寄った。
考えるだけ此方が不利になると考えたフォンセはもう一歩、数メートルを一瞬で飛び退いて魔力を込める。そしてその距離を一瞬で詰め寄ったエマを前にその魔力を放った。
「"避雷針"!」
「……」
それは、エマに向けてではないが。
土魔術の応用で金属性の針を造り出しており、それを周りの地面に突き刺す。その瞬間、エマが纏った天候の雷は避雷針へ吸い込まれるように向かい、大地へと電流を受け流した。
本来、雷というものは決まっていない場所に落ちるが、避雷針はそんな雷を誘導する装置である。先駆放電など面倒な事柄があるので細かい説明を省くとして、要するに避雷針によって雷の方向が変わったという事だ。
生身となったエマの腕をフォンセは掴み、自身の元に引き寄せる。そのまま魔力で自らの肉体を強化して頭を──
「……」
「……なっ!?」
──潰そうとした瞬間、エマは自身の腕を引き千切ってフォンセから距離を置いた。
それによって一瞬フォンセの気が取られた瞬間にエマは迫り、その腹部へ膝蹴りを放つ。その一撃でフォンセの口からは空気が漏れた。エマは即座に再生した片手に新たな風の塊を纏い、フォンセの身体を吹き飛ばす。
「……ッ! カハッ……!」
圧縮された天候の塊を直撃したフォンセは回転するように飛ばされ、複数の建物を貫通して倒壊させながら"フィーリア・カロス"の街を半壊させた。
「……そう言えば……エマは不死身だからこそ自らの肉体を躊躇いも無く犠牲にしていたな……油断した……」
エマの行動はある程度分かっている。分かっている筈なのだが、どうしても乗せられてしまうようだ。
それはエマの見た目から真剣勝負ではなく組み手のようなモノと脳が錯覚してしまっているからか、全く違う事柄かは分からないが、やはり手厳しいところである。
「だが、確かに隙は突けそうだった……行けるかもしれない……!」
吹き飛ばされたが、確かな手応えはあった。動揺さえしなければ意識の無い今のエマなら何とかなりそうな相手である。
まだエマは来ない。しかし確実に迫っているだろう。急ぐ必要が無いので少しだけゆっくりのようだ。
エマとフォンセ。片方は対象を始末する為。片方は正気に戻す為。二人の戦いは続くのだった。
*****
「……」
「……っ。素早い……!」
エマとフォンセの一方で、レイとリヤンはレイがリヤンの動きに翻弄されていた。
元より様々な幻獣・魔物の力を扱え、加えてこの宇宙に生まれた者に限り、その者達全ての能力を扱えるリヤンを相手に正当法で戦うのはかなり難しいのだろう。
(けど、見切れない速度じゃない。落ち着けば何とかなる……!)
しかし今のリヤンに意識は無い。神の力や支配者クラスの能力も使っていない。なのでレイは先が読めないだけで動き自体には追い付けていた。
背後から迫るリヤンの拳を見切って躱し、躱しながら鞘に納まった状態の勇者の剣を振り下ろす。それが避けられ、死角に回り込まれるがその動きも見切り、勇者の剣で対応する。
互いに全力には程遠い力だが、それもあってか完全に互角の戦いを繰り広げていた。と言っても元より二人にそれ程大差は無いのだろうが、それは捨て置く。
「やあ!」
「……」
レイが勇者の剣を振り下ろし、リヤンがそれを掴んで防ぐ。鞘に納まった状態である不利点がこれだ。
鞘に納まったままでは、鈍器のような戦い方が主流になる。なのでそれなりの腕力、握力と反射神経を持ち合わせた者が相手では簡単に防がれてしまうのである。
「……」
「……ッ!」
剣を掴むと同時にリヤンは回し蹴りを放ち、レイの身体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされたレイは転がるように地面を擦り、膝を着いてリヤンを見やる。傷は浅いが簡単にカウンターを食らってしまうこの方法。このやり方で攻め続けるのはやはり難しいものがあるようだ。
「……やっぱり大変だな……けど、私は魔法とか使えないし……」
「……!」
「おっと……考えさせてくれる暇は無いんだったね!」
近距離からの攻撃にも限界を感じ始めて来た時、考えさせる余裕など与えるつもりのないリヤンがレイとの距離を詰め寄り、レイは即座に立ち上がってリヤンから離れる。
ただ操られるがままに動くリヤンが相手では、考える時間が無いので即興で対策を練らなくてはならないのが地味にキツかった。
「けどやっぱり……正面から相手をするのが一番なのかな……!」
「……」
しかしそれなら考えていても仕方無い。戦いながら考えれば良いだけ。なのでレイは鞘に納まったままの勇者の剣を用いて迫るリヤンへ対応する。
「やあ!」
「……」
拳を剣でいなし、掴まれるよりも前に引き抜いて振り回すように薙ぐ。それをリヤンは紙一重で避けた。
相手が行動を起こすよりも前に剣を離せば良い。カウンターを食らわない単純な方法だ。
避けた方向に再び剣を薙ぎ、態勢を低くしてそれを避けたリヤンが身体のバネを使い、態勢を元に戻す勢いで打ち上げ掌底を叩き付ける。それを仰け反って躱したレイはそのまま身体を捻り、回転を加えて勇者の剣を薙ぐ。それによってリヤンの身体が吹き飛んだ。
「やっと当たった……!」
ようやく手応えを感じ、追撃するよう迅速に行動を開始して吹き飛んだリヤンを追う。次の瞬間、砂埃の中から光が放たれレイの身体を掠った。
「……っ。やっぱり直ぐ起き上がるよね……!」
今の光は熱光線のようなもの。光速で放たれた熱線は直撃すれば手痛い一撃になっていたのだろうが、意識せず反射的に身体が動いた事で避けられたようだ。おそらくそれは勇者の危機管理能力のようなものだろう。
偶然外れたと思っているレイは砂埃の方に視線を向け、その影に構える。
「……」
「……さて、リヤンはどうやって正気に戻そうかな……」
多少の土汚れはあるが、余裕がある様子のリヤンを前にレイは催眠の解き方を思案する。考える時間はあまりないが、この様に吹き飛ばしたりして少しでも隙が生まれれば思案するようにしているようだ。
フォンセ、エマの一方でレイとリヤンの戦闘も続いていた。
*****
「オラァ!」
「フフ……当たらぬ……」
街中を進み、拳を放つライに対して依然として秘密の分からぬ回避方法で躱すアフロディーテ。
躱した瞬間に光弾や瓦礫を放つという技は直撃しても無傷だが、攻撃が当たらず一方的に狙われるという状況はあまり気分が良いものではなかった。
「近付くと避けられるのか? じゃ、こうするか!」
「フッ、力を込めぬそれは容易く防げるわ!」
近接戦に持ち込もうとすると避けられる。なのでライは小石を軽く放って第三宇宙速度程で投げ、アフロディーテはそれを反射してそのままライの身体を狙った。
ライは軽く手を払って自分の方に飛んで来る小石を叩き落とし、同時に踏み込んでアフロディーテの元に迫る。
「近距離も遠距離も駄目。となると……」
「……!」
「合わせ技ならどうだ?」
迫りながら複数握っていた小石を放ち、弾丸のように飛ばして牽制。それと同時にライ自身も迫り、正面から嗾けた。
「フン、どちらにしても正面。別方向に避ければ無問題よ!」
「それはどうかな?」
「なにっ?」
それだけなら通常の正面攻撃と変わらない。なのでアフロディーテはライから逸れるような動きで高速移動して離れる。それを理解していたライは残りの小石を放ち、避けた方向に放り投げた。
「……っ」
その速度は先程よりも上昇して第四宇宙速度程。アフロディーテは辛うじて躱し、ライの側面。アフロディーテからすれば背面の建物が小石によって倒壊した。
「反射をしなかった……となると連続攻撃には対処出来ないやり方……成る程な。大体分かったよ」
「……」
連撃には対応出来ない様子の反射。それを理解したライは口に出して告げ、アフロディーテは歯噛みする。
ライの鋭さは昨日と今日の戦闘で証明済み。なのでその言葉が決してハッタリではないと理解したからこその反応だろう。
ライはアフロディーテを攻めながら言葉を続ける。
「つまりアンタは、反射の力を利用して自分を移動させていたんだな? 本来は向かってくる者に対する反射が正しい使い方だけど、俺にそれは通じない。だから、自分自身を反射させる事で高速移動を可能にしていたんだ。……まあ、それだけじゃ俺の速度には追い付けないから……俺に纏割り付く空気にでも反射の力を作用させて俺の速度に合わせて避けていたという感じか」
ライの推測は、アフロディーテが反射の力を用いて自身の移動速度を高めていたというもの。
反射の力は物質を問わない。なのでライの周りにある空気などを反射させる事でライの速度に合わせて避けられていたのだ。
そうしなくては避けられない相手だからこその機転だろう。しかしライの動きに合わせて常に反射の力を作用させているので、方向転換や防御などの際に限ってその反射は解除している。もしくは空気の当たる位置を調整して方向転換を可能にしていると考えた。
それならば反射を解除している一瞬を狙われては対応出来ない事にも合点はいく。
ライは更に続けた。
「つまり、周りに障害物があってはならない。だから俺の攻撃を避けた後も住人達の居ない場所に向かって移動しているんだろ? 巻き込んでしまう可能性があるからな」
アフロディーテは、自分勝手ではあるが幹部として住人を護る立場にある事は理解している。アレスと言い、その辺は踏まえて行動しなくては幹部などに到底なれないからだ。
なのでアフロディーテは住人を巻き込まぬように、味方であり、自由に動かせる便利な兵士のような存在の住人から離れたままにしたという事である。
そんなライの指摘に対して、アフロディーテは表情を緩ませ高笑いして返す。
「フフッ……ホッホッホ……そうかそうか。よくぞそこまで考えたの。だが、先程の推測と言い、言っただろう。妾が認めなければそれは永遠に推測止まりとな……無駄な推測だ!」
「ああ……それはもう、肯定しているって考えていたよ」
高笑いを終えると同時にライの推測を否定し、声を荒げて大量の瓦礫と光弾を放つ。ライはそれを正面に受けながら迫り、今度は土魔術で石を作り出して放り投げた。
「効かぬ!」
「ああ、知っているよ!」
「……!」
その石は簡単に弾き飛ばされる。なのでライは第四宇宙速度程で放った石を追い越し、アフロディーテの背後に回り込んで側面から回し蹴りを放った。
「しまっ……!」
「宝帯の前に……先ずは動きを止めた方が良さそうだな!」
そしてその回し蹴りは、怒りと石に気を取られて反応が遅れたアフロディーテへ直撃した。
ライは催眠効果があるであろう宝帯を狙っていたからこそ正面からしか近付かなかったが、その気になれば幾らでも対処は出来た。それを今実行し、アフロディーテの美しい身体を蹴り抜いて"フィーリア・カロス"の街中へ吹き飛ばしたのだ。そしてその刹那、街の中心で轟音が鳴り響いて粉塵を舞い上げた。
この程度ではまだまだ動けるだろうが、確かな手応えはあった。ライは降り立ち、粉塵に向けて話し掛ける。
「昨日のアンタは全力を出さなかったけど、それは俺も同じだ。さて、これからが本番だ。アフロディーテ?」
「フフ……生意気な……! これからが本番という割にはまだまだ力を隠しておるであろうに……だが、その挑戦は受けてやろう……妾が全力を持ってして相手取ってくれる……!」
街の中心に造り出されたクレーター。そこから土などに汚れたアフロディーテは姿を現し、憤って周りの瓦礫を消滅させる。
ライがまだまだ本気ではない事は理解している様子。だが、この挑戦は受けてくれるらしい。
エマ、フォンセとレイ、リヤン。その戦闘が続く最中、アフロディーテが本気を出す事で更に戦闘が激化するのだった。