八百十四話 催眠方法
「さて、早速嗾けるとしようぞ。お主らの相手は主にお主らの仲間だけどの」
「「……アフロディーテ様の為に……」」
アフロディーテの言葉と同時に操られたエマとリヤンがライ、レイ、フォンセの三人に向き直り、構える。ライたち三人も構え直し、エマたちの出方を窺った。
「……。さて、どう出てくるか……」
「多分……」
「直ぐに来るな……」
その瞬間、予想通りエマとリヤンはライたちの元へ一気に迫り寄る。予想していたライたちはそれに合わせて躱し、各々で散るように行動を起こした。
アフロディーテの技を全て無効化出来るライはアフロディーテの眼前に迫り、今度はレイがリヤン。フォンセがエマの元に迫る。
「アンタの催眠の秘密、分かったぜ! 伝承にもあった事だ!」
「ほう? ならば聞かせて貰おうかの。無論、妾は大人しく話を聞くという訳にもいかぬがの……」
昨日の数時間でライたちはアフロディーテの催眠の秘密を理解した。なのでライはそれを本人に告げながら加速する。
アフロディーテはそれを聞いてやろうという態勢にはなっているが、戦いを止めるつもりはない。なので戦闘しながら謎解きをする事になりそうだ。最も、謎解きと言っても既に謎は解かれているが。
「まあ一々辿り着くまでの過程を説明するのも面倒だ。今は答えだけを知れれば良いからな。……単刀直入に聞く。アンタの着けている宝帯。それが催眠の正体だろ?」
「……。ほう?」
ライの、ライたちの辿り着いた結論。それはアフロディーテの着けている黄金の宝帯。それが催眠を引き起こした物の正体という事。アフロディーテはそれを聞いて軽く笑い、ライは構わず言葉を続ける。
「確かアンタは……いや、伝承のアプロディーテーは見る者を自分の虜にする魔法が掛かった神器を持っていたってのを思い出してな。それが受け継げられているとして、アンタがそれを持っていたなら態々大衆の前に姿を現したのも合点がいく。元より街の住人からは信頼されていると思うし、そんな物を使わなくてもアンタの美しさの虜になっている筈。だけど街の住人を改めて催眠に掛けたのは、これからこの街が崩壊するかもしれない程の戦いが起こると考えたから。そうなるとパニックになるのは目に見えている。それを避ける為の催眠だ。……まあ、本来の目的はエマとリヤン……俺たちだったんだろうけどな。イマイチ能力無効化については疑問もあったからあわよくば全員を催眠状態にしようとでも考えていたんだろ?」
アフロディーテ。もといアプロディーテーは、見る者を魅了する宝帯を身に着けているとされる。ライたちが至った催眠の結論がその宝帯からなる催眠の力という事だ。
これを使えば対象の視界に映っただけで操る事が出来るようになる。今までの催眠の状態や、宝帯を直視していないアグライアー達が問題無かった事も含め、全てに置いて催眠作用のある宝帯が今のアフロディーテに受け継がれているという事で纏まるのだ。
「フフ……そうか。中々良い考えだ。しかし、私が了承しなくてはその推測も全て無駄に終わる。それに、例え合っていたとしても催眠を解く方法が分かった訳ではあるまい?」
それはもう答えを言っていると判断しても良さそうではあるが、催眠を解く方法が分からないのは事実。だがライには思い当たる一つの可能性があった。
それについて言葉を続ける。
「まあ、確かにそうだな。例え俺たちの推測が当たっていたとしても、催眠を解けなくちゃ元も子も無い……けど魔法道具や神器による力の場合、大抵はその根元……道具その物を砕くか首謀者を叩くのが解決の道に繋がるって相場が決まっているんだ」
「フフ……そうか。ならばやってみるが良い。妾に近付けたらの?」
「……!」
アフロディーテへ拳を放ち、標的であるアフロディーテはそれを避ける。それと同時にライの背後から人影が近付き、そのまま攻め込まれたがライは紙一重で躱して視線を向けた。
「……。ああ、成る程。そういう訳……」
「「「…………」」」
そして視界に映り込んだ──催眠状態の住人達を見て全てを察した。
心身を操る催眠。街の住人を集めていたのは観戦などが目的ではなく、兵士として扱う事が目的だったようだ。
だがアフロディーテは幹部としての立場をしかと弁えている存在。ライたちが一般人に手を出せないという事を理解しているからこその行動だろう。流石は神々を罠に嵌めた伝承のあるアフロディーテ。相手の苦手なモノを即座に見抜き、それを実行する力がある訳だ。
「いつの間にか武器も手に取っているな。剣に槍、弓矢に銃。平均的な武器類だけど」
「「「…………」」」
ライが話している瞬間、住人達は一斉にその武器を嗾けた。
槍で突き、剣で切り裂き、弓矢や銃を放つ。それらをライは見切って躱し、もしくは正面から砕き、操られている住人達の懐に入って柔術で対応する。
相手の勢いなどを利用する柔術。それならばあまり傷付ける事なく対処が出来た。
「まあ、意識を奪えれば上々かな。手加減するのは難しいけど」
「「「…………!」」」
住人の腕を掴んで放り投げ、他の住人にぶつけて意識を奪う。一方で同時に背後から攻め入る住人の腕も掴み、腹部を掌で押さえて地に叩き伏せさせた。
催眠状態とは言え、生物兵器などと違って意識はある。なので脳に揺さぶりを掛ければその意識を簡単に奪えるのだ。
今までライの戦ってきた相手が相手なのでこの様な住人達へ手加減するのは難しいが、戦闘でも何でもない普段の動きをそのまま攻撃に移しているので力は上手く扱えていた。
「フフ……妾も手は貸すぞ」
「ああ、知っているよ」
アフロディーテは周りの建物を反射の力で抉り取って持ち上げ、それを一気にライへ放つ。ライは余波を抑えつつそれを砕き、周囲に瓦礫が落下して街が揺れた。
余波が酷ければ操られている住人にも被害が及んだかもしれないが、ライはその点を踏まえて行動しており、アフロディーテもその事は分かっているので遠慮無く放ったのだろう。
次の瞬間にライが住人達から離れ、アフロディーテの眼前に迫る。アフロディーテは跳躍して躱しながら光弾を放ち、複数の爆発を起こして牽制する。しかしライにそれは効かない。爆発の中から無傷で姿を現し、アフロディーテに、アフロディーテの宝帯に拳を放った。
「フッ……光も反射も通じないなら……!」
「……!」
その瞬間、アフロディーテの身体が急加速してライから離れた。
ライの拳は空を殴り付け、その衝撃で前方の建物と空の雲が消し飛ぶ。離れたアフロディーテはそのまま着地し、不敵に笑って光弾を形成した。
「避ける術は幾らでもある!」
それと同時に空中のライへ光弾を放ち、着弾と共に大きな爆発を引き起こす。
そのまま着地したライは無論の事無傷だが、アフロディーテの急加速について考えていた。
「突然動きが速くなったな……。いや、これが本気。もしくはそれに近い力なら納得は出来なくもないけど……」
「フフ……考えているところ悪いが、構わず攻めさせて貰おうぞ!」
「ああ。それくらいは想定済みだ」
アフロディーテの動きの変化は気になる。しかし気にしている暇も無いだろう。なのでまた飛んで来た瓦礫と光弾を避け、一部は砕きながらアフロディーテの元に迫った。
「よっと!」
「フッ……!」
「動きは良いよな。やっぱり」
第一宇宙速度程の速度で迫り、それを躱されると同時に回し蹴りを放つ。それも避けられ、また急加速してライに瓦礫と光弾をぶつける。熱と衝撃が街を揺らし、無傷のライが再び迫った。
そんな二人の一方で、レイ、フォンセとエマとリヤンの戦闘も継続していた。
「「「…………」」」
「……っ。住人達が……!」
「邪魔だな……!」
──街の住人も織り交えてではあるが。
エマとリヤンはまだ身体能力のみで戦っているが、この二人を相手にしながら街の住人達を傷付けないように行動するのも大変だろう。
レイは鞘に納まったままである勇者の剣を用いて住人達から意識を奪い、フォンセは少量の魔力を脳に作用させて意識を奪う。
「……!」
「リヤン……!」
硬質化させた腕を用いてそれなりの腕力で攻め入るリヤンを勇者の剣の鞘で受け止め、レイは弾かれるように飛ばされる。
飛ばされた瞬間にリヤンは距離を詰め寄り、レイの腹部を抉るように拳を振り抜いた。
「……っ。危ない……!」
「……」
拳は辛うじて躱し、風圧と余波でレイの衣服が破れる。下手すれば自分がこうなっていたと考え、改めて力を込め直しながらリヤンを誘うように距離を置いた。
「此処には住人達が居る……リヤン、此方に来てみて!」
「……」
リヤンはレイの誘いに乗り、アフロディーテの城前から街中に移動したレイを追う。二人は、というよりレイは人間であるが身体能力は常人と桁違いのものがある。なので洗脳されている街の住人達にも追い付けない程の速度は出せるのだ。
瞬く間に距離を置き、ある程度進んだところで振り返る。そこにリヤンはおらず、次の瞬間に上から影が現れた。
「……! やっぱりリヤンなんだね……! ちゃんと考えて行動しているよ……!」
「……」
幻獣の力で強化した爪を用いてレイに斬り掛かったリヤンである。
レイは咄嗟に鞘に納まった勇者の剣で受け止めたが、操られているとは言えリヤンである事に変わりはない。ただ誘われるだけという訳も無かった。
勇者の剣で受け止めたは良いが、油断は出来ない。一筋縄でいかない相手なのは承知の上だろう。レイはリヤンを弾き返し、改めて向かい合った。
そしてもう一方。城前付近ではエマとフォンセが空中を飛び交って鬩ぎ合いを織り成していた。
「何故始めから気付かなかったんだ。住人に邪魔をされるなら住人の手が届かない場所に行けば良かっただけじゃないか」
「……」
フォンセの言葉にエマは何も返さず、ただ蝙蝠のような翼を羽ばたかせて高速移動しながら傘を片手に鋭い爪や自身の腕力で嗾ける。
「やれやれ。エマは戦闘中でも会話を返してくれるというのに。ユーモアが無くなってしまったな。"風"!」
それをフォンセは躱し、片手に魔力を込めて風を放つ。空なので風などを放って自由を奪おうという魂胆なのだろう。
だがエマは逆に風に乗り、流れるような動きでフォンセに肉迫する。その掌には風の塊が作り出されていた。
「やはり無意味か」
「……」
「そして返答は無し。ただ淡々と仕掛けて来ているな……! "風の壁"!」
それを見て動きを変えるのは無駄と判断したフォンセが風からなる壁を作り出し、エマの放出した風の塊にぶつけて相殺する。それによって暴風が吹き荒れ、周りの建物を倒壊させた。
既に周りの雲は吹き飛んでいる。主にライの放った拳の衝撃で。なので空は快晴。エマの傘を弾かぬように気を付けなくてはならない様子だ。
「今ので住人も何人か吹き飛んだか。死んでいなければ後で治すとして、空は分が悪い。地上に移るか……!」
「……」
先程の衝撃で操られた住人達は居なくなった。ライとレイも既にこの場を離れている。なのでフォンセは迫るエマに抱き付き、そのままの勢いで落下して白亜の道を砕く。二人の間には数メートルの小さな穴が造り出された。
「ライとレイも戦っているなら、早いところエマを正気に戻して合流した方が良さそうだ……苦戦は免れないからな……!」
「…………」
二人は立ち上がり、互いに向かい合う。アフロディーテ自体は何とかなりそうだが、エマとリヤンが加わる事でかなりの強敵になった。元より決して弱くは無いのだが、より厄介になったという事なので操られている二人を正気に戻すのが先決だろう。
人間の国"フィーリア・カロス"にて、ライ、レイ、フォンセとアフロディーテ、エマ、リヤンによる戦闘が再び始まった。