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八百十三話 催眠確認

 ──"人間の国・フィーリア・カロス"。


 アフロディーテとの戦闘を中断したライたちは、元通りではないにせよ修復された"フィーリア・カロス"の街を進んでいた。


「街を見てみると……住人達は何事も無かったように歩いているな。建物は倒壊しているのに」


「うん。催眠状態にあったからなんだろうけど……建物が壊れている事や時間が進んでいる事を疑問に思っていたりしないのかな?」


「はたまたそれも踏まえた上での催眠状態か……まあ、経過した時間は数十分。アフロディーテにその時間見惚れていたと錯覚している可能性もある。……建物の方は分からないがな」


 ライたちが疑問に思っていた事は、催眠に掛かっていた街の住人達について。

 フォンセの言うように掛かっていた時間は数十分なので時間の経過はまだ分からなくもないが、建物が倒壊している事に対して何も思わないのは不思議だろう。

 形ある物が砕けており、白亜の美しい道には所々ヒビが垣間見えている。薔薇の花も幾つか朽ちており、それ以外にもパッと見だけで様々な問題点が窺えた。にも拘わらず街の住人は平然としている。それはおかしな事である。


「街の人に直接聞いてみるか……いや、まだ催眠状態のままって可能性も有り得るよな……」


「うん。もしかしたらそうなのかも……幹部クラスならそれくらいは簡単にやって退けそう」


「確かにな。一見は普通に見えても既に洗脳済みという可能性はある。街の被害を全く気にしていない事も踏まえてな」


 仮にその事へ理由があるとすれば、街の住人達がまだ催眠状態という事なら合点はいく。なのでライたちは街の住人は意に介さず一先ず宿を探す事にした。

 街の住人が催眠状態のままなら宿に泊まれないかもしれないが、アフロディーテはこの街を楽しむが良いと告げた。その事からするに、例え催眠状態でも宿の心配は無さそうである。

 最も、宿が無くともテントは持っているので問題無いが。


「まあ、一日の猶予を与えられた訳だけど、此処が敵地である以上、相変わらず油断は出来ないな。さっさとアフロディーテを倒してエマとリヤンの洗脳は解きたいところだけどそれも難しい。バレずにアフロディーテの城に潜入して打ち倒すって方法も考えたが……街の住人に催眠が掛かったままなら俺たちの行動が監視されている可能性もある。確証は無くてただの推測だけどな」


「うん。何とか催眠状態かどうかを確かめる方法があれば良いんだけどね。表情を見ればある程度は分かるけど、"かもしれない"の可能性溜まりだよ」


「いきなり仕掛ける訳にもいかないからな。解除の魔術があれば良いのだが……そんなものがあればさっさとエマとリヤンに使っている」


 もしもライたちの推測が正しく、街の住人達が全員催眠状態にあるならライたちの監視も行われている筈。そう考えると中々行動に移れないものである。

 エマとリヤンが人質のような立場だとしても、ライたちは潜入が得意な方ではある。なので隙さえ突ければ二人をさらって何とか出来るのだが、街全体に監視されているとなると中々に難しい問題だろう。


「せめて街の住人が本当に催眠状態かの確認が取れれば良いんだけどな。催眠に掛かってますか? とかは聞けないし」


「この状況で催眠かどうかを見破る方法……住人が街の破壊に気付いていないみたいだから試しに何か壊してみるとか?」


「……。レイ。お前もたまには物騒な事を言うんだな。まあ、私も賛成だが」


 街の破壊などに気付かない催眠。それなら試しにやってみる。確かに合理的で確実な方法だ。既に何戸かの建物は倒壊しているので今更被害が一つや二つ増えたところでどうという事も無いだろう。

 しかし確証を得る為とは言え、力業なのに変わりはない。ライたちの目的とする世界征服は、力業ではあるが今回の場合と少し違うので悩みどころだ。


「……まあ、取り敢えずは催眠状態の確認を優先しよう。街を破壊する方法は問題だから、何か大きな音とかを立てれば良さそうだ」


「あ、それならビックリするくらいで誰も傷付かないから良いね」


「確かに音を立てるだけなら簡単にやれるな」


 街の破壊は物騒。アフロディーテとの戦闘中の破壊は不可抗力だが、今回は避けられる状態だ。なので大きな音を立てる事で住人の反応を窺う事にした。

 ライたちは進みつつ、フォンセがしれっと魔力の塊を作り出した。


「取り敢えず、俺たちの仕業って事はバレないようにしないとな。もし住人達が正気なら悪目立ちする事になりそうだ」


「うん。けど、何か悪戯仕掛けるみたいで少しドキドキする……」


「ふふ、確かにな。悪くない感覚だ」


 ライたちが起こしたとなれば住人達が正気でも目立つ事になってしまう。それでは住人達に異常が無くとも監視される形となってアフロディーテの城に行くに行けなくなってしまうだろう。

 そうなると元も子もなくなるので慎重かつ迅速に、誰にもバレないように事を起こす必要があった。


「行くぞ……"サウンド"……!」


 次の瞬間、フォンセが歩きながら魔力の塊を放ち、天空に舞い上げた。それが上空数十メートルに到達すると同時に破裂し、耳をつんざく轟音が街全体に鳴り響く。


「凄い音だな……これなら街の住人の反応が分かるかもしれない……」


「うん……。耳がキンキンするよ……」


「これは自分にもダメージが入るのが問題だな……。魔力からなる物質の放った音だが、音自体は物理的なものだから私にも効く……」


 放ったフォンセ本人とそれを聞いていたライたちにも音は伝わり、肩を竦ませながら立ち止まって辺りを見渡した。そしてライたちの視界に入った街の者達はと言うと、


「……確定だな。街の住人も催眠状態のまま。そして、あの音でも解けない催眠となるとかなりのモノだ」


「そうみたいだね。皆……怖いくらいに無関心……」


「私たちが道の真ん中で突っ立って居ても全員が気にしない……か。試しに足を掛けてみたら転んだが即座に立ち上がったぞ」


「嫌がらせみたいな事してるね……」

「ふふ、これも確証を得る為。仕方無いさ」


 ──誰一人として音に反応した者は居なかった。

 そう、始めから何もなかったかのように、誰も気にせず街中を進み続ける。何処に向かうのか、全てが疑問だが街の住人は全員が催眠状態であるらしい。

 加えて、フォンセが試すに一般人に足を掛けたが即座に立ち上がったとの事。それはつまり、ただ何も考えずに動く生物兵器の兵士達と同じ状態という事だ。

 住人達はちゃんと生き物の役割は果たしているが、今だけは確実にアフロディーテの傀儡という事だろう。


「……となると、話し掛けてみたら定型文を淡々とつづるって感じかな。パッと見は商売とかも普通にしているけど……一連の動作以外していないし客も何も買っていない」


 "フィーリア・カロス"の住人達は、まるでプログラムされた機械のように淡々と動いていた。

 商売人は客が来てもずっと呼び込みをしており、客は商品を指差したら何もせずに帰る。聞こえてくる会話も「こんにちは」「お元気ですか」「久しぶり」などのような言葉がループしている状態。音を使う事でライたちは周りの音や動きにも注意が向き、改めてこの街で正気を保っているのがライ、レイ、フォンセとアフロディーテ。そしてアフロディーテの側近であるカリスの三美神だけだと理解出来た。


「何か不気味だね……。ショーとかでよくやる操り人形の世界に来たみたい……」


「もしくは同じ道を走り続ける馬車の玩具……。何はともあれ、私たちと敵の主力だけが正気という事か」


 周りの様子を見たレイが薄気味悪そうに話、それにフォンセが同意する。

 この街の住人達に意思は無い。完全に操られている状態だ。ライも頷いて返した。


「ああ。この催眠はアフロディーテの身に付けている何らかの力だろうし、実質俺たち三人だけの世界だな。ハデスが創った無機質な世界より無機質だ」


 この街に人は居るが、全員が普通に過ごしているようで定められた行動しかしていない現在の"フィーリア・カロス"。街の美しさも相まり、それが無機質さ、虚無感、閉塞感、疎外感を作り出していた。


「さて、早いところ宿でも見つけて明日の対策を考えるか街を散策しよう。エマとリヤンの催眠の解き方とアフロディーテの何が催眠の要因になったのか考える必要がある」


 しかしそんな事はて置き、ライはレイとフォンセに向けてこれからの行動を話す。

 例え街中が操り人形だとしても、意思を持つ仲間が居れば問題無い。なので街の雰囲気を気味悪がるより先の行動を考えているのだ。

 レイとフォンセもそんなライの意思を感じ取り、頷いて返す。


「うん。不気味だけど、アフロディーテを倒したら元に戻るかもしれないし、早いところ行動に移った方が良いかも」


「ああ。今日は無理でも明日は必ず戦う事になる。それまでに催眠の方法だけでも考えておこう」


 優先すべきはエマとリヤンの催眠とアフロディーテ。なのでライたちは適当な宿を見つけ、今後について話し合う事にした。

 それからライたちは無関心な人々の居る白亜の美しい数十分程歩き、定型文を淡々とつづる中居や女中の居る宿を見つけた。そして受付を終え淡々と案内された部屋に入って辺りの様子を窺う。


「カーテンは閉めておこう。何時何処で誰が聞いているか分からないからな。操り人形でも、操り人形だからこそ的確な情報を伝える事は出来る筈だ」


「声を盗み聞きされそうな道具も無いよ。魔力も感じないから安全かな?」


「後は部屋の外が問題だが……今のところは部屋の前に誰も居ないな。話し合いをしてもバレる可能性は薄そうだ」


 先ず部屋についてからする事は、見張りや盗聴の確認。情報を漏らす行為は得策ではないので当然だ。

 敢えて間違えた情報を伝えるという考えも出来るが、今はあまり悠長な事を言っていられないので早いところ疑問点を解消するのが一番だろう。

 ライ、レイ、フォンセの三人は宿にて明日に向けた対策を練るのだった。



*****



 ──"フィーリア・カロス・アフロディーテの城"。


「フフ……やはり一筋縄では行かんの。たったの数十分で実力差を思い知った。こんな屈辱は初めてよ……!」


 ライたちが宿で話し合いをしている時、アフロディーテは豪華絢爛な装飾で施された黄金の椅子に座り、自身の傷を見てライたちの事を考えては美しい顔で怒りをあらわにしていた。

 黄金の肘掛を腕力で砕き、パラパラと金粉を散らす。ルビー、サファイア、ダイアモンドなどの宝石類も容易く砕けて床に散り、落ち着かないのか立ち上がった。


「アフロディーテ様。どちらへ?」


「……。フム、ちと落ち着かなくての。侵略者の仲間の様子を見に行くつもりだ。何もしないという約束は破らん。潜在的な力を催眠でどれ程出せるか確かめてみるとする……」


「はっ。分かりました」


 立ち上がったアフロディーテにアグライアーが訊ね、本人は目的を話す。

 自分勝手ではあるが義理堅いらしく、約束などは疎かにしないらしい。その点はしかとわきまえている様子のアフロディーテに頭を下げ、アグライアーは見送る。

 

わらわがやられればこの国に大打撃を与える事になる……同士討ちをさせてでも何とか阻止せねば……」


 力がたぎり、それを抑えるように落ち着くアフロディーテ。人間の国の幹部としてライたちの存在は脅威的なのだろう。

 他の幹部達はアレスを除いて自身の敗北をあっさりと認めたが、アフロディーテはプライド故にそう言う訳にもいかないようだ。

 ライ、レイ、フォンセが明日への準備を着実に進める中、アフロディーテも対策を練っていた。



*****



 ──"フィーリア・カロス・アフロディーテの城の前"。


「フッ……よくぞ来たな……侵略者。昨晩はよく眠れたか?」


「まあ、何とかな。交代しながら寝ていたからよく眠れてはないけど、十分な睡眠は取れたと思うよ」


「そうか。それは何よりだ。力が出なくてやられたなどという言い訳は聞きたくないからの」


 翌朝。アフロディーテの城の前にライ、レイ、フォンセとアフロディーテ、エマ、リヤンが集まっていた。

 周りには催眠状態である街の住人もおり、側近であるアグライアー、エウプロシュネー、タレイアの三人も居た。しかし見たところ手出しはしないようである。


「それで、俺たちの対策は出来たのか? 俺たちはアンタの何に催眠作用があるのかを大凡おおよそは推測し終えたぞ」


「そうか。わらわもある程度は考えた。まあ、簡単に言えばわらわではなくお主の仲間達に戦わせるという単純明快なものだがの」


「そうか。それは参ったな。確かに俺たちには一番効率的な方法だ」


 それは謙遜などではない。本当にそうなのである。

 ライたちはエマ、リヤンと戦いにくい。見た目だけが同じ別人などなら躊躇ためらい無く打ちのめせるのだが、完全に本人なのでそれも難しいのだ。

 しかしやらなければ侵略活動を進めない。ライ、レイ、フォンセの三人とアフロディーテ、エマ、リヤンによる再戦が行われようとしていた。

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