八百十話 美の女神
「お手並み拝見と行きましょう!」
「ああ……!」
「うん!」
アグライアー、エウプロシュネー、タレイアの三人はアグライアーが光弾。エウプロシュネーが蛇腹剣。タレイアが植物を操って嗾けた。
アグライアーの光弾が白亜の建物に着弾して破裂し、周囲に光の爆発を引き起こす。その中から蛇腹剣と植物の蔦が撓って攻め入り、光弾の余波から逃れたライたち三人を追って加速した。
「よっと!」
「「……!」」
「やあ!」
「"水"!」
その二つをライは回し蹴りで軽く粉砕し、そのまま余波で光弾によって広がった光の爆発を消し去る。それと同時にレイとフォンセがエウプロシュネーとタレイアに向けて嗾ける。
「チッ……!」
「危ない!」
エウプロシュネーはレイの放った鞘に納まったままの勇者の剣を蛇腹剣で受け止め、タレイアはフォンセの魔術を植物による防壁で防ぐ。
それでもエウプロシュネーとタレイアは吹き飛ばされ、白亜の道を転がるように倒れ伏せた。
「エウプロシュネー! タレイア!」
「アンタの相手は俺かな?」
「……ッ」
姉妹の心配をする最年少のアグライアーの背後に、ライは回り込んで軽く背を押す。それによって勢いよく飛ばされ、アグライアーは建物の壁に激突した。
「……っ。予想……以上の強さですね……相手にすらならないなんて……」
「……ッ。鞘に納まったままの剣にやられるとは……不覚……!」
「アハハ……こりゃ敵わないなぁ……」
一瞬の攻防で美神の三姉妹を打ち負かしたライ、レイ、フォンセの三人。確かにそれなりの実力者ではあったが、支配者クラスの存在を打ち倒してきたライたちにとっては大した相手ではなかった。
アグライアー、エウプロシュネー、タレイアの三人は意識を失い、アフロディーテが笑い掛けるように拍手をして歩み寄る。
「流石の実力者のようだな。この三人をこうもあっさり打ち倒すとはの。やはり妾一人では勝てない相手と見て良さそうだ」
ライたちの実力に感心し、素直な称賛を与えるアフロディーテ。それは下に見ている事からなる称賛ではなく、自分だけでは確実に勝てないという意味を含めた称賛だった。
そんなアフロディーテを前に、ライは訊ねるように言葉を続ける。
「それで、アンタも戦うのか? 幹部の立場はしっかりと理解しているみたいだけど、勝てない相手に突っ込む程無謀じゃないだろ?」
「フフ、そうよのう。主ら三人に対して妾は一人。元は四人だったが、三人があっさりとやられてしまった。はてさて、困った困った……」
質問の返答は困ったというものだが、そのわざとらしい物言いからして何か裏があるというのは窺えた。そしてそれは、次の瞬間に分かる事になる。
「──……。……まあ、態々洗脳して自分に見惚れさせたんだ。こうなる事は薄々気付いていたけどな……」
「うん。避けられないみたいだね。これは……」
「ふっ……笑えないな。全く、嫌になる」
「「…………」」
「「「エマ、リヤンと戦わなくちゃならないなんてね……!」」」
──アフロディーテの何らかの力によって洗脳され、催眠状態にあるエマとリヤン。その二人との戦闘だ。
此処は裏路地。周りにある建物の上に傘を差したエマと何時もより更に遠い眼をしたリヤンがおり、ライたちの事を見下ろしていた。
実力者を操ったならやる事は決まっているも同然。予め操られる予兆があれば二人も簡単ではないにせよ対策を出来たのだろうが、今回は間が悪かった。
「これで三人と三人。数の差は無くなったのう。それに、この二人は一人だけでも支配者に匹敵する力を秘めている筈……妾もグッと楽になるであろう」
「美しいアフロディーテ様に仇成す逆賊。貴様達を討ち仕留めよう。ふふ、折角だ。丁度喉が乾いていたからな。鮮血を戴くとしよう」
「……アフロディーテ様の為に……倒す……」
二人の意識は完全にない。いや、あるにはあるのだが、その眼がアフロディーテ以外の何も映していないのだ。
アフロディーテの手中に収められてしまったエマとリヤンだが、その力は本物。ライたちからすれば遠慮無く力を振るえる支配者よりも戦い難い相手である。
「オイオイ……。まだこの街に来て数十分なのにかなりのピンチじゃないか……。今までで一、二は争えるぞ、この危機的状況……」
「手加減出来ない相手だけど……やっぱり気が引けるね……」
「まあ、この二人なら私たちが全力で相手をしても問題無さそうだが……先に世界が終わってしまうかもしれないな……」
既に戦う気の強そうなエマとリヤンを前に、ライたちは動き出せずに居た。
二人とアフロディーテの出方を窺っているという意味もあるが、やはり仲間を相手にするのは覚悟の決まっているライたちでも躊躇いが生まれてしまうのだろう。
「「……」」
「「「……っ」」」
そんな事を考えているうちにエマとリヤンが駆け出して建物の壁を滑り降り、そのまま攻撃へ移行した。
エマの掌には風の塊が纏われており、リヤンにも神聖な気配が漂っている。普段のエマたちと違い、流石にライたちの話し合いを待ってくれる程優しくは無さそうだ。
「此処は私が止める! "風の緩衝材"!」
「私も!」
エマの風に対してフォンセが風魔術からなるクッションを作り出して防ぎ、リヤンの力はレイが鞘に納まったままの勇者の剣で受け止める。
その攻防によって辺りが大きく揺れ、周りの建物が浮き上がって吹き飛んだ。
「二人は任せた! レイ! フォンセ! 俺はアイツを仕留める!」
「おやおや、アイツとは。随分と口が悪いのう?」
エマとリヤンはレイとフォンセに任せ、ライが白亜の道を踏み砕いて加速し、アフロディーテとの距離を一気に詰め寄った。
アフロディーテは力を展開し、向かってくるライに構えた。
「何かしてくるなら……!」
「ほう?」
何時もは関係無く突き進むが、何かを目論んでいるならばと急停止し、それによって浮き上がった瓦礫の欠片を掴んで放り投げた。
手首を軽くスナップさせただけだがそうとは思えない程の速度と破壊力となって突き進み、アフロディーテの眼前に迫った。
「中々の状況判断能力であるな」
「……。成る程ね」
──そして、瓦礫の欠片は何かの壁にぶつかったように弾き飛ばされ、ライの元へと反射して進み、ライの背後にある建物を倒壊させた。
「最も、何者も妾の身体は妾が許可した者以外、触れる事も傷付ける事も出来ぬがの」
自身の髪を手で触れ、撫でるように掻いて黄金の長髪を靡かせるアフロディーテ。
余裕のある立ち振舞いでスッと目を細めてクスクスと笑い、ライの反応を窺っていた。
「力の展開で攻撃を反射しているって訳か。何気に反射能力を使う相手は初めてだ」
「フフ……しかしお主にはそれもあまり意味が無さそうだ。この世で唯一……ではないが、妾の許可無く妾に触れる事の出来る存在よ。同じように催眠の効かなかったあの娘達も妾に干渉出来る筈だ」
アフロディーテの能力、それは力や技の反射。
本来なら力が発動していないうちに仕掛けるか様々な策を練って攻めなくては相手にすらならない程の能力。正当法では勝てない能力だが、魔王の力を宿し、反射などの概念も砕く事の出来るライたちには問題の無い相手だった。
しかしそれはアフロディーテも理解している事。無敵に近い力を持ちながら、決してその力を過信しない。自分の美貌には絶対の自信はある様子だが、やはり幹部として自分の立場と能力を見極めていた。
「厄介だな。近距離から攻める事は確定。だけどそう簡単には済みそうにないや」
「フフフ。無論だ。自分の能力を過信する事は敗北を早める事だからのう。少し強い力を手に入れただけの有象無象とは格が違うのだ」
実力者には、自身の力を過信する者が多い。自分を実力者へと引き上げた力なのだから当然と言えば当然だ。
それ故に、実力者が大敗を知る原因となりうるのが満身という事は珍しくない。向上心のある者ならそこから更に鍛えるが、敗北を知らぬ者が敗北を知って鍛えたところで、一度の敗北というものが枷になる事も多々ある。
なのでアフロディーテは己の力に自信はあるが始めから過信と満身などせず、敵の力量を見極めた後で行動に移るという、戦う側からしたらかなり厄介な相手だった。
「まあ、取り敢えずやらなきゃならないな。俺たちは侵略者だ。侵略者は侵略者らしく、対象を正面から打ち砕く!」
「フム。侵略者というものは本来、あまり目立たぬように侵略活動を進めて、隙が出来たら寝首を掻く者ではないかの?」
「それは人によるだろうさ。コツコツ地道に攻め落とす暗殺タイプと一気に攻め落とすタイプ。俺はたまに前者。見つかったら後者って訳だ」
それだけ返し、白亜の道を踏み砕いて加速したライが第三宇宙速度程の小手調べでアフロディーテに迫る。
アフロディーテはそれを見切って躱し、光を片手に纏った。
「この輝きは妾の存在を示すモノ。妾の美しさを前に、身を滅ぼすが良い」
「……!」
至近距離で光の力を放ち、先程のアグライアーよりも遥かに強大な光の爆発を引き起こすアフロディーテ。ライは光速で広がった爆発を街に伝わるよりも前に消し去り、小首を傾げてアフロディーテに訊ねた。
「街を普通に巻き込もうとしているな……。幹部としての自覚はあるって言うけど、それは良いのかよ?」
「フッ、気にするでない。これが妾のやり方だ。この街が消し飛んだとしてもお主らの所為にすれば事が済む問題だからの。非難は侵略者の方に向かうだろう?」
「そうかもな。まあ、否定はしない。俺たちの立場からして問題事が全て俺たちの所為になるのは仕方無い事だ」
曰く、この街の問題はライたちの所為になるから問題無いとの事。
理不尽かもしれない事だが、ライたちが侵略者である以上それも仕方の無い事だ。元々侵略者が攻めて来なければ起こらなかった被害。その点はライたちも理解していた。
「じゃあ取り敢えず、アンタが行動を起こすよりも前に動かなくちゃならないって訳だな」
「……ほう? また速くなったの」
ライは第三宇宙速度から第四宇宙速度に引き上げ、アフロディーテの背後に回り込んで回し蹴りを放つ。アフロディーテは試しに反射の力を展開させたが一瞬にして砕け散り、結局自身の腕で蹴りを防いだ。
だが勢いは殺せず、そのまま吹き飛ばされて建物に衝突。突き抜け、何とか倒れずに堪えた。
「……っ。妾の身体に触れるだけでなく、これ程までに吹き飛ばすとはの……。腕が痛む……。外的要因による痛みは久々だ……」
「やっぱり腐っても幹部。肉体的な力はかなりのものかな」
「フッ、力の末端も見せずによく言うものよ……!」
アフロディーテは話し掛けてきたライに対して光球を構え、次の刹那に全てを打ち放つ。ライに着弾した光球は連鎖するような爆発を起こし、"フィーリア・カロス"の街を揺らして砂塵を舞い上げた。
「よっと!」
「……ッ!」
その砂塵から既に飛び出していたライはアフロディーテの背後へと回り込んでおり、側頭部に後ろ回し蹴りを打ち付ける。
反応の遅れたアフロディーテは黄金の髪が揺れ、その肉体が回転するように吹き飛んだ。そして次の瞬間、直線上にあった巨大な建物が倒壊する。
「あっ、これじゃ本当に俺が大半を破壊した原因になり兼ねないな……。街の建造物を壊しちゃったし……」
アフロディーテの放った光球による被害は精々数十メートルの穴。一部の建物も巻き込んでいるが、ライが崩した巨大建造物の範囲はそれ以上だった。
アフロディーテはこの街の被害を全てライたちの所為にすると言っていたが、今はそれが偽りではなくなりつつある状況だ。
「まさか一度ならず二度も足蹴にされるとはの……。妾の美しさは滅びぬが、腹立たしいのぅ……」
「まあいいんじゃないか? ほら、考えてみれば俺たちの所為にする口実が本物になってきたって訳だしな」
「……っ。……フ……フフ……これくらいでは取り乱さぬ。……が、うむ。主は処刑にしよう」
「成る程。分かりやすくて良いな」
ライの言葉に憤り、美しい顔に青筋を立てるアフロディーテ。今までの立場とプライドから軽薄なライの言動には腹が立っているようだ。
元よりアフロディーテには洗脳をするまでもなく、十人見れば十人が美しいと絶賛する美貌を持つ。故にこの様にぞんざいな扱いを受けた事など無かったのだろう。加えて、手加減しているライに圧倒的な差で押されている現状。本人のプライドも許せないという事だ。
ライ、レイ、フォンセはアフロディーテの側近を倒したがエマ、リヤンが操られて敵となってしまう。人間の国、"フィーリア・カロス"に着いてから数十分。早くも主力との戦闘が始まるのだった。