八十話 三番目の幹部
「……か、幹部……アンタ……いや、貴女が……?」
「え……!? 幹部だったのか……!?」
「何で幹部がこんなところに……!!」
ザワザワと、ライの時とは別の意味で騒がしくなる民衆。
周りの様子を一瞥した女性──"タウィーザ・バラド"幹部のアスワドは言葉を発する。
「……やっぱり本来の姿は目立ちますか……つい食べ物に気を取られて箒も取られるとは……何という失態を……けど、目立つのが承知の上でもお礼は普段の姿で言いたいのです。箒を取り返してくれてありがとうございました!」
「あ、いえ……」
ペコリ、と深々頭を下げて礼をするアスワド。それに返すよう頭を下げるライ。
本当に幹部なのか? という疑問が浮かびそうなレベルで気迫や威圧感が無い者である。
「幹部たる者、その威厳を失ってはいけないというのに……屋台の食べ物に気を取られ……あわや命に等しい箒まで取られ掛けて……私はもう幹部失格です!」
「まあまあ、そう自分を卑下なさらずに……。というか少女姿の時と大分性格が違うような……」
もう威厳なんか無いんじゃないか? という言葉を飲み込み、幹部であるアスワドを励ますライ。
そして少女姿の時は割りと明るい感じだったというのに、大人の姿になってから自分を貶めるような発言ばかりをしているのが気になった。
「あ、それはですね……いや……でもどうしましょう……」
それを聞いたアスワドは顔を上げてライに返そうとするが、何かを考えるようハッキリと言わなかった。
「……あの、何か重要な事なんでしょうか? 何と言うか……自分の秘密? ……みたいな」
その事に対し、尋ねるよう質問をするライ。ライはアスワドの様子から、何か隠している事があるのでは無いかと疑問だった。
「そ、そんな! ひ、秘密なんて滅相もありません! 秘密って何ですか? 他人に知らせない事ですか!? そんな言葉があるんですね! 驚きました!」
それに返すアスワドの言葉を聞き、ライはアスワドの少女姿と大人の女性姿に何らかの要因が加わって性格が変化すると理解し、その性格の差に秘密があると確信する。
「……そうですか、それはすみません。貴女の思考を深読みし過ぎてしまいました」
が、アスワドの為に敢えてそれは言わなかった。
言ってしまえば秘密を知れるかもしれないが、それ以前に話し合いすら出来なくなりそうだからだ。
「そ、そうですね。人を疑うのは良くないと思います。私は人じゃなく魔族ですけど……。ま、まあそれは良いとして、疑い深いのは駄目な事だと思いました。あと敬語じゃなくても良いですよ? 私は元々こう言った口調ですので」
まだ動揺が取れない状態のアスワド。話を反らそうとしている。周に居る魔族達とレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテはライとアスワドのやり取りに唖然としていた。
「……あ、あのぉ……一つ良いですか? アスワド……さん?」
そして、このままではアスワドがずっと動揺した状態になってしまいそうな為、レイは挙手してアスワドに尋ねる。
「え? あ、はい。構いませんが? あと敬語じゃなくても……まあ良いですか……」
突然の言葉に動揺が収まり、返事をするアスワド。
人や動物は感情が激しくなっている時、物音などによってそれが静まるというが、魔族のアスワドにもその理屈が通じるのだろう。魔族だから通じないという訳ではないが。
反応を示したアスワドに対し、レイは言葉を続ける。
「幹部って確か……結構重要な役割ですよね……? こんなところでのんびりしていても良いのですか?」
レイが気になった事、それはアスワドが幹部という立場で自由に行動している事だ。
幹部というのはその街を治めるのが仕事。なので、適当にブラブラしている時でも変装などせずに有りの侭である姿を見せて行動するものなのだ。
何故なら、幹部が居るだけでその街はある程度平穏が保てるからである。
しかしアスワドの姿は街の魔族達も詳しく知らないようで、その名前を聞いてようやく気付いたような様子だった。
それに加え、アスワドは身体を幼くして行動していたのだ。要するに、自らの姿を現さず、隠すような行動を取っていたという事。
レイが気になったのは、何故アスワドは自分の身分を隠しているのかという事についてである。
「えーとですね……やっぱり幹部の仕事というものは中々大変で……まあ言ってしまえば私の我が儘です。なので側近にも言わず、こっそりと抜け出して魔法で姿を変えて……ってこれ以上は言えません……」
「あ、そうですか……」
殆ど言っていた様な気もするレイ。
取り敢えず姿を変える魔法があるという事は分かった。そして側近なども近くにいないと言う事が読み取れる。
「あれ? 私……もしかして自分の魔法を一つ明かしてしまいました?」
ハッと口を抑え、自分の失言? に気付くアスワド。
アスワドが言った姿を変えるという魔法。それを普通に話していた事が問題なのだろう。
なるべく見ず知らずの者に手の内を明かさぬ方が幹部としては重要なのだから。
「あー……まあそうですけど……。……いや、そうだけど……多分大丈夫な奴だ。姿や形を変えられる魔法って潜入とかには使えると思うけど戦闘にはあまり……いや、油断させるってのも……あれ? 結構使える……。……まあ大丈夫だろ」
そして、アスワドをフォローするように話したライだったが、割りと変身魔法から作戦を練る事が出来ると見出だしてしまった為、最後の方ははぐらかすように言った。
「そうですか? ……それならば良かったです」
アスワドはライの言い回しに疑問を思い浮かべているような表情だが、取り敢えず納得する事にしたようだ。
話を一通り終えても尚"タウィーザ・バラド"の民衆が囲む中、アスワドはライたちに向けて言葉を続ける。
「えーと、私の箒を取り返してくれたお礼と言っては何ですが……もしご覧になられるのなら、魔法・魔術披露宴では私の権限で特等席を設けたいのですが……」
「「「特等席?」」」
アスワドの言葉へ同時に返すライ、レイ、キュリテの三人。三人の反応を見たアスワドは頷き、更に続けて話す。
「はい。アナタ方様に見物しやすい場所を用意して差し上げます。……しかし、特等席とは言っても既に予約されている皆様の席を横から奪うという意味では無く、新たな席を魔法で創り上げる。……という事です。席を何処に設置するかもお気になさらず」
淡々と言葉を綴るアスワド。
要するに、魔法を使って特等席とやらを創り上げてくれるらしい。外から来た者の為の特等席を幹部の贔屓で作るというのは街の魔族達から達反感を買いそうだが、他の魔族達の邪魔にならないような場所に作るという。
「……へえ? 箒を取り返しただけでそこまでして持て成してくれるのか……気前が良過ぎて逆に怪しいぞ?」
素直にその気持ちを受け取りたいライだが、無警戒というのはレイたちを危険に晒してしまう可能性がある為、警戒しながら幹部であるアスワドに尋ねる。
アスワドは一瞬驚いたような表情をしたが、直ぐに笑顔を作り──
「ご心配無く……私はアナタ達へ危害を加えません。……そしてお言葉ですが……怪しいと言われるとアナタ達の方が怪しい気がするのですが……何故なら──『"レイル・マディーナ"の幹部に仕える者を連れている』のですから……」
──キュリテの事を暴いたような口振りでライへ返した。
「……!」
ピクリと片眉を動かして反応を示すライ。
ライはキュリテを変装させたつもりだったが、それがアスワドにバレてしまったのか、それともただのハッタリか、ライは確認を兼ねてアスワドへ再び尋ねる。
「……"レイル・マディーナ"の幹部……? ……貴女は何を仰っているのですか……? そんな大物が此処にいる筈無いじゃありませんか……」
それはさながら"俺は今、アンタに心理戦を申し込んでいる"と言わんばかりの嘘っぽい口振りでアスワドへ話す。
アスワドはというと──
「……そうでしょうか? 確かにその匂いを隠し、変装をしていますが、聞いた事のある声に見た事のある背丈……そして決め付けといえば……キュリテと言った名前……私の記憶が正しければ"レイル・マディーナ"幹部様の側近がそのような名前でした。三つの事柄が当て嵌まっても尚、シラを切る御つもりですか?」
──それに乗ってきた。
「ハッ、決め付けは名前……こりゃ参ったな。折角変装させたのに、うっかりと名前を話しちまっていたか……そういやそうだったな」
これはやってしまったと苦笑を浮かべて自嘲するように笑うライ。心理戦を挑んだはまでは良かったが、相手には少々ヒントを与え過ぎていたようだ。あっさりとバレてしまった。
「正解だ。……というか、一瞬で終わったな。……まあ、幹部の側近を連れている理由はちょっとした事情があってな俗に言う……何だろな? 取り敢えず幹部の側近に魔族の国を案内して貰っている……って事だ。側近レベルの実力者なら安全だからな」
ライはキュリテにこの国の案内を任せていると言う。
キュリテと共に魔族の街を征服して回っている事が"タウィーザ・バラド"、アスワドにも伝わっているかもしれないが、それについてはもう賭けである。伝わっていないと信じ、この場を乗り切ろうと考えたのだ。
アスワドの反応はというと──
「……そうですか。そう言う事ならば構いません」
──キュリテの情報が伝わっていなかったらしく、何とか誤魔化す事が出来た。
「しかし側近を案内に寄越して下さるとは……ダークさんも中々器の広い御方ですね……」
クスッと笑い、ダークを褒めるアスワド。ダークはキュリテを寄越した訳では無いという事を知る由も無く、アスワドの中でダークの評価が上がったようだ。
「まあ、確かに良い人……いや、良い魔族だったな。うん」
ライもアスワドに返した。ダークが気の利く者という事に違いは無い。なのでライは嘘を言っていない。これでライたちとアスワドの話が終わる。
その場に魔族達は殆どいなくなっており、辺りには閑散とした空気が立ち込めていた。恐らく魔法・魔術披露宴とやらに向かったのだろう。
「……じゃ、俺たちもそろそろ向かうとしますかぁ……」
そして、頃合いを見たライはレイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテに告げる。
話も終わり、特にする事も無くなったので今回の一大イベントである魔法・魔術披露宴に向かうと提案したのだ。
「そうだね」
「ねー」
「うん……」
「「ああ」」
ライの提案に対して返事をするレイたち五人。五人からは否定の意見が出ず、皆が快く了承してくれた。
「あ、じゃあ幹部である私が御客人を案内いたします」
そんなやり取りを見、"それならば"。と、アスワドがライたちを案内してくれるようだ。
「ハハ、ありがとさん。て言うか、それって幹部の仕事か?」
ライはアスワドに礼をするが、案内というモノは幹部の仕事では無く、案内人がするのでは? と気になった事を聞く。
「いえ、ただのお節介でございます」
「そうかい。それはどーも」
アスワドはふふ、と笑ってライの言葉に返した。ライもハッと笑ってそれに返事をする。
こうして、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人とアスワドも魔法・魔術披露宴の会場へ向かう事にした。
*****
──"タウィーザ・バラド"、"魔法・魔術披露宴"。"薬草・霊草"展覧会。~魔法・魔術披露宴会場~
ワイワイガヤガヤと、辺りには熱気と歓声が広がっていた。
まだ披露宴とやらは始まっておらず、客席以外に人はいないのだがその場にいるだけで火傷しそうな程盛り上がっている様子だった。その様子からこのイベントはそれ程人気な物という事が見て取れる。
「へえ……開始前からこんなに盛り上がっているのか……」
周りを見渡し、魔族達の盛り上がり具合を見て苦笑を浮かべながら話すライ。
まだ開催までは時間がある。にも拘わらずこれ程までの集まりと熱気に気圧されそうになっているのだ。
「はい、一大イベントですからね。やはり魔族という者達は娯楽が御好きなのです」
そんなライの言葉に返すアスワド。こうやって話しているとアスワドが幹部であると言うことを忘れそうな気もしてくる。
しかし一応ライの敵? のような者なのだ。ライがこの街の征服を目論んでいると知ったら流石に戦闘は避けられないだろう。
「では皆様、私に掴まって下さい。今から特等席を創り、そこに皆様を招待します」
そしてアスワドはそう言い、自分の箒を振るった。アスワドの身体に掴まるという意味は定かでは無いが、必要な事なのだろうとライたちはアスワドの身体に手を掛ける。
「…………」
そんなアスワドの様子を見、ますます幹部なのか分からなくなるライ。
こういう物は幹部の側近やそういった関係者が造るのではないかと考えているからだ。
(……まあいいか)
しかし考えてもキリが無い為、そういった幹部も居ると割り切る事にした。
ライたちに身体を掴まれるアスワドは作業を続けており、足元に杖先をコツン。と叩き付け、呪文を言う。
「"創造"……!」
──刹那、杖の先にある地面が盛り上がり……『盛り上がった地面が見えなくなった』。その後、ライたちを空中へ放り出す。
「「…………!?」」
「「「「………………」」」」
レイとリヤンが目を丸くして反応を示し、ライとエマとフォンセ、そして、アスワドを知っているだろうキュリテは大きな反応を示さずにそれを眺めていた。
「……出来ました。もう離しても大丈夫ですよ?」
それから、『空中で停止した』ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテにアスワドは話した。
透明な地面。アスワドは今この瞬間、それを創造したのだ。その地面は見えない。なので足を着けた瞬間落ちてしまうのではと懸念する。
「……そうか?」
しかし一応信じるライが先ずアスワドから手を離し、恐る恐る空中に足を付け──
「お、本当だ。成る程……つまりさっきの地面を浮かせ、透過させて邪魔にならないようにする……と言ったところか……?」
「え? もう分かったんですか……!?」
降り立ったと同時に、どのようにしてこの足場を生み出したか推測する。アスワドは冷静な表情を消してライに尋ねた。が、まあ別に良いだろう。
「えーと……」
「…………」
ライに続き、レイとリヤンが恐る恐るアスワドから手を離して空中に立とうとする。
ライが大丈夫だったとしても、やはり透明な地面という物は恐怖心に駆られるモノだ。
「「…………」」
そして、エマとフォンセは何事も無いように降り立つ。
二人は空が飛べるので、仮に落ちたとしたらその瞬間に飛べば良いだけの為、空中に対する恐怖心というモノが無いのである。
「よいしょっと……。どうもねー、幹部ちゃん!」
「幹部ちゃん? ……ちゃんは良いにしても……幹部ちゃんは語呂が悪くないですかね……」
キュリテも特に恐怖心を持たずアスワドから手を離した。
アスワドはキュリテの言い回しに疑問があったかのような顔付きだ。
「……で、これからどうするんだ? ……このまま此処で待っているとして……降りたいときはアナタに言えば良いのか?」
そして、全員が透明な地面に降り立ったあとライがアスワドに尋ねる。
空を飛べる者や跳躍で数百メートル上がれるならまだしも、飛べない場合もう一度どうやって此処に戻るのかをついでに尋ねたのだ。
「あ、はい。そうです。今創り上げた地面はアナタ方が行きたい場所を言ってくれれば私がそこへ送ってあげますから。そこで降ろしますので……」
「へえ? それはまた随分と優遇してくれるんだな……俺としてはありがたいが……」
アスワドの説明によれば、ライたちの誰でも移動したい時に自分へ言えばアスワドがそこへ送ってくれると言う。
有り難い事ではあるが、逆に徹底し過ぎているので疑問が浮かぶライ。
「はい、当たり前です。この箒が無ければ本来の力を出せませんから。それでも普通の方なら勝てますけど、やはりこんな世界では何が起こるか分かりませんので。凶暴な幻獣・魔物も居る訳ですし。箒を取り返してくれたと言う事は、命を救ってくれたと同義なのです」
「へえ」
魔女であるアスワドにとって箒の存在という物は命と同列なのだろう。なのでそれを取り返してくれたライたちは優遇しているとの事。
それならば仕方無い物だ。言うなれば魔法使い・魔女・魔術師にとっての魔力。戦士・騎士にとっての武器。無ければならない物だからである。
「まあ、折角VIP待遇にしてくれるなら遠慮した方が失礼か……(また戦わなくちゃならなそうだからな……)」
「……? どうしました?」
「いや、何でもない」
ライが開けた間に疑問を浮かべるアスワド。いずれ戦う事になる可能性が高いのは明らかだが、それをライは言わなかった。
征服の為に、今起こるかもしれない幹部の街での戦闘。
結果的にはここまで手厚く歓迎してくれたアスワドを裏切るモノとなってしまうかもしれないが、それまでの僅かな休息ライたちはこの祭典のような行事を楽しもうとしていた。