八百九話 人間の国・この街の幹部の側近
──"フィーリア・カロス・裏路地"。
街全体の人が集まった民衆の中を抜けたライ、レイ、フォンセの三人は人目の少ない裏路地に来ており、先程の出来事について話していた。
「先ずは前提としてエマとリヤンの様子だけど、あれは明らかにおかしかった。そして俺たちには何も影響が無いのが気掛かりだ」
「うん。思い当たる節は幾らかあるけど一番可能性が高いのは……」
「ライと私の体質。レイの持つ勇者の剣。それによって何らかの力が無効化された……という事だな」
うん。と、ライ、レイ、フォンセの三人は同時に頷く。
異能を無効にするライとフォンセの、魔王の体質。そしてこの世に出た全ての武器。この世に存在すらしていない、何処かの誰かが考えているかもしれない想像上の最強の武器をも遥かに凌駕する力を持つ勇者の剣。
それらによってアフロディーテが仕掛けた何かが無効化され、ライたちは無事だったという結論が三人の中にはあった。
「そうなると問題は……"いつ仕掛けられたのか"。だな。少なくとも確定しているのはアフロディーテを見た瞬間に何かされたって事だ。アフロディーテの姿を見るまではエマもリヤンも何ともなかった」
「うん。周りの人達の様子も変だったし、"アフロディーテの姿を見る事"が条件になって何かが起こるのかも」
「その何かというものは十中八九、催眠や洗脳の類いだろうな。私やライ。レイにそれらは通じない。まあレイの場合は勇者の剣が奪われたら無効化出来なくなってしまうのが大変だな」
「うん。その点は気を付けなくちゃ」
ライ、レイ、フォンセが推測するに、アフロディーテが仕掛けたのは催眠の類いという事。発動条件はその姿を目にする事。あくまで推測に過ぎないが、それらは理解した。
そうなると残りの疑問はどの様な力なのか、である。
異能の類いである事は確定。魔法や魔術のようなモノなのか、エマが使うような催眠術なのか。それが分かれば対策もしやすいのだが、中々に難しいところである。
「となると、アフロディーテを見る事で本人が何かの催眠を掛けるって事か。ああそれと、アフロディーテは俺の方を見て微笑んだ。つまりもう既に俺たちの正体がバレているって考えて良さそうだぞ」
「うん、そうみたいだね。ライがあんな反応するの珍しいもん。……今回はエマとリヤンに催眠が掛けられたけど、もしかしたらライとフォンセしか残らないって事も有り得たんだね……」
「ああ。味方と引き離される状況はよくあるが……今回は引き離され方が何時もと違う。どのタイプの催眠かに寄るな……。操られた二人と戦わなくてはならないという事も有り得るぞ」
息を潜め、周りの気配を感じながら様子を窺う三人。
パレードとは違うが、人々は道行くアフロディーテに夢中。なので監視されているなどという事にはならなそうである。
「……。そう言えば、街の住人は"全員"がアフロディーテに夢中なんだよな……」
ふとライは、周りに居ない人々を見て全員がアフロディーテの催眠に掛かっている事に気付いた。
それと同時にエマとフォンセも反応を示す。
「……! そう言えば……」
「確かに。見る事が催眠の条件。常に魔力とかを放っている訳でもなく、ただ見るだけで……か」
「……。成る程な。大体は分かったかもしれない……!」
アフロディーテを見る事が条件。それは始めの方で気付いた事柄。
問題はアフロディーテを見る事で何が起きるのか。ライたちは今までの相手からアフロディーテ自身の能力だと思っていたが、もしかしたら違うのかもしれない。何かを理解したライは言葉を続ける。
「つまり、アフロディーテを見る事でアフロディーテが催眠を"掛ける"んじゃなく、アフロディーテを見る事で、催眠が掛かってしまうんだ」
それは、アフロディーテを見る事が条件なのは変わらないが、アフロディーテが掛けるのではなく、その存在その物に常に発動している催眠の作用があるのではないかという事。
それなら見ただけで街の住人全員が催眠状態に陥った事にも合点がいく。ライは更に推測を続ける。
「けど、周りに付き従えていた侍女らしき人は何ともなかった。おそらくアフロディーテの姿を一番見ている筈の侍女達がだ。アフロディーテ自身に催眠作用がある訳じゃないかもしれない。もしかしたら、アフロディーテの身に付けている何かって可能性がありそうだ」
「うん。態々歩いて街中を進んでいた事も気になる。立場的には女王とかそんな位置なら、馬車とかに乗って自らを晒す真似はしない方が良い筈だもん」
「ああ。上の立場に居る者が姿を現すとなると、それなりにリスクが生じる。アフロディーテの実力はまだ分からないが、暗殺される危険性だってある筈……。まあ、並大抵の者による暗殺くらいなら問題は無いのだろうが、それ以外にもリスクはあるぞ」
ライたちの推測は、アフロディーテ自身には何の作用も無く、アフロディーテの何かを見る事が催眠の発動条件なのではないかという事。
そしてそれは、馬車などに乗っている状態では発動しない。それらを踏まえ、アフロディーテの身に付けている何かという線が考えられた。そうでなくては自身の姿を晒すという行為をする筈が無いからだ。
無論、街に繰り出していた幹部は今までも多数居た。しかしアフロディーテがライに微笑んだ事から、侵略者の存在は理解しているだろう。侵略者がライたちでなければその場で戦闘が始まっていた可能性もある。なのに堂々と姿を見せるのは無謀だろう。
今まで街に繰り出していた幹部はあくまでひっそり、あまり目立つように行動はしていない。アフロディーテが行っていたものはかなりリスクのある行為だった。
「その事を踏まえると……そんなリスクを冒してまで姿を見せる理由は、自身の全身。もしくはその身に付けている何かを見せなくてはならないという結論に至るな」
「うん……!」
「ああ……!」
至った結論、それはやはりアフロディーテが身に付けている何かを見る事によって催眠が掛かる。少ないヒントである程度の推測を行ったライたち三人。これならその"何か"も直ぐに分かるだろう。
そしてこれから更に続こうとした瞬間、ライたちに向けて一つの声が掛かった。
「中々頭の回る子達のようであるな。世界最強のこの国を落とそうと目論むだけはある……」
「……。ああ、力だけじゃ世界は落とせない。落とせたとしても余計な敵を増やすからな。色々考えて行動しているよ。アフロディーテ?」
──日の光によって更に輝く黄金の長髪を靡かせ、この世でも随一な整った顔で笑い掛けるアフロディーテの声が。
並大抵の者ではこの不敵な笑顔を見ただけで堕ちてしまうだろう。それ程までに美しく、罪な笑顔。異能の類いが効かぬライにもその美しさは伝わっていた。
ただ美しさを理解している"だけ"ではあるが。
「フフ。良い顔だ。妾の美しさの虜にならず、美しさとはまた別である催眠にも掛からぬ。全く、腹立たしいものよのぅ……」
「女王様と言うか何て言うか……九尾の狐と言いアンタと言い、自分の美しさに自身を持つ者はそんな古風な話し方になるのか?」
「九尾? フン、獣風情と美神の妾を同価値にするでない。その失礼極まりない態度……今すぐにでも罰したいが……生憎、妾ではハデスを倒したお主には勝てんからのう。はてさて、一体どうするべきか……」
第一印象は他人を見下している事が犇々と伝わって来るものだった。実際に他人は見下しているのだろう。
それ程までの美しさを持ち、最も美しいとされるアフロディーテ。そうなるのも仕方無いようだ。しかしライと自分の力量はしかと見極めており、迂闊に手を出さない慎重さは持ち合わせていた。
「勝てないなら、さっさと降参してくれないかな。その方が無駄な争いは避けれて俺は先に進める」
「ぬかせ。一応幹部としての自覚はあるからの。そう言う訳にもいかぬのだ。まあ、ちやほやされるか男漁りくらいしか暇潰しの無いこの国に刺激を運んでくれた事には感謝をしようぞ」
「男あさ……!?」
「気にするな、レイ。伝承のアプロディーテーもこんな感じだったのだろう。現在のアフロディーテが似たような性格でも全くおかしくはない」
戦いが避けれるならと考えているライへ放ったアフロディーテの言葉にレイが反応を示し、フォンセが宥める。そんなやり取りを見、アフロディーテはクスッと小さく笑った。
「その反応。お主はまだ経験が皆無のようだな。片方も余裕を見せてはおるが、まだ純潔のままという事は分かる。青い者達よ。まあ、妾も妾で好みの者と出会った事は無いがな。……さて、それはどうでもいい事だ。主らの相手に妾一人では分が悪い。数で押させて貰おうぞ」
「「「…………」」」
「へえ。アンタに付き従っていた侍女っぽい人達か。戦闘で前線に出すって事は側近……。アンタ直属の側近と考えると、"カリス"の三人か?」
「うむ。知っておるようだな。よく勉強しておる。ならば名も知っておろう。"アグライアー"。"エウプロシュネー"。"タレイア"。気にせず討つが良い」
「「「はっ!」」」
アフロディーテの言葉に"カリス"という、アフロディーテ直属の三美神と呼ばれる女神三人が返事をしてライたちに構えた。
──"アグライアー"とは、アフロディーテに仕えるカリスと呼ばれる女神達の一人であり、典雅と優美を司る存在である。
美を司る神々、三美神の一人であり、エウプロシュネー、タレイアとは姉妹にある。
その名は輝きを示し、三姉妹の中では最年少である。
アフロディーテ直属の女神であり、三美神の一人。最年少の女神がアグライアーだ。
──"エウプロシュネー"とは、アフロディーテに仕えるカリスと呼ばれる女神達の一人であり、歓喜と祝祭を司る存在である。
美を司る神々、三美神の一人であり、アグライアー、タレイアとは姉妹にある。
その名は喜びを示している。
アフロディーテ直属の女神であり、三美神の一人がエウプロシュネーだ。
──"タレイア"とは、アフロディーテに仕えるカリスと呼ばれる女神達の一人であり、豊かと開花を司る存在である。
美を司る神々、三美神の一人であり、アグライアーエウプロシュネーとは姉妹にある。
その名は開花、繁栄、花盛りなどを示している。
アフロディーテ直属の女神であり、三美神の一人がタレイアだ。
「美を司る女神達が揃いも揃って、こんな風に戦って良いのか? 神々の世界でも戦争とか争いは野蛮なものって認定されている筈だけど」
「その様な事を気にする必要はありませんよ。戦いが野蛮なのは変わりませんが、私たちは優雅に戦いますので」
「そう言う事だ。そもそも、侵略者のお前達が言えた事か!」
「そう言う事! さあ、貴方達! 観念するなら今のうちだよ!」
ライの言葉に対してアグライアー、エウプロシュネー、タレイアの三人が順に話す。確かに争いは野蛮な事だが、彼女達は優雅に戦うらしい。加えて侵略者であるライがどうこう言うのが筋違いという事も事実だろう。
「分かった。じゃあ、なるべく手加減はする。女性を一方的に打ち倒すのは気が引けるからな……!」
「けど、同じ女として、私たちはライみたいに手加減とかしないからね!」
「ふふ。侵略者らしくて良いじゃないか。と言うか、人間の国で最短じゃないか? こんなに早く幹部に目を付けられるとはな」
「女だからって舐めないで下さいよ……!」
「そうだ。アフロディーテ様に仕える身として、武術の類いは身に付けているからな」
「よーし、やっちゃうよ!」
ライ、レイ、フォンセの三人がアグライアー、エウプロシュネー、タレイアの三人に向き直る。アフロディーテは近くで優雅に座っており、ライたちの戦いを見物していた。
人間の国、美の街"フィーリア・カロス"にて、到着するや否や幹部達と戦うハメになったライたちだった。