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八百八話 人間の国・美しい街・十人目の幹部

「近付くとより一層(きら)びやかな街だな。此処は──"フィーリア・カロス"か……」


 ライたちが到達した街、"フィーリア・カロス"。

 遠目から見た通りの目映い輝きを放っており、街全体が豪華絢爛なものだった。

 建物は白亜の壁に黄金や銀の装飾が着いており、全てに汚れ一つ無い。こう言った街の場合は表に見えない裏路地や目の届かない場所などがすさんで大人数のチンピラや悪人が居る事があるが、この街ではその様な風貌の者がおらず、裏路地から本来は目の届かない場所にまで手入れが行き渡っていた。

 道には青々と葉の生い茂った街路樹があり、その木には真紅の薔薇と薔薇の蔓が絡まっている。それがそのまま並行線と対向線の道を隔てる役割を担っていた。街全体には透き通った川が流れており、橋の掛かった道もいくつか見える。此処に居る住人達の召し物からして、道行く人々には品が漂っているように見えた。


「派手……という程じゃないけど"ビオス・サナトス"とは対照的な街だね。全員が貴族みたい……」


「ああ。発展している街だとは思ったが、これ程までとはな。安直だが、高級住宅街……もしくは貴族街とでも言うのか?」


「"ビオス・サナトス"が影や闇だとしたら此処"フィーリア・カロス"は差し詰め光と言ったところか。何人かこの街以外の旅人の姿も見えるが、奇異の目。見下した目などは向けられていない。住人は腹黒い性格という感じでも無さそうだな」


「うん……。平和な街みたい……」


 豪華絢爛な建物に整えられた道。貴族のような者達が多数居るが、第一印象は悪いものではなかった。

 他人を見下している貴族は多く居る。ライの住んでいた街に居た貴族・王族がその例だ。

 しかしそれはこの戦乱の世によって余裕がなくなり、金銭面や血族など自身のステータスしか信用出来なくなった結果の哀れな成れの果てである。

 この街には幹部が居る。それもあって住人には余裕があるのだろう。その余裕が平和へとそのまま直結しているようだ。


「まあ、街の発展には観光客が必要だからな。その街だけで全てをこなすには限界がある。あまりにマナーが悪かったりしなけりゃ好意的に接してくれる筈だ」


「ああ、そうだな。まあ、魔法や魔術に長けていれば大抵の事は何とかなりそうだが……それでも食物は作り出せないからな。街の発展には何らかの形で部外者も必要という訳だ。不利益をもたらす者は願い下げだろうがな」


 他愛ない雑談をしつつ、"フィーリア・カロス"の街並みを見て回るライたち。

 発展している街にはその街の以外の者も多数居る。ライたちもその中の一つだが、観光客とは根本的に違うので置いておく。

 何はともあれ、自分たちだけで何とかする事はほぼ不可能なので世界を征服した暁には政経などの事を一から学ばなければならないのが大変そうである。

 本でそれなりの知識は得たが、本で得た知識と実際に行われる活用は全くの別物になる事が多い。世界征服を目指す悪役は絵本などに多いが、大変な事を目的としているなと世界征服を目指すライたちは染々感じていた。


「先ずは宿を探す事と……幹部の存在の有無が重要だな。此処まで発展していて特に被害とかをこうむっていないのを考えると十中八九幹部は居そうだけど、ばったりと出会す事が多いからな。常に周りに気を付けなくちゃならない。俺たちの存在も既に知っているだろうし、遠目からでも俺たちの姿を見られたら大変だ」


「そうだね。今回も特に変装とかしていないし、似たような人が何人かは居るとしても特徴に一致している人が固まっていたらバレちゃいそう」


「まあ、バレても別に構わないがな。幹部からしても、アレスのような例外を除けば出来るだけ街での騒ぎは避けたい筈。仮に見付かったとしてもそう簡単に手は出せないだろう。侵略者という立場を逆手に取れるから街の探索は良い。正体が分かっていても手が出せず、街の情報を知られてしまうのだからな」


 ふふふ……。と、楽しそうに悪魔のような笑みを浮かべるヴァンパイア。やはり人間の天敵らしく相手の事をよく知っているらしい。味方で良かったと染々感じるライたち。敵に回すと厄介な者は味方になるとかなり頼もしくなるものだ。

 そんなこんなで、固まるのは立場的にあまり良くない事だが、取り敢えずは向こうから手が出せない状態にある。謂わば街全体が捕虜のようなもの。ライたちは気にせず街の探索を続ける。


「さてと。この街の特産品は……宝石に金や銀。彫……刻……? それと武器……武器まで宝石で飾られているよ。陶器にも宝石や金銀で装飾されているな。この街の長は取り敢えず宝石や金に銀を使ってれば良いって考えているのか?」


 街にあった物はどれも高そうな宝石や金や銀で彩られた物ばかり。無論普通の品々もあるが、他の街より圧倒的に宝石などのような高級品の割合が高かった。

 そうなるとこれがこの街の特産品なのかもしれない。土産などに旅人が宝石類を買って行けば相応の利益は出る。この街の人々が身に付けている衣類などからこの街自体でもかなり人気があるのだろう。確かにこれなら街は自ずと発展するかもしれない。


「こんなに宝石の類いがあったら盗賊とかに襲われそうだけど……やっぱり絶対的な後ろ盾があるから大丈夫なのかな?」


「そうかもしれないな。旅行者や旅人でこんなに賑わっているんだ。街の存在は盗賊団や山賊。遠くの海賊にも伝わっていそうなものだもんな。それでこんなに平和に暮らしているとなると……確認するまでもなく幹部。もしくは幹部に匹敵する存在が居るって事だ」


 この世界で俗に言う争いを引き起こしているのは、何も国だけではない。寧ろ国以外による小さないざこざが大半とも言える程だ。

 故に、そんな蛮族が居るとして宝石や金銀などのような財宝が大量にあるこの街を狙わない訳が無いだろう。それでも無事であるこの街からするに、相応の実力者が付いていると考えるのが妥当である。


「おい、あの方が来るらしいぞ……!」

「なんだって……?」


「……のようですわ」

「あら、本当。それなら是非とも御会いしたい限りですわね」


「「「…………?」」」

「「…………?」」


 そんな事を話している時、何やら周りの様子が騒がしくなってきた。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は他の住人や旅人、旅行者が集まる白亜の道に注目する。


「早く行ってみようぜ!」

「よっしゃ!」


「あらあら、はしたないわね……」

「いえ、しかしそれも頷けますわ。なんたってあの御方ですもの……」


「こりゃ一目見ておかなくちゃな!」

「宝石も良いけど、"フィーリア・カロス"と言ったらあの方だよな!」


 そのざわめきは悪い雰囲気のものではない。寧ろ見世物のような物に近い様子だった。

 しかし見世物と言うには人々の反応には敬意や羨望も含まれている。そう、まるで皆に憧れられている神でも出てくるかのようなもの。ライたちは人混みを掻き分け、自分たちの姿をなるべく見せないようにこれから通るという人物を探した。


「周りの声を聞く限り、多分かなりの人物。もしかしたらこの街の幹部かもしれない……!」


「うん……! この反応の大きさ……ただ事じゃないよね」

「ふふ、人々の眼差しからしてある意味この街の名物なのかもしれないな」


「しかしこの人混みは好都合だ。例え幹部であったとしても私たちの姿を隠す事が出来ている。人混みの中には私たちと同じような特徴の者も多い。これから来るという誰かの情報を集めるとしよう」


「うん……」


 小声で話、此処に来るのが誰なのかを確認するライたち。

 周りの声に掻き消されて自分たちの声は周りの耳に届いていない。姿も隠れているので此処に来るであろう誰かにバレる心配は無いだろう。

 そしてその者の姿が見えると同時に周りから歓声が上がった。


「──"アフロディーテ"様!」

「──"アフロディーテ"様ァ!」

「──"アフロディーテ"様ぁ!」

「──"アフロディーテ"様~!」


「ハハ……。やっぱり大物だ……」


 その声を聞くと同時に、ライからは乾いた笑いが漏れた。



 ──"アフロディーテ"とは、オリュンポス十二神の一角にして愛と美と性を司る女神である。


 美という事柄に対して絶対の自信と誇りを持っており、美神という最も美しいとされる神に分類されている。その中でも最高と謳われている存在である。


 元は豊穣、植物などを司っていた地母神と謂われており、春を司る存在だったらしい。


 気が強く、神々の戦いにも何度か参加していたとも謂われている。


 愛と美と性を司る最高の美神、それがアフロディーテだ。



「「「うおおおおおお!!!」」」

「「「わああああああ!!!」」」


「……! 凄い歓声だな……」

「うん……耳がキンキンする……」

「それ程までの美貌という事だろう。ふふ、これは一見してみた方が良さそうだな」

「ああ。まあ、周りの反応が少し大袈裟過ぎる気もするが……」

「うん……」


 アフロディーテが姿を現したのだろう。まだライたちに見える位置には来ていないが、周りの狂喜からその事は理解出来た。

 本来ならこの人混みを掻き分けて進むのには苦労するのだろうが、ライたちの力からしてその心配は無い。なるべく姿を隠しつつ、アフロディーテの姿を視線に収めた。


「あれが美の女神……アフロディーテか……」


「…………」


 その姿は黄金のようか輝きを放つ滑らかな長髪にサファイアを彷彿とさせる大きく青い、美しい瞳。絶世の美女という言葉が確かに似合う面持ちだ。身体付きも良く、痩せ過ぎず太過ぎない理想的な女性の体型をしていた。

 そんな理想的な顔と体型を持つアフロディーテ。そんな衣服には、装飾品としてか金色の宝帯が目立っていた。

 アフロディーテは気品のある立ち振舞いで静かに街中を歩いており、周りには数人の侍女を付き従えている。周りの宝石や金銀が霞むその美しさを前に、人々の目にはそんなアフロディーテしか映っていなかった。


「確かに美人だとは思うけど……フォンセの言うように周りの反応は少し大袈裟に思えるな……」

「うん。確かに今まで私が出会った人の中では一、二を争う見た目だけど……どうなんだろう。本当にかなりの美人なんだけど……」

「人の心というものは分からないな。確かに美人だが、それだけでこれ程まで熱狂的になるか普通?」


 そんなアフロディーテを見たライ、レイ、フォンセの三人は感想を述べた。

 確かにかなりの美人という立ち位置ではある。美神。その中でも最高を謳われるには納得の容姿だ。常人が見ればその姿を見ただけで失神する者が現れるかもしれない。それ程までに美しく麗しい見た目ではあるが、周りの反応は少し理解が出来なかった。

 アフロディーテを前に、ライたちはふとエマとリヤンの方に視線を向ける。エマならもっとグサグサ言っていそうだが、無言なのが気になったようだ。


「おお……何と美しい……。絵にも描けない美しさとはこういう者の事を言うのか……」


「綺麗……。凄く……」


「「「…………!」」」


 そして二人は、周りの者達と同じような反応をしていた。

 ライ、レイ、フォンセの三人はその様子を見て驚愕し、二度三度とエマ、リヤンを見やる。


「オーイ、エマ? リヤン?」

「何て美しい者だ……!」

「美人……」


 ライが声を掛けても返事は無い。アフロディーテにのみ視線が向かっていた。

 美しさに見惚れる。これは別におかしくはない。容姿の整った者が目に留まるのは普通だからだ。しかしライの言葉に反応すら示さないという事には流石に違和感があった。

 ──そして、


「……。フフ」


「……!?」


 アフロディーテがライに向けて笑い掛け、ライの全身に緊張が走る。

 それを見た瞬間にライはレイとフォンセの腕を取り、大地を踏み砕く勢いで加速した。


「レイ! フォンセ! 何かがおかしい! 離れるぞ!」


「え!?」

「待て、ライ。地面を砕いて加速すると周りの目が──……なにっ?」


 ライの加速によって衝撃波がほとばしり、白亜の地面と幾つかの建物が砕け散る。

 この様な動きを民衆の前でするのは問題がある筈。それを指摘したフォンセだが──住人が何の反応も示さない事に対して目を見開いた。


「なんだと……!? この破壊と速度。何で誰も反応しないんだ……!?」


「本当だ……! それに、エマとリヤンも相変わらずアフロディーテを見て私たちなんて意に介していない……」


「多分もう既に何かをやられたみたいだ。けど情報が少な過ぎる! 一旦離れるぞ!」


 街の住人は無反応。エマとリヤンもアフロディーテから視線を外さない。

 その事から、ライはアフロディーテが既に何かを仕掛けたと推測して一時的に撤退したのだ。

 ライ、レイ、フォンセとエマ、リヤン。美しい女神の収める美しい街"フィーリア・カロス"にて、ライたちは分かれざるを得なくなった。

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