八百六話 冥界の王と冥界の女王の街・終結
──"ビオス・サナトス"。
ヴァイス達との戦いが終わり、街に戻ったライたちは幹部の塔にて治療を受けていた。
フォンセとリヤンの力もまだ完全ではないので療養中だが、主力の殆どは応急措置のみである程度動けるようにはなっている。回復も時間の問題だろう。
そんな中、街の様子を見て幹部であるハデスとペルセポネが現在の状況を確認していた。
「兵士たちの傷は?」
「問題無いわ。私たちが居なくなった後でも戦いは続いていたけど、フォンセさんの防壁やシャバハさんの死霊兵士。後、不本意だけれどヘルのゾンビ達が食い止めていたみたい」
「そうか、それは良かった。街の方の被害は多いが死者が出なかったのが幸いしたな」
"ビオス・サナトス"の街は巨人兵士や生物兵器の兵士達によって被害が甚大だ。しかし予め塔に避難させていた事もあり、住人達への被害が及ばなかったのは不幸中の幸いだろう。
だがそれでも受けた被害は多い。先に応急措置を終えたハデスは、動けるようにはなっているが疲労などは残っている。完全に回復するまではまだ暫く掛かりそうである。
「ええ。そうね。あの子達も侵略者みたいだけれど、負けちゃったならそれを飲むの?」
「まあ、そうするしか無いさ。しかし、それも悪くない気はする。ゼウスを始めとして、残った幹部達に勝てるかは分からないがな」
「貴方に勝ったんだからもう人間の国であの子達に勝てるのは二人だけじゃないかしら?」
「戦いは純粋な力だけではないからな。策や状態によって大きく変化する。私に勝てただけでは、表面上は人間の国にて三番目に強い事が確定しているが本当の力が如何様なものかは不明のままだ」
ハデスが知っていたように、ペルセポネもライたちが侵略者の一味である事は知っていた。
と言っても始めて出会った時は本当に知らなかったが、現在の状況などを話す時にハデスが教えていたのだ。
その結果として現在。ライの実力は表面上のNo.3ではあるがまだよく分からないとの事。
戦闘というものはその時の状況次第で大きく変わる。誰にも邪魔されぬ場所にて行われた正々堂々とした戦い。それに勝っただけでは完全ではない。それがハデスの考えだった。
「まあ、彼らの行く末を見守るのも良いだろう。少なくとも私たちの役目はこれで終わりだ。まだまだ侵略者への警戒は必要だがな」
「ええ、承知の上よ。街の修復と侵略者について得られた情報を国中に広める。やる事はまだまだあるわね」
「うむ。最近は大きな仕事が無かったからな。そのブランクを解消する為にも良い事だ。一先ずは他の者たちの治療に専念し、その後で国中に伝えるとしよう」
「ええ、分かったわ」
これにて話は切り上げる。
これからの行く末はどうなるか分からないが、ハデスがライに敗北した事実は変わらない。なのでハデスは視野をライたちから国中に向ける事にした。
人間の国の幹部として侵略者から目を逸らす事は出来ないが、接してみて分かったライたちの性格からヴァイス達程の脅威にはならないと判断したのだろう。
ハデスとペルセポネは幹部としての仕事に戻るのだった。
*****
──"ビオス・サナトス・幹部の塔"。
ヴァイス達の襲撃から三日後、ライたちは全員がそれなりに動けるようになっており、早速フォンセとリヤンによって主力の傷は治療していた。
「良いのか? 動けるようになったばかりなのに力を使っちゃって」
「うん。お陰で治ったけど……二人が大丈夫なのか心配だよ……」
「気にするな。治せる力があるならそれを使うに越した事は無いだろう。後で兵士たちも治療するとしよう」
「うん……癒しの力はその為に渡されたから……。この国に居るなら会ってみたいな……クラルテさんに……」
本人たち曰く、治せる力は他人を治す為に使うとの事。
リヤンの持つ癒しの力。"癒しの源"かなるそれはリヤンが母親の妹、クラルテ・フロマによって与えられたもの。その力はリヤンと仲間を癒すクラルテの祈りが込められている。なので躊躇いはなかった。
それはそれとして、人間の国の幹部も半数以上は倒した。この国の旅も終盤に差し掛かり、リヤンは母親の妹であるクラルテ・フロマの事を気に掛ける。
まだ会った事は無い存在だが、やはり親戚というものに会った事が無いので会いたい気持ちが強いのだろう。それに対して、ニュンフェが間に入る。
「クラルテさんですか。幻獣の国の合言葉になっていたように、フロマという存在は私たち幻獣にとっても大きなものですね。クラルテさんは昔はよく幻獣の国に遊びに来ていたんですよ」
リヤン・フロマとクラルテ・フロマ。その"フロマ"は幻獣の国にて合言葉として使われていた事がある。
それはよく遊びに来ていたという、親しい存在だからそうなったのだろう。合言葉に使う程の親交がある証という事だ。
そんなニュンフェの言葉にリヤンは治療しつつ、小首を傾げて訊ねる。
「そうなの……?」
「ええ。敵対していた魔族や魔物と違って人間と幻獣は交流がありましたからね。と言っても魔族や魔物の方々は悪くありませんよ。それが人間・魔族・幻獣・魔物の在り方ですから。なのでライさんたちのお陰で世界との交流が盛んになる前から、人間の方々は幻獣の国に来る事がありました。割りと最近の話ですが、その中でも、私たち幻獣が心を開いたのはクラルテさんです」
「へえ……」
幻獣の国は、魔族の国や魔物の国よりも人間の国と親しかったらしい。
何時の時代にまで遡るのかは分からないが、人間と敵対していた魔族や魔物とは根本的に関係が違うのだろう。それでも一つの国という在り方になってからは交流も減ったと思われるが、クラルテ・フロマは頻繁という程では無いにせよ、よく幻獣の国に来ていたと言う。
おそらく幻獣たちもクラルテには心を開き、その証明としての合言葉が"フロマ"のようだ。
「それでそのクラルテさんはここ数年でめっきり姿を見せなくなったのですよね。幻獣の国や人間の国も戦争の戦火は広がっていますから、それが原因ではないかと心配しているのですが……」
「それは何年くらい前の事……?」
「えーとですね……四、五年でしょうか。必ず全ての街に寄る訳ではないのでもしかしたら最近来たという可能性もありますが、少なくとも私に会ったのはそれくらい前ですね」
「そうなんだ……」
同じ幻獣の国でも、最後に出会ったのは様々。例えばフェンリルは十年程前に出会っており、そこから暫く会っていなさそうだ。
それと同じように、顔を見せる街はその時次第なのだろう。
人間の国の幹部に聞いた話では支配者に仕えていると言う。それなら忙しくて滅多に姿を見せないのも頷ける。
「クラルテか。確かに最近は国を出る事が少なくなったな。直属の幹部であるヘルメスから聞いた話では、最近は不安そうな表情をする事も多いと聞く」
「……! ハデスさん……」
「すまない。少し盗み聞きしてしまった。様子を見に来たのだが……どうやらほぼ完治しているようだな。それが君達の回復術か」
リヤンとニュンフェが話している時、この街を収める幹部であるハデスとペルセポネが姿を現した。
少し盗み聞きをしてしまったと反省しているので、おそらく来たのは数分前くらいだろう。
リヤンの反応に続き、ニュンフェもペコリと頭を下げて言葉を発する。
「ハデスさんも殆ど治っているようで何よりです。えーと、治療しておきますか?」
「いや、いい。私の傷はもう大した事は無いからな。それより暫くベッドの上でずっと寝ていたから、君達は風呂でも入ってくると良い。主力の傷はほぼ完治した。兵士たちの方は任せてくれ」
そう言われ、ライたちはハッとする。そう言えば身体も上手く動けない程の怪我だったので食事もロクに摂っていなければ身体を拭くくらいで風呂などにも入っていなかった。
フォンセとリヤンのお陰で少なくとも主力たちは全員が癒えたので身体を休めると言う意味でも風呂は良さそうだ。
「そうか。ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて風呂にでも入ってくるよ」
「ありがとうございます。ハデスさん」
「それなら私も行くか。汗は掻かないが、水浴びも悪くない」
「そう言えばそうだな。匂いはしないが……身体に気持ち悪さはある」
「うん……」
「それなら私もお言葉に甘えましょうか」
「ハッ、それもそうだな。まあ別に入んなくても死ぬ訳じゃねェが」
『不潔よ、貴方。まあ、折角だから私も入りましょうか』
ライたちに続き、先程まで寝息を立てていたシャバハやヘルも起き上がって同行する。傷が癒えたからとは言え、即座に行動へ移れるのは流石だろう。
まあ最も、元よりニュンフェ、シャバハ、ヘルはライたちより負傷は少ない。殆ど自然治癒であるが。
何はともあれ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、シャバハ、ヘルの八人は湯殿へと向かうのだった。
*****
──"ビオス・サナトス・幹部の塔・大浴場"。
『それで……何で貴女が居るのかしら? ペルセポネ?』
「フフ。そんなの決まっているじゃない。此処は私の塔でもあるのよ? 自宅でお風呂に入る。どこもおかしくないわ」
『そうじゃないわよ。私が言いたいのは何でこのタイミングなのかよ』
「良いじゃない。皆で楽しくお風呂に入れればね♪」
「アハハ……」
ハデスに言われた通り風呂に向かったライたち八人。そこで男湯女湯に別れたのだが、その女湯にて、ヘルは何故か居るペルセポネの存在を気に描けていた。
ペルセポネは笑って返し、ヘルがジト目でペルセポネを見やる。その隣でレイとニュンフェは苦笑を浮かべていた。
『それにしても狭いわね。ちょっと女性の割合が高くないかしら? 同じ部屋で治療していたし、男性陣は肩身が狭そうね』
「ふふ。その分部下の兵士たちは全員が男だ。割合的には女性の方が少ないさ」
『貴女たちが化け物染みてるものね』
「ふっ、お前が言うな」
湯を掬い、肩を撫でるフォンセ。
主力の割合は女性が多いが、兵士たちを含めると男性が圧倒的に多い。女性は前線に出るのではなく家庭などを守るのが役目なのだから当然だ。
しかし今は戦闘後の休息。治療の方もある程度終えているので今は何も守る必要が無い。落ち着ける空間が形成されていた。
「それにしても……最近の若い子達は発育が良いわね。貴女達の半数はまだ二〇にもなっていないのでしょう? 何を食べてるのかしら?」
「ひゃっ!?」
ふと唐突に、ペルセポネがレイの胸を触って。厳密に言えば優しく鷲掴んで小首を傾げる。
レイは驚きの声を上げ、立ち上がって飛び退くように遠ざかる。それによって水飛沫が上がり、赤面して胸を押さえていた。
「ちょっとナニするんですか!?」
「あら、別に良いじゃない。女の子同士なんだから」
「そう言う問題ではありませんよ……!」
胸を押さえたまま警戒し、フォンセとエマの後ろに隠れるレイ。そこからゆっくりとしゃがむように再び湯に浸かった。
ニュンフェは兎も角、レイたちとペルセポネの関係的には敵対者だが、裸の付き合いではそれも関係無い。
"ビオス・サナトス"の女湯では盛り上がっていた。
*****
「…………」
「…………」
「…………」
一方。男湯の方では、ペルセポネと同じように湯船に浸かるハデスを隣にライとシャバハは緊張を高めていた。
「ハデス。アンタも入るんだな。兵士の方は任せてくれって言っていたからてっきり来ないものだと」
「ああ。別に構わねェが……アンタたちはライたちの目的を知っているみたいだからな。ニュンフェには言えねェが、親しくしても大丈夫なのか?」
「フッ、構わぬ。我らの戦いは既に終わっているからな。今更気にする事も無いだろう」
緊張の理由は互いの立場的なものだが、ハデスからすれば別に問題無いとの事。
本人の言うように既に決着は付いている。なのでそれを引き摺る性格ではないようだ。
それならば話は早い。ライとシャバハは肩の力を抜き、落ち着いて湯船に浸かった。
「それで、今度は此方から訊ねたいが……君達はこれからどうするんだ? ライ。君の目的から考えてこの街に長居する事は無いだろう。次の街へは直ぐに向かうのか?」
落ち着いたところで、ハデスがライに向けてこれからの行動を訊ねる。
街にどれ程の期間滞在するのか、それは重要な事である。ハデスはこれから人間の国の中枢へ情報を伝える予定だが、それを聞いて誰かが此処に来た場合、ライと鉢合わせるのはマズイ事である。簡単に言えば全面戦争はほぼ確定だからという事。まだまだ問題が残っている状態でそうなれば世界が危ういものだ。
ライは頷いて返した。
「ああ。もう傷は良いから今日中にはこの街を出る予定だ。戦いが終わってから三日間滞在したこの街は、他の街より長い期間居たからな」
「成る程。それならば別れは今日中か、分かった。……それでシャバハ。君はヴァイス達を追っていると言う。これからどうするんだ?」
ライはもうこの街を出る予定である。本人の言うように"ビオス・サナトス"の滞在期間が他の街より長い。なので目的の為にも早く進みたいのだろう。
それを聞いたハデスは頷き、続いてシャバハへ質問した。
シャバハの。というより魔族の国と幻獣の国の目的はヴァイス達の捜索。一応この街では出会えたので、これからどうするのか気になるのだろう。
シャバハも簡単に返す。
「あー、俺たちはまだ暫くは此処に滞在する予定だな。兵士たちの事もある。完治したら国へ報告する予定だ」
「フム、となると行動はバラバラか。まあ丁度良い。私とペルセポネはこれからこの国の中枢へ今回の事を報告するつもりだ。図々しい様だが、それまでこの街の警備などを頼めるだろうか?」
「ああ良いぜ。滞在させて貰ってんだ。断る理由は無い。それに、俺たちはライたちのように人間の国とは敵対していねェしな」
「ハハ。確かにそうかもな」
シャバハ。つまりニュンフェたちは兵士たちの事もあるので暫く滞在するとの事。それならばとハデスは自分達が中枢への報告を終えるまで街の留守を任せたいと告げた。
特に断る理由もなく、ライたちと違って敵対していないシャバハは肯定し、ライは軽く笑っていた。
ライ、シャバハとハデス。女性陣程の騒がしさはないが、此方ものんびりと寛いでいた。
*****
──"ビオス・サナトス"。
暫く寛ぎ、諸々の準備を終えたライたちは"ビオス・サナトス"の出入口付近に来ていた。
今日中に行く事はレイたちも了承済み。なのである程度の挨拶を終えたら直ぐに移動を開始したという事である。
「良し、じゃあそろそろ行くか」
「うん。けど、兵士たちの治療は本当にしなくて良いのかな?」
「ああ。それは俺もそれは気になるけど、ニュンフェたちが少しの間この街の留守を任されるからゆっくりと治療をするらしい」
「それが良いかもしれないな。ニュンフェたちも急ぎと言えば急ぎの用事だろうが、時間に余裕はある。魔力での回復はあくまで本来の再生力を加速させているに過ぎないからな。ゆっくりと回復するならそれに越した事はない」
「私の力はどうか分からないけど……ゆっくり回復するのも良いかも……」
「ああ。死にかけている者も居ないから今回は私の血液も必要無いな」
挨拶は済ませた。なので見送りは無い。というよりライたちが断った。
ニュンフェたちは別れを惜しんでいたが、今回は根本的な目的が違うのでニュンフェたちには自分たちの部下を気に掛けて置いて欲しいというのが実際のところだ。
回復の魔術やリヤンの持つ癒しの力は手早いが身体に少し負担を掛けてしまう。なので動ける程度にすれば後は自力で何とかするだろうと判断して全員を完治させる前に出入口に来たという事。
ライは先頭に立ち、レイたちの方を振り向いて言葉を続ける。
「さて、残る幹部は数人。確実に十二人以上は居たから層が厚いんだな」
「みたいだね。ハデスさんに勝てたのは良いけど、これからも大変そう」
「ふふ。まあ、何とかなるだろう。今までもそれ並み。これ以上の無茶はしてきたからな」
「ああ。エマの言う通りだ。流れに身を任せて侵略活動を行うとしよう」
「うん……」
墓地と冥界の街、"ビオス・サナトス"。そこでの幹部ハデスを倒し、ライたちはまた一歩前進した。ペルセポネとは戦っていないが、ハデスが負けた事によってペルセポネも自分たちが負けたと判断はしているらしい。これにて今までに倒したオリュンポスの幹部達も半分以上に到達した。その数を合わせると十二人以上は居そうだが、確実に前へと進めている事だろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの行く世界征服の道。あくまでそのうちの一つである人間の国征服まで、後少しなのは確定したと見ても良いだろう。
長く険しい道も確実に縮まっている。ライたちの向かう世界征服旅は、順調に進むのだった。