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八百五話 槍魔術師の最期

『……ッ……どうやら……私が敗れたようですね……。いえ……そもそも今まで勝利した事があったでしょうか……」


「まだ息はあるみたいだな。けど、限界も近そうだ」


『フフ……近いというよりはもう……いえ……話す必要はありませんね……」


 まだ息がある様子のハリーフ。しかしもう既に、話すのもやっとという状態のようだ。

 銀河団程の範囲を砕くかもしれない威力の攻撃を正面から砕かれ、そのまま衝撃が自身に及んだ。それも当然だろう。

 魔力が無くなった事によって身体の大きさも元に戻っており、力無く倒れ伏せていた。


「……。そうか。アンタは俺たちを相手に一人で此処までやった。大したものだよ」


『フフ……そうですか……。しかし……一人での戦闘は私が望んだ事……。褒められる事ではありませんよ……。ただの自己満足なのですからね……」


 声からも力が無くなり、徐々に静まり返る。それと同時に何処からか人影が姿を現した。


「やあ、ハリーフ。どうやらやられてしまったようだね。お疲れ様」


「……! ヴァイス!」


 ──その者、敵のリーダーであるヴァイス・ヴィーヴェレ。

 ライは疲弊し切っているレイたちを庇うようにヴァイスへ向き直り、警戒を高める。

 しかし対するヴァイスは両掌を立て、敵意を見せずに言葉を続ける。


「おっと、そう力まないでくれ。本人も言っていただろう。これがハリーフの望んだ戦いという事をね。そして決着が付いた。野暮な真似はしないさ」


「信用出来る訳が無いだろ。俺も人には言えないけど、アンタらの今までの行いを振り返ってみろよ」


「フフ。当然の反応だね。だけど、それなら私は案外正直者という事も分かっているだろう? そして場はわきまえている。それは引き際なども含めてね。今は頃合いじゃない。ハデスの力も手に入れられたからね。私の目的は達成されていると言っても良い状況にあるのさ。だから君とハデスとの戦いを離脱したンだからね」


 ヴァイスを信用出来る訳は無いが、必要無いと判断すれば即座に立ち去るのも事実。良くも悪くも切り替えが早いのだ。

 今回は目的を達成し、ハリーフも意思は通した。なのでやる事も無いので戻るだけとの事。

 そしてそこへグラオ達も姿を現した。


「そう言う事さ。僕的にはまだ戦いたいけど、今の状態の君達と戦っても結果は見えているからね。今回は見送るよ。……ハリーフ。君もお疲れ様」


「ハッ、ハリーフの奴。もう限界が近そうだな。まあ、俺には関係ねェか……」


「ライ達を彼処まで追い詰めたんだ、その時のテメェは俺より強かったよ」


「お疲れ様。ハリーフ。私の世界も広範囲が消えちゃったね。もう戻ろうか」


『フッ、お前はまあまあやった。少しだけ認めてやろう』


 グラオに続き、ライたちの前に姿を現してはハリーフへねぎらいの言葉を話す四人。

 喜びや怒りの感情はよく見せたが、この様なはっきりとしない表情をするグラオ達は珍しかった。そしてそれと同時にエマたちも姿を見せる。


「ライ、レイ、フォンセ、リヤン。無事ではなさそうだが……勝ったみたいだな」


「その様ですね……。先程の強大な衝撃の後でフォンセさんとリヤンさんの創った防壁が崩れ落ちたので不安でしたが……一先ずは安心です」


「まあ、まだ完全に安心は出来ねェみてェだがな。話が纏まり掛けている雰囲気はあるが、奴等が居やがる」


『ええ、そうね。安心するには少し早いかもしれないわ』


「ああ。傷の方も応急措置は済ませた。今度は私も戦おう。幹部として放っては置けないからな」


「ええ……! 敵の主力が勢揃い……。今後人間の国に及ぼすかもしれない危険性を考えれば油断大敵かしら……!」


 先ずはライたちの状態を確認し、一先ずは大丈夫そうだと判断してヴァイス達への警戒を高める。

 話が纏まり掛けているのは遠目でも分かったらしいが、それ以上の危険度があるのでどうしても油断は出来ない。特に治療を得意とするフォンセとリヤンがぐったりしているので現在の回復方法はエマとニュンフェによる応急措置が関の山だ。

 これから本気で戦うとして一人も欠けずに終わらせるのはかなり厳しいものがあった。


「安心してくれよ。君達。ライ達にも言った事だけど、そう力まないでくれ。大凡おおよその事は遠目からでも理解したようだね。それなら話は早い。私たちはこれで切り上げるつもりなンだ」


「その様だな。だが、人間の国の幹部として見逃す訳にもいかないのだ。つまり、もう仕掛ける」


 会話をしながら応急措置を施したばかりのハデスが拳に力を込め、眼前のヴァイスに向けてけしかけた。


「おっと、他の人達は簡単に逃がしてくれたけど、君はそう言う訳じゃ無さそうだね」


 そんなヴァイスの前にグラオが立ち塞がり、ハデスの拳にグラオが拳で対応した。──その刹那、爆発的な衝撃が巻き起こり、ライたちとヴァイス達の居る範囲外の広範囲が消滅した。

 範囲的には太陽系程。たった数光年。キロに直すと数十兆キロとかなり小規模だが、既に消え去っている銀河団程の範囲も相まって辺りには虚無以外の何も残っていなかった。

 元々がショッキングピンクを始めとした派手な色合いだったので逆に丁度良くなったとも言える。


「フム……今の攻撃で大体の実力を把握した。白髪の者が指導者。この世界を創ったのは桃髪の魔術師らしいが、実力ではお前が白髪侵略者組の中で一番か」


「ハハ。そう言ってくれると嬉しいね。人間の国のNo.3に褒められて僕も光栄だよ」


「戯れ言を。触れて分かったその力。お前も神のようだな。それも感じた事のあるもの。そして灰色の髪の人物。……推察するに、お前が話に聞いていた侵略者へ手を貸す原初の神か」


 ハデスはライたちとの情報交換によってヴァイス達の事は大体知っている。なのでグラオが原初の神であると理解し、改めて警戒を高めた。

 応急措置を済ませただけでこれ程動けるのは流石という他にない。グラオも構えた瞬間、ヴァイスが言葉を発した。


「もう十分さ。グラオ。君のお陰で逃走の準備は整った。さっさと戻るとしよう」


「なーんだ。もう終わりか。まあ、弱っている状態とは言え今のハデスの力も一撃だけ体感出来た。十分かな」


 それだけ告げ、既に準備を終えていたという不可視の移動術でライたちの前から姿を消し去る。それと同時にショッキングピンクの空は、曇ってはいるが元の空に戻っており、周りの空間も存在していた。どうやら消え去った瞬間に世界も元に戻したようだ。

 ある程度の実力者なら広範囲の異空間を創り出す事はよくやっている。なので驚く事もないが、平然とそれを実行する力はかなりのものだろう。


「消えたみたいだな。取り敢えず俺はいい。レイ、フォンセ、リヤンを先に診てくれ」


「ええ。けど、ライさんもですよ。当然」

「ああ。お前が無茶をするというのは知っているからな。ライ」


「あっそうか……。分かった。じゃあ今回は言葉に甘えるとするよ」


「ふふ、年齢的にはまだまだ幼いんだ。もっと甘えてくれても構わないぞ。私にな」


「いや……見た目だけならエマの方が下に見えると思うが……」


 自分の事は捨て置き、レイたちの治療を優先するライだが今回の治療係りのエマとニュンフェからすればライも重症なので纏めて診る事にしたようだ。

 二人の意思は本物。固いものがあるのは見て分かる。なのでライは負傷していない方の片手を上げ、降参するように苦笑した。

 マギアの世界から戻ってきたライたち十人。気付けば生物兵器の兵士達やバロールも居なくなっており、辺りはライたちを見つけた味方兵士たちの声だけが聞こえていた。負傷者は居ると思うが、連れ去られた者は居なさそうである。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、シャバハ、ヘル、ペルセポネにハデス。この世界から消えていた十人の主力も"ビオス・サナトス"に戻り、防戦が終結するのだった。



*****



 ──"ビオス・サナトス・近隣。墓場"。


 マギアの創った世界から元の世界に戻ったヴァイス達は、まだ辛うじて息があるハリーフを囲んでいた。

 曇天の雲が包む"ビオス・サナトス"から少し離れた此処では雨が降っており、雨雲が静かに街の方へ向かっている。そんな不気味な雰囲気の墓場にてヴァイス達が話す。


「さて、肉体の方は再生させたよ。けどまあ、それももう意味が無いけどね。ボロボロの姿だと再利用出来なくなるから気休めみたいなものだね」


「ええ、有難う御座います。お陰で話すだけなら問題はありません。……まあ、この世から消え去るのは時間の問題ですけどね。これが生物兵器の終着点と考えれば、私の犠牲は悪くない成果だったのではないでしょうか」


「ああ。とても良い収穫だった。生物兵器の完成品。それはとてつもない力と引き換えに命を削るもの。君は優秀だから意識を取り戻せたようだけど、仮にその辺の兵士を完成品にしたところで敵味方問わず暴れ回るのが目に見えるね。まだまだ改良は必要だ。……悪いね。君の時に本当の完成品を生み出せなくて。その所為で私は優秀な仲間を一人失う結果になってしまった」


「気にしていませんよ。元は一度死んだ身。アナタ方のお陰で二度目の人生を歩めたのですから。感謝こそすれど恨み言を言うのは筋違いです」


 ヴァイスとマギアによって治療を施され、話すだけなら問題は無くなった様子のハリーフ。

 しかし使った力が戻る事は無く、寿命は刻一刻と迫っているらしい。そうなると考えられる死に方は話している最中に突然という方向性だ。なのでヴァイス達からして少しでも多くの情報を知る必要があった。

 ……と言っても、知れる情報は既にヴァイスが集め終えている。"テレパシー"を使えば思考が読めるのであまり時間を有しないのである。

 なので残った時間は雑談をするだけ。先ずはゾフルが話した。


「ハッ、今から死ぬなんて見えねェ様子だな。ハリーフ。テメェは明日も明後日も、普通に俺たちと旅をしていそうだ」


「フフ、私もそう思いますよ。そしてそれを望んでいます。けど、それは叶わない。地獄で待っていますからもう少し後で来て下さいね」


「不吉な事を言うな。だが、ああ、達者でな。数分後の死人にそう言うのもおかしな話だがよ」


 現在のハリーフは死にかけているとは思えない程に健康的な状態。ヴァイスの再生術とマギアの回復魔術がそれ程までの力を秘めている証明だろう。

 続いてロキが一言。


『フッ、お前も此処で終わりのようだな。出会ってからあまり日数は経っていないが……まあ、まあまあの奴だった』


「そうですか。それは良かった。貴方は私が加入した後で入った唯一の者ですからね。思い入れはそれなりですよ」


 ハリーフとロキは出会ってからそれ程経っていない。それもあって特に別れの言葉的なものはないが、関係はそれなりにそこそこだったらしい。


「ま、暴走してからの自滅って死に方よりはマシな死に方を選べているかも知れねェな。ハリーフ。向こうでも鍛練は怠るんじゃねェぞ」


「貴方は鍛練云々を言わない性格だと思っていましたよシュヴァルツさん。一応努力はしているのですね」


「そりゃそうだろ。何らかの力があっても努力しなくちゃ腐らせるだけだ。まあ、それはこの世界に限るがな。俺の今の力で無双出来るくらいの生温い世界がありゃ、努力は必要無くなるな。仮に何の努力もせずに上手くいく世界があるなら、そんな世界高が知れているけどな」


「厳しいものですね。ライ辺りは特に努力もしていなさそうですけど」


「ハッ、アイツの場合は自ら棘の道を進んでいるからな。支配者とかとの戦いは努力に入ってんじゃねェの? 本人は借り物の力と思っているからアイツ自身が更に強くなるんだがな」


 シュヴァルツとの雑談は戦闘関連や努力という、シュヴァルツらしいと言えばらしいもの。こんな状況でもそう考えているのはある意味流石だろう。


「じゃあね。ハリーフ。地獄の警備は今厳しいけど、機会があったら遊びに行くよ~」


「フフ、貴女は相変わらずお気楽だ。けど悪いですね。この方たちの自由奔放さ加減。指摘の労力は全て貴女に行ってしまいそうです」


「あー、確かにグラオ達のツッコミ役が一人消えるのは辛いかなぁ。ハリーフー。やっぱり生き返ってよぉ!」


「無茶を言わないでくださいよ。今から死ぬんですから……」


 マギアとの会話はグラオ達の扱いについて。

 グラオ達は真剣な表情で無茶を言う。それを止めたり指摘するのはマギアとハリーフの役割だったのだが、これからはマギアの負担がかなり増える事になりそうである。

 そして最後にグラオ。


「さて、これで君との旅も終わりか。結構楽しかったよ。ハリーフ。僕も暇が出来たら地獄の方にも遊びに行くから。おもてなししてよねー!」


「無理ですよ。確かに貴方やマギアさんなら地獄の出入りも出来ると思いますけど、地獄に行ったら生物兵器の肉体がどうなるかにもよりますからね。少なくとも、通常の私では大罪の悪魔を始めとして、全ての魔王に勝てないと確信を持てますよ」


「そっかあ。それは仕方無いね。うん。おもてなしはしなくて良いよ。……じゃあ、さよなら。ハリーフ」


「ええ。サヨナラ……」


 ──グラオとの会話が終わった瞬間、ハリーフの意識が急激に遠ざかる。先程まで普通に話していたが、やはり迎えるのは予想通りの最期のようだ。

 その最期の瞬間にハリーフはヴァイスの方へ視線を向けた。


「……ああ……ヴァイスさん……忘れていました……必要無いかもしれませんが……一応……選別です……。──"ハルバ"……」


 視線を向けた瞬間に槍魔術を放ち、ヴァイスの身体を貫く。正面から貫かれたヴァイスには風穴が空き、周囲に鮮血が飛び散る。その槍はそのまま真っ直ぐ進み、天空の雲に穴を空けて光が漏れる。その光明はヴァイスの身体を囲うように包み込んだ。

 その槍魔術の槍が消えた方向を見、スッと目を閉じてヴァイスは一言。


「ああ。おやすみ。ハリーフ」


 傷が即座に再生し、ヴァイスの体内にて通常の修行では身に付かない特殊魔術──槍魔術が刻まれた。

 その一撃でハリーフは完全に意識が消え去り、開いたままの眼からは生気が無くなる。力が無くなったように腕は垂れ、そのまま前のめりに倒れた。

 一瞬の光明は消え去り、降っていた雨がより一層強まる。その雨によってヴァイスの鮮血が窪みに沿って流れ消える。

 魔族の国、"マレカ・アースィマ"。元幹部の側近。ハリーフ、死去。

 ヴァイスは死したハリーフを抱え、ゆっくりと立ち上がった。


「……。さて、必要な工程はほぼ終わらせた。そろそろ私たちも最終段階に移ろうか。残ったハリーフの肉体は優秀だけど、新たに命を込めて生物兵器にするのは勿体無い。埋葬を終え次第、全世界に戦争を仕掛けよう」


「うん」

「ああ」

「うん……」

「ああ……!」

『良かろう』


 ハリーフの肉体は再利用しない。この旅で鍛えられた事もあり、かなり優秀なものだが、"勿体無い"という口実で埋葬する事にしたらしい。

 利用しないにも関わらず態々(わざわざ)死に行く肉体を再生させたのは、本当にただの善意だったのかもしれない。

 そして本人曰く、自分達の目標は、全世界を敵に回すという最終段階らしい。全世界に居る生物の選別。確かに彼らからすれば自然な行動だ。

 ハリーフが死した後、ヴァイス達はその目標とやらに向けて動き出すのだった。

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