八百四話 ライ、レイ、フォンセ、リヤンvs生物兵器ハリーフ・決着
「そらっ!」
『ハァッ!』
魔王の力を七割纏い、自身の力を魔王の五割へ匹敵するものに引き上げたライが光を超えて拳を放ち、ハリーフが槍魔術を形成してそれを迎え撃つ。二つの一撃は正面からぶつかり合って周囲を揺らし、周囲の空間を歪めて衝撃波で太陽系程の範囲が更地になった。
その一撃同士のぶつかり合いではライが押し、ハリーフの身体を数キロ程吹き飛ばす。たった数キロで済んだのはハリーフ自身の能力が相応のモノになっている事の現れだった。
「結構……遠いね!」
『速いですね……先程よりも……!』
そんなハリーフに向けてレイが飛び出し、跳躍と同時に数キロの距離を埋めて勇者の剣を振るう。ハリーフはそれを咄嗟に受け止めるが先程のぶつかり合いによってダメージを負っていた槍魔術の槍が折れ、ハリーフの身体が更に吹き飛んだ。
本来なら槍を切り捨ててそのままハリーフを討つつもりだったレイだが、ハリーフ自身が衝撃を流す為に敢えて後退したと考えるのが妥当だろう。
「正面から攻めては背後に逃げられるから意味が無いという事か。ならば動きを止めた方が良さそうだ。"魔王の土壁"!」
『フム……』
ハリーフの足元から大量の土を生み出し、そこから山を形成してハリーフの身体を閉じ込めた。
通常の土魔術ではなく、魔王の力からなる土魔術。その強度は随一のものがあり、仮に惑星破壊規模の攻撃を受けてもピクリとも動かない。それどころか土の欠片一つが溢れる事も無いだろう。
相手の逃げ場を完全に無くすその力。正しく魔王の魔術に相応しいものがあった。
「これなら……"神の炎"!」
『逃げ場が無くとも……魔力を集中すれば防げますよ……! "槍の旋風"!』
身動きが取れなくなったハリーフに向けて全てを焼き尽くす神の炎を放つリヤン。対するハリーフは身体を動かさず、自身の周りに槍を形成して高速回転させ、降り注ぐ炎を防いだ。
この炎にも先程と同様、太陽系を焼き払う。もしくはそれ以上の威力が秘められている。それを自身の槍魔術で防ぐとはかなりのものだろう。
『……ッ!』
──が、当然防ぎ切る事は出来ずにハリーフは炎に飲み込まれた。
しかしその炎によってフォンセの土魔術による拘束が解け、何とか抜け出してライ、レイ、フォンセ、リヤンに向き直る。
『力が上がっただけで、少し調子に乗り過ぎましたね……。考えてみればアナタ達は支配者とも何度か戦っている。私自身がそれに近い実力になったとは言え、そう簡単に埋まる差ではありませんでした……。戦闘の経験なら地獄での数百年であるのですけどね……』
「ああ、それなら俺もある。色々あって地獄に行って、何やかんやで大罪の魔王達の……集合体? を倒した。その差もあまり無いと考えた方が良いぞ」
『成る程。そうでしたか……。貴方も地獄に……急激な成長はその為という事ですか。成長出来たという事は何らかの理由で生きたまま地獄に落ちたという事。確かに私の時は魔王クラスには会いませんでしたね。あくまでゾフルさんとの組み手のようなもの。それでも十分に学べましたが、やはり偏ってしまうようですね』
地獄での経験なら、ライもしている。
流石に数百数千年程の単位ではないが、生きて地獄に落ちた為に常に死と隣り合わせである状態と戦った存在の大きさ。そして近くに居たテュポーンと魔王(元)ことエラトマの最強格である存在。
それらがあり、時間的には地獄での数ヵ月だったが数百数千年分の体験はしたかもしれない。地獄での経験の差は大したものにはならなそうである。
『それならやれる範囲でやるだけですよ。限界を超えるのが目的ならやれない範囲にも入った方が良いですけど、今の私の状態からしてそんな時間はありませんからね!』
「へえ? けど、その言い方だと……"これ以上成長する必要が無い"って訳じゃなくて、"もう身体が持たない"……って方向の言い方だな。やっぱりノーリスクでそんな力を手に入れる事は出来ないみたいだな」
『フフ……さて、どうでしょうかね。"槍の彼岸花"!』
ライの言葉にハリーフは含みのあるように濁し、真っ赤な十三本の赤い槍を地面から突き出した。
ライたちはそれを避け、足元が巨大な赤い槍に覆われる。一本の高さが十三メートル程で幅が三メートル程。ライたちの背丈からしたらそれなりの範囲に及ぶそれはそれなりに厄介な攻撃だった。
『まだまだです! "雪滴の槍"!』
赤い槍の中心から白い槍が生え、先端が垂れるように大地へ突き刺さる。次の瞬間にその槍は無数に生え、スノードロップの花畑のように幻想的な光景が創り出された。
だがその威力は幻想的などという生易しいものではない。それによって更地となった周囲に無数のクレーターが造り出されている程だ。更地は既に無数の渓谷が連なる地帯と成り果てた。
「ふむ、気のせいか先程から花に見立てているな。というかアイツ、花とかのような自然物を模倣した槍魔術を多様していないか?」
「あ、そう言えば……"ビオス・サナトス"の塔でも模倣した槍魔術を使っていたかも……今まではそんな魔術使っていなかったのに……」
「へえ。俺は来たばかりだからよく分からないけど、やっぱり最期は綺麗に飾りたいって心境なのかもな。ハリーフの言葉からこのまま放って置いても死期が迫っているってのは分かるからな」
「……最期……」
先程からハリーフは花などを模倣した力を使っている。それは無意識のうちに出た言葉なのか、意識して出した言葉なのかは分からない。
だがその魔術はしかと名が反映されており、槍に干渉してその様な力を生み出している。元より魔法・魔術というものは自分の精神力が反映される力なのでその様な形になっているのだろう。
だが、このまま力尽きるのを待つ程にライは非情ではない。相手が玉砕覚悟で来ているのならば、それを受けて返すのがライのやり方だからだ。
「じゃあ此処からは……無駄話無しで一気に嗾けるか!」
『……!』
それだけ告げ、ライは槍魔術からなる赤と白の花畑を突き抜けハリーフの眼前に迫って拳を放った。
ハリーフは何も言わず、咄嗟に複数の槍魔術を形成してその拳を防ぐ。が、容易く打ち砕かれ、その顔を殴り付けられて吹き飛ぶ。しかし両手に槍魔術を形成して大地に突き刺し、自身の勢いを殺しつつ数キロ離れた場所で停止。既に上から迫っていたライへ槍を突き刺し、ライは正面から拳を放って槍を砕きハリーフの身体を大地に埋め込んだ。
『……ッ! 一気に押されてしまっていますね……!』
「話している暇は無いぜ! 歯ァ食い縛れ!」
『お断りです! "槍の波状雲"!』
迫るライに向け、波状雲のように広範囲を占める波打つ雲のような槍魔術を放ち牽制する。
ライはそれらを全て正面から打ち砕き、一気に埋まっているハリーフへ嗾けた。
『……っ!』
ハリーフは槍を横に放ち、周りの大地を削る。そして身を逸らし、辛うじてライの拳を躱した。
対象に当たらなかったライはそのまま大地へ突っ込み、半径数千キロに及ぶクレーターを形成する。ハリーフもハリーフでまだ慣れていないであろう巨体でこれ程の動きが出来るのは流石と言えるだろう。例えるなら常人が身動き取れない状態から真っ直ぐ自分に迫る弾丸を避けたようなもの。この動きも今までの鍛練や地獄での経験が生きたと言える事柄だった。
「やあ!」
『次は貴女ですか……!』
そんなクレーターの中に居るハリーフに向け、レイは跳躍して勇者の剣を振り抜く。ハリーフは即座に槍を形成して防ぎ、レイの身体を弾き飛ばした。
跳躍した事によってレイは空中に居る事になる。踏み込みも利かず、初撃を耐えられたら弾かれるのは道理である。しかしそのまま着地し、勇者の剣を携えてそのまま嗾けた。
「私たちも」
「居るよ……!」
『ええ、理解していますよ!』
「「……!」」
空中ならばとフォンセとリヤンも姿を現し力を込める。ハリーフは二人が見えた瞬間に片手を地面に着け、そのまま自身の身体を持ち上げて回し蹴りを放った。
それによって二人は飛ばされ、空中にて体勢を整える。
『"流星の槍"!』
それと同時に無数の槍を天空から振り落とし、レイ、フォンセ、リヤンを巻き込んで広範囲を消滅させた。
その一つ一つには惑星を砕く力が込められており、多岐に渡る落下地点には惑星程の範囲に連なるクレーターが形成される。最も、大きさが大きさなのでライたちには全体像を見る事は出来ないが。
「ハッ……滅茶苦茶やりやがる……!」
未だに降り注ぐ無数の槍。それを正面から砕きつつライは進み、ハリーフの眼前へと再び迫った。
「……ッ!」
──そしてその瞬間、ライの砕けた片腕に貫くような激痛が走り、踏み込みが少し緩んだ。
そのまま力が抜けるように落下し、脂汗を流しながら片腕を抑え、抑える事も出来ずに小さく唸る。
「……ッ……ハハ……やっぱ少し無茶し過ぎたかもな……」
それもそうだろう。元より砕けていたライの片腕。既に内部の骨は砕けており、周囲を覆う肉その物にも激しい損傷がある筈。本来なら動くだけで想像を絶する痛みが伴うので早急に治療を施さなくては動けない。いや、治療を施してからも数日は動けなくなるような傷なのだ。
そんな状態で全身を痛め付けるような戦闘を行っていた。ハデスとの戦闘直後の連戦により、肉体も限界が近いのである。
『成る程……その傷では確かにまともに動けませんね。些か卑怯ですけど、この隙はしかと狙わせて貰いますよ』
「卑怯なもんか。と言うか、命懸けの戦いで卑怯とかを言っていられないって事はアンタも分かっているんだろ……?」
『ええ。戦闘に置いて汚い。卑怯。反則。それらを口にするのは覚悟の決まっていない愚か者。しかと理解していますよ』
そんなライへ向け、少しバツが悪そうに話すハリーフ。だがそのハリーフ自身も何度か言っているように戦闘に置いてその様な考えは無駄であると知っている。
下方に居るライを見下ろし、片手に槍を形成して振り下ろした。ライはそれを転がるように避け、避けた先へハリーフが蹴りを放つ。蹴られたライは吹き飛び、一つの山に激突して粉塵を舞い上げる。そこへハリーフが槍魔術を打ち込み、ライごとその山ごとを粉砕した。
「まあこれくらいは問題無いけど……片腕に響くな……」
『成る程。私の攻撃では無傷ですか。少し落ち込みますね』
「ハハ……それでも身体がロクに動かないからな。少し大変かも知れない……」
山を砕く程度の攻撃自体は大したダメージではない。簡単に言えば無傷だ。
しかし傷口に衝撃が伝わった事によるダメージは大きかった。負傷している時は触れるだけで痛みが走ったりする。今回のライもそれが主なダメージだろう。
『それなら、負傷している方を重点的に狙った方が効果的という訳ですか』
「ああ、そうかもな」
「けど、それはさせない!」
「ああ!」
「うん……!」
「『…………!』」
仕掛けようとした時、レイ、フォンセ、リヤンの三人がライの側に近寄って背後からハリーフを狙う。
ハリーフはそれを感じ取って躱し、レイたち三人は膝を着くライの前に立った。
「レイ……! フォンセ……! リヤン……!」
「ライ! 此処は私たちに任せて! ライはもう限界だよ!」
「ああ。回復させてやっても良いが……流石に頑張り過ぎだろう。此処は私たちに譲って貰おうか。"防壁"」
「うん……ライは休んでいて……」
目の前に立つや否や、ライを戦わせぬようフォンセがライの周りに壁を創り出した。
フォンセやリヤンが居るならライの治療も容易く行える。しかし二人はそれをしなかった。ライに任せっ切りは問題。だからこそ自分たちで決着を付けようと言う事だろう。
「……。そうか。分かったよ。じゃあ、後は任せる」
「うん!」
「任された」
「うん……!」
その意思を無下にする訳にもいかない。ライはレイたちに委ね、三人が構えを取る。
ハリーフは魔力を込め、レイたちに向き直った。
『良いでしょう……それならこれで終わらせますよ。敵の数が減ったなら好都合です!』
「……っ。今までで一番の力……」
「成る程な。かなりの魔力だ」
「まるで身体のエネルギーを全部注ぎ込んだみたい……」
全身の魔力を込め、両手で槍の形を形成する。その魔力量は今までと比較にならない程に膨大な量だった。
レイは勇者の剣を握り締め、フォンセが魔力を込め、リヤンが神としての力を込める。これがハリーフ最期の一撃。そう見て間違いなさそうだ。
『──"灯火の魔槍"……!』
込められた魔力が瞬き、消え行く蝋燭のような激しい光に包まれた漆黒の槍が放たれた。
それは一瞬にして光の領域を何段階も飛び越え、余波だけで太陽系程の範囲を消し去って行く。そう、それは太陽系の範囲が消え去り、そこから更に広範囲が消え去っているという事。
これが着弾したその瞬間、銀河系、銀河群、銀河団の範囲が消え去るかもしれない。しかし、レイ、フォンセ、リヤンの三人も既に攻撃を放っていた。
「やあ!」
「"魔王の闇"!」
「"神の光"!」
勇者の剣による斬撃と魔王の魔力を具現化したかのような闇。そして神の力を具現化したかのような光。打ち消し合う二つの力が勇者の力によって融合し、計三つの力が合わさって更なる力を生み出す。
色とは呼べない程に美しく暗い力の集合体は槍魔術と同じく光の領域を超越し──
『……ッ!』
──銀河団の範囲を崩壊させ兼ねない槍魔術を正面から粉砕し、ハリーフの身体を貫いた。
*****
「や、やったの……」
「さあな……しかし……ハリーフは目の前に居るぞ……動かないみたいだが……」
「うん……」
『……」
余波によって辺りは全て消え去った。レイたちの足場が残っているのはレイの持つ勇者の剣が衝撃を防いだからだろう。
しかしそれと目の前に倒れるハリーフ以外には何も残っておらず、遠方に小さく見えるフォンセとリヤンの力からなる防壁のみがあった。
そして次の瞬間、ライを囲んでいた防壁と遠方の建物が消え去る。それと同時にレイ、フォンセ、リヤンの三人が倒れた。
「レイ! フォンセ! リヤン!」
「ふふ、すまないな。助けるつもりが、少し疲れてしまったようだ……」
「うん……けど……休めば大丈夫……」
「うん……」
見れば全身がズダボロ。魔力も急激に減っており、負傷しているライよりも満身創痍の状態にある。防壁が消え去ったのはフォンセも力尽きたからだろう。
ライ、レイ、フォンセ、リヤンによって行われていたハリーフとの戦闘。それは戦っていた者全員が満身創痍の状態となって決着が付くのだった。