八百二話 形態変化型生物兵器
肉体的な力と魔力が急激に上昇し、更に上乗せされた現在。レイたち八人はそんなハリーフを前に、各々の力を込めて一気に駆け出した。
「巨大化したなら、逆に狙いやすくなったよ!」
『……ッ!』
レイが踏み込み、ハリーフに向けてそのまま勇者の剣を振り下ろす。それによってハリーフの身体は傷付き、傷口から鮮血が飛び散る。
完全に切断するのではなくこの様に傷付けた方が効果的なのは分かっている事。だからこその行動だろう。
「ふふ、確かに的が広がって当てやすくなったな」
『……!』
続くようにエマが天候を圧縮した力を放ち、ハリーフの身体を吹き飛ばす。
風によるダメージは即座に再生するが、目的はそれではない。攻撃によって怯み、揺らいだ身体を後続が狙う事が目的だ。
「"死霊の風"!」
「はあ!」
『朽ちなさい!』
シャバハ、ニュンフェ、ヘルが怯んだハリーフに向けて各々の風を放ち、その身体を完全に押し倒す。
その衝撃で大地は揺らぎ、辺りに粉塵が舞い上がった。
「今ね!」
『ぐっ……』
そんな仰向けとなったハリーフをペルセポネが茨で拘束し、身動きを完全に封じる。そこへ飛び出して来たのはリヤンだった。
「"神の炎"……!」
『──ッ!』
神の力からなる炎を放ち、倒れた肉体を焼き尽くす。
先程からやっている事なので効果は薄いと分かるが、確かなダメージは与えられた事だろう。
「これで終わらせる!」
『……ッ!』
その上からレイが勇者の剣を構えて落下し、その剣尖を下方に居るハリーフの身体に突き刺した。
勇者の剣の破壊力からなる刺突はかなりの威力を秘めており、その余波でハリーフの周りにクレーターが形成される。本来ならこれで終わっても良さそうだが、まだ終わっていなかった。
『何の……これしき……! "槍の噴水"!』
弱りながらも魔力を込め、その名の示す噴水のような槍魔術を放出する。
槍魔術は一つ一つに星を抉る程の破壊力を秘めており、着弾地点に月程の大穴が形成される。レイたちはそれらを躱し、ハリーフへ仕掛けるタイミングを窺った。
『肉体変化に魔力変化。それによって身体は巨大になっていきますが、その分だけ私の力も上昇しています。今ではただの槍魔術で星一つは破壊出来そうですね……! "破壊の槍"!』
「「「「…………!」」」」
「「『「…………!」』」」
そして放たれた、一際大きな槍。惑星一つではなく、恒星くらいなら貫けそうなその槍は真っ直ぐ進み、色鮮やかな大地に着弾しようとしていた。
先程よりも遥かに強大な力を秘めた槍。どれ程の破壊力を秘めているのかは分からないが、仮に恒星を貫通出来る力があればその余波だけで複数の大陸は消滅するだろう。
「やあ!」
「"魔王の守護"!」
「"神の守護"……!」
そしてその槍はレイが勇者の剣で切り裂き、余波をフォンセとリヤンの二人が防いだ。
彼女たちにとっては恒星規模の攻撃など大した事はない。勇者の剣は今のままでは無理だが、魔王や神の力は今出せる範囲の本気でも銀河系くらいは容易く砕ける。周りに味方が居るので威力を弱めてはいるが、その力を用いて敵の攻撃を防ぐだけなら関係無い事だった。
『まだです! "槍の流星群"!』
だが、ハリーフからしても防がれたのはたった一つの槍。
続けるように恒星を貫通する事も可能な力を秘めた槍魔術が無数に降り注がせ、関係の無い範囲も含めて大多数を貫き砕き、複数の場所にて惑星程の範囲を崩壊させていた。
「自分たちの周りだけを防げば良いけど……範囲が広いから大変だね……!」
「ああ。結局のところ、足場が崩されては守護範囲も変わる。広範囲に守護魔術を使いながら自由自在に移動出来たら良いものなのだがな」
「うん……少し大変……」
一撃一撃が重くとも、それはあくまで幹部の側近クラスから見た範囲。レイたちからすれば大した事は無いのだが、周囲が削られていく現状が少し問題だった。
幾ら自分たちの周りのみを守護しようとそのうち足場が無くなってしまう。空を飛びながら戦えるフォンセ、エマ、リヤンにとっては問題無いが、飛べない者たちは護らなくてはならない。護る側と護られる側。両方の視点でも今の槍魔術による攻撃には苦労していた。
『フフ……良い調子ですね。不死身の肉体を持つ私なら巻き込まれる心配も無い。高みの見物を決めながら仕掛けるのは悪くありません。……まだまだ行きますよ!』
更に魔力を込め、より破壊力を上昇させた槍魔術が降り注ぐ。
既に一撃一撃に惑星を破壊する程の威力が込められており、周りを気に掛けながらそれを打破するのは至難の技だ。
気分が良さそうなハリーフは上乗せするように槍魔術を増大させ──
「──よっと!」
『……!』
「「「「…………!」」」」
「「『「…………!」』」」
──通り掛かった者の軽い声音と共に放たれた拳によって──全てが消滅した。
一つ一つに恒星を貫く貫通力が秘められており、惑星くらいなら簡単に破壊出来る槍魔術。それをたった一撃で全て粉砕したのだ。
槍魔術を放っていたハリーフはそれを見て固まり、レイたちも同じようにその者へ視線を向ける。そしてそこには、片手を赤黒く負傷した状態のライがその腕でハデスを抱えて立っていた。
「「「「ライ!」」」」
「ハデス!」
「お二人共、無事……では無さそうですが……えーと……な、何よりです!」
『現れましたか……更なる強敵達が……!』
その姿を見るや否や、レイたちがライの名を呼びペルセポネがハデスの名を呼ぶ。
ライとハデスを見た瞬間にハリーフは片手に槍魔術を作り出し、力を込めて一気に放つ。光の速度を超えた槍魔術は真っ直ぐ進み、ライとハデスの正面に突っ込んだ。
「これくらいなら問題無いさ!」
ライは負傷していない方の拳でその槍を殴り付け、粉微塵に粉砕する。だがそれは大前提らしく、ハリーフは既に複数の槍魔術を作り出しており先程の槍が砕かれたその瞬間には放っていた。
次の刹那にそれら全ては消え去り、槍魔術だった魔力の欠片のみがその場に残る。
ライはその中を突き進み、ハデスをペルセポネの元に放って一気に加速した。
「ハデスの事は頼んだ。もうほぼ限界だからな!」
「あ、ええ! 分かったわ!」
「悪いな……ペルセポネ……幹部として不甲斐ない……」
「そんな事より治療を……!」
『させませんよ! 二人が負傷しているのなら好都合ですからね! "槍の森"』
ペルセポネの腕の中に居るハデスを治療しようとフォンセとリヤンが近付いたその瞬間、ハリーフは足元から複数の槍を突き出して妨害する。
ライとハデスはこの中でも頭一つ抜きん出た強者なのは承知の上。なので完全復活を阻止するのは当然の判断だ。
足元から生えた槍を八人は躱し、その中でペルセポネはハデスを抱えたままレイたちと離れた場所に着地する。回復させない為に距離を離すのもハリーフの狙い。ペルセポネとハデスの周りを槍魔術が囲い、二人の動きを封じた。
「閉じ込められた……!」
「大丈夫だ。あれくらいなら即座に壊せる!」
『させませんよ!』
封じられた二人を見兼ね、近付こうとした瞬間に槍魔術で牽制を入れられる。ハリーフの元へ向かったライはその近くに到達しており、自身の拳を突き出した。
「オラァ!」
『……ッ!』
負傷している腕とは逆の腕からなる拳。それを顔に受けたハリーフは巨躯の身体が弾かれるように吹き飛んだ。
一気に進み、派手な色合いの山を数座砕く。その瓦礫が降り注ぎ、辺りに振動と粉塵を散らした。
『流石の力ですね……しかし、吹き飛んだくらいで回復させる訳にはいきません!』
光の速度で槍を放ち、ハデスの元にレイたちを近付けさせない。そのまま槍魔術からなる壁を作り出し、八人を分かつ壁を形成。その槍は天空高くにまで届いており、浮遊しなくては届かない程。そこから更に槍を追加し、厳重な壁で囲んでハデスとペルセポネを完全に隔離した。
そしてハリーフ自身もレイたちの元に向かい、
「させるか!」
『……ッ!』
既に側へ来ていたライの踵落としによって大地に叩き付けられた。
ライの片腕は負傷中。しかし足はある。それでも自身の攻撃によって生じる衝撃には凄まじいものがあるだろうが、構わず嗾けた。
「そこだ!」
『自身の負傷した肉体は省みないようですね……!』
踵落としによって大地に仰向けの状態になったハリーフの上から拳を打ち込み、広範囲を打ち砕いてその岩盤を浮き上がらせる。
岩盤一つ一つには文字通り山のような大きさがあり、拳の余波によって全てが消え去った。
『"槍"!』
「邪魔だ!」
刹那にハリーフは槍魔術を放ち、それをライが片手で砕き防ぐ。それと同時にハリーフの身体を持ち上げ、自分の身体に回転を加えて遠方に放り投げた。
放られたハリーフは彼方に吹き飛び、何処かへ着弾するよりも前にライによって叩き落とされる。まだ遠方に見える槍魔術の壁は破られていないのでレイたちは身動きを取れずに居る事は分かるが、それも時間の問題。ライにとっては好都合だがハリーフにとってはこれ程悪い事は無いだろう。
『これで片腕を失っている状態……!? いや、まあ本当に失っている訳ではありませんけど……それでも負傷している事実は変わらないですのに……!』
「まだまだァ!」
叩き落とされた瞬間に上手く着地したがライの力に驚愕するハリーフ。その隙にもライは嗾けており、空中を蹴ってハリーフの上から隕石のように落下しながら拳を打ち込んだ。
『そう簡単にやられる訳にはいきませんよ!』
その拳を躱し、両手に魔力を込めて一気に放出する。
槍魔術はライの身体に当たったが貫けず、ライは鈍器で殴られたかのような勢いで吹き飛ぶ。そこへ更なる槍魔術が連なり、吹き飛ぶライの速度を加速させて複数の山を砕きながら彼方へ消え去った。
『おそらくこれでもまだ足りていない……吹き飛ばすだけなら、少し力のある者が簡単に行っていましたからね……今の私には更なる力が必要です……!』
更に力を込め、ライの吹き飛んだ方向に向けて槍魔術を放つ。それと同時に立ち上がり、大地を踏み砕く勢いで加速して移動した。
『先程受けたダメージ……それを学習し、肉体を強化すれば更なる力が手に入る。生物兵器の底力……この程度ではない筈……』
加速し、加速し、更に加速する。受けた分だけ力の強くなる改造を施したハリーフにはまだまだ成長の余地があるのだ。
『ダメージを与えるには……最低で支配者クラスの実力が必要……!』
肉体が再び変化し、巨大化した身体が更に膨れ上がる。突起が更に伸び、そこからこの世界に存在する全ての魔力を吸収し始めた。
『成る程……この世界はマギアの作り出した世界……その分更に強くなる……!』
踏み込みが激化し、一歩踏み出す毎に大地が揺れ、この世界に顕在する山河を砕く。片手に槍を携え、それを強化して更なる力を得る。
一歩踏み出す度に。一挙一動を動かす度に成長し、凌駕する。
『これが……最期の力……!』
「なに……アレ……」
「……。さあな。おそらくハリーフなのだろうが……化け物と言った方が良さそうだ」
それが異形の姿へと変貌し、光を超えて迫るハリーフを見た一言。
レイたちは驚愕の表情を浮かべ、凄まじい速度で迫る巨体に視線を向けていた。既にハリーフが吹き飛ばしたライの事は追い越しており、ハデスを含めた九人がその姿を目視した瞬間、巨人よりも遥かに巨大なハリーフだった者が背後へと回り込んでいた。
「ライがやられたとは思えないが……これが最終形態と見て良いのかもしれないな……」
「うん……。ヴリトラでもこんなに変化はしなかったよ……」
「厳しい戦いになりますね……」
『…………』
成長を終え、これ以上に無い程の力を身に付けたハリーフ。現在のハリーフは、おそらく支配者に迫る実力は秘めている事だろう。
ライとハデスが合流した、マギアの世界にて行われる戦闘。長かった戦いも、終わるのは時間の問題だった。