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八百一話 ヴァイスとハリーフ

 ──"マギアの世界"。


「やあ。此処に居たンだね。君たち」


「あ、ヴァイス」

「テメェも来たか」

「やっほー」

「見た感じ、逃げ帰ったみてェなもんか」

『フッ。まあ今回は相手が相手。それも仕方無かろう』


「なンでロキが偉そうなのかは気になるけど……フム……」


 ライとハデスの前から消え去ったヴァイスは、グラオ達の前に姿を現していた。

 モノクロの世界からこの世界への移動手段は色々ある。特にヴァイスは様々な能力を有しているので別の世界を見つけてそこに移動するなど容易い所業なのだ。

 そして合流した所で辺りを見渡し、ハリーフの姿が無い事に気付いた。


「ハリーフの姿が見えないようだけど、成る程ね。向こうから感じる強い魔力の気配。そして君たちが此処に居るのを考えれば……まあ、暴走は始めてしまっているようだね。その割りには魔力が整っている様子……力を完璧に取り込ンだのかな。おそらく正気のままで力は操れるみたいだ」


「正解。暴走が収まった訳じゃないけど、確かにハリーフは力を克服したよ。……ハハ、自分で言ってて矛盾しているって分かるね」


 ハリーフの姿が無い。それだけで今の状況をある程度理解した様子のヴァイス。

 グラオ達の存在と遠方から感じる魔力の気配。ヴァイスの観察眼と考察力は確かなものだろう。

 ハリーフは暴走していないが暴走した状態のまま。一聞だけでは矛盾しているようだが、生物兵器を作り出して改良に改良を重ねたヴァイス達だからこそ暴走とそうではない事柄の境目が分かるようだ。


「それなら話は早いね。私も行く末を見届けるとしよう。……ああ、あと。もうすぐライとハデスもこの世界に来ると思うよ。此処に来る途中で気付いたけど、二人の衝突で全ての空間と次元が大きく揺れたからね。偶然流れ着くなら別の世界に到達する可能性の方が高いけど、ライの宿す魔王の力。それはライ達をこの世界にいざないそうだ」


「へえ。それなら戦ってみたいけど、戦闘直後のライも本調子じゃないだろうし仕方無いね。今回は見送るとしよう。……それより、ハリーフは何処まで持つかな……」


「さあね。彼の選んだ道。私たちが気にするのは野暮というものだ。しかし、今の彼ならそれなりに追い詰める事も出来そうだね。生物兵器の力。失格者じゃなくて合格者であるハリーフがそれを使いこなせれば、私たちの目的も先に進む。彼自身が此処で最期だとしても、その意思は受け継いで行くさ」


 その表情から本当のところはどう思っているのか分からないが、確かな信頼は置いている様子。ハリーフの意思を無下にする事もなく、仲間として尊重して見届ける。

 感情は消えたヴァイスだが、同士の事はしかと考えていた。


「そうだね。僕たちに出来るのは待つだけさ」

「ハッ、そうだな」

「助けに行っても良いけど、ハリーフ本人の言葉だからね……」

「……」

『フン……』


 ヴァイスの言葉に頷き、ヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ロキの六人はその場で待機する。ハリーフ本人が手助けを望まないならそれに答えるだけだからだ。

 マギアの創り出した派手な色合いの目に痛い世界。そこでの戦闘は続いていた。



*****



『これが……能力が急激に上昇する感覚……二度目ですけど……苦しいような……そうでもないような……不思議な感覚ですね……』


 肉体が変化するハリーフは周りに槍魔術からなる槍の壁を作り出しており、レイたちの侵入を拒んでいた。

 その力を目の当たりにし、レイはゴクリと生唾を飲み込んで言葉を発する。


「凄い魔力……魔法や魔術には長けていないけど……普通じゃないのは分かる……」


「ああ。だが、この時間で少し休むと良い。この魔力が消え去った時、その時が本番だ……!」


 その気になればレイたちも槍の壁を砕ける。だが、留まる事無く溢れ出る魔力から新たな壁が作り出されるので無駄な労力を消費するだけ。それならば強化を終えた所で叩けば良い。そう判断したので手は出さずに居た。


『……これは……』


 一方のハリーフは意識が遠退いており、力を解放するのに間に合わないのではないかと錯覚するような状態にあった。

 その視界には走馬灯のように、まだハリーフがただの魔族だった頃の姿が流れていた。

 生まれついて幹部に仕えていたハリーフは成長と共に力を付け、勉学に励み王と幹部の側近という大きな立場に着いた。

 そしてその任務をこなして良い評判を得。自他共に認める程の順風満帆な生活を送っていた。

 しかしそれでもハリーフは魔術の修行も欠かさずおこなっており、その日も夜遅くまで鍛練をこなす。

 だがその日。ハリーフの元に一人の来訪者が現れ、ハリーフの人生が大きく揺れ動く結果となった──



*****



 ──"マレカ・アースィマ"。


 その日は不安定な空模様だった。

 時刻は真夜中。雲の隙間から朧気おぼろげな月が姿を見せており、少し寒さを感じるような冷たい風が吹き抜ける。

 視界を広げるのは雲に覆われた月と星のみ。夜の鍛練によって目が慣れているハリーフには良好とは言えないがそれなりに周りを見渡せていた。

 それから夜の鍛練を終えたハリーフは汗をぬぐい、放出していた魔力を抑える。肌寒い夜でも身体を動かしていたハリーフには関係の無い事のようだ。

 そして一呼吸吐き、物陰に向けて話し掛けた。


「……それで……何者ですか? 姿を現しなさい。その気配……元より隠れるつもりは無いようですね」


「フフ、バレていたんだ。うん。そうだね。先ずは名乗っておこう。何事に置いても名乗りは重要。初頭効果によってその後の付き合いが大きく変化するからね。……さて前置きはこれくらいにして…………私の名前はヴァイス・ヴィーヴェレ。しがない旅人さ」


 ハリーフの前に現れたのは白髪の男性。若くして苦労しているなどではなく、どうやら地毛のようだ。

 しかし同じ魔族の知り合いにも白髪の者は何人か居るので特に気にしていなかった。

 そしてハリーフはその白髪のヴァイスと名乗った男性へ向けて言葉を続ける。


「旅人……。しがない旅人が厳重な警備を抜けてよくぞ此処まで来てくれました。ようこそ王の街"マレカ・アースィマ"へ。私の名はハリーフ。単刀直入に言いましょう。不法侵入として貴方を捕らえます」


 鍛練による疲弊はあるが槍魔術を形成し、ヴァイスの周りを槍で囲む。鋭利な先端がヴァイスを狙っているが本人は全く動かず、相変わらずの不敵な笑みを浮かべていた。

 その様子が気になり、ハリーフはヴァイスに訊ねる。


「何がおかしくて笑っているんですか? 私一人なら大した事無いと、そう判断しているのですかね」


「フフ、それは違うよ。ハリーフ。もう色々言っているけど、それはて置き……仮にこれを第一声としよう。……おめでとう。魔族の国幹部の側近ハリーフ。君は私たちの選別に合格した。よって、君をこの街のスパイ兼任として迎い入れるとするよ」


「……!」


 唐突なヴァイスからの申し出にピクリと反応を示して槍魔術を更に近付ける。

 何かは分からないが、ヴァイスという者が告げる選別とやらに合格したらしい。一体何が狙いか、ハリーフは言葉を更に続ける。


「"私たちの"という事は組織的な犯行という訳ですか。しかし、合格? そんなものは取り下げるに決まっていますよ。私にも魔族としての誇りがありますからね。ただでさえ現在のこの国には侵略者が居ると聞きます。この"マレカ・アースィマ"と隣国の"ハルブ・アドゥ・マウラカ"との戦争も継続中。下らない妄言に付き合っている暇はありませんからね」


「ああ、大丈夫だよ。"ハルブ・アドゥ・マウラカ"は私が手引きして操っている捨て駒さ。ちょっとした実験の為に使っているんだけど、これが中々上手くいってね。犠牲は多いけど、また進展したよ」


「……! "ハルブ・アドゥ・マウラカ"の者達は貴方の手のモノ……! 実験と言っていましたね。"マレカ・アースィマ"に戦争をけしかけたのもその為にですか。となると貴方は数年前からその準備を?」


「フフ、そんな訳が無いさ。ただ、その街で一番強そうな者と偉そうな者()始末(話し合い)して乗っ取ったに過ぎない。彼らは選別の失格者。上から縛られ、自由も何もない虚構の存在。そんな物に慈悲は要らないさ」


 "ハルブ・アドゥ・マウラカ"の乗っ取り。それを聞いたハリーフはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 ヴァイスは槍に囲まれながらゆっくりとハリーフへ近寄り、更に続く。


「君には素質がある。おそらくこの街の誰よりも強くなれる力を秘めているだろう。だからこそ、この街で君の才能をくすぶらせるのは勿体無い。聞いた話では君達幹部やその側近が仕えるのはまだ若い子供の王様らしいじゃないか。そんな者に仕えて君はこれ以上力を付けられるかな? 考えてみるんだ。周りに居る無能な存在を。此処のみならず、能力の無い者が街を治め、好き勝手に戦争を引き起こすこの世界に未練はあるかい? この世界では人も魔族も幻獣も魔物も増え過ぎた。平和だからという理由ではなく、戦争によってこの世を去った者達が残したとも言える。それが間違いだ。新たに生まれた子供は将来的に半数が兵士となるだろう。そんな世界は許せるかな? 兵士は大半が早死にだ。それは無論、戦争によってね。私の考える選別というものは、そんな者達を救う為とも言える。優秀な者だけを残し、無能は切り捨てる。優秀な者同士なら意気投合し、面倒な……いや違う。悲惨な戦争は起こらなくなるだろう。鍛え方次第で上限無く強くなれるこの世界。無能の親の元に生まれた子供達は保護し、既に成長出来ない無能な存在は消し去る。野蛮と思う者も現れるかもしれないやり方だけど、真の平和はそれくらいしなくては手に入れられないと思うんだ」


「…………」


 滝のように告げられた怒濤の言葉。

 要するにハリーフが現状に満足しているのか。今の世界はこのままで良いのかとの事。

 いつの間にかヴァイスはハリーフの背後にまで移動しており、その肩に手を置いていた。そして引き寄せ、最後に続ける。


「まあ、これは私の持論。否定派は増えるだろう。けど、私には分かる。君は順風満帆な人生を送っているように見えて、現状には満足し切れていない。君が仲間や兵士を呼べるタイミングは幾つもあった。それをしていないのが理由さ。しかし生き物とはそういうものだよ。──"何か刺激が欲しい"。"この世界には飽きた"。"別の世界から迎えが来ないか"。"この世界を変えたい"。常にそう考えているのが大半だと思うよ。……さて、一方的に話してしまったね。君がどうするかは君の自由。優秀な者は殺さない。合格者はどんなに反発しようといずれは取り入れるつもりだからね。まあ、私は退散するよ。私たちは今、"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の此処に居る。地図を渡しておこう。もしその気があるなら来ると良い。歓迎するよ。無論、この国を裏切りたくないというのなら幹部にそれを教えても構わない。私は温厚なんだ」


「…………」


 それだけ。と言ってもそれなりに長く告げ、ヴァイスはハリーフの前から去った。

 曰く、一見順風満帆に見える生活も内面では違うとの事。それを変える為には自分から動き出さなくてはならないらしい。

 ヴァイスが居なくなり、妙に静けさが際立つ城の庭にて、ハリーフは自問自答を繰り返していた。

 確かに自分は現状に満足していないのかもしれない。魔族の国の主力として日々を過ごしているが、まるで縛られ鳥籠から抜け出せなくなった鳥のようなもの。自由に飛び回れていると思っても、実は鳥籠の限られた範囲で飛び回っているだけ。部下の面倒を見るのにも少し疲れている。そもそも国や街の事を全て行わなくてはならないのも面倒だ。

 ハリーフは一つの結論に至った。

 そう思い、"マレカ・アースィマ"城の門へと向かう。


「……。見張りの人は誰か居ますか? 夜も更けてきましたけど、私は街の様子を見てきます。私達魔族にとってはこれからが騒がしくなる時間帯ですからね。"ハルブ・アドゥ・マウラカ"の事もあるので、巡回をしてきます」


「はっ、ハリーフ様! 了解致しました!」

「あ、それなら誰か兵を付けますか?」


「フフ、要りませんよ。皆さんも皆さんで忙しいですからね。それに、街の方にも見張り役の方は何人か居ます。必要も無いでしょう。ああ後、ブラックさん達には内緒にしておいてください。褒められたくて行う見回りではありませんからね。善行というものは見返りなどを求めず、影で行うものです」


「御意!」

「はっ、仰せのままに!」


 門が開き、"マレカ・アースィマ"の城から離れて行く。

 静かな夜更けに鳴り響く一つの足音。此処とは違い、街の方は騒がしいだろう。魔族の性質から夜が本番だからだ。

 しかし街に入っても喧騒などはハリーフの耳に届かず、花弁が放つ心地好い香りも無臭に感じる。確実に裏切りの一歩。決別への道を歩んでいた。それがハリーフの望んだ事柄。

 魔族の国"マレカ・アースィマ"。幹部の側近ハリーフはこの日、街と国。世界を捨てた。



*****



『そうですね……これが私の望んだ道。一度決めた道はしかと進まなくては魔族の名折れ……私の身体に流れる魔力……主の言う事を聞きなさい……!』


 感情が昂り、絶え間無く漏れる魔力を制御する。その全てが自由に操れるようになった時、ハリーフは真の力を発揮する事だろう。

 そして次の瞬間、ハリーフの魔力が極まった。


『……成る程。これがそれですか……』


 体内を流れる魔力と比例するように身体が巨大化し、突起物が更に鋭く変わる。周りを囲んでいた槍の壁が砕け散り、その魔力の欠片が全てハリーフの体内へと入り込んだ。


「どうやら目覚めたみたいだな。本当の力が……! レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、シャバハ、ヘル、ペルセポネ。覚悟は決まっているか?」


「うん! 当たり前だよ!」

「ああ。此処からは私も全力だ!」

「うん……!」

「ええ。本気を出しましょう……!」

「ハッ、言われなくても無問題だ……!」

『何で貴女が仕切るのかしら? まあいいわ。この出来損ないの怪物は倒しちゃいましょ』

「かなりの力ね……人間の国の幹部たちに匹敵する力はあるわ……」


 ハリーフが完全になり、レイたちの緊張が更に高まる。

 レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、シャバハ、ヘル、ペルセポネの八人が織り成すハリーフとの戦闘。ハリーフが変化する事で、その戦いは終わりへ向けて歩み出した。

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