七十九話 突然の出来事
「「「………………」」」
「「「………………」」」
今から"魔法・魔術"披露宴"薬草・霊草"展覧会を楽しもうとしていたエマ、フォンセ、リヤンと、始めにこの会場へ来ていたライ、レイ、キュリテが出会う。その様子に暫し沈黙か広がるが、ライは口を開いた。
「……よぉ、奇遇だな。やっぱこの祭典? に来ていたのか」
突然の出来事に一瞬何処かに意思が飛んでいた様子だったが、ハッとしてエマ、フォンセ、リヤンに話すりんご飴を片手に持ったライ。
「……ああ、彼処の大樹だが……当初の目的であった図書館を探すというのは達成した。あとは明日ゆっくりと調べようと思ってな。面白そうな祭典? を見つけたからつい……な……」
「ハハ、俺もだ。レイとキュリテに……"たまには息抜きも必要だ"って言われたからな。……まあ、確かにそれは事実だった」
ふふと、少し恥ずかしそうに笑ってライの言葉に返すエマとそれにつられ、ライも苦笑を浮かべて話していた。
ライたちは皆、好奇心が旺盛。なので気になるモノにはどんどん首を突っ込むという共通点があるのだ。
「アハハ、チームに分けてからあまり経っていないのに出会っちゃったね……このまま六人で行動しようか? 人数は多い方が楽しいし」
そんな二人の会話を聞き、レイは一つの事を提案する。このまま二手に分かれて行動するのも情報収集的には良いが、息抜きという意味ならば楽しんだ方がより良いと考えたのだろう。
「うん。確かに……"楽しむ"って意味ならその方が良いな……他の四人はどうだ?」
そして、その提案に賛成する感じで返したライはエマ、フォンセ、リヤン、キュリテの四人にも意見を聞く。
息抜きも兼ね、今は楽しむという事が必要。なのでライは快く了承したのである。
「そうだねー。私は楽しい方が良いかな? つまり、オッケー……って事♪」
「ああ、私も同感だな」
「右に同じく」
「私も……」
その意見にあっさりと同意するキュリテ、エマ、食べ物を持っているフォンセ、アイスを食べ終えた様子のリヤン。
そうと決まればこの場に立ち竦む意味も無いので、行動に移るライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの六人だった。
*****
「そうと決まれば行動するって事だが……レイとキュリテとフォンセは何を持っているんだ?」
そして、人? 混みを歩いて進むライはレイ、キュリテ、フォンセに聞く。ライが気になったのはその三人が持っている食べ物だ。その食べ物はライが見た事の無いモノがあったりと興味が惹かれる物だった。
「これか? これは細く切った芋を油で揚げ、塩で味付けをした食べ物だ。一本あたりだと少なく感じるが、量があるからな。中々癖になって幾らでも食べられそうだ」
始めに返したのはフォンセ。
フォンセは袋に入っている、馬鈴薯を細長く切り、油で揚げて塩で味付けをした食べ物──フライドポテトを持っていた。
それはサクサクしており、一本口に加えて食べながら笑みを浮かべるフォンセ。
「私はライ君が食べた物と一緒だよ? 林檎を薄い砂糖の膜でコーティングした飴」
そしてキュリテが持っているのはりんご飴。これはライが先程食べ終えた物だ。キュリテは新たに購入したのだろう。
砂糖でコーティングした膜を舐め、美味しそうな笑顔を向けるキュリテ。
「私のこれは甘蕉をチョコレートで加工した物だって……見たこと無いけど結構美味しいよ?」
最後にレイが持っている食べ物は、チョコレートと言う豆を炒ったあとに砕いて砂糖や粉乳を混ぜて造り出した物を南国の黄色い果実に塗った食べ物──チョコバナナ。
甘蕉の甘さとチョコレートのほろ苦さが癖になるようだ。
レイはそれの先端を齧り、美味しそうな表情でライを見ていた。
「……へえ? 見た事の無い食べ物が多いな……この街は……。やっぱ魔法・魔術の研究をするに連れて他国の飲食物や薬草・霊草が入るからか? 知っているのも幾つかあるが……」
その三種類の食品を見たライは、このような食べ物もあるのだと体感する。
りんご飴はライも食べ、フライドポテトの存在は知っていたが、チョコバナナは知らなかった。
そもそも、決して裕福では無かったライはチョコレートという、ライが居た街では高級品扱いだった物は食べた事が無いのだ。
逆に馬鈴薯や林檎、甘蕉系の物は安いという訳では無いが普通に売っており、アイスなどの屋台? もたまに来ていた。
「それをこんなに安く買える……ねえ……やっぱ街によって金銭感覚が狂いそうになるな……。別の街からしたら馬鈴薯や林檎に甘蕉が高級品になってそうだし……」
ついでにライもチョコバナナを購入し、モグモグとそれを齧りながら言葉を続ける。
物価の値打ちというモノは、当然だが街や国によって大きく異なる。
この街では安い"フライドポテト""林檎飴""チョコバナナ"だが、食料をまともに補給出来ない街や近くにそういったモノを栽培する場所が無い所では中々の値段になるだろう。
このように、その場所によって値打ちの変わる食品に興味が湧いたのだ。
「そういや、エマとリヤンは良いのか? リヤンはさっきまでアイス的なのを食べてたが……それだけじゃ足りないだろ? "イルム・アスリー"を出てから何も食べていなかったし」
そして、一通り食べている物を聞いた後、ライはエマとリヤンに尋ねる。
エマとリヤンは洞窟を抜けるまでと、この街に来てから何も食べていなかった事はライも知っている。というかライもそうだった。
エマとリヤンの二人は胃に食料を入れなくても大丈夫なのかが気になったのだ。
「フッ……私は問題無い。前にも言ったが、数ヵ月……いや、今は数週間か……取り敢えず数週間は何も食べなくとも大丈夫だ。それにクラーケンからも頂いたし、キュリテからも少し頂いたからな」
「……えー? 私と軟体生物が同位置?」
ふふ、と薄く笑ってキュリテを一瞥しながら話すエマ。
そしてキュリテはクラーケンと同じ扱いをされた事が気に食わないのか、ムスッとしていた。
「えーと……私は……別に……」
「…………」
そしてリヤンだが、リヤンはライの言葉に口を濁す。恐らく遠慮しているのだろう。ライたちの資金である金貨は自分が集めた物では無い。と。
「おいおい……俺たちに遠慮しているのか? 別に気にする事無いのによ……?」
そして、リヤンが遠慮している事を内心で理解しているライだが、敢えてリヤンに尋ねる。
遠慮する事は本人の勝手だが、それによってリヤンが体調を崩してしまったらライは心の底からリヤンを心配するだろう。
仲間というリヤンには、健康でいて欲しいのがライの心情なのだ。
「えーと……」
そんなライの言葉に対し何を言えば良いのか分からず、リヤンは固まってしまった。その様子を見たライはハァと呆れたようにため息を吐き、
「なら、楽しもうぜ。俺もレイたちにそう言われたからさ」
「わっ……」
グイッとリヤンの腕を引いて駆け出すライ。リヤンは突然腕を引かれた事に驚いたような声を上げるが、ライは気にせずに屋台の方へ駆け出した。
「えーと……これって……」
そして屋台により、取り敢えずりんご飴やチョコバナナなどの食べ物を購入したライとリヤン。
リヤンはその食べ物を見、困ったような顔付きで首を傾げながらライを見る。
「まあ、これらを食べながら薬草・霊草でも眺めよう。魔法・魔術の披露宴とやらももうすぐ始まるだろうからな」
そんなリヤンの反応を横に、自分の食べ物を片手に話すライ。それを受け取ったリヤンは困惑しているが、なんとなく食べ物を口に運んだ。
「さあさあ、二人とも、どんどん次に行こう!」
「ちょ……」
「んぐっ……!?」
そんなリヤンに向けてドン! とキュリテがライとリヤンの背中を押した。それによってライは何かを言いかけ、リヤンは食べ物を喉に詰まらせる。
「ケホッ……ケホッ……」
「……大丈夫か?」
「あー……ごめんごめん!」
ライが咳き込むリヤンの背中をさすり、キュリテがリヤンに謝る。突然背中を押された事で驚いてしまい食べ物が喉に詰まったのだろう。キュリテは反省しているようだ。
「ううん……大丈……夫……ケホッ……」
「……大丈夫……そうだな……多分」
そんなキュリテに返しつつ、若干涙目になっているリヤンはなんとか喉の違和感を取り除き、話せるようになった。
少し咳き込んでいるが、大事には至らなさそうなので一安心するライ。
「アハハ……ごめん。ちょっと強く叩き過ぎたかも……」
「大丈夫だよ……大丈夫」
両手を合わせ、肩を竦めてリヤンに言うキュリテ。キュリテは冷や汗を掻いており、引き攣った笑みを浮かべながら謝る。その謝罪に対してリヤンは気にしなくても良いと返す。
「ハハ。うん、まあ本当に大丈夫そうだな。良かった良かった……?」
本当にそれで良かったのか疑問系になるライだが、取り敢えず大事には至らなそうだと安堵する。
その後はリヤンの違和感も完全に取り除かれ、普通と変わらぬ姿になった。
「ふふ……祭り? はまだ続いているんだ。……無事なら無事で楽しもうじゃないか……」
「だな」
それから、頃合いを見てエマも続いた。その意見にライも賛成し、その後ろではレイとフォンセも頷いていた。
その後、改めて"魔法・魔術"披露宴"薬草・霊草"展覧会を楽しむ為に行動へ移る事にしたライたち。
一通りの屋台や薬草・霊草を見終え、そろそろ魔法・魔術披露宴へ向かおうとした時──
「あ! 私のホウキ! 返して!」
「やだね!」
「「「…………?」」」
「「「…………?」」」
──突然の声にそちらを振り向くライ、エマ、フォンセとレイ、リヤン、キュリテの六人。
声を聞く限り箒を取られたらしい。箒を取られたのはまだ幼い少女のようで、必死にそれを追いかけている。
何故箒を取るんだ? と思うかもしれないが、魔法使いや魔女の箒には予め魔力が込められている物が殆どだ。
無論、込める事が出来るのなら取り出す事もでき、そこから魔力を吸収して自身を強化する事も出来る。
つまり、盗人は箒から魔力を奪おうとしているという事。魔力を持つ者ならば大人からでも子供からでも取れる為、力の無い子供の方が狙われる事が多いのだ。
「オイ! 待て!」
「逃がすか!」
そして、それを見た他の魔法使いや魔術師が空に浮かび上がって引っ手操り犯を追う。
このまま逃がすとまたやらかす可能性があるからだ。その速度は音速レベルは無いにせよ、それなりのスピードが出ていた。
「バカめ!! 俺は"ホウキレース"において上位入賞者!! そんじょそこらの魔法使いや魔女、魔術師が追い付ける訳ねーだろッ!!」
そして、聞いてもいない事をベラベラと話しながら逃走する引っ手操り犯。
どうやらこの街には箒でレースを行う物もあるらしい。余裕綽々の態度で引っ手操り犯は逃走を図る。
それはさておき、それを見たライは呆れながら頭を掻いた。
そしてレイたちの方を振り向き──
「……ハァ……。……ちょっと行ってくる」
「「「…………え?」」」
「「うむ」」
──大地を踏み砕き、粉塵を巻き上げて跳躍した。その瞬間速度は音速を超越しており、巻き上げた粉塵を蹴散らして引っ手操り犯を追う。
レイ、リヤン、キュリテは疑問の声を上げ、エマとフォンセは分かっていたかのように頷く。
そして自分の能力は隠すべきだと考えているライだが、流石に幼い少女が引っ手操りに合っているのを見過ごす程薄情ではないようだ。
しかし、それでも一応魔王の力は隠している。
「ハハハハハハハ!! この俺様に追い付ける奴がいるかァ!?」
勝ちを確信したような高笑いを上げながら箒を巧みに操り、箒に乗って追い掛ける他の者や目の前に立ちはだかる建物をスイスイと抜けていく引っ手操り犯。
「クソッ……! 盗人が……ッ!」
「追い付け……無い……!」
その者がホウキレースで上位入賞したとの言うのはどうやら本当らしく、並の魔法使いや魔女・魔術師では追い付く事すら不可能に近い状態だ。
──まあ、『並の者』ではの話だが。
「ほら、そこまでだ」
「…………は?」
ライは、『空を飛んでいる者』に跳躍だけで追い付いた。
それと同時にライの周りには衝撃で浮かび上がった石の欠片があり、ライはその者の視界に映り込む。
そしてそのままその者を──
「少し頭を冷やせ、そして反省……しろッ!」
「ガッ……!?」
──叩き落とした。
特別な技を使わず、空中で身体を捻ってそのまま叩き落としたのだ。
箒の上でライに殴られた引っ手操り犯は為す術無く箒から落とされ、真下に向けて落下したあと土煙を巻き上げながら地面と激突した。
ライも力を抜いていた為、身体が頑丈な魔族ならば生きているだろう。
「っとと……」
そして、引っ手繰り犯の箒に足を掛けたライはそのまま直立して盗まれた箒を片手に持つ。
「つか……箒って割りと誰でも乗れるんだな……」
引っ手操り犯の箒に乗っているライは、魔法使い・魔女しか箒に乗れないと思っていた為、自分でも乗れた事に少々驚く。
取り敢えずその箒を何とか操作し、その後地面に降り立った。
「ありがとう! 見ない顔だけど……旅行か何か?」
「え? ああ、まあそんなところだ」
そして、地面に降り立ったライに話し掛ける少女。ライは突然言われたので空返事をしてしまう。
ライが訂正しようとするが、それにつられるよう周りの者達とレイたちもライに近付いて来る。
「アンタスゲーじゃねェか? 飛べないのによォ!」
「魔力も高そうだ……! 手合わせを願いたいものだな……!」
「何者だアンタ……? 俺が見た限りじゃ飛行魔法・魔術を使っていなかった……」
「ああ、凄いな……。見たところ魔族っぽいが……俺たちよりも身体能力は遥かに高い……」
そんな周りではワイワイガヤガヤと、ライを称賛する声も聞こえるが警戒しているような声も聞こえる。あれだけの力を見せたのだ。この街の魔族が興味を示すのも無理は無いだろう。
そして箒の持ち主である少女がそんな民衆を押し退けてライの前に出た。
「本当にありがとう! 私ったら『この姿だと力が入らなくて』さ! 改めてお礼を言うよ! 箒とか他の道具がなきゃ元の姿に戻れなくてね!」
「…………え?」
その少女の言葉を聞き、ある言葉に疑問を浮かべるライ。少女の言った、"この姿"という部分が気に掛かる。
「……アンタ……」
「やっぱり元の姿に戻った方が良いからね!」
そしてライは、その少女に気に掛かった疑問をぶつけようとしたが、その事を気にする事無く、少女の身体が徐々に変化していく。
「…………な!?」
「…………あ……」
「「…………え?」」
「「…………!」」
顔の形が変化し、子供サイズだった背丈も伸びる。
ライが目を凝らし、完全に近付いていたキュリテが何かを察したような声を出す。
こちらもライの近くにやって来ていたレイとリヤンはポカンとし、エマとフォンセも驚くような表情だ。
「改めて申します……私は"タウィーザ・バラド"幹部──『アスワド』。お礼を申し上げましょう……」
「「はァ!?」」
「「えぇ!?」」
「……ふむ……」
「たはー、やっぱりか……」
ライとフォンセ、レイとリヤン、エマにキュリテがそれぞれの反応を示す。
なんと、ライが助けたつもりだった少女はこの街──"タウィーザ・バラド"の幹部だったのだ。