七百九十九話 ライvsヴァイスvs冥界の王・決着
「オ━━ラァ!」
「フッ……!」
「ハァッ!」
モノクロの世界にてライが自身の全力と魔王の八割を合わせた拳を放ち、ヴァイスがライとハデスの力を結合させた一撃を放つ。そしてハデスが全力でバイデントを振るい──銀河群の範囲が消滅した。
多数の銀河系がお互いの重力によって引き寄せられる事で作られるという銀河群。その範囲が一瞬にして崩壊したのだ。
「成る程。手強くなったな。先程までも手強かったがそれ以上だ」
「ああ。世界最強を謳われる人間の国のNo.3が相手なんだ。これくらいはしなくちゃな」
「やれやれ。手厳しいな。半身が消し飛ンだよ。何とか再生はしたけど、今の私では荷が重い」
ライはほぼ無傷。ハデスは軽症。ヴァイスは半身欠損。その実力差は明らかだった。
今までの成長の中でもかなり上に来る今のライは宇宙破壊規模の攻撃も耐えうるだろう。ハデスも本気なら銀河群破壊規模の攻撃では軽症だ。
対するヴァイスだが、そんなライやハデスの力を有しているとは言えまだ半分もその力を出し切れていない。なので半身が消し飛んだだけで済んだのはまだまだ軽症と言える範囲だった。
消え去ったモノクロの世界は、ライの攻撃によって崩壊した場所以外の部分は元に戻り、再び黒い大地に白い空。モノクロの建物が立ち並びモノクロの世界が形成された。
「そうか。それなら却って好都合だな。アンタを消し飛ばせる。慈悲は要らないよな」
「まあ確かに慈悲は必要無いけど、消し飛ばされる訳にはいかないさ。私はまだ夢の途中だからね。この世から消え去るくらいで夢を諦めるなンて事は無い」
「肝が据わっているのか、自分が消える事を何とも思っていないのかは分からないが、私の行動目的も変わらぬ。次、行くぞ」
バイデントを握り締め、ライとヴァイスに伝えてから駆け出すハデス。二人は迎撃態勢となり、次の刹那に三人で正面衝突を起こした。
それによって轟音と共にモノクロの世界が消え去り、即座に再生する。それと同時に三人は嗾け、銀河群程の範囲をまたもや容易く消し去った。
「オラァ!」
「ハッ!」
「……ふ……む……。"完全なる防御"……!」
もう世界を消した事は気にしない。ライが拳を放ち、ハデスがバイデントで迎え撃つ。力の足りないヴァイスは誰の模倣でもない自分自身による防御術を使ってそれを防ごうと試みるが容易く砕け、連鎖するように更なる破壊の余波が世界を飲み込んだ。
「君達を相手にすると私の守護術も完全とは名ばかりの張りぼてに成り果ててしまうね。生物兵器の完成品の割に、完全な力にはまだまだ程遠いという事かな」
「完全なんてモノは存在しないだろうさ。大抵は何らかの欠点があるからな。アンタも俺も、まだまだ発展途上だ」
「発展途上でそれ程の力を有しているのは脅威的他ならないがな。そんな二人が世界を落とそうと考えている。迷惑極まりないものだ」
「ハハ、大目に見てくれよ。子供がやった事だしな!」
「君のような子供が此処以外で何処に居るのか疑問だ」
三人は刹那に踏み出し、一瞬にして同様の範囲を崩壊させながら鬩ぎ合う。
銀河群の範囲がさながら玩具のように砕かれ、それでもなお止まる事無く崩壊していく。次元の違う存在にとって世界は紙に描かれた絵のようなもの。少し力を入れるだけで破れ去ってしまうのである。
拳とバイデント。拳と足。足とバイデント。異能の類いは使わず、一挙一動で更なる範囲が崩壊する。
「オラァ!」
「フッ……!」
ライが拳を放ち、正面を破滅させたがハデスはそれを躱す。躱すと同時にバイデントを薙ぎ、自分を中心に周囲を消し飛ばした。
その衝撃波を拳で砕いたライは無となった空間を踏み込み、光を何段階も超越した速度で打ち付ける。それをハデスは紙一重で躱してライの腹部にバイデントを突き刺し、今度はライが紙一重で躱した。
「そこっ!」
「狙い通りだ!」
次の瞬間に二人の一撃が互いを捉え、数光年の距離を一気に吹き飛ぶ。
それでもモノクロの建物は顕在し続け、その建物を貫きながら飛ばされたライとハデスは空中で無理矢理急停止し、反動のように駆け出して互いの距離を詰め寄る。
「オラァ!」
「ハァッ!」
同時に拳とバイデントが正面衝突を起こし、波打つようにモノクロの世界が揺れる。
そんな中にて二人は向き合う形で停止し、ふと周りを見渡した。
「……? あれ? そう言やヴァイスは?」
「……む? そう言えば白髪の侵略者の姿が見えぬ。消滅したか?」
何度か鬩ぎ合いを起こしているうちにライはいつの間にかヴァイスの姿が消え去っている事を気に掛け、同じくそれに気付いたハデスが辺りを見渡す。
先程の攻防によって消え去ったモノクロの世界は再生を始めているが、何もなくなった中にもヴァイスの姿は見つからない。
順当に考えるなら戦闘の余波で消滅したか力不足を実感していた事も踏まえて戦線を離脱したの二択だろうが、おそらく後者の可能性が高い。ヴァイスの性格から逃げる事には恥も何もない。言い訳ではない真の意味での戦略的撤退を行うのがヴァイスである。
「まあいいか。取り敢えずヴァイスと何れは出会うんだ。先ずはアンタを倒すとするよ」
「フッ、一対一の戦いか。それは素晴らしいな。周りを気にする必要も無く自由に戦えるのは良い。まあ、この戦いを早く終わらせ元の世界に戻って戦況を確認するのが目的だがな」
二人の見解は、ヴァイスが消滅していても逃げたとしても別に構わないというもの。
ヴァイスは世界の存亡を賭ける為にも決着を付けなくてはならない相手だが、生きているならまた直ぐに出会うだろう。そもそも目の前の存在が強大故にヴァイスの事など気に掛けている暇が無いというのが正直なところだ。
何はともあれ、ライとハデス。侵略者と人間の国の幹部の二人による真剣勝負が始まった。
「どちらにしてもやる事は変わらぬか!」
「ああ!」
姿を消したヴァイスは気にしない。話しているうちに再生したモノクロの世界にてライとハデスは迫り、魔王とライの力を有した拳がバイデントと追突する。
それによってこの世界の空間が歪み、空間に穴が空きそこから歪むように吸い込まれる。風かどうかは分からないが確かに吸い込まれる感覚があり、それの吸引力はブラックホールと比にならない程に強大なものがあった。
ブラックホールも空間に穴が空いているようなモノだが、それはあくまで重力の集合体。空間その物に穴が空いた今の状況は凄まじいだろう。
「空間が砕けたか。本当に概念をも砕く力を秘めているようだな」
「ハッ、空間ならシュヴァルツやリヤンも砕ける。珍しい光景じゃないさ」
「それは君達の価値観からしたらの話だがな。君達が来るまでは比較的平和だったから争い事とはほぼ無縁だったのさ」
「そうか。それは悪かったな。ま、アンタを沈めた後、数週間から数ヵ月後には世界中の争いが収まっている筈だ。俺の……俺たちの手によってな……!」
それだけ告げ、ライは一気に加速してハデスとの距離を詰め寄った。ハデスはバイデントでそれを受け止め、砕けた空間の範囲が銀河系程のモノに広がる。
ハデス自身も空間を砕く事は出来る。しかし幹部の街はハデスの手によって周りの戦火が飛び火する事が少ない。例外もあるが、幹部の街とはそれが普通である。
しかしだからといってハデスが鍛え足りないという事はない。当然だろう。幹部として鍛練は欠かしていないからだ。
ハデスの実力からして相手が着いて来れずどうしても実践に近い鍛練は少なくなるが、それでも人間の国No.3として十分過ぎる力は秘めている。
要するに、攻められる事の少ない街に居るハデスでもライたち程の修羅場は潜っていないとは言え十分な力を秘めているという事だ。
「ハッ!」
「っと……よっと!」
ハデスがバイデントを薙ぎ、ライが掌で柄に触れて軌道を変える。同時に詰め寄って眼前に拳を放ち、ハデスは片手でそれを受け止めた。
刹那にモノクロの世界は再生し、足場も現れライとハデスは二人だけで戦い始めた位置と全く同じ場所で向き合う。
あれ程動いた結果のこの様。次元の違い過ぎる存在による戦闘というものはこうなのだろう。周りが幾ら消え去ろうと自分の居場所は見失わない。まるで始めから何もなかったかのように戦闘を続ける。全宇宙を司り支配する神々ですらこれ程の戦いを行える存在は少ないだろう。
「それなりの力でもほぼ互角。成る程な。人間の国の実力。全宇宙から見ても両手の指に入る強さだ」
「それは褒めているのか? まあそれはいい。しかし、だ。君の言葉を少し訂正しよう。この鬩ぎ合いで何度か銀河系や銀河群程の範囲は消し飛んでいるだろうが……君はまだ全力ではないだろう。それは真の全力という意味も含んでいるが……今の力でも全力ではないな」
「へえ……」
ハデスの言葉に思わず笑みを浮かべるライ。まさか簡単に見抜かれるとは思っていなかったようだ。
確かにライは自身の全力に加えて魔王の八割を纏った。しかしそれだけ。まだ"今の状態"での全力は出していないからである。
魔王の力で一概に何割と言っても様々だ。
一割ならば一割の全力から一割の一割などその力は同じ"一割"でも多岐に渡る。ライの今の力を現すならライ自身の全力に加えて魔王の八割。その中の七割程である。
本来ならそれだけでも十分だが、やはり人間の国にて三番目に強いとされるハデスには通じないらしい。
「単刀直入に言おう。君の今の状態と私の状態はほぼ同じだ。そろそろ本当に元の世界の様子も気になってきた。……要するに、互いに今の状態での全力を出して決着を付けようと考えているのだが……どうだろうか?」
そして、そのハデスもライと似たような状態にあるらしい。全力は出しているが、その全力の中での七、八割程という事だろう。
そんなハデスからの提案。それは今まで行ってきた他の幹部や主力と同じ条件。互いの全力を打ち合い勝敗を決めようという事。
確かに元の世界での様子は気になる。レイたちが居るのであまり問題は無いと思うが、姿の見えないヴァイスがもう戻っている可能性はある。それならば放って置くのは危険極まりない事だ。
ライの答えは一つ。
「ああ、いいぜ。乗ってやるよ。アンタの案にな……!」
「話が早くて助かる。それなら本当の全力を出すとしよう……!」
断る理由は無かった。
ライは自身の力と魔王の八割を本当の力として扱う。ハデスもハデスで力を込め、全身でバイデントを構え直した。
このモノクロの世界の広さは不明。しかし銀河群以上はある事は確定している。後は銀河団と宇宙。多元宇宙から無限の範囲が広がっているのかによるが、既にライとハデスにその様な疑問は残っていなかった。
ただ純粋に。ただ単純明快に。今の力を相手に放つだけである。
「さて……やろうか」
「来るが良い……」
──刹那、一瞬にして態勢を変えた二人が拳とバイデントを放ち、二人は触れ合わすそれによって生じた衝撃波のみが鬩ぎ合った。
それと同時に衝撃波を二人の二つが貫き、そのまま拳とバイデントの剣尖が拮抗する。
そして次の瞬間、それらの衝撃が破裂するようにモノクロの世界を二人を中心に打ち砕き、モノクロの世界が白く染まった。
*****
──"??????"。
「……ッ!」
「……ッ!」
衝撃波の爆発によって吹き飛ばされた二人は同時に目覚め、満身創痍の状態で起き上がった。
ライの片腕は恒例のように内部から爆ぜてズダボロなものとなっており、ハデスは全身がボロボロでありバイデントの剣尖が折れていた。
あれ程の攻撃で剣尖が折れただけというのはかなり頑丈な武器だったのだろう。少なくとも銀河団破壊規模の衝撃波は軽く超えていた筈だからである。
「まだ起きていたか……決着が付かなかったなら……またやるしか無さそうだな……!」
「……」
ライがフラつきながらも先に立ち上がり、片手を抑えて不敵に笑う。そして一呼吸と同時に抑えた腕を離し、残った片手で構えを取った。
ハデスは起き上がったままの状態で折れたバイデントを握り締め──
「……?」
「……」
──再び横になった。
そのまま立ち上がると思いきやの行動。ライは小首を傾げて構えを解き、ハデスへ訊ねるように話す。
「おい、立たないのか? まだ力は残っているんだろ?」
「少し戦うくらいの力はな……しかし……君の攻撃を後一撃でも受けてしまえば意識は消え去る。簡単に言えば……もう戦える範囲が限られていて、片腕の君にも勝てないという事だ」
「……。じゃあ、この勝負は良いのか?」
「ああ。不本意だが、君の勝利という事で良いだろう」
それを聞いた瞬間にライは力が抜けたように座り込み、「ふう……」と一息吐く。
ライの片腕はもう使い物にならない。リヤンかフォンセに治療を受けさせて貰えば完治するだろうが、治療術を使えるには使えるが効果は薄いライにはどうしようも無い事である。
何はともあれ、結果としてライとハデスの戦闘は互いに負傷し、ヴァイスが行方を眩ます事で決着が付いた。
「それで……此処は何処だ? そろそろモノクロの世界に戻っても良さそうだけど、一向に戻る気配が無い。……まあ、俺たちの力が広範囲に及んだなら直らないんだろうけど……目に痛い。奇妙な場所だな」
「そう言えばそうだな。私もまだ元の世界には戻していないし、そもそもこんな場所に見覚えは無いぞ……」
二人は互いに座り込み、辺りを見渡す様に話す。
そう、この世界はハデスすら見覚えの無いものだった。一言で現すなら"奇妙"や"不気味"。そんな言葉が似合う空間だろう。
──ライとハデス。決着の付いた二人が居たのはモノクロの世界と打って変わり、目に痛いショッキングピンクの彩色が包み込む明るくて不気味な世界だった。