七百九十七話 ライvsヴァイスvs冥界の王
──"無機質な世界"。
「オラァ!」
「攻撃が激しくなったようだね」
レイたちがハリーフと交戦中の最中、ハデスの創った世界にて戦闘を続けるライ達三人。
ライは魔王の力を纏った拳を放ち、ヴァイスの顔を殴り付けて勢いよく吹き飛ばした。
ヴァイスはこの世界に顕在する無数の建物を貫き、貫通痕を残しながら恒星程の範囲を吹き飛んで黒い大地へ叩き付けられて惑星程の巨大クレーターを形成する。
「一応敵なんだ。悪いが私も攻めるぞ」
「ああ、分かっているよ」
ヴァイスを吹き飛ばしたライの側面からハデスが回し蹴りを放ち、ライは腕でガードしたがそのまま蹴り飛ばされる。
飛ばされたライは建物を粉砕しながらヴァイスと同じような距離を吹き飛び、大地へと落下してヴァイスの造り出したクレーターの上から新たなクレーターを形成した。
「さて、私からもお返ししましょうか」
「遠慮しとくよ」
近場のヴァイスが飛び出し、物理的にライを吹き飛ばす。
ハデスとヴァイスの物理的攻撃。ライはそれらを受けてもほぼ無傷だがまた飛ばされ、複数の建物を粉砕しながら一際大きな建物を半壊させて停止する。
「さっさと終わらせて元の世界の様子を確認したいところだけど、やっぱり一筋縄じゃいかないよな……」
周りに散らばった瓦礫を避けて立ち上がり、建物の内部にて思案するライ。
ダメージはほぼ無いが慣性には逆らえない。魔王の力はその気になれば慣性すら破壊する事の出来る力だが、取り敢えず今はそのままだ。
なので吹き飛ばされた時、ダメージは無くとも相応の距離を移動してしまうので時間が掛かるのである。
「それなら、君が私たちの仲間となり、私と共にハデスを倒せば良いんじゃないかな? どちらにしても君は、君達は選別に合格しているンだ。私には君を協力させるという事以外に戦う理由が無い」
「ハッ、そんな合格は願い下げだ。アンタ達の目的と俺たちの目的は一致していないからな。寧ろ真逆と言っても良い。……て事で、さっさと倒す!」
「フフ、さっきからそう言っているけど、実力的にも簡単にはやられないさ」
後ろ回し蹴りを放ち、いつの間にか背後に立っていたヴァイスを薙ぎ払う。ヴァイスはそれを避けるが蹴りの衝撃波はそのまま進み、半壊していた建物を完全に崩壊させた。
その粉塵から二人は飛び出し、空中で衝突してヴァイスの方が吹き飛んだ。
「実力的には俺の方が上だ……!」
「果たして本当にそうかな?」
純粋な力では魔王の力を有しているライが上かもしれない。その証拠に吹き飛ばされたのはヴァイスであり、数キロは離れた。
だがヴァイスはライの背後に重力を集合させ、ブラックホールを形成する。
「これは……ウラヌスの重力魔術。それをブラックホールにしたのか」
数キロも離れているのでヴァイスの声は届かない。しかしそのブラックホールからヴァイスが何をしたのかは理解出来た。
ヴァイスの創り出したブラックホールは通常のブラックホールと全く同じもの。物の数秒で恒星をも消し去ってしまうだろう。
そんな不気味な大穴に引っ張られるライは、ボーッとそのブラックホールを眺めていた。
──そう、光をも飲み込むブラックホールを前に微動だにもせず、である。
「周りのものが一瞬で消え去ったな。これがブラックホールか」
既にモノクロの世界には何も残っておらず、ただ空間に穴が空いたかのようなブラックホールのみが顕在していた。
この世界自体がどれ程の大きさを誇っているのかは分からないが、このブラックホールから数光年の範囲は塵も残っていない事だろう。
なのでライは、
「よっと」
軽い声と共に軽く拳を放ち、ブラックホールに魔王の力を纏わせた衝撃波を打ち付けた。
それによって一瞬にしてブラックホールが崩壊する。否、ライが蒸発させた。
周りからはブラックホールに飲み込まれたモノクロの世界が再生しており、何も無かったかのように静かなモノクロの世界へと戻った。
「やれやれ。本物のブラックホールと同じ質量、大きさにしたつもりだったンだけどね。あっさりと破壊されてしまったか。まあ、ブラックホールと言っても大小様々だけど、恒星以上の大きさはあったかな。……おっと、恒星の大きさも大小様々だったね」
一瞬にして消し去られたブラックホールを見やり、肩を落として独り言を呟くヴァイス。表情が変わらないのでどういった心境なのか分からないが、ライの強大な力を改めて実感しているのだろう。
しかし余裕のある態度は変わらず、また次の行動を思案する。
「私の事を忘れないで貰えるか? しかし、ブラックホールを簡単に創られるのは困るな」
「ああそう。しかし、二人にあの中でも簡単に耐えられるのは思うところがあるね」
思案の最中、ヴァイスの脇腹にハデスからの回し蹴りが打ち付けられた。
それをヴァイスは片腕を使ってガードし、その体勢のままで吹き飛ばされる。ハデスは複数の建物を粉砕して吹き飛んだヴァイスの上から更に追撃を仕掛け、ヴァイスの身体をモノクロの大地に叩き付けた。
「重い一撃だね。けど、お陰で君の力は学習したよ」
「そうか。それはめでたいな」
直立のまま叩き付けられたヴァイスの足元からヒビが入ってクレーターが造り出され、その上から仕掛けられたハデスの蹴りによってクレーターが更に広がり大地が陥没して浮き上がった。
ハデスは自分の力がヴァイスにコピーされた事は気にしない。構わずに連撃を嗾けた。
「それならさっさと消し飛ばすか」
「まだ君の力には慣れていないけど、相殺するくらいならワケないさ」
一瞬だけ跳躍し、勢いよく落下して上からヴァイスを踏みつける。
ハデスの力を取り込んだヴァイスは変わらぬ体勢で拳を作り、上から来るハデスに向けて放った。
それによって二人を中心に周囲が爆散し、モノクロの世界が何度目かとなる崩壊を起こす。一瞬にして周りが全て消え去り、辺りには何も残っていない。だがそれも束の間、次の刹那には形を取り戻して再生する。
「よっと」
「「……!」」
拳と蹴りの衝撃によって少し距離が開いた二人に向け、ライが軽い声音と共に蹴りを放つ。それによってハデスは押され、ヴァイスを巻き込んで吹き飛んだ。
「いきなり来たか……」
「まあ、隙を見せたら当たり前だね」
「そう言う事だ」
複数の建物を貫いて数十キロ吹き飛び、二人は着地して向こうを確認する。その隙に二人へ追い付いていたライが屈んで拳を握っており、身体のバネと共に跳躍してその拳を打ち付けた。
今度はヴァイスを主体にハデスを巻き込む形となっており、天空高く舞い上げられた二人に追い付いたライが回転を加えた踵落としを放つ。
脳天に踵を食らったヴァイスは落下し、モノクロの世界を震撼させる。しかしハデスはその踵落としを避けており、ライの背後へ回り込んで裏拳を叩き付けた。
「やっぱ一筋縄じゃいかないか……!」
「ああ。幹部の身として、簡単にやられる訳にはいかぬ」
そのままライの身体は吹き飛び、一つの巨大建造物を倒壊させて落下し、大地に幅と深さ数キロの巨大クレーターを造り出して噴火のように大きな粉塵を舞い上げた。
「こう言う時は、直ぐに追撃が来るもんだよな」
「ああ」
またもや背後へ現れていたハデスがクレーターの奥底に居るライへ蹴りを放ち、ライがしゃがんで躱すと同時に足を掴んでモノクロの大地の壁へ放り投げる。
クレーターの中心の周囲へ自然に出来た壁なのでどれ程の分厚さかは分からないが、放られたハデスは一瞬にして見えなくなる程の距離を吹き飛んだ。
「穴の中。逃げ場が無いかもね」
「……!」
その瞬間に上から"サイコキネシス"によって操られた建物が降り注ぎ、クレーターを塞ぐ勢いで落下する。瞬く間にクレーターはモノクロの建物に埋め尽くされ、宙に浮くヴァイスは下方を眺めていた。
次の刹那、埋め尽くした瓦礫や建物が天を舞い、クレーターの中からライが飛び出す。
「どうせダメージは無いんだ。逃げる必要性が何処にある?」
「言えてるね」
飛び出してきたライを躱し、"テレポート"でライの体内へ巨大建造物を仕向ける。しかし魔王の力が超能力を無効化し、結局弾かれて地面に落下した。
「フム、やはり"テレポート"の類いも、君にとっての"自分に不都合なモノ"なら無効化するみたいだね。この調子じゃ"テレパシー"で思考を読む事が出来なければ"未来視"で次の動きを見る事も出来なそうだ」
「ああ。異能の類いは全て無効化するからな。まあ、まだまだ未熟な俺じゃ範囲も限られているんだろうけど、最低で銀河系破壊規模までなら問題無い」
これは比喩ではなく事実。本来の魔王は過去未来現在、あらゆる世界線に及ぶ多元宇宙破壊規模の能力も、それが"異能"であるなら無効化出来ていた。
今のライでは銀河系破壊規模の攻撃ならそこそこダメージを受けてしまうので、全盛期の魔王にはまだまだ遠く及ばないだろう。
しかし今のヴァイスの力も、完全ではあるが真の意味での完全ではない。取り込んだ力からして、シヴァやドラゴン。ハデス。それらの能力を用いればライにもダメージを与えられる筈だからだ。
発展途上にして宇宙を揺るがす力を有するライとヴァイス。二人が向き合った瞬間、空気を蹴って空中移動し肉迫した。
「オラァ!」
「さて、ハデスの力……またまた試してみよう」
正面から激突し、その衝撃波がモノクロの世界を揺るがす。爆発のような勢いで数光年の範囲が消え去り、二人は空中にて鬩ぎ合いを織り成した。
ライが側面から抉るような拳を放ち、それを掌でいなしたヴァイスが膝を蹴り上げて顎を捉える。が、それを仰け反って躱したライが空中にてバク転の要領で蹴り上げると同時に距離を置き、その距離を詰めたヴァイスが拳を打ち付ける。
ライはそれを紙一重で避け、懐に潜り込んでアッパーカットを放つがそれも避けられ、腹部に拳が叩き付けられた。
「……っと」
「……!」
しかしライはその瞬間に距離を置き、一瞬後に詰め寄ってヴァイスの顔を殴打する。ヴァイスは怯みながらも回し蹴りを放ち、ライが片足で受け止め二人の身体が急降下するように再生を終えたモノクロの大地に叩き付けられた。
二人は複数の建物を貫通して吹き飛び、一際大きな粉塵を舞い上げる。即座に立ち上がって大地を蹴り、刹那に互いの眼前へ迫るが、下から何かを携えたハデスが姿を現し、ライとヴァイスは急停止するように距離を置いた。
「おやおや、ハデスさン……」
「その武器は……」
「ああ、これは私の愛用している槍でな。"バイデント"と言う代物だ」
ハデスが持っているのは先端が二叉になっている銀色の槍、"バイデント"。
伝承にも出てくる凶槍であり、一薙ぎで世界が揺れる物。どうやらライに投げ飛ばされた後でその力を認め、何処からかこの槍を取り出したと見て良さそうだ。
つまり、それからするにハデスは全力に近い力を出そうと考えているらしい。
「成る程な。伝承の武器を使ってくれるのか。俺としては有り難いな。アンタを倒せれば、少なくとも俺は人間の国でNo.3以上の実力者って事が証明される。征服するに当たってこれ程都合の良い事は無い」
「私が勝てば私が人間の国でNo.3以上の実力者という事だね。まあ、その様な事柄には微塵も興味が無いけど、ライと同じようにその噂が広がれば今後の活動がしやすくなる」
「どの道アンタも倒すけどな、ヴァイス」
「それはお互い様だね」
「ふう。私も舐められたものだな。人間の国のNo.3。その座はそう簡単に譲る訳にはいかないさ……!」
二人叉の槍"バイデント"を取り出し、全力に近くなったハデス。ライとヴァイスも既にそれなりの力を出しており、これからが本番と見て良いだろう。
別世界でレイたちとハリーフが争う中、また違う別世界ではライ、ヴァイス、ハデスの三人が互いを打ちのめす為の闘争を織り成していた。