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七百九十五話 暴走

「これが……ハリーフ……」

「ハッ……原型は残ってるが、まんま化け物じゃねェか……」


『……』


 槍の大輪による一斉攻撃が収まった瞬間、姿を現したハリーフを見たレイとシャバハはその姿を見て冷や汗を流した。

 その姿は半身から三本の槍が飛び出した様なモノ。もう半身はハリーフのままだが、その魔力は爆発的に増えている。加えて分かれた筈の上半身と下半身は戻っていた。だが前のハリーフの面影など、もう半身しか無い様子だ。


『……』

「「……!」」


 ──瞬間、何も言わずに槍魔術を放出した。

 別に無詠唱で魔術を放つ事は誰にも可能だが、その分威力は落ちる。しかし今ハリーフが放った槍魔術は無詠唱にも関わらず先程までのハリーフと比にならない速度と威力だった。

 その槍は的確にレイとシャバハを狙っており、二人は辛うじて槍を避けた。刹那、着地時に辺りへ轟音と破壊の余波が広がり大地を大きく揺らした。


「威力も上がってるって訳だ。だが、あまり大きな変化じゃねェな。まあその力からしてもかなりの変化ではあるが、勝てねェレベルじゃねェ」


「うん。大きな変化と言えばあまり話さなくなった事くらいかな?」


『……』


 槍を避け、改めてハリーフの姿を確認する二人。

 確かに見た目は変わり、魔力も爆発的に増えた。しかし太刀打ち出来ないレベルの強さではないとはっきり分かる変化だ。

 元々レイとシャバハの周りには化け物という言葉ですらぬる過ぎる者たちが居る。

 く言うレイ自身もその存在に匹敵する強さは秘めている。そんな二人からすれば、今のハリーフは確かに強くなったが支配者クラスは無いと見て良いだろう。


「言葉を失ったのは生物兵器の特性からかな……。本来の生物兵器は理性とか感情は無い存在だから。……けど、生物兵器でも生物兵器としての命令は受けていない。それならただ暴走しているだけかのかも」


「ああ、そうかもな。目の前にあるモノ……厳密に言えば目の前にある命を破壊しているだけかもしれねェ。これならまださっきまでのハリーフの方が強敵まであるぞ」


 生物兵器には感情も何もない。ただ強化された肉体をもちいて命令に従い、その命令を遂行する存在だ。

 しかし命令を受けずに生物兵器となったハリーフは自分が何をしているのかすらも分からず、ただ目の前のモノを破壊しているだけだろう。それなら理性があり、様々なやり方で攻めて来る前までのハリーフの方が強敵だったかもしれないというのが二人の見解だった。


「じゃあ、今回のやり方は生物兵器を相手にする要領で良さそうだな。攻撃を避けて仕掛ける。単純な動きに対するやり方だから単純な作業だ」


「うん。私に斬られたハリーフの身体が再生したのは魔力の融合だと思うし、決定打を与えられるのは変わっていないと思う」


「良し、じゃあ仕掛けるぞ!」

「うん!」

『…………』


 理性が無く、ただ目の前のモノを破壊している今のハリーフなら陽動などにも簡単に引っ掛かるだろう。

 それならば行動は簡単だ。シャバハは実態の無い死霊を操り、ハリーフの視線を逸らさせる。その隙にレイが踏み込み、一気に加速して再びハリーフの身体を斬り付けた。


『…………』

「……! やっぱり魔力の融合……!」


 斬られた事で腕が吹き飛び、体内から魔力が飛び出して吹き飛んだ腕を引き寄せて元の位置に付ける。

 レイの予想通り、ハリーフの肉体再生は魔力が無理矢理離れた肉体を引っ付けている事からなるモノらしい。

 勇者の剣によって不死身である"事実"は"虚構"へと変わる。変えられる。なので勇者の剣によって受けるダメージは不死身の身体ではないのと同義だが、魔力が離れた箇所をくっ付ける行動は不死身の肉体再生と関係無い。

 故に再生させる事が出来るのだろう。


「身体が離れりゃ自動的に魔力が離れた方の身体を引き寄せる……成る程な。不死身を消し去る力だろうが関係ねェって訳だ。一撃でその肉体を完全消滅させなきゃ勝機は無さそうだな」


「うん。けどそれを実行するのは少し難しいかもしれないね……。私の攻撃方法は消滅させるタイプじゃないし」


「俺もだ。取り敢えずさっきの攻撃で他の奴等も異変には気付いた筈。なるべく周りに被害を出さねェように耐えとくか」


 自動的な再生。ただの不死身による再生なら問題無いが、体内に宿る魔力からなる再生なので一気に広範囲を消し去れる力を使えない二人からすれば相手にするのは困難。

 しかし他の場所に居るフォンセなどのような細胞一つ残さず消し去れる力を使える者が来るのを待てれば打開策はある。


『……』

「来た……!」

「みたいだな……!」


 だが、打開策はあるが相手が抵抗しないという訳が無かった。

 レイとシャバハが話しているうちに何も言わず槍をけしかけ、二人はそれをかわす。その槍によって巨大な粉塵が舞い上がり、直径数十メートルの穴が空いた。


「やっぱり威力はそれなりみたい。けど、これくらいなら直撃しても問題無さそう」


「ああ。だが、食らったら手痛いのは変わらねェ。待つよりは一気に仕掛けるか!」


「うん……!」


 耐えるのが目的なので、別に攻撃する必要は無い。逆に体力を消費するだけだからだ。

 しかしハリーフからは絶え間無く攻撃が続く事だろう。それならば体力の消費はなるべく抑え、出来るだけハリーフの肉体を破壊した方が良い筈だ。

 そう決めた二人はまたもや相手には触れる事が出来ない死霊を囮に使い、ハリーフの側に回り込んでけしかけた。


『……』


「やっぱり触れる事の出来ない死霊に向かって仕掛けてる。知能はかなり下がったみたい……」


「というより、知能を完全に失ったって考えた方が良さそうだな。観察してると、相変わらず高威力の槍魔術は放っているが、当たっていねェにも関わらず死霊を狙うのを止めてねェ」


 死霊を見るや否や、高威力の槍魔術を放ち辺りに大きな影響を与えているハリーフだが、当たらないという事を見て分かるにもかかわらず構わずに放ち続けている。

 その事からするに、知能は完全に無いモノと考えて良さそうだ。


「うん……。力が強くなって起こる暴走は暴走でも……あくまで作られた"物"としての暴走なのかな……」


 自ら選んだ道であるが、ハリーフの事を少し気の毒に考えるレイ。

 現在のハリーフが起こしている暴走は、理性が無いという方面では一致しているが動物の本能のままに暴れ回るような暴走ではなく、機械的でより効率良く他人を消し去るような暴走。生き物のタガが外れている現在のハリーフは哀れという他に適切な言葉が見つからなかった。


「ああ。同族の同じ立場だった者として、それは悲しい事だ」


「止めてあげるのが救いだよね……」


 近寄った瞬間、レイがハリーフの足を切り離す。胴体を切り裂いても即座に戻るので無意味かもしれないが、一瞬でも動きを止められれば良いのだ。


「"死霊の拘束ルワハメイタ・タクイード"!」


『…………』


 予想通り足は魔力に吸われて元に戻ろうとしていたが、その瞬間にシャバハがハリーフの身体を拘束する。

 それと同時に身体のバランスが崩れ、生物兵器のハリーフは地に伏せるような形で動きが止まった。


「これで暫くは持ちそうだ。魔力の練り方とか仕草は通常と変わらねェみたいだからな。全身を拘束すりゃ此方のもんだ」


「うん。後はエマたちが来るのを待つだけだね。他の場所も攻められているだろうから来れるかは分からないけど……」


 一先ずハリーフは抑え込んだ。現在も攻められているままなのでエマたちが来るのはまだ時間が掛かるかもしれないが、数時間は持つ筈だ。

 しかしその時は意外と早く訪れた。


「レイ! それとシャバハ。何があった!」

「……あ!」

「レイさん! シャバハさん! 何事ですか!?」

「お?」


 掛かった声の方を向くと、一番の近場であろう表側からやって来たエマとニュンフェがレイとシャバハを呼ぶ。二人は安堵した面持ちでそちらの方に視線を向け、同時にギョッとしたように目を見開いた。


「ハリーフの野郎……やっぱり暴走しちまったか……」

「……。もう、戻れねェみてェだな。ハリーフ……」


「あの人達も居るんだ……」

「ハッ、だが何か何時もの様子じゃねェな」


 そこにはエマとニュンフェのみならず、シュヴァルツとゾフルが居たからである。

 二人に普段の覇気は無く、バツが悪そうにハリーフを見つめる。やはり仲間として思うところはあるのだろう。


「レイ! あとシャバハ。無事か!?」

「あーあ……ハリーフも限界かな……」


「レイ……! シャバハさん……。大丈夫……?」

『あれが力を手にしたハリーフの成れの果てか。成る程。確かに魔力や様々な力が上がっているな。理性と引き換えにな』


「レイさん! シャバハさん! 大丈夫かしら!?」

『あら。あれってハリーフかしら?』

「……。ハリーフ。やっぱり暴走しちゃったんだね……」


 そこから続くように、表から見た裏側、中央、右側からフォンセとグラオ。リヤンとロキ。ペルセポネとヘルとマギアが近場の順で姿を現した。

 既にフォンセたちとグラオ達は互いの仲間の元におり、レイとシャバハの心配をする者。ハリーフの身を案じる者の二つに分かれている状態だった。


「あれ? これって、この場に全主力が揃ったって事だよね?」


「そうだな。先程の攻撃……あのハリーフのモノか」


「うん……! ハリーフは自分自身を生物兵器に変えたみたい。それで暴走した結果があれ……」


「成る程な。暴走によって力が増強したって訳か。それなら手を貸さない訳にはいかないだろう」


「ありがとう!」


 エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェとヘルにペルセポネの六人がレイとシャバハの近くに降り立ち、レイが軽く概要を説明した。エマたちなら僅かな情報から大凡おおよその事を理解してくれるので有り難いものである。

 そして思った通り理解して貰い、協力する形となったレイたちは改めてハリーフとグラオ達に向き直る。と言っても場所を分けていただけで元々協力していたので戻ったという表現が正しいだろう。


「それで、拘束しているのを見るとその剣でも倒せない存在という事だな? 力もそうだが、通常の生物兵器とは色々と差違点があるようだ」


「うん。不死身なのは当たり前として、その不死身自体は無効化出来るの。けど、斬られた箇所から魔力が溢れて傷口を繋ぎ止めるんだ……」


「ふむ、細胞一つ残さず消し去るやり方以外は効かないという事か。それで拘束して待っていた……。分かった。あまり縁は無いが同じ魔族。始末は私が付ける。レイたちは敵の主力を任せた」


「うん! 気を付けて!」


 状況を理解し、早速それに対する行動を行うフォンセ。どうやら此処はフォンセがハリーフを消し去るらしい。リヤンにも生物兵器を細胞一つ残さず消し去る力はあるが、魔術の扱いに慣れているフォンセの方が良いと判断したのだろう。

 レイ、エマ、リヤン、ニュンフェ、シャバハ、ヘル、ペルセポネからも異論は上がらず、ハリーフの相手はフォンセ。他の相手はレイたちがする事となる。


「へえ。私たちに挑むんだ。まあ、当たり前だよね♪ じゃあ、主力達は一時的にこの場を離れまーす♪ "女王の休憩室(クイーン・ラウンジ)"!」


「「「「…………!」」」」

「『「…………!」』」


 ──そして、無理矢理明るく振る舞うマギアによって世界は一変した。

 休憩室とは名ばかりに、マギアは魔力によって無限の広さを誇る空間を創り出し、その場を新たな戦場とした。

 そこは全体的に明るいが、目に刺さるようなショッキングピンクの空間。植物などもあるが木々は枯れ果てており、空模様は悪く、暗くて明るいという気が狂いそうな場所だった。

 ともあれ、主力全員が此処に来た事により塔の方は生物兵器の兵士達に囲まれてしまうかもしれない。味方には催眠によって操った兵士やゾンビの兵士達も居るが、やはり手薄ではあるだろう。しかし味方の兵士たちなら問題無いと考え、グラオ、シュヴァルツ、マギア、ゾフル、ロキ──そしてハリーフに向き直った。

 レイたちとハリーフ達の織り成す戦闘。それはハリーフが暴走を続ける事によって最終段階に踏み込んだ。

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