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七百九十四話 生物兵器の主力

 ──"幹部の塔・左側の外部"。


 他の主力たちが駆け付ける数十分前。

 異変が起こる少し前の戦況は、レイとシャバハがハリーフを押していた。

 生物兵器の不死身性を手に入れたハリーフだが、勇者の剣や呪術など不死身でも関係の無い力を使える二人が相手ではその不死身性もあまり意味がない。なので不死身という性質は、無意味ではないにせよ需要はあまり無いだろう。


「文字通り全てを断ち切る剣に直接魂に関与する呪術。私にはいささか不利な対局ですね……! "槍の樹(ハルバ・シャジャル)"!」


「誰が相手でもそうだと思うよ。だって私たちは不死身の生物兵器なら何度も倒しているからね」


「ああ。と言っても、俺たちはコイツらよりは少ないな。それでもテメェらのアジト探索の途中に生物兵器が攻めて来るから嫌でも相手をしなくちゃならねェ」


 足元から樹のように槍を生やし、レイとシャバハはそれを避け切る。避けると同時にレイは踏み込み、シャバハは死霊を操り、各々(おのおの)の力で二人がけしかけた。


「速度と距離なら私に部がありますね。"光の槍(ヌール・ハルバ)"!」


 ハリーフは魔力を込めて力を集中し、仕掛ける二人に向けて光速の槍魔術を放つ。

 シャバハはそもそも光の速度に反応出来ない。それが普通だ。レイ自身は光速に反応出来る。が、本人が光速で動ける訳ではない。今のままでは動けたとしても一瞬だ。本来なら一瞬でも光の速度で動ければ十分な力を発揮するだろう。常人にとっての数分が光にとっての一瞬でもおかしくないからである。

 そんな光速の領域だが、ハリーフの場合は中距離や遠距離から一瞬ではなく一つの槍が消え去るまでのあいだは光速の攻撃が可能だ。故に、反応出来ないシャバハに一瞬のレイと持続するハリーフの槍では差があるのだ。


「だったら……一瞬で消し去れば良い……!」


 しかし一瞬でも光。もしくは光以上の速度で動けるレイとあらゆる力を切り捨てる勇者の剣。それがあれば相手にとって有利な攻撃も無にす事が出来るのである。


「その隙に俺が仕掛けるぜ!」

「厄介ですね。けど、フム。どうやら私は冷静に頭が回るようです。まだまだやり方はありそうです」


 レイが消し去り、シャバハが攻める。レイ自身も攻め、二人を相手にする側からしたらかなり厄介なモノだろう。

 しかしハリーフは前のように激昂しない。生物兵器になった事で、そう言った部分も変わっているのかもしれない。


「先ずは死霊を何とかしなくてはなりませんね。レイさん。貴女には少し動きを止めて貰いますよ。"槍の花畑ハルバ・ハディカット・アルズハー"……!」


「……!」


 何処までも冷静なハリーフは自分のすべき行動を考え、レイの周りに無数の槍を咲かせた。そう、咲かせた(・・・・)のだ。

 光に包まれた槍魔術の槍が花のように咲き乱れ、レイの進行を阻止すると同時にシャバハに向き直る。


「触れる事の出来ない死霊。けど、向こうが触れている時は私が触れられる。それなら、此方としても半永久的に攻めれば良いだけですね」


 それだけ言い、無数の槍を放つハリーフ。

 シャバハの死霊術は相手の攻撃は当たらず自分が一方的に仕掛けられるものだが、それにも条件があり何かを仕掛ける時は自らが触れなくてはならない。

 つまり、逆に言えば攻撃を続ける事によって相手に与える隙は無くせるという事。触れなくてはならない攻撃に対し、触れる暇すら与えない。実に単純明快。至極単純な事柄だ。


「やあ!」

「「……!」」


 ──だがそれは、シャバハが一人だった場合に限る。

 無数の槍によって動きを止められたレイだが、たった一振りでその槍全てを消し去ってハリーフに飛び掛かる。


「……っ。やはり一筋縄では……!」

「はあ!」

「……ッ!」


 ──そしてハリーフを切り裂いた。

 言葉を続けようとしたが皆まで言わせず、勢いそのまま斬り付けたのだ。

 今度は天叢雲剣あまのむらくものつるぎではなく不死身の肉体すら崩壊させる勇者の剣。それによって切り裂かれたハリーフは吐血し、宙を舞う己の下半身を見ていた。


「これは……再生出来ないですかね……。痛みは感じにくくなっているから苦痛は無ありません……けど……これで終わりというものはあっさり感じますね……。いや、存外人生の終わりというものはこういうモノなのかもしれませんね……」


 痛みは無い。もしくは薄い。十分に話す事も出来ている。しかし勇者の剣に斬られた事で、斬られた部分は生物兵器としての不死身の性能が働かなくなる。

 それらが相まり、ハリーフは自身として、二度目の死。もしくは半永久的に続く生き地獄を確信した。

 特に苦痛などは無いが、このまま息絶えるか半永久的に上半身と下半身が離れたまま生き続けるか。生物兵器になった時点で理解はしていたのだろうが今後、ハリーフには精神的なかなりの苦痛が待っている事だろう。

 その様な事を話しているうちに、ハリーフはその身体が地面に落ちた。


「……。まだ話している……普通の生物兵器とは少し違うみたい。普通なら斬られた時点で死んじゃう筈なのに……」


「そこはやっぱ主力としての力が作用しているのか、魔族としての力が働いているのか。分からねェな。だが、確実に言えるのはどう転んでも終わりって事だ。このまま死ぬにしても、俺によって捕まるにしてもロクな未来は歩めねェ」


「うん。それ程の事をしでかしたからね。許される事じゃないと思う」


 この場で死刑にするというよりは、魔族としてきっちり捕らえ、罪人として国で扱う事を考えている様子のシャバハ。人権などもあり、即刻処刑にするのは難しい問題なのだろう。

 この世界が世界なので戦闘によって死したならそれも仕方無いと考えてはいるようだが、そこは魔族の国の主力という立場なので処分はきっちりと考えているようだ。


「捕まっても地獄。死んでも地獄。やれやれ、自分の犯した罪から考えて妥当ですけど、敵の主力を一人も倒せず地獄に行くのは思うところがありますね……」


「まだ割かし余裕があるみてェだな。そんな態度を取れるんだ。安心しろ捕まりゃ、取り敢えず一人になる事はねェぜ?」


「フフ……そうですか……」


 息も途切れ途切れだが、話す余裕は残っているらしい。しかしそれも時間の問題かもしれない。レイの言っていたように本来なら斬られた時点で生身と同じように死する。それが勇者の剣からなる一撃だ。

 だがハリーフは何とかこらえていた。この世から消え去るのも後少しだが、残った上半身のみで魔力を練り始めた。


「どうせ死ぬなら、私が心を許したヴァイスさんたちの為に死んだ方が良いですね。生物兵器の肉体はあらゆる改造の末に生まれた存在。私のような主力の場合、理性と引き換えに自身の力を増強する事も可能です」


「「……!」」


 魔力を練った瞬間、ハリーフの上半身が浮き上がった。

 どうやらヴァイス達は主力の改造には奥の手を残しているらしく、本人曰く永遠に暴走し続ける事になるが強大な力を得られるようだ。


「させない……!」

「当たり前だ!」


 見ただけで分かるマズイ状況。魔力を練り、浮き上がったハリーフに向けてレイは勇者の剣を振り下ろし、シャバハが死霊を操って一気に仕掛ける。魔力を練る途中のハリーフは虚ろな目で見やり、変化する肉体を実感しつつ一言。


「──"大輪の槍イジラタン・カビラ・ハルバ"……!』


「「……ッ!」」


 美しく、巨大に咲き誇った槍の花。そこから放たれた万を有に越える無数の槍は四方八方へと解き放たれ、数万のうち複数が塔を貫通して遠方に吹き飛ぶ。その一撃一撃には星を揺るがし、星を削る力が秘められていた。



 ──これからが、生物兵器となった主力の本領発揮という事だろう。





*****



 ──"無機質な世界"。


「ハリーフが生物兵器に……?」


「ああ、本人が望ンだ事さ。ハリーフは自らの意思で生物兵器となり、自身の力を上乗せさせたンだ」


 通常の世界にて戦闘が続々中断されている中、無機質なモノクロの世界ではライがヴァイスから情報を聞いていた。

 周りは既に崩壊しており、現在は進行形で再生の途中。そんな中、成り行きでその話を聞く事になったのだが、まさかハリーフがそんな事になっているのかと驚きを隠せない様子だった。


「ふむ。そのハリーフという者。私は詳しく知らないが、話の内容からするにお前達の主力か。しかし少年が意外そうな表情をするのが意外だな。白髪の。お前達なら仲間の改造くらい普通におこなっていると思ったぞ」


 ライとヴァイスの会話に、ハリーフについてよく知らない様子のハデスが呟くように話す。

 ハリーフも元は魔族の国の主力だったが、同じ主力という立場でも相手を知らないのはよくある事。

 対するヴァイスは目が笑わず、言葉でのみ笑って返した。


「フフ、そう思われても仕方無いね。けど私の仲間は私たちの選別に合格した者。改造する必要が無い存在なンだ」


「成る程な。合格者は丁重に扱っているという事か。まあ、だからと言ってお前達の考えを肯定する訳にはいかないのだがな」


 合格者である主力に改造をする必要は無い。ヴァイス達の目的からして、それは至極最もな話だろう。

 元々生物兵器というものは世界で禁止されている事項。ヴァイスはそれを使い、選別に失格した者を生物兵器にする事で自分達にとって都合が良くそれなりの力を秘めた兵士を生み出した。

 そう、それはあくまで失格した者に限った話。元より合格者には、改造をする必要が無いから改造をしていないのだ。


「そうだね。まあそれもあるけど、主力を改造するには少しリスクを伴う。折角だから教えておくよ。前提として、今の理性も全て残っている私は特例中の特例という事を理解してくれ。さて本題だ。先ず話すのは特徴について。本来の生物兵器は理性を失った兵士になるけど、主力は理性を失わず力のみを高める事が出来るンだ」


「……? それならなんでアンタらは他の仲間を改造しないんだ? 生物兵器のメリットでもあり、デメリットでもある事は理性や感情が消え去る事。けど、理性を失わないなら改造しない理由は無いだろ」


 ライのそれは、最もな疑問だった。

 生物兵器は感情を失う事で命令に忠実な兵士となる。しかしその代償で理性がなくなり、暴走してしまえば最後消滅させるしか抑える道が残らない。

 だが主力クラスの実力者に行える改造は理性は残りつつ、肉体のみを強化出来るというメリットしか見つからないモノ。そう告げたヴァイスの言葉からするに改造しない手は無いだろう。特にヴァイス達の目的からしてかなり理想的なものだ。

 ヴァイスは相変わらず目は笑わず、言葉のみで笑って話す。


「フフ。ところが、なンのデメリットが無い訳じゃないのさ。確かに理性は残る。しかし、その気になればその理性を強制的に消し去る事も出来る。そう、自分を抑える全てを取り払おうと……思った(・・・)だけでね(・・・・)。……要するに暴走してしまうンだ。誰の制止も聞かず、消滅するまでずっとね」


「……!」


 曰く、改造者は思っただけで。少しでも今以上の力を出そうと考えた瞬間、生物兵器としての副作用が働き暴走するとの事。加えてそれは本人にも、仲間にも誰にも止める事の出来ない最初にして最期の強大な力を引き出す事柄。

 それを聞いたライは生唾を飲み込み、ヴァイスに問うた。


「それならもしハリーフが追い詰められてその力を使おうとすれば……」


「ああ。死ぬよ。ハリーフも。その周りに居る者達もね。……まあ、周りの者達がハリーフを消滅させれば生き残るけど、彼は確実に死んでしまうね。どうしても。例え封印しても。何をしても。必ずね」


「……っ」


 その言葉に、ライは久々に恐怖を覚えた。

 全てを破壊するまで止まらない暴走状態。その恐怖は言葉に表せるモノではなく、ライならば簡単では無いにせよ止められるのだろうが、確かに感じる得も言えぬ恐怖だった。


「アンタはなんとも思っていないのか? ……とかみたいに、無粋な質問は避けておくよ。返答を聞きたくないからな。……さて、だったら話は簡単だ。さっさとアンタらを倒して、元の世界に戻るとするか……!」


「フフ、良いよ。倒せるものならやってみると良い」


「フム、よくは分からないがとてもマズイ状況が身近にあるようだ。私としてもそれを見過ごす訳にはいかないだろう」


 魔王の力を込め、ヴァイスとハデスに向き直るライ。対する二人も向き直り、戦闘は続行される。

 既に始まってしまった生物兵器の暴走とその場に集う主力たち。その一方で、元の世界へと戻るべく此処に居る三人の戦いも更に激化していた。

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