七百九十三話 エマ、ニュンフェvsシュヴァルツ
──"幹部の塔"。
「……? この気配に音……まさかハリーフの奴……!」
主力たちが同じ場所に集いつつある中、塔の中へ忍び込み主力たちの目を盗んで活動していたゾフルが何かを察して気配の方向に視線を向けた。
その足元には何人もの住人達が転がっており、全員生きているが意識は失っているらしい。だがゾフルはそんな住人達を一瞥もせず、気配の感じた方向へ歩み出す。
「確かに強くなれるが、肉体改造なんからするからこうなるんだ……クソッ……!」
その思い当たる節に対し、悪態を吐きながら雷となって塔の中を雷速で突き進む。これを見る限り、おそらくハリーフに起こっているであろう事はあまり良い事では無いらしい。普段は喧嘩っ早いが幾分冷静なゾフルがこうなる有り様。本人達にとって都合の悪い事なのは確かなようである。
他の主力たちに続き、ゾフルもハリーフの居るであろう場所に向かうのだった。
*****
──"幹部の塔・表側"。
「相手をしてやる。着いて来い」
「来れたらの話ですけどね!」
「ハッ、上等。乗ってやるよ!」
一方の表側では、現れたシュヴァルツを前にエマとニュンフェが他の兵士たちから引き離すべく幹部塔の表門から外へと飛び出した。
シュヴァルツの狙いは主力。なので自分たちが移動すれば周りを巻き込む事が無いと判断しての行動だ。
そしてその目論見通り、シュヴァルツは二人の策に乗っかった。本人の言葉からしてもこれが兵士から引き離す為の行動という事は理解しているだろう。シュヴァルツの性格から理解した上での動きだ。
「空中なら貴様は自由に動けまい」
「ハッ、そう言やヴァンパイアは飛べるんだったな!」
表側から飛び降りたエマは振り向き、蝙蝠の翼を用いて空を舞いシュヴァルツの上へと移動する。
そして上を取り、シュヴァルツに片手を翳した。当のシュヴァルツは力を込め、自由の利きにくい空中にて迎撃態勢に入る。
「貴様にはまだ見せていなかったかもしれないな。まあ、話には聞いているんだろうが」
「ああ、そう言や、確か天候を操る力を改良したんだったか」
「ああ」
念力のような力で片手に風を集め、圧縮してエネルギーを込める。それと同時に下方のシュヴァルツへその塊を放出した。
シュヴァルツは破壊の力を用いてその風の塊を粉砕し、それによって生じた爆風で加速したシュヴァルツが一足早くに地上へ降り立つ。それに続き、エマとニュンフェも着地して向き直った。
「ハッ、確かに中々の威力だ。本気なら山くれェは砕けるんじゃねェか?」
「そうかもな。私の場合は天候を操っているだけだから、物質の無い宇宙空間ではこの力も使えなさそうだがな。しかし星があればそこにある水分や気体。様々な物質を操ってその星は砕けそうだ」
「そりゃ天候操作の範囲を超えてねェか? まあいい。星くらいなら俺も砕けるしな。文字通り破壊して」
エマの操っている天候は念力のような力からなる物質操作によるもの。なので天候の元となるモノが無ければ使えないが、そこが惑星ならどんなに少なくとも天候を創造して操れるので便利な力である。
しかしながら通常の魔術の場合は身体に流れる魔力をエレメントに変換しているので自分の力が尽きるまで使えるが、念力の場合は自身への負担が少ない分場所が限られてしまうのは少し問題かもしれない。
「まあ、私の場合は使える場所が限られているからな。この肉体には念力のような力ではなく、魔力が流れていれば無尽蔵に使えたから惜しいものだ」
「無尽蔵の色んな力とか考えるだけで面倒だな……っと思ったがヴァイスがそんな感じか。……まあそれは置いといて、さっさと続きを始めるとすっか!」
破壊の力を込め、意味もなく足元の大地を砕くシュヴァルツ。気持ちが昂っているので破壊以外にも身体に力が入っているのだろう。
エマとニュンフェは出方を窺い、次の刹那にシュヴァルツは駆け出した。
「そう身構えるな! 姑息な手を使わず、正面から打ち砕いてやるよ! "破壊"!!」
「正々堂々としても攻撃されているのに身構えない訳にはいかないだろう」
「ええ、そうですね」
駆け出すと同時に破壊魔術を放ち、エマとニュンフェが二手に分かれてそれを避ける。それによって空間は砕け、その欠片が周囲に舞い散る。
それだけ見れば相変わらずの脅威的な破壊力だが、エマからすれば空間が砕ける事によって日光が遮られるので都合が良かった。まだ日の光は残っているので傘は手放さず、破壊の欠片に紛れてシュヴァルツとの距離を詰め寄る。
「さて、どの様に攻めるべきか」
「それ、今考えるのかよ?」
「ふむ、じゃあシンプルに行こう」
詰め寄ると同時に雷を片手に纏って横に薙ぎ、シュヴァルツがそれを躱す。まだ正確な攻め方は考えていないようだが、一先ず天候を身体に纏って通常攻撃の威力に上乗せするやり方を選んだようだ。
「ハッ、そんな攻撃、普通の攻撃を避けるのと同じ要領で避け切れる!」
「そうだと良いな」
躱したシュヴァルツに向けて踏み込み、片手に霆をそのまま掻くように攻める。それも躱されるが霆の余波が空気を痺れさせ、バチッとシュヴァルツの身体に軽く触れた。
「成る程な。天候を纏う事で範囲が広くなったか。言ー事は、テメェの手の大きさを四、五倍で考えた方が良いって事だ。広範囲に影響させる為の雷なんだろ?」
「ふふ、さあな」
エマが片手に纏っている雷は、通常の攻撃よりも範囲が広い。その証拠に稲光が周囲に散ってバチバチと破裂音が響いていた。
それを見抜いたシュヴァルツはエマの動きに注意を払い、次々と嗾けられた攻撃を躱して行く。
抉り込むように側面から放たれた拳は軽く飛び退き、その距離を詰められた踏み込みストレートは跳躍して躱す。上にもエマは天候を作り出し、跳躍した方向を狙うがシュヴァルツは雷ごと空間を破壊して防ぐ。着地の隙を狙って攻めるがそれも避けられ、エマの動きに注意しているシュヴァルツには一撃も当たらなかった。
「手厳しいものだな。今の私の動きでは貴様を捉え切れない」
「ハッ、片手に傘。そして今の時間帯。それも仕方ねェさ。対する俺は万全だからな」
──その瞬間、シュヴァルツの眼前を矢が横切る。それを理解していたのかシュヴァルツは飛び退いて避け、矢の方向に視線を向けた。
「無論、テメェにも注意はしているぜ。エルフ!」
「その様ですね。物の見事に避けられてしまいました」
矢を放った者はニュンフェ。エマの相手で気を取られているうちに隙を突いて狙ったのだが、周りにも注意を払っているらしく当然ニュンフェの警戒もしていたようだ。
エルフの戦い方はレイピアなどを使った近接戦に弓矢や魔法を用いた中距離、遠距離と様々。なのでエマが攻めているうちに放ったのだが、シュヴァルツ本人の動体視力と警戒によって避けられてしまった。やはり一筋縄ではいかない相手のようだ。
「ふふ、しかし。来るのが分かっていても身体が反応し切れなくては意味も無いだろう。二対一と些か卑怯かもしれないが、悪く思うなよ」
「当然だ。寧ろ悪く思う要素が何処にもねェからな。戦争は生きるか死ぬかの二択。勝っても負けても生きる奴は生き、死ぬ奴は死ぬ。そんな中、生き残る為の徒党を組んで誰が文句を言うよ?」
「ふっ、同意見だ。私も貴様ら主力によって一人対複数を強いられても文句は言わない。娯楽目的のルールがある試合とは違うのだからな。それならやり易さもあるというモノだ」
「ハッ、元より容赦なんかしてくれねェだろ。俺もそれは望まねェ」
それだけ言い、二人は正面から衝突する。
エマは片手に圧縮した空気を纏い、シュヴァルツが破壊魔術を纏う。刹那に衝突して空間が歪みヒビが入る。爆発的な余風が吹き抜け、エマの周りの空間が砕けてシュヴァルツの周りのモノが吹き飛んだ。
「圧縮した空気の塊ごと砕けるかと思ったが、存外頑丈みてェだな、それ。いや、幾ら硬くとも破壊の前には無意味な筈……ぶつかる直前に放出したのか?」
「ふふ、そうだな。それくらいなら教えても良さそうだ。破壊の力と正面からぶつかればライやレイにフォンセ以外は砕けてしまう。だから完全にぶつかるより前に圧縮した空気の塊を放てば一部のみが破壊されて残りの衝撃波はそのままという事だ」
破壊魔術の前では、エマの圧縮した天候の力も無意味に終わる。しかしそれは圧縮した塊の状態に限った話だ。
圧縮した天候を放てばその時点で衝撃波や様々な力が周りに広がる。故に一部は破壊されるが残りの攻撃はそのままで、破壊魔術を打ち消して嗾けられるという事である。
完全に無効にした訳ではないので破壊魔術の余波はそのままだが、これなら破壊される前に仕掛けられるだろう。
「ハッ、まあいい。此方の技が完全に消された訳じゃねェしな! "破壊"!」
だがシュヴァルツはそれも構わないと言った雰囲気で破壊魔術を放つ。エマはそれを避け、先程までエマの居た場所が粉砕して砕け散る。そこにニュンフェの矢が放たれ、シュヴァルツは紙一重で矢を躱した。
「成る程な。攻撃する瞬間が一番隙だらけになる。そこを狙ったか」
ニュンフェの行動を読み、エマとニュンフェに注意を払いつつ移動する。しかしシュヴァルツがエマの気配を感じたのは上からだった。
「あの一瞬で移動したか……!」
「ああ、その通りだ」
エマは水分を集めて霧を生み出し、シュヴァルツから視界を消し去る。
それでも気配から探られてしまうがそれはあくまでフェイク。エマは即座に降り立ち、シュヴァルツの後頭部を手で押さえ付けて顔面に膝蹴りを打ち付けた。
「……クッ!」
「続くぞ」
刹那に怯んだシュヴァルツの胴体へ空気の塊を放ち、その身体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされたシュヴァルツは生物兵器の兵士達を薙ぎ払いながら進み、大地を転がって大きな粉塵を舞い上げた。
「今です!」
「……ッ!」
飛ばされたシュヴァルツは即座に立ち上がるがそれを見計らったニュンフェが矢を放ち、シュヴァルツの肩と足を射抜いてその動きを鈍くさせた。
今のニュンフェは仕留める為に胸や身体の中枢を狙ったのだが、シュヴァルツが立ち上がった瞬間に少し逸れた事で急所を外した。外させられたらしい。倒れるようにギリギリの位置で避けたのだが危機回避能力の高さには素直に称賛出来るモノだった。
「ハッハ……良いじゃねェか……! そう来なくちゃつまらねェ!!」
倒れ込んだシュヴァルツは射抜かれた片足を引き摺るように再び立ち上がり、足元を破壊してその衝撃で加速する。空間を砕く破壊魔術。それで移動も出来たらしい。
破壊の衝撃でニュンフェの眼前に迫るシュヴァルツ。ニュンフェは腰からレイピアを抜き取り、シュヴァルツに向けて構えた。
「"破壊"!」
「はっ!」
それと同時に放たれた破壊魔術には直接触れず受け流すように躱し、舞うような身の塾しでシュヴァルツの首筋にレイピアを切り込む。シュヴァルツはそれをしゃがむように避け、立ち上がると同時に片手に纏った破壊魔術を放った。
「おっと、それは危ないな」
「ハッ、逸らされたか……!」
「そこっ!」
「それも効かねェ!」
その片腕に向けて放たれた暴風で破壊の方向が逸れる。あらぬ方向を砕いたシュヴァルツはエマに視線を向け、その隙を突いて斬り込んだレイピアを躱す。同時に片足の矢を抜き、ニュンフェの脇腹へ突き刺した。
「ああ……ッ!」
「二人相手は別に構わねェが少し面倒だからな。少しの間行動不能になって貰うぜ?」
「何のこれしき……!」
矢を刺されたニュンフェだが膝を着かず、レイピアを薙いで切り込む。シュヴァルツはそれを避け、苦しそうに息をするニュンフェに視線を向けた。
「ハッ、まだまだ動けるようだな。流石のエルフだ。隙を見せたら応急処置くらいしそうだな」
「ならその隙は私が作るか」
「そう来ると思ってたぜ!」
天候の力と破壊の力が再びぶつかり合い、辺り一帯を飲み込むような粉塵が包み込む。その隙にニュンフェは治療魔法を施し、万全ではないが応急処置を終えてシュヴァルツに向き直った。
「はぁ……はぁ……何とか痛みは少しマシになりました。有難う御座います、エマさん。助かりました」
「礼には及ばないさ。さて、奴はまだまだのようだ。大丈夫か?」
「ええ……!」
あの一撃でシュヴァルツがやられる訳が無い。なのでエマはニュンフェに確認を取り、改めて敵へ構える。
当のシュヴァルツもほぼ無傷の姿でエマたちを睨み付けており、口元には不適な笑みを浮かべていた。
「ハッハッハ。じゃあまだまだやれそうだな?」
「ああ。そうしなくては塔を守り切れんからな」
「同じく……!」
お互いに大きなダメージは無い。しかし癒せない矢の傷を見ればシュヴァルツの方が不利だろう。しかし構わず笑い続けているシュヴァルツには素直に感嘆だ。
エマ、ニュンフェとシュヴァルツ。三人が動き出そうとした時、此方にも一本の槍が飛んできた。
「「「…………!」」」
三人はその槍を避け、槍の方向を見やる。エマたちの居る正面から見て、その左側からやって来た槍。それを見たシュヴァルツは舌打ちして力を収める。
「あれは……。チッ、そう言う事かよ。オイ、テメェら! 今回は終わりみてェだ! んじゃな!」
「なにっ?」
「あ、ちょっと!」
収めると同時に姿を眩まし、エマとニュンフェの言葉を聞かずに退散するシュヴァルツ。槍を見た瞬間の行動に、此方の二人も疑問を浮かべていた。
「エマさん……これは……」
「ああ。何かがあったようだな。しかし方向は塔の方。みすみす逃す訳にもいかないだろう」
「ええ、後を追いましょう!」
「ああ!」
何があったのかは分からないが、味方が居る塔に起こった何らかの異変。その正体が不明だとしても行かない訳にはいかないだろう。
エマ、ニュンフェ、シュヴァルツによる戦闘も中断され、二人はシュヴァルツの後を追うようにこの場を離れる。これにて、塔に居る全ての主力が左側の方へ向かうのだった。