七百九十話 フォンセvsグラオ
──"ビオス・サナトス・幹部の塔・裏側"。
「"終わりの炎"!」
「おや? まだ魔王の力は使わないのかい?」
至るところで戦闘が始まっている現在、フォンセが禁断の魔術からなる炎でグラオを狙った。
しかしグラオは動じず、軽く腕を振るって炎を消し去る。それどころか、魔王の力を使っていない事に落胆の色を見せている様子だった。
フォンセは笑って返す。
「ふふ、そんな力を使ったらこの世界が消え去ってしまうだろう? 外に出たから禁断の魔術くらいは使えるが、お前の望む魔王の魔術ならこの銀河系すら消し去ってしまう」
それは比喩や誇張ではなく事実。
魔王の魔術の力を落とす事も出来るが、それはグラオの望む魔王の魔術ではない。グラオが望むのは前述したような銀河系を消し去りこの宇宙すら揺るがし崩壊させる程の魔術だろう。
次はグラオが笑って返す。
「ハハ。確かにそうだね。この世界は僕達にとっては狭過ぎるんだ。この星で一番広いってされる海で戦ったとしても海の水が全部無くなっちゃう。全力を出して戦うには本当に宇宙くらいには飛び出さなくちゃね」
この世界は、世間一般からすれば相応の広さを誇っている。しかし、グラオ達からすれば狭過ぎるという評価が合っているレベルには狭く感じていた。
一挙一動で惑星や恒星を粉砕し、太陽系から銀河系などの範囲まで消し去れる存在が連なるこの世界。それを考えたら世界が狭く感じるのは当然だ。
「しかしお互いの目的上、この場を離れる訳にもいかない。残念ながら今回はお前の望む戦いは出来ないな」
「まあしょうがない。けど、君は力を抑える必要があるとしても、僕は周りを気にする必要が無いからね。まあ、僕たちとしても兵力を集める必要があるからあまり本気では戦えないけど、君よりは本気で戦えるかな」
「そこが問題だ」
それだけ言い、大地を踏み砕く勢いでフォンセの元に加速するグラオ。フォンセは魔力を込めてグラオに向き直り、掌を翳す。
「まあ、守護方面でならお前の望む力を使えるかもな。──"魔王の守護"……!」
「へえ?」
漆黒の魔力が黒い壁を形成し、グラオの拳を受け止めてその身体を弾き飛ばした。
弾かれたグラオは空中で一回転して着地し、フォンセの形成した壁を見やる。
「硬くて柔らかい壁だね。確かにその方が砕け難いけど、ずっと護っている訳にはいかないんじゃないかな?」
「ああ、そうだな。そのうち攻めてみるとするさ」
同時にグラオは一瞬にして移動し、後ろへ回り込んでフォンセの背後から回し蹴りを放つ。それを黙視したフォンセが守護壁の一部を伸ばして防ぎ、二つの衝突によって回りの生物兵器が消滅した。
「ふうん。この魔力、生物兵器の不死身を無効化する力があるんだ。まあ、魔王の力だしそれでも別に不思議じゃないんだけど、物理的攻撃から異能の類いまで全てを防ぐ守護壁。良いね」
その余波によって消滅した生物兵器の兵士達を見やり、魔王の魔力には無効化の力が宿っていると見抜くグラオ。
今フォンセが使ったのは物理的な攻撃に対しての守護壁だが、魔王の力であるが為に異能の類いを無効にする力も備わっているらしい。一つの力であらゆる攻撃を受け付けない守護壁。それはかなりのものだろう。しかしグラオは構わずに嗾ける。
「まあ、君が全力を出せない分、この守護壁にそれなりの力を使おうかな?」
「……っ」
そう言い、それなりの力を込めた拳が壁に当たった瞬間、フォンセの生み出した魔王の魔力からなる守護壁を粉砕した。
その衝撃は凄まじく、守護壁を創り出した本人であるフォンセの身体も吹き飛ぶ。吹き飛んだフォンセの身体は後ろの塔に激突し、塔を包む防御壁のお陰で塔は砕けなかったが辺りに衝撃が広がって砂塵を舞い上げた。
「あらら。それなりの力を使ったら一撃か。まあ今の力は精度を高めた守護壁という訳じゃなかったからね。あくまでさっきの攻撃を防げれば良いという考えからなる守護壁。役目を終えたらそれなりの力で砕けるのも頷ける」
「そうだな。しかし、攻撃を食らった事に変わりは無いからな。私もそれなりのダメージは負った……」
一撃で砕けた守護壁に拍子抜けした様子のグラオと、砂塵の中から覚束無い足取りで姿を見せるフォンセ。やはり一撃とは言え、魔王の力を使っていないフォンセには手厳しいのだろう。
即座に回復魔術で傷は癒したが、今の実力差からしてまともに戦う訳にはいかなそうである。
「やはりやり方は限られてしまうか……!」
だが塔を護る為に退く訳にもいかない。フォンセは魔力を込めてグラオを狙い、その魔力を解放した。
「"土の壁"!」
「……?」
それと同時にグラオの周りへ土魔術からなる壁を造り出し、その姿を囲う。グラオは小首を傾げているが、フォンセは間を置かずに嗾けた。
「"圧縮"!」
土魔術の壁が一気に迫り、グラオの身体を押し潰す。当然これだけでは大したダメージにならないだろう。なのでフォンセは更に続ける。
「"蒸し焼き"!」
土魔術の壁を業火で包み、一気に温度を上昇させて蒸し焼き状態へと変える。熱が壁を伝達する事で高温となり、それが暫く続く。常人なら数分居るだけで死するだろう。
「この程度? 何か期待外れだなぁ」
──最も、それは常人ならの話だが。
常人には程遠い存在であるグラオは壁を砕き、その衝撃波で周りの炎を消し去る。その表情には落胆の色が見えており、フォンセの力にガッカリしていた。
ライが無理なので魔王の力を扱う事が出来る且つ、戦った事の無いフォンセを選んだグラオだが、場所が場所故に思う存分力を扱えないフォンセの相手をするのは退屈なのだろう。
しかしフォンセは変わらず笑っていた。
「ふふ、案ずるな。私の下準備は既に終えた。此処からが本番だ」
「……下準備? これは期待出来そうだね……。……うん?」
グラオがそう言った瞬間、その身体が浮き上がった。
その感覚にグラオは小首を傾げ、辺りに注意を向ける。そして理解した。
「ああ、成る程。熱による上昇気流を作ったのか。確かに僕は土魔術の壁を砕いたけど、さっき使った魔王の守護壁の欠片……それを新たな壁にしたんだね」
「ああ。欠片でも魔王の力。その強度は随一だ」
フォンセの使った力は、炎から発生した熱による上昇気流。温められた空気は空へと昇る。常識である。
それは本来、熱源の近距離か周りに壁がある時に風が吹く事で発生するが、頑丈な壁に高熱の業火と既に準備は終わらせていたのだ。
グラオが空気を蹴ればこの上昇気流も無意味に終わってしまうが、フォンセはその様な過ちを犯さない。故に、少し浮き上がったグラオ目掛けて更に連撃を噛ました。
「"上昇気流"!」
炎とは違う、風魔術からなる上昇気流で更に上へと突き上げる。おそらく現在位置は上空数千メートル。フォンセ自身もそこへ行き、目の前に居るグラオへ片手を翳す。
「"魔王の衝撃波"!」
「……っ。成る程ね……!」
そして放った、魔王の力からなる衝撃波。自由の利きにくい空中にてそれを受けたグラオは成す術無くそのまま吹き飛び、複数座の山々を粉砕して遥か彼方に広がる海へと落ちた。
それによって大きな水飛沫が上がり、フォンセは空中浮遊しながら次に備える。
「……。空中なら、下方に伝わる余波は少なく済むって訳ね!」
「ああ、その通りだ」
予想通り現れたグラオは先程と打って変わり、嬉々とした表情で拳を放つ。フォンセはそれを見切り、紙一重で躱した後にグラオの下方へ移動して魔力を込めた。
「空中ならある程度の本気は出せるからな。"魔王の風"!」
それと同時に魔王の魔力を用いた風魔術を放ち、空を割ってグラオを遥か上空へと吹き飛ばす。
フォンセが発生させた上昇気流によって舞い上げられた空。そこならばフォンセもそれなりの本気を出せる。事実、今のところは少しフォンセが押しているかもしれない。
「良いね……この感覚……!」
足元から放った風魔術によって更に舞い上げられたグラオは大気圏を突き抜けて宇宙へと吹き飛び、偶々近くまで来ていた隕石群を足場に加速し、今居る惑星に戻る。
その衝撃で飛来していた隕石群は全て消滅したが、それはグラオにとって大した問題ではない。気にせず戻り、数センチが数十キロ程の差となる宇宙から一寸の狂いも無く元居た場所へと戻って来た。
「ハハ、それでこそ僕が期待した戦いだよ!」
「しつこい奴だな……!」
そこからグラオは体勢を変え、空気を足場に少し移動しつつ片足を突き出してフォンセに蹴りを放つ。
対するフォンセは宇宙に飛ばしても問題無く戻ってきたグラオを前に悪態を吐き、片手に魔王の魔力を込めた。
「そろそろ終われ! グラオ! "魔王の手"!」
「嫌だね! ……そぉら、よっとォ!」
魔王の魔力からなる魔王の手。それは亜光速に達したグラオを正面から受け止め、二人の身体が勢いそのまま落下する。
このままでは二人の落下によって巨大クレーターが形成されてしまうのは目に見えている。しかし勢いは収まらず、グラオの蹴りとフォンセの魔王の手のぶつかり合いは地上を大きく振動させた。
「どうやら大きな破壊は免れたようだな。魔王の魔力がそのままクッションになるとは。これが自分にとって都合の良い現象を引き起こす力の一角か……」
「良いね。やっぱり戦いはこうでなくちゃ」
そして落下した二人だが、無事なのは前提としてフォンセは周りへの被害が少ない事に安堵していた。
魔王の自分にとって都合の良い現象を引き起こす力が発動したのかは不明だが、周りが無事ならそれで良いだろう。グラオも先程よりテンションが上がっており、二人は再び構え直した。
「……。……む?」
「うん?」
──その瞬間、別方向から巨大な槍が塔の一部を削りながら突き出し、フォンセとグラオの近くを横切る。
二人は即座に反応を示してそれを避け、互いの動きを警戒しつつ槍の方を一瞥した。
「あれは……槍? となるとハリーフの能力か。しかし、どういう訳だ? 私が貼った防壁。そう簡単に破られる訳が無い筈なのだが……」
フォンセが塔に貼った壁は、かなりの強度を秘めている。山河を砕く一撃や星の表面を削る一撃でも傷が付かない程には力を入れていた。
しかし本気でも星の表面を削り取るのがやっとなハリーフの槍魔術で塔の一角が砕けてしまった現状、それはおかしな事である。
一方でグラオは訝しげな表情をする。
「ハリーフ。……成る程ね……」
「……?」
そんなグラオを見やり、フォンセは小首を傾げた。お互いに警戒を高めていた現在だが、グラオからフォンセへの注意が無くなったのだから当然だ。
それを訊ねようとする前にグラオはフォンセを一瞥する。
「悪いね。非常に勝手だけど、今回の戦いは此処で切り上げるよ。じゃあね」
「あ、オイ待て!」
その言葉に返す暇もなく、グラオの姿は見えなくなった。しかしあのグラオが戦闘を放置してまでハリーフの元に行くとは、実に奇妙なものである。
そうなるとフォンセの行動は一つだろう。
「行ってみるか。塔の左側へ……!」
それを確認するだけである。
生物兵器の兵士達はまだ居るので裏側の出入口を魔術の防壁で塞ぎ、フォンセはグラオの後を追うように塔の中へと入っていく。
フォンセとグラオの織り成していた戦闘。それは、グラオが感じたハリーフの異変によって中断された。