七百八十七話 表側への侵略者・出揃う主力
──"幹部の塔・表側"。
「……。妙だな。ライたちが向こうに行ったにも拘わらず、音沙汰が無い」
「そう言えばそうですね。ハデスさんも行ったみたいですし、仮に数百キロ離れていたとしても轟音と舞い上がる粉塵が見えてもおかしくない筈なのですが……」
次第に全主力が集いつつある"ビオス・サナトス"の幹部の塔にて、表側ではそこに到着したエマとニュンフェがライたちの行った方向を見てその静けさを気に掛けていた。
というのも、強者同士が争えば周りの被害が甚大になるのは目に見えている。なのにそれが無いというのは不自然だろう。となると考えられる線は一つ。
「もしかしたら、宇宙か別の空間に移動でもしたのかもしれないな。様々な能力を取り込んだヴァイスならそれも出来るだろう。もしかしたらハデスにもその様な力があるかもしれないがな」
それは、空間その物の移動という事。
ハデスの移動術を知らないので、使えるかもしれないと思ってはいるが主にヴァイスの力によるものと考えている。しかし戦闘の余波が無い理由は宇宙に行ったか別の空間に行ったかくらいしか無いだろう。
ニュンフェもエマの言葉に頷いて返す。
「そうですね。世界的に見て上位の実力を持つ者は自身で空間を自在に形成する程の力を有している事が多いですし、ハデスさんにしてもヴァイスにしても今回もその線は有り得ます」
「ああ。思う存分戦える事と被害を抑える事にもその方が最適だからな」
一先ずはライたちが別の場所に移動したのだろうと結論付けて話を終わらせる。
そして改めて前方を見やり、攻めて来る敵の兵士達に注意を向けた。
「他の場所に比べると通常サイズの生物兵器の兵士達は少ないが、その代わり巨人の生物兵器の兵士達が何体か居るな。ライたちなら問題無く対処出来るが、あの巨体……私たちでは完全消滅させるのが難しいぞ」
巨人の生物兵器は、エマとニュンフェにとって相手が難しい存在である。
簡単に言えばよく見る生物兵器の兵士を巨大化させた存在なので不死身の肉体に純粋な腕力。武器を扱える技術などと、その全てが数十倍の力となっている。巨腕を振るえば山河は砕け、進行するだけで周囲には多大なる被害を及ぼす。にも拘わらず細胞一つも残さずに消さなくてはならないので、だからこそライのような力。レイのような武器。フォンセやリヤンのような異能を持たぬエマとニュンフェにとっては辛い相手なのだ。
それを聞いたニュンフェは神妙な顔付きで返す。
「ええ。けど、一、二を争う程に重要な役割である表側の見張り。その任務を果たす為にも文句は言っていられませんね」
「そうだな。なら、取り敢えず仕掛けてみるか。私に考えがある。だから先ずは私が向かうぞ」
「はい。エマさん。お気を付けて」
しかし、エマに策が無い訳ではない。何かの考えはあるらしく、それを一人で遂行する為にニュンフェへ待機を申し出、傘を片手に蝙蝠の翼を広げて巨人の生物兵器目掛けて飛び立った。
エマが一人で行ったからには何かの考えがあるという事は理解出来る。なのでニュンフェは言われた通り待機する。
「エマさん。何かの考えがあるんですかね」
『まあ、頭はキレる。我々も待つだけだ』
『俺はよく分からねえけど』
「私たちも分からないな。だが、取り敢えず待機はしておこう」
エマの行動に、多少の疑問は持っている兵士たちだがちゃんと待機はするらしい。今の指揮官はエマとニュンフェ。エマが飛び立ち、ニュンフェがそれを待つというのならそれに従うまでである。
それから数分。何やら巨人の周りを何周か飛び回ったエマが表側の警備に戻ってきた。
「まあ、これくらいで良いだろう。目的は達成させた」
「見たところ様子は変わりませんが……一体何を?」
「ふふ、今に見ておくが良いさ」
一見すれば巨人兵士達の周りを回って挑発していたようにしか見えない。それを疑問に思って訊ねたニュンフェだが、実際に何かを終えてきたらしいエマの言葉に従って巨人達の方を見た。
そして次の瞬間、数体の巨人兵士が周りの巨人兵士に仕掛け、足元に居る生物兵器の兵士達を踏みつけ砕き破壊していた。
その光景を見たニュンフェはハッとする。
「同士討ちを引き起こしている……? ……! 成る程。催眠ですね。エマさん」
「ご名答。私たちからして厄介な存在は向こうからしても同じ。つまり、催眠で少し暗示を掛けて同士討ちを命じたんだ。感情も何も無い生物兵器だからこそ、記されている命令を変えれば此方の味方にするのも楽なものだ」
──エマの使った能力、催眠。
敵の数が多い場合や厄介な存在が居る時にそれを掛ければ此方の味方にする事が出来る。なのでエマは数体の巨人兵士と数十人の生物兵器達を操り、同士討ちを命じたのだ。
生物兵器には感情や、一から操作しなくてはならない程に複雑な思考回路は持ち合わせていない。なので念力のような力でヴァイス達に命じられた事を書き換えれば此方の味方になるのだ。
書き換えるというのは、強ち間違った表現ではない。生物兵器には敵を討つ以外の命令は与えられていないので、指示を出す細胞を少し弄る事で書き換える事も可能なのである。
因みに人間・魔族・幻獣・魔物など、ちゃんとした意志がある者に与える催眠は幻覚や幻術など様々な力を使っている。脳操作だけでも命令には従うが、生身の者だと意思を取り戻す危険性があるので合理的ではない。脳操作のみで操る事の出来る生物兵器は楽なものである。
「味方ながら恐ろしい力ですね……それもヴァンパイアとしての力ですか……」
「まあ、そうだな。色々確かめた結果、私にも超能力のような事が出来る事が分かった。元々使える催眠も天候を操る力も、念力のようなモノからなる力だからな。それを突き詰めれば自ずと私自身に超能力が宿っていると推測出来た」
「成る程。けど、エマさんの場合は主に念力が中心のようですね」
「みたいだな。やろうとしても"テレポート"や"千里眼"。その他の超能力は使えなかった。"念力"の派生であるパイロキネシス辺りは使えそうだがな」
元々催眠などが使えるのは知っていたニュンフェだが、それが超能力のような力だとは知らなかったので素直に感心していた。
因みに今の会話は人間の国の兵士達には聞こえないようにしている。エマが人間の天敵であるヴァンパイアと知られたら無害と証明するのが面倒だからだ。
二人は会話を終わらせ、改めて見張りに集中する。
「さて、そろそろ仕掛けて来そうだな。完全に未来を読む"未来予知"は使えないが、推測による未来予測は可能だ。この様に話が纏まったタイミングで攻めて来る事が多いからな。向こうの主力は」
「そうですね。その瞬間が一番隙が生まれると理解しているからこその行動でしょう。後は話に割って入って来たり、確実な隙を突いて攻めてきますからね」
ヴァイス達が仕掛けてくるタイミングは、今までのパターンから二通りに分かれていると分かった。その何れも隙が生まれる瞬間なので、ヴァイス達はそれを狙って行動しているのだろうという事が窺えた。
なのでエマとニュンフェは会話に一区切りが付いたところでも気は抜かず、周囲の気配に集中する。
「何だ。バレてんのかよ。じゃ、隙を窺う暇もねェみてェだな」
「……。言ってる側から」
「来ましたね」
──そしてその瞬間、エマとニュンフェの予想通り入ってくる一つの声があった。
それを聞いた二人はやはりかと肩を落とし、その声の方向に視線を向けた。
「貴様は……シュヴァルツか。てっきりマギア辺りが来るかと思っていたが……その予想は外れてしまったな」
「貴方でしたか。私にもそれなりに借りがあるので、この場で晴らしましょう」
「ハッハ! 良いな! 最初から好戦的で乗り気! 非常に異常に良い!」
「……っ! 敵だーッ! 敵の主力が現れたぞォ!!」
『総員、体制を整えろ! 臨戦態勢に入る!』
『「……!」』
現れた者、ヴァイス達の中でも古参のシュヴァルツ。
エマとニュンフェは即座に態勢を整え、味方の兵士たちも周りへ指示を出して陣形を変化させ、エマとニュンフェの邪魔にはならないシュヴァルツに対する警戒網をこの場で張り巡らせた。
しかし当のシュヴァルツは大変楽しそうに獰猛な笑みを浮かべていた。
「ハッハッハ!! 良いじゃねェか! これだよこれ! この緊張感! 危機感! まるで餓えた猛獣を目にした草食動物のような警戒心! ま、此処には猛獣みてェな奴らは沢山居るが。……それは捨て置き、悪くない感覚だぜッ!」
「さっきからテンションが異常に高いな。何か悪い物でも食ったのか?」
いつになくハイテンションのシュヴァルツに、エマは小首を傾げて訊ねる。今のシュヴァルツがそれ程までにおかしいのだから当然だろう。それなりに因縁はあるので気に掛かったのだ。
シュヴァルツは高らかに笑って返した。
「ハッハァ! 楽しいからに決まってんだろ! テメェらと分かれた後にも侵略活動はしているが、張り合いのある相手がいなかったからな! やっぱ戦いってのは血湧き肉踊るモノに限る!」
「やれやれ。それにつけても何時もより騒がしい気がするな。しかしまあ、敵の主力が現れたなら好都合。さっさと片付けてみるか」
「そうですね。皆さん! 皆さんは外の警戒をしつつ、他の主力に気を付けてください! 私とエマさんで相手をしておきます!」
「「はっ!」」
『御意!』
『承知!』
ニュンフェの指示に敬礼をして返し、表側の見張りを続け周りの警戒も続ける兵士たち。
エマとニュンフェの元にシュヴァルツが来た事によって、塔に居る全主力が対峙するのだった。
*****
「チッ、そう言やアイツらにゃ雷速でもあまり関係ねェって事を忘れてたぜ。ハリーフも身体能力を向上させたからな……。……ま、それはいいか。となると俺の仕事は住人と兵士達の拉致か。面倒臭ェな」
全主力が対峙したところで、主力達の戦いに間に合わなかったゾフルが残念そうに独り言を呟いていた。
ゾフルも雷速で主力を探していたが、先に行動を起こしていたヴァイスとハリーフは捨て置き、グラオ達は全員が雷速以上で動ける。なので間に合わなかったのだろう。
しかし間に合わなくともやる事はある。どちらかと言えば本筋がそれだ。住人や兵士たちを攫う事で選別を行うので、ゾフルはその為の行動を開始した。
「さて、単純に考えりゃ非戦闘員は比較的安全な中央に集めている筈だよな。外から攻めた方が良いか、内部から落とした方が良いか。楽しさで言や色んな奴と対峙出来る内部から攻める方が良いが、他の奴らの邪魔をする訳にもいかねェよな。となるとやっぱ外から攻めるべきだろうな」
楽しさよりも目的優先。というより今回の場合は味方の邪魔をしないように外側から攻めるらしい。しかし目立たぬ方を選んだ事から、塔の中に居るレイたちにとっては厄介な事になりそうである。
「さて、とっとと終わらせて俺も俺の楽しめる環境を作るとするか」
身体を雷へと変換させ、周りに紛れて雷速で移動を開始するゾフル。その間にもゾンビ達やリヤンの生み出した兵士、具現化した死霊に催眠で操られた生物兵器達が襲って来たが、炎で焼き払い霆で感電させ、軽く振り払って目的を優先する。
ライたちとハデス達。そしてヴァイス達。全ての主力が出揃った現在、戦況が更に激しくなり、その波が広がっていくのだった。