七百八十六話 中央と右側への侵略者
──"幹部の塔・中央"。
「……。裏側の方が少し騒がしい……さっきから左側の方も……敵の主力も攻めてきたのかな……」
全方位を見張る塔の中央にて、周りの様子に集中していたリヤンがその気配を察知していた。
リヤンの探知能力は此処に居る主力達全員の中でも随一。だからこそより気配を強く感じるのだろう。
『確かにそうですね。何やら爆発のような音も聞こえてきました。生物兵器は依然として外に居る様子。敵の主力……その通りだと思いますよ』
「ええ。騒音と振動。諸々を踏まえて敵の主力でしょうね」
『そうだろうな。ハッ、一体何処から現れたんだろうかね。さっきまで微塵も感じなかったのにな』
「そうなってくると向こうも本格的に攻めて来たという事か。ハデス様は問題無いとして、住民たちは無事だろうか」
中央地に居る者達はリヤンだけではなく、全員が気配をそれなりに感じる事の出来る人材だ。
周囲には四方を見渡せる見張り窓もあり、気配も感じるので周りの様子は鮮明に分かっていた。
感じた気配から入り込んだのは数人の主力のみ分かっており、まだ他の主力たちが対処出来ている。それを踏まえ、多勢の生物兵器の兵士達に侵入された訳ではないのでまだ余裕はあるが、それでも全員に緊張が走っていた。
「えーと……もう攻められているから見張りのしようもないし……生物兵器を迎撃する訳でもないし……どうすればいいのかな……」
緊張は走っているが、実際のところ何をすれば良いかよく分からない様子のリヤン。この様に中枢を任される機会などほぼなく、他人に命令を下す事にも慣れていないのでリヤンにとっては大変な役割だった。
『そうですね……我らの役目は敵の兵士を打ち倒す事もありますが、この中央地は此処から四方や住人達の居る場所へ他所に比べて簡単に移動出来ます。故に、他の場所の手助けが主な役割と考えて良いですよ。先程フォンセ様が防壁を貼って下さったので遠距離からの攻撃には対応出来るものとなりました。主な戦闘は近接戦になる事を踏まえて行動しましょう』
「うん……分かった……」
見張りというものは報告と最低限の迎撃が主な役目。しかし既に見張りの意味を成していないので、今は住人の護衛と他所への手助けを中心に行動する事にした。
そもそも中枢である中央に攻め込まれては此方が押されているという事になる。幸いまだそれは無いので、いざという時の為に英気を養いつつ待機するのが今やるべき事だろう。
「じゃあ……外の生物兵器は多いから少し手助けするね……」
そう言い、リヤンは攻め込まれぬよう外に向けて手を翳した。
それによって武器を構えた無数の兵士達が現れ、一糸乱れぬ動きで死霊やゾンビのように生物兵器の相手をする。
『今のは……魔族の国支配者の側近が使っていた人間の災害魔術……! リヤン様、貴女は……』
「大丈夫。みんな味方。あれくらい問題無い」
『は、はあ……』
そう、それは魔族の国支配者の側近、アルモ・シュタラが使っていた人間を生み出す災害魔術。
人災を具現化させたその力からなる兵士達は人災の元である武器や兵器を所持しており、いつでも戦えるように構えていた。
それを見た幻獣兵士がリヤンに指摘しようとしたが、余計な事を聞かれる前に支離滅裂な事を言って誤魔化す。取り敢えず今の状況が状況なので、冷静になって考えられてしまえば言い逃れ出来ない力だとしても、今なら問題無く行えるようだ。
『フム……奇妙な力を有しているな。主、どうやらかなりの実力者。私にとっても当たりの存在みたいだ』
「……!」
──瞬間、唐突に掛かった声によって全員の視線が声の聞こえた方向を捉える。
それと同時に臨戦態勢に入り、リヤンも力を込めてその存在に構えた。
「貴方は……悪神ロキ……!」
『ああ。久しいな。……えーと……何と言ったか』
──その者、炎を司る悪神ロキ。
ゴクリという兵士達が生唾を飲み込む音がリヤンの耳にまで到達し、中央地で木霊する。それがその存在に対する危険度を示していた。
『やはり主力クラスが来たか……!』
「リヤンさん。指示を」
『受けて立つぜ……!』
「悪神ロキ……まさか本当に居たとはな……!」
ロキの存在を確認した瞬間、武器を構えた兵士たちがリヤンに指示を求める。先程まで張り詰めた雰囲気だったがこの切り替えの早さと精神力は流石という事だろう。
魔族・幻獣・魔物の兵士は元々この様な状況に出会しているので頷けるが、人間の兵士も相応の覚悟はあるようだ。
そんな兵士たちの言葉を聞き、リヤンは頷いて返した。
「うん……じゃあみんな……下がってて……私がやる……!」
『『……!』』
「「……!」」
リヤンは、兵士たちが戦闘に赴くのではなく下げ、自分だけが戦うと告げた。
それを聞いた兵士たちには困惑の色が見え、一瞬呆気に取られて次の瞬間に弾けるようにリヤンへ言葉を発した。
『リ、リヤン様! 確かに我々だけでは実力不足は否めませんが、一人で戦うなど!』
「危険だぜ。リヤンさん。俺たちにも肉壁くらいにはなれる」
『俺は肉壁になる気は無いが、危険なのは同意だ』
「敵の主力。実力は相応のものだろうに」
「大丈夫……向こうも一人……」
一斉に発せられた言葉に向け、何でもないように返すリヤン。人数どうこうのそう言う問題ではないのだが、リヤンの意思は固かった。
『フッ、まあどうでも良いだろう。私は構わず仕掛けるだけさ』
「来る……!」
『『……!』』
「「……!」」
そのやり取りを見ていたロキが炎を放出し、リヤンが土魔術からなる壁でその炎を防いだ。
土魔術の壁は炎に焼かれて崩壊するが背後に居る兵士たちは護れた様子。ロキは笑い、更に続ける。
『さて、味方を守りながらの戦い……何処まで持つかな?』
「貴方が倒れるまで……!」
不敵な笑顔のロキに依然としてあまり表情の変わらないリヤン。しかし互いにやる気はあるらしい。
神の子孫と悪神。二つの神による戦闘が始まった。
*****
──"幹部の塔・右側"。
『退屈ね。何かして遊びましょうか?』
塔が攻め込まれている中、塔の右側にて退屈そうに下方の様子を眺めるヘルがペルセポネへそう訊ねた。
それを聞いたペルセポネは呆れたように言葉を発する。
「貴女……そんなので魔物の主力が務まっているの? ああ……でも魔物の国って結構自由なんだっけ」
『そうよ。それに、私の住んでいる場所はヘルヘイムだし、あくまで魔物の国が拠点なだけで全員がそこに住んでいる訳じゃないもの』
「へえ。国によって色々と違うのね。あ、でも街が少ないから他国にとっての幹部の街が棲み処になっているのかしら」
『まあそんなところね。けど、本活動している場所は国と違うというのは貴女も似たようなものじゃない』
国が違えば文化も違う。それは当たり前だ。
他の国では幹部が自分の治める街を持ち、そこに拠点を構えて内部での交易や外交などの政治を行っている。しかし街の少ない魔物の国では基本的に支配者の街におり、何かあれば幹部たちが集って会議を行うなどある意味で国民の自由を尊重している。
それもあるのでヘルのように国には住まずその時だけ集まるような習慣も少なからずあるのだろう。ヘルの言うように自分もどちらかと言えばその様なやり方であるペルセポネは文化の違いに感心していた。
「そうね。私の拠点……というより活動場所は人間の国より冥界の方が多いもの。私も貴女寄りだわ」
『冥界とヘルヘイム。場所と名前は違うけど、死者の国という点も共通しているものね』
ペルセポネにヘル。性格などが違っていても、実は共通点は多い存在である。死者の国に関するものは様々。それなので必然的に似るのだろう。
下では未だに生物兵器の兵士達とゾンビ達が戦っている。互いに破壊し破壊されの応酬だが、再生能力の無いゾンビ達が徐々に押され始めていた。
「貴女の兵士。そろそろ限界みたいね。ゾンビは恐怖も痛みも何も感じない存在だけど、肉体のダメージはそのまま。身体がそれなりに持って時間を稼げるとしても、それも時間の問題みたい」
『そりゃあね。例えるならあの生物兵器の兵士達は不死身以外の特殊能力を持たないゾンビのようなもの。腕力だけなら鬼クラスはあるけど、基本的に命令された動きのみをしているだけ。だけどその再生力と腕力がある分、私のゾンビ兵士達がやられるのは当たり前。当然。必然的よ。生きていても動けなくちゃ意味が無いもの』
肉体の破壊による損傷は再生しない。それがゾンビの特徴。もう既に死んでいるので死にはしないが、それがあるから脳などを破壊されてしまえば肉体の動きが停止するのだ。
そんなゾンビ兵士達なので押されるのは分かりきっていた事。敵の進行をそれなりに止められただけで十分仕事はしただろう。
「何とも言えぬ雰囲気だな。これがあの世を治める存在の二人か……」
「魔物の国の主力……命を粗末に扱うところはあるが、ペルセポネ様と意気投合している……?」
『少しばかり騒がしくなり始めている。一応我らも準備はしておくか』
『フッ、ヘル様も嬉しいようだな。魔物の国ではあんな顔見せた事が無い』
二人のやり取りを見、周りの兵士達も雑談を始めている。それは主力クラスが居るという安心感からなる余裕だろう。実際、幹部に側近という存在が二人も居て安心しない筈も無い。
そんな空間が広がる中、戦時中の平穏を破る存在が姿を現した。
「暇なら私と遊ばない。死者の国の女神と冥界の女王さん♪」
「『……!』」
それは軽く、弾むような声。
ヘルとペルセポネはピクリと反応を示し、ゆっくりと声の方向を振り向いた。
『あら、いらっしゃい。マギア。久し振りね。"世界樹"以来かしら? 意外ね。貴女は私達の方に来たんだ』
「久し振りー! それがねえ、やっぱりエマの方が良いかなぁって思ったんだけど、貴女にも会いたかったからねぇ。ヘル!」
その者、マギア。
マギアは明るい声音で話、ヘルも余裕のある雰囲気で返す。周りの兵士達には緊迫した空気が広がっているがそれに合わない明るさ。そんな二人とは裏腹に、ペルセポネがいち早く反応を示した。
「態々《わざわざ》私達の前に来るとはね。余裕があるのね、貴女!」
「うん。そうだよ♪」
片手から茨を生み出し、マギアに向けて放出する。棘のある茨は鞭のように撓り、縦横無尽に進んでマギアの身体を拘束した。
「これでも余裕があるのかしら? 貴女……このまま頭と上半身と下半身。四肢を引き千切るけど覚悟はある?」
「まあ別に千切られても死なないんだけど。醜態を晒す訳にはいかないよね。"炎"!」
縛り付けられた茨を焼き払い、拘束から抜け出すマギア。棘によって空いた穴は即座に治り、無傷の姿でペルセポネに向き合った。
「再生能力持ち? 面倒ね。確かアンデッドの王、リッチだっけ?」
「そうだけど……あまりその名前で呼ばないで欲しいなー。怒りで目的が達成出来なくなっちゃうから」
「自分の種族が嫌いなんて珍しいわね。その種族の中で自分が特別であると思い込んでいるモノに出やすい傾向だけど……貴女もそんな感じ?」
「うーん、何でだろうね。リッチって呼ばれるのは嫌いなんだよね。いや、理由は分かっているんだけど、無性に腹が立つの。自分の種族は別に問題じゃないよ。アンデッドにならなかったら貴女達の支配者みたいな全知全能になれないしね♪」
アンデッドであるマギアの肉体も不死身。生物兵器と違い、かなりの知能に力。加えて不死身の肉体とはかなり厄介な存在である。
しかしペルセポネは特に驚かず、周りの兵士達に指示を出した。
「アナタ達には此処の警備を任せるわ。ゾンビ達が押され始めているから、もし生物兵器が来たら対処して頂戴。私は外で彼女と生物兵器を相手にしておくわ」
「はっ。分かりました」
『お気を付けて』
「此処は任せな」
『まあ、それが一番の得策だな』
再び茨を嗾けてマギアを拘束し、窓から外へと飛び出す。マギアを強敵と見抜き、内部で戦う訳にはいかないと判断したのだろう。
敵の実力は兵士達もある程度理解している。なので引き止めず命令に従った。
「一緒に来て貰うわよ?」
「良いよー。どの道貴女達も連れる予定だし♪」
『私はどうしようかしら?』
飛び降りた二人を見、悩むヘル。面倒事に進んで手を貸すタイプではないが、協力するという手前何もせず待機という訳にもいかないだろう。
『じゃあ、アナタ達。私も行ってくるわ。ゾンビ達を増やしておくから私達が戻るまで堪えてなさい』
『了解。ヘルさん』
「ハッ、上等だ」
『貴女もお気を付けて』
「ペルセポネ様を頼みます」
なのでペルセポネとマギアの後を追う事にした。主力が居なくなるので念の為に従順なゾンビ達を置いて行き、自身も戦場に赴く。
リヤンにロキとヘル、ペルセポネにマギア。身を潜めていた敵の主力達も、次第に姿を現していくのだった。