七百八十二話 挙兵
「正午の鐘……昨日は気付かなかったけど、この街にはこんなものもあるんだな」
「ああ。死者を弔う音。死者に時刻を伝える音。色々と言われてはいるが、先代ハーデースの時からある鐘だ。詳しい事は分からないな。数千年前の産物……とでも言うのだろうか」
重く、美しく鳴り響く正午を伝える鐘の音を聞き、その鐘を見て呟くライ。この街の幹部であるハデス曰く、様々な説は唱えられているが詳細は不明との事。先代ハーデースの頃から存在しているらしく、本当に古い鐘なのだろうと今一度見直した。
「死者を弔う音に時刻を伝える音……"死者"に"時刻"か。それがこの"大地"にある……まるで、アナタ達を表しているみたいだな。まあ、アナタ達はあくまで継承者。厳密に言えば先代の神々だ」
「成る程。先代……つまり伝承にあるハーデースの父親である時の神。それと母親の大地の女神か。時間と生と死。確かに私たちの象徴だな」
そしてこの鐘の象徴に一つの心当たりを思い浮かべて話す。
時間に大地。そして生死。それらが示すのは現在のハデスではなく神話の存在、先代ハーデースの血縁について。
もしも先代ハーデースの親がこの街を仕切っていたのならば、鐘がかなり古くとも納得出来るからだ。加えて時間を司る存在なので何らかの力を使えば本人が消えたとしても鐘を風化させずに半永久的に残せる筈。合点はいっていた。
そして先代ハーデースの母親だが、神々には大地や豊穣を司る者が多い。神自体が何かしらの恩恵を与える存在なので、必然的に人々にとって明確に恩恵と言える代物を司るようになるのは当然だ。つまりそれはこの国全体について言える事なのでこの街だけを表すとは限らないが、国全体にかつての神々の何か。名残が残っているのかもしれない事の表れだった。
「……。まあ、気にしていても仕方の無い事か。今はこれから来るであろう侵略者についてが第一優先だ。皆の者、心して掛かれよ」
「「「はっ! ハデス様!」」」
ハデスの号令に改めて気合いを入れ直す兵士達。ヴァイスの狙いはこの兵士達でもあるのであまり前線に出るのは望ましくないが、そうしなくては生物兵器の兵士達を全て止められなくなるだろう。
前線に出ても出なくても厳しい状況を強いられるかもしれない現在、早いところヴァイス達を片付けたいところである。
「一先ず正午は回ったが……まだ来る気配は無いな。まあ、奴等は気配を消せるから気配を探るのは難しいが……」
「そうだな。しかしまあ、仕掛けてくれば否が応でも奴等の気配を掴む事になる。油断はならないだろう」
正面をライとハデスが見張る一方で、裏側の警備に当たるエマとフォンセが会話をしていた。
そう、現在のライたちはライたち五人にニュンフェたち三人。そしてハデス達二人と計十人の主力を均等に塔へ配置しているのだ。
具体的に言えば前方は前述したようにライとハデスというこの場に居る存在では最強の二人。
そして森や山の多い裏側は迅速に対応出来るエマとフォンセ。
中央に危機察知能力が一番高いリヤンとニュンフェを配置して全方向の警戒をしており、山際で道が狭い左側にはレイとシャバハで純粋な戦闘に対処。
逆に開けた右側には死者の国の女神と冥界の女王であるヘルとペルセポネがおり、そこに兵士達は回さずヘルの生み出したゾンビ達が徘徊して全域を見守っている状態だ。
今回のライたちは完全にカウンターで迎え撃つ形の陣形を組んでおり、街の住人達は塔の大広間に避難していた。
一見すれば塔にのみ集中しており、街その物は捨てるような形だが、ライたちにも周りを巻き込まない策はある。何とかなるだろう。
何はともあれ、後はヴァイス達が攻めて来るのを待つだけの状態だ。
現在の人数は十人の主力と魔族の兵士百数人。幻獣兵士が七十匹後半から百匹の間。魔物兵士が五十前後にこの街の兵士が数千人。万までとは行かないが、それなりの数は集まっていた。
もっと巨大な街なら数十万人の兵士は居るが、調査に来たニュンフェたちの付き添い兵と比較的小さな街の兵士達しか居ないので万未満に収まったという訳だ。
しかし主力の存在はかなり大きい。ライ一人でも魔王を含めた完全なる全力を出せば全世界や全宇宙を相手に出来るので戦力的には十分だろう。
そんな主力たちが警戒しつつも各々で会話などをしながら敵を気長に待っていたその時──複数の重鈍な足音と共に"ビオス・サナトス"の街が揺れた。
『ウオオオォォォォォッ!』
『『『ウオオオォォォォォ!!』』』
「……! ……あれは?」
「バロールと……巨人兵士だ。ハデスさん……!」
「……。成る程、厄介かもしれないな」
現れた者、即死の眼を持つバロールに複数の巨人型生物兵器達。一瞬何が何だか分からなかったハデスはライから聞いて身構え、バロール達に向き直った。
しかしいきなりバロールを使ってくるとなると、今回のヴァイス達はかなり本気らしい。人間の国No.3の能力が手に入るのかもしれないのだから当然だろう。
この塔から見ても巨大な巨人達は街の建造物を破壊し、崩落させながら一気に迫る。元より高い建物の少ない"ビオス・サナトス"。家などはミニチュアのように軽々と破壊され、先程まで街だった物の残骸が辺りに転がっていた。
『『「撃てェ!」』』
ある程度接近して来たところに兵士達が大砲を放ち、バロールと巨人の生物兵器を撃ち抜く。轟音と共に巨大な爆発が広がり、周囲は黒煙に包まれた。
因みに生物兵器の存在や生物兵器が不死身である事も既に伝えている。なのでこの砲弾はあくまで足止めが目的のものだ。
事実、それによって巨人達の進行が一瞬止まる。その隙を突き、ライが一気に駆け出した。
「コイツらは俺が何とかする! ハデスさん! アンタはヴァイス達を探してくれ!」
「ああ、心得た!」
生物兵器を打ち倒せる者は主力クラスなら大半がそうだが、完全に消滅させる事が出来る者となれば限られてくる。ライもその一人なので一先ず生物兵器の相手はライが行うようだ。
一応、まだハデスに普段の態度は取っていない。話し方は普通で良いと言われたので普段のままだが人称は目上の者に対する言葉だ。自分たちも侵略者であるとバレているのかは分からないが、念の為に。という事である。
そんなライは塔を踏み砕く勢いで駆け出し、一気に加速して音速となる。ライにとってはまだまだ遅い速度だが、巨人の生物兵器相手ならこれで丁度良いだろう。加えて音速なら塔への負担はヒビが入る程度。逆に好都合だ。
瞬く間に巨人へと肉迫したライは魔王の無効化の力のみを纏い、その拳を打ち付けた。
「オラァ!」
『『『…………!』』』
その一撃で三体の巨人兵士を貫き、不死身の力が働かずに消滅する。
そう、貫いただけではない。後から衝撃が遅れて入り、巨人の生物兵器を完全に消滅させたのだ。
三体の巨人を討ち滅ぼすと同時に周りへ向き直り、次の刹那には半数の巨人兵士を一撃で消滅させていく。
「あれが少年の実力か。あの巨体を一撃で粉砕している。それも、細胞一つ残さずに消滅させているのか。やはり……」
次々と巨人兵士を打ち倒していくライを見やり、その力に感心するハデス。纏っているのが無効化の力だけとは言え魔王の力に気付いているのかは分からないが、その圧倒的な力には興味を持っているらしい。
しかし状況が状況なのでただそれを眺めている訳にもいかない。
「さて、敵の主力であるヴァイスとやらを探すとするか。まだ塔の内部には攻められていない筈。塔の見張りもしかと整えている。本隊は依然として塔の警戒。此処から主力を更に分け、別動隊として敵の詮索に移る」
「ハッ!」
「分かりました!」
「仰せのままに!」
ライと巨人兵士の戦いから目を逸らし、他の主力たちを含めて巨人が現れた場所の捜索に移るハデス。
宛も無く敵を探していては意味が無い。なので敵が攻めてきた位置を見極め、確実性を得た後でそこから探していく方向に持っていっているのだ。
様々な方角に主力を配置した理由もそれを考えたから。堂々と正面側から来てくれたのはハデスにとっても有り難い事なので早速その作戦を実行する。
「危険が多い事を踏まえ、私が行く。既に少年……ライが正面で戦っているから行くのは私だけで良い。後は着いて来るとしても距離を置いてくれ。正面の見張りは指示などにも慣れているであろう幻獣の国の幹部に任せる。それとヴァン……。金髪赤眼の少女に任せよう」
「はっ! 迅速に行動致します!」
「お任せあれ!」
かなりの危険が伴う事から行くのはハデスのみ。他の兵士も来るには来るが見送り程度で済ませるらしい。その代わりの正面の見張りは、見張るに当たって的確な判断が必要となるので幹部であるニュンフェと精神年齢の高いエマに任せた。
それによってフォンセとリヤンが一人になってしまうが、実力を考えれば一人でも十分だろうと判断したようだ。
冥界の王であるハデスはその立場からして多くの者を見ている。なので一目見ただけで全てでは無いがそれなりの実力は見出だしたと言った所だ。
レイにも相応の力はあるが、比較的自由なシャバハは命令を下し指示を出す事柄にはあまり向いていないので保留という事だろう。
自分が居なくなった後の事に対する指示を出したハデスはライに続き、正面の敵陣へと踏み込んだ。
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「どうやらもう幹部が動き出したようだ。私としては都合が良いけど、君達も準備は整っているね?」
「ああ、勿論だ。ウズウズして早く暴れてェところだぜ!」
「クク、同感だ。前は簡単にやられちまったからな……!」
ライたちが行動に移る中、"ビオス・サナトス"付近の拠点に居るヴァイス達も行動に移ろうとしていた。
しかしやはり、まだ塔の内部には入り込んでいないようだ。それなら不可視の移動術で侵入しても良いかもしれないが、ヴァイス達にはそれが出来ない理由があった。
「しかし、空間その物を塞ぐとはね。それも通常の空間じゃなくて"瞬間移動"や"テレポート"。不可視の移動術に対する妨害だ。冥界の王にそンな事が出来たなンて驚きだよ」
空間の閉鎖。それが理由だった。
どういう訳か、ヴァイス達は塔へとあらゆる移動術を用いても入れない状態にあるらしい。確かに冥界は現世と異なる世界であり、そこを支配しているハデスなら空間という概念を塞ぐ事も可能かもしれない。ヴァイスは完全な無表情で感心していた。
「まあ取り敢えず、この世界その物を防いだ訳じゃない。逆に私たちを誘い出し、一気に片付ける方向なのだろう」
「じゃあ、纏めて相手にすれば良いだけだね。ライ達と人間の国のNo.3。……楽しみだよ」
「ま、言ってしまえばそうだね。元よりそれ以外の選択肢は少ない状態。私たちの目的からして、選別対象となる彼らの力を目の当たりに出来るのは都合が良いね」
行動は決まっている。元々選別を行うヴァイスの対象にはハデスとペルセポネも当然入っている。なので迎え撃つ陣形を形成しているハデス達の考えは都合が良いのだ。
本人達からすればそろそろ頃合いである。とうとうヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、マギア、ゾフル、ハリーフ、ロキの七人も動き出す。
それによって、人間の国"ビオス・サナトス"での戦争が本格的に始まった。