七百八十話 朝方の来訪者
──"人間の国・ビオス・サナトス・宿屋"。
──翌日、ライたちは泊まっていた宿屋で目覚めた。
現在の宿屋にてこの部屋ではエマにも配慮してカーテンは締め切っており、部屋には日の光が入りにくくなっているが、そんなカーテンの隙間からほんのりと差し込む日光でそれでも確かに朝だと分かる感覚だ。
「……。おはよう。レイ、エマ、フォンセ、リヤン」
「……。おはよー。ライー……エマー……フォンセー……リヤンー……」
「ふわぁ。おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン」
「挨拶……ごくろぉ……ライ、レイ、エマ、リヤン」
「……。……おはよう……ライ……レイ……エマ……フォンセ……」
「皆おはよー! エマ! ライ君。レイちゃん。フォンセちゃんにリヤンちゃん!」
ライたち六人は挨拶を交わし、暫しボーッとする。
何時もはエマが見張っているのでエマだけは寝起きも何も関係無く通常と同じだが、今回はライたちの勧めでエマも休ませたのでほぼ全員が一時停止している状態だ。
そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はゆっくりと視線を向け、
「……で、何でアンタが居るんだよ……マギア!」
「……っ!」
「……。やはり……私は見張りとして起きておくべきだったか……!」
「起きて早々……厄介な奴が紛れ込んで居るみたいだな……!」
「……!」
目の前に居たヴァイス達の主力──マギア・セーレに警戒して話し掛けた。
何時忍び込んだのかは分からない。しかし昨晩から朝方に掛けてという事は確実だろう。ライたちは臨戦態勢に入り、マギアの出方を窺う。
「もう。そんなに警戒しないでよ。……って言っても無理な話だよね。私達の関係からして敵同士だもん」
「そんな事はどうでもいい。貴様、一体何をしに来た?」
おどけるように話すマギアに向け、エマが鋭い双眸で睨み付けて返す。
マギアは依然として変わらぬ態度で笑い、言葉を続けた。
「アハハ。相変わらず手厳しいなぁエマは。じゃあ、単刀直入に言うね。何時もは突然攻めて来ているけど、今回は予め宣言して置こうかなって。──今日の午後、私たちがこの"ビオス・サナトス"を襲撃するからよろしくね♪」
「「……!」」
「「「……!」」」
その言葉にピクリと反応を示すライたち五人。どういう風の吹き回しかは分からないが、この街の襲撃を予め伝えられた。
無論、それが嘘で変に警戒させているだけの可能性もある。しかしマギアの表情は相変わらずの軽薄なもの。表情から考えを読むのは難しいだろう。
それを聞いたエマは更に質問する。
「そうか。まあそれはいい。何れ戦う事になるのだからな。質問を変えよう。貴様、何時から居た? 私たちが寝ている間に何かしたか?」
襲撃の事はある意味普段通りなので特に追求はしない。最も気になったのは、寝ているライたち五人にマギアが何をしたのかについてだ。
ヴァイス達は生き物の細胞から様々な実験を行っている。つまり、仮にライたちから細胞の欠片が奪われただけで何かしらの影響が及ぶ事になってしまう。それは避けたいところである。
対するマギアは何でもないように話した。
「ハハ、ナニもしていないよ。皆の寝顔が可愛くて思わず襲いそうになっちゃったけど、エマ達からは何も取っていないよ。確かにエマ達の細胞があれば生物兵器を更に強化する事も可能だね。けど寝込みを襲うやり方は……ヴァイスたちは分からないけど私はしないよ♪」
どうやら何もしていないとの事。所々に不穏な響きの言葉は聞こえたが、取り敢えずは無事らしい。
しかし寝ていたとはいえ、ライたちの誰も気付かなかったとはと五人は反省する。それと同時に、ライは一つ思い付いた。
「もしかしてアンタ……意外とついさっき来たばかりとか? 確かに今回の俺たちは夜襲に対する警戒は少し疎かだったけど、だからと言ってそこまで隙を見せる程に油断している訳でもないからな」
それは、マギアが此処に来てから然程時間は経過していないのでは無いかという事。
不意討ちや夜襲は承知の上での侵略活動。なので闇討ちなどを実行されてダメージを受けた場合は自分たちが悪いと割り切れるが、だからこそそれに対する耐性はある。全員が寝ていたとしても部屋への侵入者には気付ける筈なのだ。
「アハハ。さて、どうでしょう? けど、さっきの発言に嘘偽りは無いよ♪ ヴァイス達は午後の襲撃に備えて着々と準備を進めているから♪」
「そうかい。じゃあ、その前にヴァイス達を見つけ出して打ち倒すってのも考え様だな」
「それは無理じゃないかなぁ。だってライ君達、私たちの拠点を見つけ出せて居ないじゃん♪ ……まあ、この場で私と戦うって選択があれば私は到底勝てないけどね……♪」
「楽しそうにそれを言うのか」
現在のライたちはベッドから起き上がり、会話の途中に少しずつ移動してマギアを囲むように態勢を整えていた。
何もライたちはただ話を聞いていただけではない。この場に居るマギアは謂わば袋の鼠。五方向をライたちで囲い、既に逃げ場は潰しているのだ。
あまりに状況が悪くなければ、初対面の相手には話を聞いてから戦うかどうかを判断して嗾けるライたちだが、マギアは確実に敵と分かっているので容赦する必要が無いのである。
「不可視の移動術に対する策も……まあ、ある程度はあるな。この状況……アンタならどう切り抜ける?」
「うーん……どうしようかなぁ。……うん、じゃあこうしよう」
ライたちに囲まれたマギアはわざとらしく悩む振りをし、魔力を込めてしゃがみ込んだ。その動きを見たライたちは動き出さず、マギアは笑って返す。
「私、知ってるからねぇ。ライ君達がなるべく周りには迷惑を掛けないように行動しているって事。少なくとも、今のこの宿の中では仕掛けられないよね?」
「……。ああ、全く以てその通りだ。不可視の移動術に対する策も……使う事は無さそうだな。俺たちが動けないのを知ってるアンタが態々それを使う道理も無い」
そう、囲みはしたが、この宿にも宿泊客は居る。加えてライたちが戦えば限り無く常人に近付けた力を使ってもこの宿くらいは吹き飛ばしてしまうだろう。なので動くに動けなかった。
あわよくばマギアがライたちの脅しに降参して降伏するのを考えたがマギアにその様な考えがある筈も無く、それをライたちも知っている。当のマギアは頷いて返した。
「そう言う事。この床に書いた魔方陣。此処からヴァイス達の元に戻るよ」
「それも、再利用は出来ないように作っているんだろうな」
「そうだね。私専用の移動陣。魔力の軌跡を追っても私たちの拠点には近付けないよ。じゃあね。ライ君。レイちゃん。エマ。フォンセちゃんにリヤンちゃん♪」
マギア以外に使えぬよう細工を施した魔方陣。ライたちはそれを見届け、マギアはこの場から姿を消した。
しかしそれはそれで良いのかもしれない。午後に来ると宣言された以上、ライたちとしても出来る準備はある。ニュンフェたちとハデス達を会わせれば対策本部も作られるだろう。
加えて幻獣の国の幹部と魔族の国幹部の側近。そして魔物の国支配者の側近が、人間の国にてNo.3の実力を持つ幹部と手を組めればライたちにとっても行動しやすくなる。主力が分かれる事を考えれば、ライたちがその隙にハデスに挑んでもニュンフェたちが鉢合わせる可能性が少なくなるだろう。
肝心のヴァイス達だが、今までの行動パターンから推測してライたちの前には必ず現れる。幹部同士の手を組ませる事でハデスと同時にヴァイス達の誰かとも戦えるという、実に合理的な行動を起こせるのだ。
「取り敢えず、ニュンフェに報告してニュンフェたちと一緒にこの街の幹部に協力を要請しよう。ハデス達の性格ならそれに乗ってくれるだろうしな。時間はあと四、五時間くらいか……? 半日も無いから早いところ行動を起こした方が良い」
「うん……! ゆっくりはしていられないね!」
「ああ、そうだな。さっさと動くとするか」
「やれやれ。今日は忙しくなりそうだな」
「うん……」
宣戦布告をされてしまえば此方としても準備は必要。なのでライたちはさっさと身支度を整え、何時でも動き出せる態勢となって宿で食事を終えた。
これで完璧である。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はマギアとの接触をニュンフェたちへ報告する為に"ビオス・サナトス"の街を奔走するのだった。
*****
──"人間の国・ビオス・サナトス"。
「まさか……あの者達が態々宣告をするとは……。……分かりました。私たちも行動に移りましょう」
「ああ、助かるよ。ニュンフェ。事前に準備を出来るのは良いけど、何で不利になるような事を言ったのか気になるな」
宿屋である宿から街の方に出たライたちは、ニュンフェと合流して今朝の出来事を伝えていた。
それにニュンフェは協力を惜しまないと言った様子だが、それとは別にライは何故態々マギアが赴いたのかを気に掛ける。何時ものように唐突に攻めてくれば対処はされるが確実に先手は打てる筈。そのメリットを消してまで攻めて来た理由は不明である。
「確かに謎ですね。けど、それ程の自信があると捉える事も出来ます。事前に伝えれば何かしらの準備をされるのは明白。私たちとこの街の幹部。全てを相手にしても渡り合えると判断したのでしょうか」
「そう考えるのが妥当かもな。向こうも着々と力を付けてきている。まあ、新たな仲間はロキくらいだけど、元々精鋭揃いの奴等だ。元より油断はならない相手だしな。特にヴァイス……この街の幹部の力も取り込んだら更に手を付けられなくなる」
「ええ。その事を前提とした上でこの街の幹部さんに教えましょう」
ヴァイス達。主にヴァイスは力を身に付けている。正しくは"終末の日"に参戦していなかった人間の国の幹部の力も身に付けつつある状態だ。
そんなヴァイスが人間の国No.3であるハデスの力を身に付ければ想像する必要が無い程に脅威的という事が分かる。それは何としても阻止したいところだが、少し難しいかもしれない。
何はともあれ、諸々の事柄を伝える為に、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とニュンフェ、シャバハ、ヘルの三人。そして多数の兵士たちはこの街の幹部が居るであろう城を目指して進むのだった。
*****
「此処が拠点か? 城と言うより塔みたいな感じだな。……まあ、街の景観には似合っているけど」
「その様ですね。此処は街全体を見渡せる位置にあるようです」
そのまま街を進んだライたち八人は山の上の更に上、幹部の拠点と思しき場所に来ていた。
そこは塔のような建物であり、目測で六回建て。その場所からは街全体を見渡す事が出来、広範囲にある墓地を見る事も出来ていた。
「じゃあ後は……ニュンフェが門番や他の兵を通して幹部に面会を頼めば良いんだな。俺がやるよりニュンフェの方が幹部との接触はしやすそうだ」
「ええ、そうですね。国は違えど立場は同じ。特に問題無く話せると思いますよ。ライさんたちはシャバハさんやヘルさんと同様、私の侍従のような立ち位置でお願いします」
今回のライたちはあくまでニュンフェの同行者という形で行動を共にするつもりだ。そうでなくては幹部の拠点である塔にも簡単には入れないからである。
ニュンフェもその事は理解しており、ヴァイス達対策としても信頼しているので快諾した。
ライたちとニュンフェたち八人は、人間の国幹部ハデスとペルセポネが居るであろう塔へと乗り込むのだった。