七百七十九話 世界の問題
名乗ると同時に笑い掛けたペルセポネはライたちの反応を余所に言葉を続けた。
「それで、次は本題ね。アナタ達の感じた不思議な感覚は今の季節によるものよ。伝承の中は私ではなく先代のペルセポネーだけど、力を受け継ぐと同時に先代の役割も受け継いだのよ。で、今の季節は夏。私が居られるのは春だけ……本来現世に居られない時期だから私の気配が半生半死の不確かな状態って訳」
曰く、今の季節は本来ペルセポネが居られない季節らしく、そんな時期に冥界から現世に戻っているのでこの様に不思議な気配になっているとの事。
それを聞いたライは納得すると同時にもう一つの疑問が浮かんだ。
「成る程……けど、何故今の時期に貴女が?」
「それがね。今はこの人間の国を含めて全ての世界が不安定みたいなの。だから私も冥界からこの国に招集されたって訳」
「不安定?」
様々な世界が不安定。だからペルセポネが態々時期違いに招集された。疑問の返答なのだが、また新たな疑問が浮かんでライは小首を傾げる。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人もライと同じらしく、五人全員が"?"を浮かべていた。
ペルセポネは更に続く。
「えーと……何て言おうかしら? 最近大量虐殺でもされているのか、様々なあの世に人間達が多く来ているの。それだけならこの争いの多い世界では何度かあったのだけれど……数ヵ月前に一つの地獄で何かの事件があったのか慌ただしいみたいなの。警戒は厳しくしているのだけれど、それで収集が着かないから私が現世に来たって訳」
「大量虐殺に地獄の事件……」
ライはその二つに心当たりしかなかった。大量虐殺は今現在ヴァイス達が行っているもの。地獄の事件は以前起こったレクスの騒動。
しかしそれによってまた新たな疑問が思い浮かんでしまう。
「地獄の時間の流れってこの世界と違いますよね? 数ヵ月前の出来事がまだ収まって居ないのですか?」
「あら、詳しいのね。地獄に行った事があるのかしら?」
「あー……ええと、知り合いにあの世関係の人が居るんです。この街にも来ていますよ」
「へえ?」
ライの疑問は地獄で流れる時間について。地獄ではこの世界の数日が何百年にも及ぶ程に時間がズレている。なのでライが地獄に居た時を考えると、既に元通りになっていてもおかしくないのだ。
ペルセポネから指摘はされたが丁度ヘルが今居るのでヘルから聞いたという事にした。何とか誤魔化せたようだ。
「それと不安定な世界は関係が?」
「ええ、そうね。一つの世界が傾くと続くように全ての世界が傾いてしまうのだけれど……まあ、アナタ達には関係の無い事よ。あくまで私たち神の問題だからね」
「いえ、関係ありますよ。この世界が関係しているのなら俺たちにも関係していますので」
ライたちには関係の無い事と調弄されてしまうが、ライはそれでも食い下がった。
しかしこのやり取りから分かった事もある。どうやら現世に来たばかりなのか、ペルセポネはライたちの事を知らないらしい。知ってて騙している可能性もあるが、おそらく人間の国の出来事は知らないと考えるのが妥当だろう。
「そう? まあ気になるのは分かるけどね。けど、普通の人があまり神の領域に踏み込まない方が良いかもしれないわ。神の領域に踏み込んだばかりに、人間に戻れなくなった者も多数居るもの」
そんなペルセポネだが、神しか知らぬ事情を聞こうとしているライたちの心配をしているようだ。
と言うのも、神や悪魔は生まれついての神と悪魔。人間が神や悪魔になった例と様々である。望んで神や悪魔になる者も居るが、先代の神々に起きた伝承から人が神に近付き過ぎるのをあまり望ましく思っていないのだろう。
人と神や悪魔が互いを想う関係になる事は珍しくないが、基本的にその様な物語はバッドエンドで終わる。それによって死してしまった人間も少なくない。人には人の。神には神の領域で収まって欲しいというのがペルセポネの考えなのかもしれない。
そんなペルセポネの心境を理解したライは軽く笑って言葉を続ける。
「ええ。けど、その点は問題ありません。俺たちはこう見えて顔が広いんです。神や悪魔の知り合いも何人か居ますし、問題を解決した事も何度かありますから。貴女の事情を聞いたとして、貴女の思っているようにはなりませんよ」
「……。そう。もう既に神話の領域に踏み込んでいるという事なのね。……けど確かに……改めて見てみると……アナタ達……私に劣らず不思議な気配ね」
ライの頬にそっと手を付け、撫でるペルセポネ。
ライたちは神や怪物に挑んで勝利を掴んでいる。そしてライは悪魔と共に、自らが悪魔。魔王となった人間を討った事もある。今までの体験からすれば、ペルセポネの悩んでいる事を全て遂げてしまっているのだ。
ペルセポネ自身もライたちから何かを感じ取ったのか、問題について話す。
「じゃあ教えておこうかしら。地獄の問題は、現世で言う数ヵ月前に地獄で起こった事件じゃなくて、まあ地獄で大きな被害が及んだそれも幾らかは関係しているけど今現在の死者の数が問題ね。善人悪人問わず殺されているから処理が追い付かない状態による問題なの。だから……そうね。別のあの世の言葉で表すなら成仏。成仏が出来ない魂が彼方此方を彷徨っていて直ぐにでも捕獲しなくちゃ悪霊になってしまう状態なのよね。それが原因で他のあの世も回らなくなって、様々なあの世から魂という存在が溢れ出ちゃっているの」
「あの世から魂が……漏れる? そんな事無いと言いたいですけど、貴女が季節外れの今現世に戻ってきているのが事実を示す理由ですよね」
「そう言う事ね。不確かながら私が現世に来れたのは魂を連れ戻すというのが第一の理由よ」
あの世の問題。それはおそらくライたちに心当たりのある人物による大量虐殺が原因との事。
それが原因で流転や輪廻転生が行い難くなっているようだ。
確かに死者が増え、地上に成仏出来ない魂が溢れてしまえば現世とは大きく異なるあの世にも何らかの問題が生じてしまうだろう。それがまだ決められた季節になっていないペルセポネが態々現世に来れた理由の一つであると理解出来た。
そこでふと、ライはそこに存在しているペルセポネの身体を見つめて訊ねる。
「さっきから質問ばかりで恐縮ですけど、貴女は何時頃現世に戻ったのですか? 多分街から外れた此処に居た理由って、貴女が現世に戻ったばかりだから現世に身体を慣らしていたという感じですよね?」
「あら、鋭いじゃない。そうね。私は現世に戻ったばかりだから一応自分も努めているこの国に帰って来たのよ。見ての通り此処には墓地が多い。だから、此処にある冥界の出入り口から来たって訳」
どうやら周囲の墓地には冥界へと繋がる場所があるらしい。そこからやって来たのでこの様に中途半端な位置に出たとの事。
ペルセポネは白い髪を揺らし、更に続ける。
「ああそれと、他にも理由はあるわ。野放しになってしまった魂を連れ戻す事も理由の一つだけれど、伝令のヘルメスから人間の国がピンチって聞いたからよ。何を思ったか、侵略しようという輩が二組みも出たんだって。全く、迷惑な話よね。大量虐殺もその人達が原因だと踏んでるの」
「……。成る程……」
そして、やはりライたちとも関係している事のようだ。
今現在問題となっている死者はヴァイス達の選別による被害者なのでライたちは関与していないが、あの世の問題と国の問題を解決出来るかもしれない侵略者の存在。実際のところ、冥界の女王が参加しない訳にはいかないだろう。
「まあそんなところかしらね。魂を連れ戻す事と現世に居る侵略者の存在。この季節に私が来た理由はそれらを突き止める為よ。ハデスにも久々に会いたいし。まあ、ほんの一、二ヵ月振りだけどね」
「それなら丁度良いかもしれませんよ。俺たちはその侵略者達の調査をしていますから。この場に感じる複数の気配……それは味方の兵士たちです。別に機密情報という訳では無いので、同じ目的があるなら貴女にも教えて置きましょう」
「あら本当に? それは良いわね。ありがとう。早速侵略者達の存在が掴めそうね」
ペルセポネの目的は分かった。それならばと、ライたちはニュンフェたちの事を教える。
ニュンフェたちは別にその存在を隠している訳ではない。幻獣の国と魔族の国、魔物の国の主力なので人間の国にて問題は起こせないが、主力だからこそ人間の国の上層部に許可は取っているだろう。人間の国にとってもヴァイス達の存在は迷惑極まりない。ニュンフェたちの行動は人間の国からして反って好都合という事である。
「じゃあ、そろそろ街の方に向かってみるわ。侵略者捜査の情報ありがとう。此方としても侵略者の情報はハデスと共に集めてみるわ」
「お構い無く。まあ、お手柔らかに」
侵略者の情報を集めたいというのはペルセポネも同じ。なので此処に居る兵士たちの次は街の方で集めるらしい。それにライは軽く笑って返した。"お手柔らかに"という言葉には自分たちが関している事でもあるが、それは言わない。
最後にペルセポネが思い出したように言葉を発した。
「おっと、そうね。これも言っておきましょうか。──ようこそお客様。生と死。墓地と冥界の街"ビオス・サナトス"へ。暗く落ち着く雰囲気の街をどうぞお楽しみ下さい」
「ハハ……生と死……墓地と冥界……確かにこの街の象徴っちゃあそうなんだけど、なんかな……」
「フフ。良い街よ。この暗い雰囲気も読書するには最適だし、騒音が無いから読書するには最適だし、飲食店とかでも読書するには最適よ」
「読書以外にやる事は無いんですか……」
他の幹部のような口実を述べ、山岳地帯を移動する。それにライとレイは苦笑を浮かべた。
何はともあれ、幹部の一人である事は変わらない。幹部と支配者を全員倒してから人間の国を征服すると言ったので、季節的に戦えなさそうだったペルセポネが戻ってきたのは好都合だ。
ペルセポネが去った山岳地帯をまた暫く探索したライたちは、"ビオス・サナトス"の街に戻るのだった。
*****
──"人間の国・ビオス・サナトス"。
「それなりの収穫はあったけど……結局ヴァイス達の情報は掴めず終いか。まあ幹部の存在が分かっただけで上々かな」
「うん。けど、夕方になった事でより一層暗く感じるね」
「私にとっては好い心地だがな。まあ、隙間から差し込む日の光には思うところがあるが」
「ふふ。まあこの暗さも悪くは無い。私の種族的にそうなのかもしれないな。魔族は闇を好むからこの雰囲気も嫌いじゃない」
「私は……何とも言えないかな……昼夜関係無い動物たちの力を宿しているから……」
日が暮れ、夕刻となった"ビオス・サナトス"の街を歩くライたちは他愛ない話をしながら進んでいた。
結局ヴァイス達の事は分からなかったが、幹部であるペルセポネに会えたのは明確に収穫と言えるだろう。ライたちの正体もバレていないので此方としてのデメリットはほぼ無い状態だ。
「さて、後は宿でも見つけて休むとするか。多分魔族と幻獣の兵士たちが夜でも見張っているだろうから夜襲される可能性も低い」
「うん。敵地だけど軍隊が味方なのは昼夜問わず休める時間が増えるから良いね」
「なら、今日は私も久々に寝てみるか。ほぼ寝なくとも良いだけで眠るに越した事は無いからな」
「良いかもしれないな。たまには見張りを気にせず休むのも身体の為だ」
「うん……」
「ふふ、不死身の肉体を持つ私にはほぼ不要なのだがな」
この街には魔族と幻獣たちが居る。なので警戒する必要が少ないと考え、ライたちはエマに休眠を勧めた。何時も見張りを任せてしまっているのでたまには休んで貰いたいのだろう。
見張りの心配も無いなら良いかもしれないと、エマも宿で休む事にした。宿はまだ見つけていないが、目の前に宿と思しき建物があったのでそれに入る。
今日はニュンフェたちと再会し、人間の国の幹部二人とも出会った。まずまずの成果だろう。ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は"ビオス・サナトス"での一日目を終えるのだった。