七百七十八話 人間の国・九人目の幹部
──"ビオス・サナトス・飲食店"。
あの後墓地から街に戻り、暫く探索したライたちは探索に一区切りを付け、近場の飲食店にて身を休めていた。得られた情報は少ないが、それでもハデスの存在が分かっただけ儲けものだろう。
しかし分かったとして対策するには少々骨が折れる。世界最強である人間の国のNo.3。それ程の相手をしなくてはならないのだから当然だ。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は少し遅めの昼食を摂りながら対策を練る。
「さて、ヴァイス達についても考えなくちゃならない状況で幹部の存在が明らかになった訳だけど……正直言って厳しいところがあるな」
「うん。ニュンフェには世界征服の事を言っていないし、私たちがハデスさんに挑んだら口実も無いよね……」
「ああ。シャバハとヘルは私たちの目的を知っているから良いが、ニュンフェと幻獣の兵士たちが敵に回る可能性を考えたらそう簡単には行動出来ないな」
「その場合は私たち。ヴァイス達。ニュンフェたちにハデスと四竦みの形が作られるな。シャバハとヘルはどっちに付くか分からないから中立の立場か」
「けど……そうなると不利……」
四竦みの形が形成されてしまえば、ライたちにとっては動き辛い状況が作り出されてしまう。それは今回のみならず、今後にも影響を及ぼしてくるという意味だ。
ライたちはニュンフェを信じており、ニュンフェもライたちを信じている。だからこそ敵に回ってしまうと色々とやりにくくなる。具体的に言えば今は味方である幻獣の国。そんな幻獣の国その物が敵になってしまう可能性があるのだ。
人間の国の征服も後半になりつつ、ヴァイス達との決着も近いかもしれない現状。幻獣の国が敵になると一気に不利な方向へ向かう事になるだろう。何れは幻獣の国も征服する予定だが、今そうなるのはライたちにとって非常にマズイ状況だった。
「そうなんだよなぁ。この街は確実に苦労する。今までの街以上にな。最悪幹部とは俺だけが戦えば良いけど、敵意がある形でニュンフェたちとは戦りたくない」
「うん。それは私もだよ。何週間かは一緒に行動した仲だもん。今更戦いたくない……」
「まあ、何れは戦わざるを得ないのだがな。幻獣たちは素直で誠実だからこそ、私たちの目的を知れば自分たちの掲げた正義の為に牙を剥くだろう。そして私たちもそれを承知しなくてはならない。中にはそう言った者達を利用する侵略者も居るが、その様な事を考えていない私たちにとっては辛いものだ」
そう、エマの言うように戦いたくなくても戦わなくてはならない。それがライたちの選択した道なのだから。
魔族や魔物が特異なだけで、本来の侵略者というものは謂わば全世界の敵である。全世界を敵に回し、その上で支配して征服の事実を確立させる存在。無論ライたちは覚悟を決め切っているが、ヴァイス達のように心底無情にはなれない。やはり辛いものはあるのだろう。
「ああ。けどまあ、ハデスに挑むだけならニュンフェたちから距離を置いて挑めば良いかもしれない。兵士たちも自分の実力じゃ幹部を相手に出来ないと思っているだろうし、その幹部であるニュンフェを遠避ける事が出来れば上々だ」
「そうだな。この街の幹部との戦いに参戦出来る力を有しているのは同じ幹部という立場であるニュンフェか主力のシャバハにヘルくらい。他の兵士たちに見られる可能性は薄い。そしてシャバハとヘルは中立……今は味方だが、警戒対象はニュンフェか」
ニュンフェは味方。今の段階ならそれは揺るぎない事実である。だがライたちの行動次第でもしかしたら敵になってしまう可能性もある。それを避ける一番のやり方はニュンフェに気付かれる事無くハデスに挑み、勝利する事だ。
なので幻獣の国が敵になるかもしれない可能性はまだ低い。そうなると残りの問題は一つである。
「となると残りは……まだ姿を見せていないヴァイス達だな。ヴァイス達が本当にこの街に居るかは分からない。目撃証言はあっても、俺たちやニュンフェたちが直接見た訳じゃないんだからな」
「うん。ヴァイス達は本当に警戒しなくちゃいけない相手だもんね……! 直前まで姿を消して突然攻めて来るのが何時ものやり方だもん」
「ああ。奴等は神出鬼没という言葉がこの世で一番似合う者達だ。何処に潜んでいる事やら……」
それは当然、ヴァイス達の存在について。
ヴァイス達の今までの活動からして、"姿が見えない"という事は"存在しない"という理由にはならない。突然現れて突然消え去る。それがライたちの知るヴァイス達その者である。
なので何よりも警戒しなくてはならないのはそんなヴァイス達だろう。この場所に潜んでいる可能性すらあるのだから。
「まあ、考えても仕方無いか。割りと休んだし、後は自分の足で色々な情報を集めておこう」
「うん。結構のんびりしちゃったね。食事を終えてから長居するのもお店に悪いや」
「ああ。まあ客は少ないがな。居たとしても魔族や幻獣の兵士たちくらい……しかし誰にも私たちの話は聞かれていないようだ」
「街の者達が者達。外食は少ないんだろうな。お陰でゆっくりと休めるのはありがたいが」
「うん……」
話し合いを含め、ライたちはこの店に二、三時間は居座っている。幸い、とでも言うのだろうか。人は少なかったが流石にそろそろ移動しなくては迷惑な客だろう。
なのでライたちは自分たちの食した代金と長居をしてしまったお詫びにチップを払って飲食店から外に出る。
「それで、次は何処に行くか……。そう言や、 この街の観光地は無いのか? あるのは墓地くらいだ。……ああ、そう言えばヘルが関係が深いって言っていたけど、それは冥界繋がりでって事か」
「ハデスさんの街だからあくまで冥界と現世を繋げる役割しか無いのかもね。あー、だからニュンフェさんと一緒に居たのが"死霊人卿"のシャバハさんと死者の国の女神のヘルさんなんだね。あの二人なら確かに行動はしやすいかも」
次に何処へ行くか。それを考えている時ふとニュンフェと共に来たシャバハとヘルの事を思い出す。
元より霊魂を操る"死霊人卿"のシャバハと死者の国その物を司るヘル。確かに冥界の王が居るこの街にはこれ以上に無い人選だ。
「そうなると逆に何の関連性も無いニュンフェの存在が気になるけど、多分纏まりの無い二人を纏めるのに最適だったんだろうな。エルフ族特有の知能と高い能力。そして幹部としてのリーダーシップ。ニュンフェもニュンフェで最適だな」
シャバハにヘル。この二人はこの街と関連性があるが、関係の無いニュンフェの存在をライは一瞬気に掛けたが、纏まりが無さそうな二人を纏めるのにニュンフェは適しているから選ばれたのだと判断した。
「取り敢えず、これから何処を探すか……一旦街を出て山岳地帯でも探索してみるか?」
「ふふ、悪くないな。目撃証言は全て山岳地帯。ハデスの話を聞いた限り近辺の山岳地帯は"ビオス・サナトス"の領地のようだし、隠れるのに最適な場所も幾つか点在しているかもしれない」
おそらくだが、墓地のある場所は全てこの街の土地だろう。自然の山岳地帯と整備された山岳地帯では勝手も変わってくる。
自然の山の方が隠れやすいかもしれないが、それは自然に出来たものに限るからだ。要するに、自然に造られた洞穴などに隠れるとしても、洞穴のある場所が決まっている為に気配を探れる者が相手では直ぐに見つかってしまう。それならその穴を埋めれば良いかもしれないが、自然に出来た穴を人の手で埋めるのはそれもそれで不自然だ。
しかし人工的な穴を作りそれを埋めるのなら、周りが人工物だと違和感も無くなるだろう。"テレポート"のように点から点に移動する力を使えるヴァイス達なら一つの拠点を造ってしまえばそこから移動も可能。能力のある者が身を隠すなら、自然のモノより人工的なモノの方が適しているのだ。
「じゃあ、そうと決まれば行くか。山岳地帯に」
「うん。本人が見つからなくても、何か重要なヒントが見つかると良いね」
「ふふ、これからの行動にも影響するからな。上手くいって欲しいものだ」
「全くだな」
「うん……。けど……山岳地帯も広そう……」
行動が決まれば後は迅速にその行動を起こすのみ。一概に山岳地帯と言ってもこの場所は広大だが、何かしらのヒントは得られるかもしれない。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は山岳地帯目指して進むのだった。
*****
──"ビオス・サナトス・近隣の山岳地帯"。
「山だらけだけど、意外に人は居るみたいだな。まあ殆どは魔族の国と幻獣の国の調査員なんだけど」
「うん。やっぱりニュンフェさんたちも怪しいって考えているんだね。少し出遅れたかな?」
「まあ良いだろう。これだけ人を捜索に当てているという事はまだ見つかっていないという事だからな。私たちも力を貸すとしようか」
「そうだな。利害は一致している」
「うん……」
ライたちが"ビオス・サナトス"の街中から移動して辿り着いた山岳地帯には、それについての調査を行う者たちが多数居た。
おそらくニュンフェたちもライたちと同じような結論に至り、こうして探しているのだろう。元々ヴァイス達を発見したのが見張りの者。もしかしたらライたちが此処の街に来る数日前から探していたのかもしれない。
「あ、ライさん方。ご無沙汰していまーす!」
「ウーッス!」
『おや、ライ殿達も捜査ですか?』
『これはこれは心強い』
「ああ。ちょっと近辺の探索をな」
そんなライたちに向け、気さくな挨拶を行う魔族の兵士たちと対照的に真面目な挨拶をする幻獣兵士たち。ライも簡潔に返し、兵士たちが調査している場所に参加した。
「これだけの数で探しても見つからないって事は、当たり前だけどやっぱり表から見えるような場所には居ないんだな。山の内側に空洞でもあれば可能性はあるけど」
「うん。それに、人の多い所にはあまり姿を見せないかもね。他の兵士たちも狙っては居るんだろうけど、それはあくまで生物兵器の材料として。本命は主力クラスだろうし……」
コンコンと山の土をノックするように叩くライと山肌をそっと撫でるレイ。無論、コンコンなどという音はしない。内側に空洞は無いので砂の音を除いて基本的には無音である。
なのでライたちはグルリと山を回り込み、魔族や幻獣の兵士が居ない場所に移る。既に探索が終わった場所は人数も少なくなっている。なので気配などに集中して探索するには持って来いだろう。
「……。一人……不思議な気配を感じるな……」
「うん……物静かな気配……そこに居る筈なのに……居ないみたい……」
「リヤンでも一瞬分からなくなる気配か。一体何者だ?」
そしてヴァイス達を探している時、ライたちに不思議な感覚が訪れた。いや、感覚というよりも確かな人の気配。いやそれも違う。気配も感覚の一つだからだ。しかしその感覚と気配は言葉に出来ないくらい不思議なものだった。
うっすらと感じる気配を追い、五感がライたちの中でも飛び抜けているリヤンを頼りに移動して魔族と幻獣の兵士たちから離れた場所に移る。そしてそこには、一人の女性が立っていた。
「あら、私の気配に気付くなんて。アナタ達……中々の実力者みたいね」
「……いえ、ただ不思議な感覚だったので気になっただけですよ」
「ふふ、そう?」
女性はライたちが近付くのを確認し、艶があり日の光に反射する白い髪を揺らして視線を向ける。ライはその女性を確認し、髪とは対照的である黒いつり目の女性の顔を見て返した。
一見すれば普通の女性。分類では美人に入るだろう。しかし何とも言えない感覚を前に、女性は言葉を続けた。
「そうね。私の事を知らないなら街へのお客さんかしら? なら、アナタ達の感じた感覚の正体と一緒に説明するわ。私の名前は"ペルセポネ"。この街の幹部を努める一人よ」
「……っ」
その名を聞き、ライたちはピクリと反応を示す。だが先程会ったハデスの事もあり、驚きは少ない。その名が示す者なら居る可能性はあったからだ。加えて不思議な気配にそれどころでは無かった。
──"ペルセポネ"とは、冥界の女王を謳われる女神である。
冥界の女王という異名。それが示す通り、ハデスとは夫婦の中にある。元の名はコレーと言い、ハデスの妻になる事でペルセポネと呼ばれるようになったと謂われている。
ペルセポネは地上に長くおられず、人間で言う一年のうちの三分の一を冥界で過ごすと謂われている。
冥界の他に春と豊穣を司る存在であり、高貴な存在である事には変わらない。
春と豊穣を司る冥界の女王。それがペルセポネだ。
「ペルセポネ……」
「ええ。今は現世だから……コレーって読んでも良くてよ?」
軽く笑い、日に反射する白い髪を揺らす。どうやら現世の名にも拘りがあるらしい。
人間の国"ビオス・サナトス"にてヴァイス達捜索途中のライたちは、この街で二人目となる幹部と出会った。