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七百七十七話 人間の国・八人目の幹部

 ──"人間の国・ビオス・サナトス"。


 ニュンフェたちとの情報交換を終え、飲食店から外に出たライたちは再び街の探索を始めていた。

 ニュンフェたちとは一度分かれ、現在はライたちだけで街を進んでいる状態である。別に共に行動しても良かったのだが、ライたちの目的とニュンフェたちの目的は違う。なので互いの邪魔にならぬよう、各自で情報を集めるという状況だ。

 元よりニュンフェたちは国の兵士たちと共に来ているらしく、既に"ビオス・サナトス"全体に一般人に紛れた兵士たちを散らしているらしい。なのでそれの指示も兼ねての別行動なのだろう。


「まあ、この街の雰囲気からして味方の兵士たちと街の住人達の違いは一目で分かっちゃうな。この街の人達は相変わらず暗い」


「うん。けど、ヴァイス達が何もしていないって事はまだ向こうも様子見の段階なのかもね。簡単に見つかったとしても兵士たちに仕掛けて来ないかも」


「そうだと良いな。以前の"終末の日(ラグナロク)"で魔族と幻獣の兵士たちが多数死した。これ以上減るのは望ましくないだろう」


「ああ。何かの気配を感じたら即座に手助けに行ける体勢は整えていた方が良いな」


「うん……」


 街中を見渡し、魔族や幻獣の兵士たちと街の住人を見比べるライたち五人。この街の雰囲気から両国の兵士たちが紛れていたとしてもその存在は分かりやすくなっているが、この国の者達と戦闘や揉め事も無さそうなので一先ずは問題無さそうだ。

 しかし兵士たちとは言え、知った者と知らぬ街で会うと安心出来る感覚があった。


「さて、これからどうする? って、毎回これを聞いてる気がするな。まあ、思い付かないから聞いているんだけど」


「うーん……。私も毎回悩んじゃっているなぁ。これと言って思い付かないからねぇ」


 一先ず街を眺めながら歩いているライたちだが、これから何をするか。具体的な事は決まっていない。何時も通りなら幹部が誰なのかを聞きに行っているところだが、悩みどころである。


「何時ものように幹部の居る場所に行くのは、今回は面倒な事になりそうだな。何と言うか、ヴァイス達の脅威があるから街から目が離せない」


「うん。幹部が居るならお城もあると思うけど、ヴァイス達が仕掛けて来るかもしれないから簡単には動けないね」


 悩みの種。それはヴァイス達の存在について。

 何時もなら侵略者はライたちだけなので周りを警戒せずに仕掛けられるが、ヴァイス達が居るかも知れないとなれば話は変わってくる。自分たちが幹部の拠点に行っているうちに街を攻められてしまえば街が落ちる可能性が上がってしまうからだ。

 ニュンフェたちの実力は信頼出来るが、本気でヴァイス達を相手取るには最低で支配者クラスの実力が必要。それも踏まえて不安なのだ。


「取り敢えず何かを思い付くまで探索するのが安定かな。この街についてはまだ何も知らないし」


「ああ。それが良いだろう。ヴァイス達が本当に攻めてくるならその流れに乗じて私たちも行動を起こす事が出来るからな。ヴァイス達とも戦うのなら、街の構造を覚えておいて損は無い。基本的に街ごと破壊されるから無意味になるかもしれないがな」


 やる事が無いのなら、無いなりに行動を起こすのが良い。そう考えたライたちは早速"ビオス・サナトス"の街を進んで行く。

 街の景観自体は眺め終えた。なので次は街の構造と全体像を確認する為にも見て回るのが無難だろう。


「良し。じゃあ行くか。ある程度見て幹部の情報も集めておこう」


「うん」

「「ああ」」

「うん……」


 その為に、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は"ビオス・サナトス"の街を探索するのだった。



*****



「広いな。こんなところにこれ程の広さの墓地があるのか……。いや、場所自体は別に普通だな。兎に角広大だ」


「山の更に上にこんな場所があるなんて……凄い面積だね……」


 街の探索をしていたライたちは街のある場所よりも高い山を登り、広大な面積を誇る墓地の前に来ていた。

 驚いたのはその場所ではない。死者の魂が天に昇るという意味も踏まえ、墓を山に造るのはよくある事だからだ。驚いたのはその広さである。ただ山の一角を切り出しただけなら驚く事もない。この山の山頂が全てが墓地である事に対しての驚きだった。


「ふむ、これはこの街だけでこれ程の人間が死んだという事か? 一人一人に墓を立てていたとしても、この広さはおかしい気がするな」


「ああ。この街が何時の時代からあるのか分からないが、山一つを埋め尽くす墓場なんて違和感がある」


 その墓地を見たエマとフォンセはその数に違和感を覚えていた。この街が何時からあるのかはて置き、山一つを埋め尽くす墓場となればその数は千や万でも足りない。仮にこの街が千年前からあったとして、山の上にある然程大きくはない街に居る人数でも果たして数十万に届くのだろうか。


「そう言えば……この墓の数も気になるけど、この街も気になる。幹部が居る街って割りには今までの街に比べて少し小さいかもな。山を切り開いて開拓した訳じゃなくて、直接山の上に街を造ったみたいだから領地が狭いのか?」


 ふと、多大な墓の数を目にしたライはこの街の大きさを気に掛ける。

 幹部の街というものは、同じ国同士や他国との交易の中心となりうる場所だ。他の街よりも発展していて他国との繋がりが多いのが普通である。

 以前に寄った"フォーノス・クラシー"のように街の姿自体は見せなくとも、その街で採れたブドウや街で造っている炉を使って交易をしていた。

 この"ビオス・サナトス"にはその様なものもなく、暗い雰囲気と平均的な景観。そしておびただしい数の墓と、交易などのような産業には向いていない状態である。


「見たところ、墓の数に比べて街の方が小さいかもしれないな。墓地の座標が高いのはまあ良いとして」


「そう言えばそうだね。お墓は山一つを覆い尽くすくらいだけど……街は山の一角を整地して造り上げた感じ……なんでだろう?」


 そんなライの疑問にレイも辺りを見渡しながら答える。

 墓の数はこの場から見渡しても一望出来ない程。高い場所に居るとは言え、街の方は全体の姿が分かるのに、だ。

 エマ、フォンセ、リヤンの三人もライとレイのように墓を見渡し、ふむと小さく頷く。


「確かにそうだな。何でこんなに墓が必要なんだ? 見たところ此処は無数にある墓の一角。まだまだありそうだな」


「──ああ。まだまだある。此処にある墓はほんの一割程だからな。平たく言えば……この山岳地帯、全てに数十万の墓がある」


「「「…………!」」」

「「……!」」


 その様にライたちが疑問に思っていた時、近くにある木の上から誰かが話し掛けてきた。ライたちは警戒を高めて視線を向ける。


「なんか、よくこんな事があるな。最近は気配を消して話し掛けてくるのがブームなのか?」


「おっと、警戒させてしまったのなら謝罪しよう。別に君達に敵意がある訳じゃない。墓地に観光客が来るのは珍しいからな。今日は何時もより街に人が多い。それも珍しい」


 軽く笑い、木の上に居る者に返す。その者は謝罪を申した。同時にその容姿が視界に映る。

 その者は男性であり、漆黒のように黒く長い髪と対照的に白い瞳を持っている。肌は白く、第一印象は静かな雰囲気だった。

 本人も言っているように敵意がある訳ではないのだが、ライには気になっている事があった。と言うより今までの経験から導き出された答えなのだが、この様に話し掛けてくる者は大抵大物なのだ。


「えーと……お聞きしたいのですけど……この街の幹部さんですか?」


「ん? ああ、名乗り遅れたな。話し掛けて置いて名乗らなければ警戒されるのも致し方無い。……さて、答えるならそうだ。名乗るなら私の名は"ハデス"。この街"ビオス・サナトス"にて幹部を努める人間の国の主力だ」


「やっぱり大物だ……」


 返された名。何度も経験しているが、どうも慣れない。存在が大きければ大きい程に困惑の色のみが広がっている。

 話し掛けてきた者は、人間の国にて幹部を努めている──ハデスだった。



 ──"ハデス"とは、ほぼ無いが、時折オリュンポス十二神に数えられる事もある冥界の王だ。


 死や恐怖などを司る存在で、死者を食らうと噂されたが、その反面豊穣を司り全てを受け入れる懐を持つとも謂われている。


 その力は凄まじく、ゼウスともう一人の神に次ぐ三番目の実力者とされる。


 冥界の王として相応しい力と威厳はあるが、伝承によっては無垢な一面や律儀な一面なども併せ持つとされる。


 オリュンポス神の中で三番目の実力を持ち、死と恐怖を司る冥界の王、それがハデスだ。



 冥界の王ハデス。数多の強者が存在するオリュンポス十二神の中でのNo.3。警戒はするなと言われたが、どうしても警戒せざるを得ないだろう。


「ま、名前を聞いたら聞いたで警戒されるのも仕方無い事だな。先代ハーデースの時から悪い噂は立っていた。まあそれも冥界の王ってのが問題なんだろうけど。誰だって死ぬのは怖いからな」


「……。伝承では冷酷で慈悲を持っていないとも謂われているけど……貴方は伝承のような存在ではありませんね……その性格で先代から力を受け継げたのですか?」


 ハデスの話す事を聞き、小首を傾げて訊ねるライ。

 ハデス、もといハーデースは冥界の王であるが為に様々な噂が立っている。死から来る恐怖からか、諸悪の根源とされる事も屡々(しばしば)だ。それがも当たり前のように伝わっているので本人の性格の違いに驚いたのである。

 感情豊かであり無垢な一面もあるとされているのでライも伝承を全て信じていた訳ではないが、やはり昔から伝承などのような本を読んでいたライからすれば気になる事なのだろう。ハデスは笑って返す。


「フッ、まあしょうがない。さっきも言ったように存在が存在だ。あらぬ噂で悪魔に堕とされた神も居るこの世界……私が神で居られるだけマシなものだ」


「へえ……」


 神と言っても人間と同じような思考を持ち、人間の信仰から存在を確立される者。謂わば人間の良い方面が神。悪しき方面が悪魔という事だ。なので噂によって本人と違う存在になる事も、実は珍しくない。なのでライもこのハデスは伝承程の者ではないと理解した。

 これが嘘の可能性もあるが、そう言ったモノを見破る事には長けている。というよりヴァイス達を相手にする事で備わってしまったのでおそらくその審美眼に問題無いだろう。

 一先ずこの話は終わらせ、ライは気になっていた事をハデスに訊ねる。


「そう言えば……此処のみならずこの山岳地帯全体が墓地って言っていましたよね? 何故この街にはそれ程の墓地が?」


 それは目の前にも広がっている墓地について。ハデスは先程、この山にある墓地は一割程と言っていた。何故数え切れない程の墓地が存在しているのか、それの答えを知っていそうなハデスに訊ねたのだ。

 ハデスは木から飛び降り、男性にしては長い黒髪を揺らしながらライたちの元に近付いて説明する。


「それは私が司っている事柄に関係しているな。冥界の王である私は死した者の魂を冥界に連れて行かなければならない。そうしなくては永遠に地上を彷徨さまよい続け、瘴気しょうきに当てられ悪霊になってしまう可能性があるからな。魂は死した者の肉体から外に出る。だから肉体は此処に埋葬しているんだ。私の目が届く範囲に置いた方がそれを避けられる可能性は高くなるからな」


「へえ……」


 曰く、ハデスが冥界の王だからこそ、その役割をこなしているとの事。

 死んでしまった者の魂は一度冥界などのような死後の世界に連れて行く必要がある。そうしなくては悪霊になってしまうらしい。信じられない事だが、以前魔族の国"イルム・アスリー"で出会ったタキシムのように恨みを抱えた魂がアンデッドとなって地上を彷徨さまよう事は確かにあった。タキシムの場合は操られていたので厳密に言えば違うが、その様にアンデッドが人々を襲うのを阻止するのもハデスの役目のようだ。

 一概にあの世と言っても冥界に天国と地獄。ヘルヘイムに極楽浄土などその場所によって違うが、少なくとも人間の国のこの辺りはハデスの担当地なのだろう。


「じゃあ何でこんな山の上に?」


「うむ……難しい質問だな。雰囲気と言うか何と言うか……私の収める冥界は遥か地下にある。宇宙などの場所全てから見ても明確に地下と言える場所にな。死した後、再び生を受けるまで地下に閉じ込めておくのも気が滅入る。せめて肉体だけは地上の空に近い場所へあって欲しいと言う願いだな。……まあ、魂が冥界に行けば現世の様子は確認出来ないから私の自己満足でしかないのだが」


「……」


 ハデスの司る冥界は地上よりも遥か下に位置する。それはこの星の核やマントルではなく、全宇宙の地下だ。

 なのでハデスは、せめてもの救いとして地上では座標の高い場所に遺体を埋葬しているらしい。本人の言うように自己満足でしかないのだが、死者を生物兵器へと改造し、ぞんざいに扱うような者よりは遥かに良いだろう。


「さて、少し長話になってしまった。この街は暗い雰囲気だが悪くない。寧ろ暗い雰囲気だからこそ雑音なども無く落ち着ける場所だ。のんびりと過ごしてくれ」


 今までの幹部のように定型文を言い、その場を去ろうとするハデス。ライはそのハデスを引き止め、最後に訊ねた。


「じゃあ、最後に一つ。何で貴方はこんなところに?」


「浄化されていない魂が無いかの確認と、少し騒がしい街から離れて身を休めていた……とでも言っておこう」


「成る程。分かりました」


 それだけ言い、ハデスの姿は見えなくなる。確かに魂の確認は定期的におこなっているのだろう。加えて街が騒がしいという点もニュンフェたちや魔族、幻獣の兵士が居るから頷ける。本人の言葉からして嘘偽りも無さそうだ。


「じゃあ、俺たちもそろそろ調査を再開するか」


「うん。そうだね」

「ああ、そうだな」

「ふふ、そうだな」

「うん……」


 それなら気にする事も無い。既にライたちの存在がバレている可能性もあるが、前述したようにハデスの言葉は事実のみを述べていた。先程の話を聞いたばかりで仕掛ける程無粋な性格でもないライたちはヴァイス達の調査を再開した。

 "ビオス・サナトス"で出会った幹部ハデス。人間の国にて今まで出会った全ての幹部達よりも遥かに手強い、一線をかくすであろうその存在を後に、呼吸を整える。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンによる街の探索はまだ暫く続くのだった。

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