七百七十六話 情報交換
──"人間の国・ビオス・サナトス・飲食店"。
ニュンフェ、シャバハ、ヘルの三人と出会ったライたち五人。その計八人は店員によって案内された席に着き、向き合う形で寛いでいた。
「それで……何でニュンフェたちはこの街に? と言っても目的は分かるか。……質問を変えよう。この街にヴァイス達が関わっているのか?」
先ずは飲み物を注文し、率直に話し掛けるライ。元々ライたちとニュンフェは不仲ではなく、それなりに親しさもある。魔族の国や魔物の国も既に手中に収めているのでシャバハやヘルの存在も関係無く、緊張する空間は形成されていなかった。
そして、その質問に対してニュンフェが頷きながら返す。
「ええ。取り敢えず何でこの街にという質問は後でそのままお返ししたいと思いますけど、返答するならそうですね。あの方々の目撃情報が近隣の街にあり、私たちが捜索に来たのです」
曰く、大方ライたちの予想通りだった。
どうやらこの"ビオス・サナトス"の近隣にてヴァイス達に関する何らかの情報があったらしく、それの調査に来ているらしい。
それを聞いたライたちは真剣な顔付きとなり、ニュンフェから改めて話を窺う。
「ヴァイス達の目撃情報……じゃあ、次に落とすのはこの街なのか……それとも拠点が近隣にあるのか……その可能性があるんだな?」
「はい。私たちもそれを考えて近くにあるこの街に寄ったのです。そして……先程言いましたが私からも訊ねたいと思います。ライさんたちは何故この街に?」
ニュンフェたちが来た理由からヴァイス達に関する可能性を考える。やはりと言うべきか、ニュンフェたちが考えている事もヴァイスの拠点や次の標的に関してだった。
そんなニュンフェはライへ先程言ったようにライたちが何しに来たのかの目的を訊ねる。幻獣の国の者達には、一部を除いてライたちの目的である世界征服について教えていない。なので人間の国に何の用があるのか。気になるのは当然だろう。しかし知られたらマズイのでその質問にライは口を噤んだ。
「……っ」
「ライさん?」
「あー……ええと……、人間の国には色々な秘密があるだろ? レイとかリヤンの事もその一つだ。折角の旅。その秘密について色々と調べたいと思ってな。それと、ヴァイス達の調査はそれなりに因縁深い俺たちも行っているからな。それもある」
何とか絞り出した、苦しいながらも辻褄の合った言い訳。世界征服の事はそのうち知られなくてはならないが、今はその時ではない。なので征服方面以外で気になっている事を理由にしたのだ。
その返答を聞いたニュンフェは言葉を続ける。
「秘密ですか……。確かに私たち幻獣の国にもあった滅びたであろう森林都市など、知りたい事は色々ありますね。幻獣の国が形成される前、もしかしたら幻獣の国も人間の国にあるうちの一つの領域だったのかもしれませんし」
何とか誤魔化せたようだ。それは幻獣の国にも人間の国が関係していたであろう場所が存在している事が関係していた。
誤魔化し云々を捨て置き、幻獣の国に着目した場合、数千年前の幻獣達には通常の動物以上の知恵などがあれど、今程に道具なども扱え無かった筈。にも関わらず今と同じような街を数千年前に造れる筈が無い。
それらを踏まえた結果、人間の国の秘密は幻獣の国にも関与しているという事が分かる。知りたい事がニュンフェにもあるのでライたちの目的が納得出来たという事である。
「ああ。世界の秘密は気になる事が多い。それを知る為にも行動を起こさないとな。それで、前述したようにヴァイス達には俺たちも幾らか関係している。捕まっているアスワドたちも心配だ。出来ればニュンフェたちが掴んでいるヴァイス達の情報を教えてくれないか?」
一先ず話は纏まった。なのでライは、ニュンフェたちの得たというヴァイス達の情報を訊ねた。
ライたちの様に偶然到達したのではなく、しっかりとした情報から軌跡を辿って来たニュンフェたち。それなら何かしらの得られるモノがあるかもしれない。なので率直に訊ねたのだ。ニュンフェは頷いて返す。
「ええ。構いませんよ。ライさんたちが味方ならそれ程頼もしい事はありませんから。ええとですね……目撃情報は大雑把に言えばこの街のある山岳地帯全域ですね。黒髪の男性。灰髪の男性。黒白灰色の三色髪の男性。紫に近いピンク髪の女性。黒に近い青髪の男性。赤髪の男性……と、何故か目撃証言は全て髪に対するモノのみで全貌は不確かですけど、あの者達の特徴とは一致しているのです。まあ、赤髪の男性について私たちは知りませんけど」
「ああ、それは"世界樹"にも居たロキだ。どいう訳か今はヴァイス達の仲間になっているらしい」
「ええ!? ……おっと、静かにしなくては……ロ、ロキがあの者達の元に……!?」
「ああ。俺たちも初めは驚いたよ」
情報を伝える途中、ニュンフェたちの知らぬ人物についての情報が思わぬ形で入った事にニュンフェは驚愕する。近くのシャバハとヘルも大なり小なり驚きはあるようだ。叫ばなかったのは肝が座っている証拠だろう。
それも捨て置き、ライは何故か全てが髪。しかもヴァイス達の存在を証明させるかさせないかの瀬戸際にあるような情報を気に掛けていた。
「髪の色……確かにヴァイス達の特徴としては最もなものだけど……何で態々それだけを明かすように姿を見せているんだろうな……まるでその証言を聞いた主力たちを此処に呼んでいるような……」
「……!」
その言葉にニュンフェはピクリと反応を示す。
確かにその通りだろう。何故伝わっている情報が全て極端で断片的なのか。ヴァイス達を知るライたちからすれば有力な情報だが、知らない者達からすればよく居るような人物と同じ。まあ流石に三色の髪をした者は少ないのだろうが、ライたちや関係のある主力たちには髪の持ち主が誰なのかはっきりと分かる情報。誘い出されているとしか思えなかった。
「確かにその通りですね……髪の色のみの情報……人間の国でも何度か街襲撃のニュースは耳にしましたけど、その者を追っている私たちには分かりやすい情報ですね。……あ、因みに証言は人間の国を見張らせている魔族と幻獣の兵士たちによるものです」
「魔族と幻獣の兵士たちか。見張らせているのは俺たちは知らなかったけど……ヴァイス達が知っててわざと姿を見せたとなれば……」
「私たちが誘われている……という事だな?」
ライが呟き、エマが続きを言った。
ヴァイス達について調べているライたちや主力たちなら髪の特徴から直ぐにでも動き出すだろう。そしてヴァイス達の目的は優秀な人物の選別。それらを踏まえ、元々人間の国を征服の為に様々な街を進むライたちは兎も角、情報を得てやって来たニュンフェたちは誘導されているという事になる。
「言ー事はなんだ。先ず間違いなく奴等がこの街に居るって事か?」
『まあ、そうなるわね。一時期は私たちと協定を結んでいたけど、その後の情報は知らない。向こうも魔物の国が協力している事は知らないでしょうし、アナタたちを誘っているのかも』
「……。成る程。まんまと乗せられてしまった訳ですか。……いいえ、それなら敢えて乗った方が良いかもしれませんね。簡単に捕まえられると思われているのは腹が立ちますから」
それが誘導なら誘導で、利点も存在している。それはヴァイス達が近場に居るのは確定事項という事と、ライたちやヘルの存在が知られていないので意表を突けるという事。
厳密に言えばライたちの存在は知られているが、様々な街を行き渡っているので鉢合わせるとは思っていないかもしれないという事だ。ニュンフェはそれならばとその誘いに乗り、返り討ちにするのが良いと考えていた。
ライは飲み物を飲み干し、ニュンフェに向けて言葉を発する。
「それなら、当然俺たちも協力する。さっきも言ったようにヴァイス達とは因縁があるからな。断る理由は無いさ」
「うん。何れ決着を付けなきゃならない相手だし、隙を突けるかもしれないから良いかも!」
「ああ。私たちだけでは逃げられる事も多々あるからな。四方八方から不意を突けるのは良い事だ」
「そうだな。お前たちに宛てられた誘い……存在がバレていない此方としては都合が良い」
「うん……」
乗り気のニュンフェに同調するようライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人も名乗り出た。
ヴァイス達とは何かと因縁深いライたち五人。得られる協力があるなら乗らない手は無いだろう。ニュンフェは笑って返す。
「有難う御座います。先程も述べたように皆さんの力を借りられるのは頼もしい限りですから。もしかしたらこの街の幹部方も協力してくれるかもしれませんし、流れは私たちにあります」
「ああ。……。……って、幹部!? この街には幹部が居るのか!?」
感謝を述べるニュンフェの言葉に返し、聞こえてきた言葉に大きな反応を示すライ。
そう、ニュンフェは今この街の幹部方と言った。これはつまり、この街に幹部が居る事の表れだろう。ニュンフェは笑って返す。
「はい。そうですよ。この街には人間の国の中でも上位に入る実力者の幹部がおりまして、人間の国もあの者達の迷惑になっておりますしお力添えをしてくれるかもしれないと考えました」
「成る程……。ハハ、これは俺たちからしても収穫だ。幹部が居るならそれに越した事は無い。それで、今から幹部に会いに行くのか?」
「どうしましょう。幹部さんは忙しいでしょうし、今から会いに行くのは迷惑になりそうです」
幹部が居ると分かればライたちも行動に移る他無い。しかしニュンフェには怪しまれぬよう、征服関連の事については何も言わない。
なので遠回しに幹部の確認をしようと会いに行くのかどうかを訊ねたが、幹部の事情も考えて今から行くのは迷惑なのでは無いかとの事。確かにその通りだろう。征服が目的のライたちは相手の事情などほぼお構い無しだが、幹部間ではまた事情が変わってくる。加えて侵略者側でもあるライたちとニュンフェたちが共に居るとそれが原因で人間の国と魔族の国、幻獣の国に魔物の国同士で戦争が起こってしまうかもしれない。
世界征服はしたいが戦争を引き起こしたい訳では無いので世界を巻き込む大戦争を避ける為に、ライたちとしても慎重に行動しなくてはならないだろう。
「確かにそれは問題だな。まあ、幹部がどんな仕事をしているのかはよく分からないけど、ニュンフェにシャバハ。ヘルと国の主力が乗り込むのは国際問題にも発展し兼ねないからな」
「まあ、その問題はヴァイス達対策の口実でも作れば良いかもしれないが、それ以外の問題もあるな……主に私たち関係で」
「はい?」
国際問題などは置いておき、それ以外の問題。エマは最後に小声で言ったのでニュンフェには聞かれなかったようだが、前の街"フォーノス・クラシー"でライたちの存在がバレていたようにこの街の幹部もライたちの存在を知っているかもしれない。それが問題だった。
そもそも問題以前にライたちは侵略者。新聞のような情報誌にも何度かライたちの事は載っているだろう。それをニュンフェに気付かれていないのは幸いだが、その様な問題があるので簡単には行動出来なかった。
「まあ要するに、まだ今は行動に移るのが大変って事だな。一先ず今回は街の探索に切り替えるか。そうする事でまた新たな情報を掴めるかもしれないし」
「うん。魔族と幻獣の兵士たちに姿を見せているなら、この国の人達も何か知っている可能性はあるもんね」
「そうですね。私たちも私たちで色々と調べてみる事にします」
『まあ、この街とは私も何かと関係深いから、得られるモノは多いと思うわ』
「へえ。ヘルと関係が深い街か。それは気になるな」
『フフ、貴方にはあまり関係の無い事よ』
話に一段落がつき、ライたちは席を立って再び街の探索に移る事にした。ニュンフェもその意見に同意し、いつの間にか頼んで食し終えていた空の皿がライたちの立った振動で揺れる。
ヘルが何やら気になる事を言っているが、どうやらライたちにはあまり関係が無いらしいので特に追求はしなかった。
何はともあれ、両者の目的は分かった。もし本当にヴァイス達が居るのなら互いにとって互いが心強い味方になるだろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人とニュンフェ、シャバハ、ヘルの三人。計八人は情報交換を終えて飲食店を後にするのだった。