七百七十五話 人間の国・山の上にある街
──ライたちが炉とブドウの街"フォーノス・クラシー"を経ってから一週間が過ぎていた。"ポレモス・フレニティダ"から"フォーノス・クラシー"の時のペースに比べると割りと早めだが、相変わらずヴァイス達の手懸かりは掴めていない。
そんな一週間目の朝。朝露に濡れる木漏れ日の下に張られたテントにて、ライ、レイ、フォンセ、リヤンの五人は目覚めていた。
「おはよう。レイ、フォンセ、リヤン」
「おはよー。ライ、フォンセ、リヤン」
「挨拶、ご苦労。ライ、レイ、リヤン」
「おはよう……ライ……レイ……フォンセ……」
何時も通りの挨拶を交わし、テントの外に出る。そして何時ものように近くで見張りをしていたエマの姿を捉え、ライたちに気付いたエマは言葉を発する。
「起きたか。おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン」
「おはよう。エマ」
「おはよー。エマ」
「おはよう。エマ」
「おはよう……エマ……」
此方も何時も通りの挨拶を交わし、エマを加えてライたち五人が揃った。行う行動も何時も通りであり、朝食の準備と旅の支度。毎日の習慣とでも言うのだろう。これから始まる一日を告げる挨拶である。
そしてそれら諸々を終わらせ身嗜みを整えたライたちはテントを片付け、再び旅路に着いた。
「……今日見た夢は聖域の場所か。偶然か否か、旅が進むに連れて連動するように勇者の進行も進んでいるな。伝承の存在と関係しているライたちに起こるシンクロニシティ……興味深い。現代に伝わっている伝承が終わった時、何かが起こるのかもしれないな」
「ハハ……それは無いと思うけど……。けどまあ、伝承だと聖域で神と勇者が相対してその後勇者が聖域に残る。そして勇者の家族が勇者の救った世界を生きていくってものだけど、もう伝承の後半には到達しているんだな」
「これから先、どうなるんだろう。ただ過去を綴るだけの夢って訳でも無さそうだし……それに、私の持っている剣も気になる……。ご先祖様が聖域に行ったまま帰って来なかったなら、何で剣は家宝として残っていたんだろう……?」
夢の内容を話しつつ進んでいる時、レイは自身の持つ勇者の剣を気に掛けていた。
同時に見る夢。過去の出来事はそれに関連性がある事は分かる。しかし考えても分からないので、ある意味夢よりも身近にある勇者の剣に着目した。
レイの家に昔からあったという勇者の剣。家宝らしいが、かつての勇者が使っていたという事実だけでその価値はこの宇宙にも匹敵する物だ。それは捨て置きレイの疑問。伝承の通り、勇者の聖域入りが最初で最後だった場合、どうして勇者の持ち物である剣がレイの家。ミール家に残っているのか。一番身近にして最大の謎だった。
「そう言えば……確かにそうだな。と言ってもレイの家庭事情は分からないけど、勇者がそのまま聖域に残ったなら、身に付けている装備も当時のままの筈……。まあ、聖域がどんな所かは分からないから思ったより色々な物がある可能性もあるんだけど」
「うん。けど、ヘパイストスさんの話が本当ならこの剣より上の武器は存在していないと思う。態々それを地上に残した意味って何なんだろう……」
剣を抜き、木の隙間から差し込む木漏れ日に照らして見るレイ。
何よりも輝く銀色の刃が日の光に反射し、得も言えぬ美しさがライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人の視界に映り込む。宝石のような装飾品も無く、黄金でもないが如何なる宝石や財宝よりも美しい剣がそこにはあった。
「今更だけど数千年前の剣にしては随分と綺麗だな。これも勇者の力が作用しているからなのか?」
「ふむ……私にもよく分からないな。銀では無いから刃に触れる事も出来れば、レイの意志が無ければこんな風に指を斬っても不死身の力が残る……」
エマが剣の刃をなぞり、軽く出血させてライたちに見せる。その傷は見る見るうちに癒え、元の白い指に戻った。
そう、それも疑問の一つである。前までは勇者の剣に様々な力を無効化する能力は無く、現在もレイが使わなくては通常よりも切れ味のある剣でしかない。ヘパイストスは勇者の力が血縁者にしか反応しないと言っていたが、そうなると勇者の力その物に様々な力が宿っている事になる。しかし他の武器を使っても勇者の剣のような力が働かないのを見ると、やはり勇者の剣に何らかの力があるのかもしれない。勇者の剣が特別なのか、勇者の力が特別なのか。それともその両方か。疑問を追求すればキリが無いだろう。
「益々気になる代物だな。私の先祖もこれによって倒された。耐性のメインが異能の無効化だったとしても、通常兵器は効かない筈だからな。まあ数千年前の通常兵器は高が知れているが」
「ああ。とてつもない力は秘められているって訳だな。まあ、聞こうと思えばそれを体験した本人にも聞けるんだけどな」
「そう言えば……ライの身体には魔王が居たね……」
勇者の剣についての謎は深まるが、その気になればライたちには確認する方法がある。最近はライの力だけで戦う機会が増えているが、依然としてライの身体には魔王が宿っているからだ。
当事者なので勇者の剣についてライたちよりは知っているかもしれない。
(それで……どうだ? 勇者の剣について何か知っているのか?)
【クク……さあな。お前も知っているだろ? 俺は確かに勇者と戦ったが、長きに渡る戦いとかじゃあねェ。俺の城に勇者が乗り込んできたからそこで戦った言ーだけの関係だ。勇者の剣は何度も受けているが、残念ながらお前たちの求める答えはねェな】
(そうか。分かった)
なので魔王(元)に訊ねてみたが、一回しか戦っていないのでよくは分からないとの事。その一回で勇者の剣を何度も受けたらしいが、どの様な力を秘めているのかまでは分からなかったらしい。
鍛冶の神であるヘパイストスにも分からなかった勇者の剣の秘密。それは身近に存在しているが、思ったよりも厄介そうである。
「残念ながら、魔王も分からないらしい。一回の戦いで剣を受けただけだからってさ」
「ふむ。それは残念だ。しかし私も奴とは戦った事があるが、確かに秘密には気付けなかった。そもそも現状、秘密があるのかすら分からないな。説明なんか出来ない、得体の知れない力という可能性が高い」
「成る程……概念の集合体が勇者の剣って事か。謂わば言った者勝ちの力……この剣が一番強いって言えば必ずそうなる存在……その方が納得は出来るな」
勇者の剣ならば、エマも受けた事はある。
勇者本人の性格から敵対しただけで殺す事は無かったので現在のエマは生きているが、やはり受けただけでは何も分からないようだ。様々な可能性を考えるよりも一番手っ取り早いのが言った事や思った事が全て剣に反映されるという推測。持ち主次第でどの様な強さにもなる。確かに伝説の剣にはそれくらいが丁度良いだろう。
「じゃあ、この話は一旦切り上げるか。山の方に街も見えてきた」
「本当だ。山の上にある街なんだね。次の街はどんな所かな?」
「ふふ、幹部の居る街だと良いな」
「ああ。基本的に何週間かに一回のペースで幹部と出会うからな。距離的にもそろそろだろう」
「うん……」
そんな事を話しているうちに到達した次の街。山の上にある街だが、問題はこの街に幹部が居るかどうかだろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は到達した街へと入って行くのだった。
*****
「この街は……"ビオス・サナトス"か」
「山の上だから標高も高いね」
到達した街"ビオス・サナトス"。
この街は山の上にある街であり、辿り着くまで他の街より少し疲れるものだった。しかしこれなら他の街から攻められる心配も無く、魔法使いなどが空から攻めて来ない限りはこの戦乱の世で比較的平穏に暮らせるかもしれない。
街の景観自体は他の街とほぼ同じである。山の上だけあって自然は多く、地上より空気も薄い。工業も農業も半々で発展しており、木々が多く日が遮られているので少し暗い雰囲気だが山の上にある事以外普通の街と同じだった。
「さて、先ずは何時も通り街の探索と幹部の捜索をするか? ちょっと暗い雰囲気だけど平和そうな街だし」
「うん。良いんじゃないかな。探索と捜索が街を知るのに最適だからね。今回は分かれる?」
「そうだな……ある程度見て回って、その結果次第で分かれるのが良いんじゃないかな。"フォーノス・クラシー"の時みたいにな」
「ああ。それで良いだろう。幹部が居るなら二、三日の滞在。居なければ一泊二日で移動するのが今までのやり方だ」
意見を出し合い、その意見に「うん」と頷くライたち五人。ライたちは幹部の居る街には少し長く滞在するが、それでも倒して街を出るまでなので精々二、三日である。それ以外の街には早くて数時間。遅くても一日くらいが関の山。割りと急ぐように行動をしているのだ。
何はともあれ、ライたちは"ビオス・サナトス"の街を探索する事にした。
「情報を得られるのは酒場とか集会所みたいに人が集まる所かな。まあ集会所は色んな組織の人達が情報交換を行う場だし、酒場はこの国のルールで俺たちは少し問題がある。向かうにしても一筋縄じゃいかなそうだ」
「まあ、入れない事は無いんだ。行ってみるだけ行くのは良いだろう。動かない事には何の情報も得られないのだからな」
「ああ、そうだな。人が居るのは確定しているんだ。別に私たちが入っても良いだろう」
「そうか。じゃあそうするか」
今は考えるよりも行動を起こした方が良い。なのでライたちは懸念はしているが集会所や酒場を目的として行動を起こす。山に囲まれ、山の上にある"ビオス・サナトス"の街で酒場などを探す為に進むのだった。
*****
「見つからないな。人が集まりそうな場所。と言うか、こじんまりとした景観だ。心なしか高い建物も少ない気がするな」
「この雰囲気は魔族の国の"ウェフダー・マカーン"に似ているな。街に居る者達も暗い雰囲気……というより生気を感じられないな。生きている事に違いは無いのだろうが……」
「確かに……道行く人々に話し掛ける気になれないくらいには重い雰囲気だな……」
早速街に入ったライたちだが、その雰囲気に少し気圧されていた。と言っても重圧がある訳ではない。重苦しい雰囲気の問題だ。似たような感覚だが、気が滅入る暗さと力による威圧感は違うものである。
しかし街を探索してみない事には先へ進めない。酒場など人の集まりそうな場所は見つからないので、もう少し別の場所を探してみる事にした。
「ふむ……そうなってくると飲食店が一番良さそうだな。酒場は無理でも、飲食店なら人はそれなりに居る」
「ああ。そうしようか。となると彼処の店……飲食店っぽいかもな」
集会所のような場所や酒場のような場所は見つからない。なので次に着目したのは飲食店。幹部の情報などは飲食店で得られる事も多かった。なのでそこを中心に調べる事にしたのだ。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は近くにあった飲食店のような店に向かう。
「……!」
「……!」
──そしてそこの扉に手を掛けようとした時、ライたち五人は思わぬ人物達と出会した。
「──ニュンフェ……シャバハに……ヘル!?」
「ライさん……!」
「お、ライじゃねェか」
『あら、アナタたちも来ていたのね。と言うか、私への反応だけ大袈裟じゃないかしら?』
その者、幻獣の国幹部にしてエルフ族のナトゥーラ・ニュンフェ。
魔族の国"イルム・アスリー"にて幹部の側近を努めており、幹部に匹敵する実力を有する"死霊人卿"であるシャバハ。
そして、ライが一番驚いた者は、魔族や幻獣たちと協力する筈の無い魔物の国支配者の側近であるヘルだ。
そんな雰囲気の違う三人が共に行動をしている事はかなり気掛かりだが、あまりに唐突過ぎて言葉が出なかった。しかし何とか言葉を綴る。
「いや、だってニュンフェとシャバハは、人選はよく分からないけど目的が一致しているだろ? 何で他国と関わろうとしない魔物の国の支配者の側近が協力しているのか気になったんだよ……」
『別に。まあ、支配者様の命令で他の国に協力しているとでも言っておきましょうか』
「テュポーンが……? アイツ、そんな事をする奴だったか……?」
曰く、魔物の国"メラース・ゲー"に居る支配者のテュポーンからの命令との事。地獄での事も踏まえ、テュポーンの性格は熟知程ではないにせよ知っているライ。そんなテュポーンが気の利いた事をするなど考えられなかった。
その様子を見やり、ニュンフェが笑い掛けるように言葉を発する。
「えーと……事情を話しますので先ずはこのお店に入りましょうか? 此処で会ったのも何かの縁。ご一緒するのは如何ですか?」
ライたちの疑問は承知している様子のニュンフェ。それなら断る理由は無いだろう。ライたちは快く了承した。
「ああ。それならそうしようか。久し振りに会ったしな」
「うん。今は情報集めが目的だし、それが良いかも」
「ああ。何かしらの情報は得られるかもしれないからな」
「異議無しだ。よろしく頼む。ニュンフェ」
「右に同じ……」
知らない仲では無い。期間で言えばニュンフェは幹部の中でも共に行動した期間が長い者だ。信用にも値している。ヘルのような不安要素はあるが、魔物の国は征服済み。警戒する必要も無いだろう。
これにてライたち五人は、山の上にある街"ビオス・サナトス"にて唐突過ぎる出会いと共に飲食店と思しき店に入るのだった。