七百七十二話 ライ、レイ、リヤンと炉の女神・決着
──"人間の国・フォーノス・クラシー・幹部の城"。
エマとフォンセとディオニュソスの戦闘が終わる数分前、ライたちと二人のヘスティアが織り成す戦闘は依然として続いていた。
しかしライの力とリヤンの力を目の当たりにしたヘスティアは確信に至っていないながらも危険と判断し、この戦いを楽しまずに終わらせる方向で続ける。
「"炎の弾丸"!」
「"炎の回転"」
ヘスティアとヘスティアがライたち目掛けて種類の違う二つの炎を放ち、その炎が融合して巨大化しつつ一気に迫る。
弾丸を包み込むように渦巻く炎が纏割りついて加速し、更に威力を上げる。熱のみならず触れれば肉体その物が消滅してしまうかもしれない力があった。
「よっと!」
そしてそれをライは、軽い口調と共に防いだ。
軽く拳を放ち、そのまま正面から炎を粉砕する。まだ魔王の力は無効化しか使っていないが、それでもヘスティアの攻撃を止めるには十分だった。
「やはり簡単に防がれるみたいですねぇ……どうしましょう」
「だったら諦めたら!」
「そう言う訳にはいきませんよぉ」
炎を簡単に受け止められたのを確認したヘスティアはライたちから距離を置き、次の行動を模索する。しかしそれをさせまいとレイが斬り掛かり、その攻撃を避けて更に距離を置く。同時に炎を纏い、ライ、レイ、リヤンの三人に向けて嗾けた。
「「はあ!」」
「やあ!」
それをレイは斬り防ぎ、ヘスティアとの距離を詰める。しかしヘスティアは容易に近付かず、近付けさせず、中距離の間隔を守りながら次々と炎を放つ。
先程の分身のようにこの炎その物に何かしらの力があるかもしれない。なので炎の処理もしているが、戦いながらの処理は中々に難しいものである。
「私も……!」
「へえ? 貴女も動きますかぁ……」
ライとレイの戦いに感化され、思わず神としての力を放ってしまったリヤンも参戦する。放ったのはあくまで消し去った方の分身のヘスティアに対して。今のヘスティアは記憶を共有していない事から攻めない理由は無いだろう。
先程は少し追い詰められそうになったが、この旅でリヤン自身の精神面も鍛えられたのだ。構わずに嗾ける。
「やあ……!」
神の力は使わず、バロールの魔術を用いる。
先程見せた力により、このヘスティアには疑われてはいる。だが、先程の分身のように知られた訳ではない。なのでこれ以上明かさぬ為に神の力は使わず、無詠唱で放てるバロールの魔術を放ったのだ。
放ったのは水魔術であり、狙ったのはヘスティアの分身に向けて。まだ二人は残っているので、後一人を消して此方として更に有利な方向へ運ぶのが目的である。
「そう簡単に消されたら、私が困りますねぇ……」
しかし本物のヘスティアがそれを炎で消し去り、周囲に水蒸気を生み出した。
その見えにくくなった視界を前に、ライ、レイ、リヤンとヘスティア達は部屋の中を進む。それと同時に互いに嗾け、ライの拳。レイの剣。リヤンの力。ヘスティア達の炎が正面衝突を起こしてこの部屋から周辺が消し飛んだ。
「部屋は元々大きな被害を受けていましたが、周りも消え去ってしまいましたかぁ。このお城、戦いが終わるまで残ってくれると良いですねぇ」
「それはあまり望め無さそうだな。だって途中経過でこの有り様だし」
「そうなのですよねぇ……。まあ、自身の城で迎え撃った以上、それは覚悟の上です。最も、終わったらアナタ達に修繕諸々は手伝って貰う予定ですけど」
その光景を見やり、部屋から押し出される形となったヘスティアは自分の城が戦闘後どの様になってしまうのか気に掛けていた。
戦闘が始まってから物の数分。たったそれだけで部屋が消し飛んだ現状。城を気にするのも仕方無いだろう。元々ライたちも戦闘後に城の修繕を手伝う予定であり、ヘスティア自身も城の崩落を想定はしていたのだが、崩れるという事実を前に気が引けるようだ。
「……まあしかし……そんな事も言ってられませんねぇ。勝負を決めに行きましょう」
ヘスティアは元よりライたちの危険性を改めて考え、楽しんでいる暇は無いと判断してそれなりの力で攻めていた。
つまり、この戦いは既に終わらせるつもりで進行しているという事。二人のヘスティアは力を込め、炎をライたちに向けた。
「「神聖な力は、私たちにも宿っておりますよぉ。"神の炎"!」」
そして放たれた、神聖な力の宿る神の炎。
炉の女神であるヘスティアは攻撃よりは守りを中心とした守護神に近い存在。というより炉を含めて孤児や家庭の守護神なので守り神なのである。
しかしそんな存在であるヘスティアにも戦闘手段はあるのだ。それが先程から放っている炎の力。加えて今回はより強く、神としての力を高めた炎。そう簡単には止められないだろう。
「そらよっと!」
だが、魔王の力を宿すライには関係の無い事。流石に少し強いと判断したのか魔王の一割を纏って正面から炎を砕き、爆炎が周囲に霧散する。それに紛れたヘスティアが廊下を移動し、ライたちとの距離を詰める。そんなヘスティアに向け、レイとリヤンが嗾けた。
「やあ!」
「えい……!」
「……ッ!」
勇者の剣がヘスティアの腹部に突き刺さり、リヤンの硬質化させた腕が脇腹を貫く。それによってヘスティアの口から赤いものが漏れ、床に落ちて広がる。それを見、二人はハッとして距離を置いた。
「この感覚……!」
「本物じゃない……!」
「ふふ、気付きましたかぁ?」
刹那、離れる二人の腕を焔が包み、レイとリヤンは炎によって拘束された。
そう、このヘスティアは分身の方であり、吐いたのは炎の欠片である。勇者の剣によって貫かれた箇所は戻らないが、それ以外は無事。なので身体を炎の縄に変換させ、近付いた二人をそのまま拘束したのだろう。
「これでお二方の脱出まで貴方と私の一対一ですよぉ。……さて、やりましょう」
「ハハ……穏やかで少し抜けている雰囲気から変わったな……。けど、構わないさ。それに、拘束もレイとリヤンなら脱出できる筈だからな……!」
レイとリヤンを拘束し、フッと表情を変化させたヘスティアは冷たい顔でライに微笑む。口調は変わらず、態度も変わらない。しかしだからこそ本能的に危険を知らせる何かがあった。
おそらくそれは守護神としてのもの。対象を守る為の力と威圧。神であるヘスティアにはその様な側面もあるのだ。
「"灼熱の鉄"!」
そして放たれたのは熱を纏い赤く染まった金属片。それが高速で飛び行き、弾丸のように突き進む。ライはそれを紙一重で躱し、思わず叫んだ。
「炉の女神ってそう言う事かよ!」
「えぇ。炉その物を司りますから。金属に煉瓦。石。炉の原料となる素材なら幾らでも造り出せますよぉ」
先程まで炎のみで攻撃を嗾けていたヘスティア。そんなヘスティアが金属を飛ばしてきたのだからライが思わずツッコミたくなるのも当然だろう。
しかしヘスティア曰く、炉その物であるヘスティアはその材料や原料も生み出せるとの事。そもそも炉の炎自体が他人によって入れられなくてはならないモノなのでそれを攻撃に用いれるのは不思議だが、それはこう言う事らしい。つまり要するに、如何なる疑問もこれが人智を越えた神の力であると納得するしかないようだ。
「さて、まだまだでぇす。"灼熱石の弾丸"!」
「オラァ!」
次に放たれたのは赤く染まる高温の石からなる高速の弾丸。それをライは素手で砕き、砕くと同時に踏み込んでヘスティアの懐に迫った。
「そこだ!」
「残念。外れです」
それと同時に放った拳をヘスティアは跳躍して躱し、両手から炎を放出して縄のような形とする。それを伸ばし、ライの身体も拘束しようと試みた。
しかしそれに捕まるライではない。レイやリヤンのように仕留めたと思わせるように不意を突かれたならまだしも、目の前で展開されたそれは容易に想像出来るからだ。元より動体視力と反射神経。瞬発力はある。仮にレイやリヤンのように嵌められたとしても突破は出来るだろう。
「そら!」
「……!」
ヘスティアの拘束を掻い潜ったライは向き直り、後ろ回し蹴りで背後のヘスティアを蹴り飛ばす。蹴られたヘスティアは城の壁を打ち抜き、貫通して吹き飛んだ。
吹き飛んだ先は別の部屋。おそらく寝室だろう。本棚とテーブルに暖炉などよく見る物以外にベッドが置いてあった。そこに来たライは周りを見渡してヘスティアの姿を探す。
「居ない……? また暖炉とかに潜んでいるのか?」
そこにヘスティアの姿は無く、何故か火の灯っている暖炉が置いてある。その事からライは暖炉の中に潜んでいるのではないかと懸念し、刹那に拳を放って拳圧を弾丸のように飛ばした。
その拳は暖炉を貫き、粉砕して炎を消し去る。その炎は更に燃え広がり、人の形を形成した。
「あれか……! ……? いや、おかしいぞ。ヘスティアは炎の身体じゃない。炎に化けられる訳……」
「無いのですよねぇ?」
「……!」
──が、人の形となった暖炉の炎は変わらず、ライの背後から人の声が掛かってライの身体を拘束した。
そう、暖炉の炎が人の形になった時点でライは気付いたのだ。炎を司る存在ではあるが、ヘスティア自身は炎になれないと。その事から暖炉の炎が形を変えたのはおかしいと分かり、次の瞬間に予想通り身を潜めていたヘスティアが姿を現したのだ。
気付いてはいたが数秒の差で拘束されてしまったライ。これくらいなら腕力で容易に脱出できるが、ヘスティアはそれを許さなかった。
「続けますよぉ。"石と鉄の弾丸"……!」
「……!」
四方八方から撃たれた灼熱の塊がライの身体を打ち付けたのだ。
拘束によって身動きが取りにくい状況で嗾けられた強固な弾丸。ライの体質からそれでも大したダメージは無いが、連続して当たり続ける物には煩わしさがあった。
「「ライ!」」
「……! レイ! リヤン!」
「ほぅ……拘束を解きましたかぁ……流石ですねぇ……」
そんなライの元へ、先程まで炎によって拘束されていたレイとリヤンが駆け付ける。
ヘスティアの拘束は本来解き難いのだが、それでもライは二人なら脱出できると理解していた。それが今現実となり、二人は剣と自身の力をヘスティアへ叩き付けた。
「"炎の守護"!」
その二つを周りへ創り出した壁で防がれるが、レイとリヤンの力はそのまま壁を貫通して崩す。そこにヘスティアはおらず、レイとリヤンは匂いと気配の方向へ視線を向ける。
「上……!」
「うん、リヤン!」
「気付かれましたかぁ……」
「今だ!」
レイとリヤンがヘスティアに視線を向け、ライが炎の拘束を砕き解く。その一連の流れのうちにヘスティアは力を込めており、ライたちに構えていた。
「これで終わらせましょうかぁ。アナタ達を纏めて焼き払うのが一番と判断しましたのでぇ。多分、アナタ達なら死なないと思いますしぃ」
その力は凄まじく、ヘスティアの掌にて大きく燃え広がる。その炎は更に高温となり、徐々にこの部屋から周囲を熔解させていく。そして、その力を解放した。
「"永久火炎"!」
「「「…………!」」」
放たれたのは全てを溶かす程の熱量が込められた炎。しかし先程までの炎とは何かが違う。何もかもが違う。温度が更なる高温になっているのは前提。炎その物が違うのだ。
レイとリヤンはその炎を避け、ライは正面から捉える。この炎を放って置けば世界が焼かれる。そう確信したからである。
「おや、気付きましたかぁ? 今放った私の炎について」
「まあ、大体はな。要するに……消えない炎って事だろ?」
「ふふ、ご名答でぇす。パチパチパチパチ」
拍手音を口に出して言い、炎を放ち続けるヘスティア。
そう、これは消えない炎。全てを飲み込み、更に巨大化して温度を上昇させる。永久的に家庭と孤児を護るとされた暖炉の守護神の力の具現化。これを受けたら一堪りもないが、避けたらこの世界を焼き尽くしても消えないだろう。だからライは立ちはだかったのだ。
「孤児を護るアンタには、フォンセやリヤンを護って欲しかったかな」
「ふふ。護る必要が無いと判断したのですよぉ。だって……アナタ達が居ますからねぇ」
──炎に向けて拳を放ち、永久に燃え続けるであろう炎の永久を僅か数秒で終わらせた。
永遠、永久、永劫、それら全てを終わらせる魔王の拳。それによって城が吹き飛び、拳圧がヘスティアの身体を捉えて吹き飛ばした。
そして、気付いた時には天井が消滅していた。
*****
「ライ……!」
「大丈夫……?」
「ああ。平気だ」
そして天井が消え去り、外の空気が全て入り込んでくる城内にてレイとリヤンがライの元に寄っていた。
次の瞬間に外からも何かの音が聞こえ、城が大きく揺れる。前方の天井と壁が消し飛んだだけなのでライたちの前方から宇宙に掛けては星も何も残っていないが、正面から見た城の状態はそのまま。壁などが邪魔をして何が起こったかは分からないが、大凡の予想は出来るだろう。
「どうやら……やられてしまいましたねぇ……このゲーム……アナタ達の勝利で……ぇ……す……」
それだけ言い、ヘスティアから意識が消え去る。ボロボロである肉体で敗北を宣言出来る気力は流石だろう。
ライ、レイ、リヤンの三人は改めて互いの顔を見合わせて言葉を続ける。
「終わったな。さっきの音……多分外でも決着が付いたと思う。エマたちと合流しようか」
「うん。後でお城の修繕もしなくちゃだしね」
「うん……」
ヘスティアとの決着は付いた。外での轟音からエマたちの決着も付いただろうと考えてライ、レイ、リヤンの三人は意識を失ったヘスティアを連れつつ外に向かう。
ライ、レイ、リヤンとヘスティア。
エマ、フォンセとディオニュソス。
別々の場所にて行われていた戦闘は、これにて全てが終わるのだった。