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七百七十一話 エマ、フォンセとブドウの神・決着

 依然として獅子の姿であるディオニュソスはたてがみを逆立て、周りにツタを生やしながら一気に加速した。

 そんなディオニュソスを正面にエマとフォンセは横に逸れるように移動し、左右からけしかける。その場所にも蔦を伸ばし、まだ完全ではないフォンセの相手は蔦に任せた状態でディオニュソス自身はエマを狙い二人を相手取る。


『どちらを中心的に狙うか……それは重要な選択だな』


「と言いつつ狙いは定まっているようだな。貴様の相手は私か」


『ハハ、君達二人の相手が俺さ』


 エマに向けてディオニュソスが攻め入り、それをエマが正面から受け止める。それによって床が陥没し、エマの足元から浮き上がる。そのまま横に逸れ、標的が消えたディオニュソスの腕が更に床を粉砕した。


『まだまだ!』


 腕が床に突き刺さり、動きの止まったディオニュソスは周りから蔦を生やして避けたエマの元へ向かわせ、エマは跳躍と同時に蝙蝠の翼で飛行してそれを避けて行く。


「エマには貴様と蔦。私には蔦のみ……舐められたものだな。"ファイア"!」


 一方で、フォンセは自身にけしかけられた蔦を一つも残さずに焼き払う。ディオニュソスの自分に対する警戒心の薄さが怒りを刺激したのだろう。

 "酔い"というものは感情的にさせる効果がある。些細な事で激しく怒る事や心から笑う事、そして悲しむ事がある。フォンセの場合、甘く見られているという事に対しての怒りが刺激されたようだ。部屋の中にも関わらず炎魔術で一気に燃やしたのがその証拠である。


『動きを止める為のブドウ酒……逆効果だったかもね』


 そんなフォンセを見たディオニュソスはエマを狙いつつフォンセにも巧みなツタを嗾ける。上下左右に斜面、そして前後。四方八方から仕掛けるそれをフォンセは全て焼き払い、エマは全てかわしてディオニュソスの元へと迫る。


『徐々に追い込まれているね……!』


 なのでディオニュソスは獅子の身体能力に自身の力を合わせた瞬発力で移動しながら二人へ注意を払う。大広間全体を回るように駆け巡り、空のエマと魔術で何処から来るか分からないフォンセの姿を視線に収める。


「そろそろ行かせて貰おう!」

『……!』


 その最中、空中にて避けながら飛び回っていたエマが急降下し、加速を付けてディオニュソスの眼前に迫った。

 ディオニュソスは勢いを付けた拳が放たれるよりも前に見切って躱し、エマの拳が床を粉砕する。同時にディオニュソスは片腕の嵌まったエマを狙い、


「そこだ!」

『なにっ?』


 床下から暴風を吹き荒らしたエマによって吹き飛ばされた。

 エマは避けられる事を分かっていた。だからこそ天候を既に纏っており、床下から上方向に進むよう調整して放ったのだ。

 それを受けたディオニュソスは宙を舞い、そこにフォンセが狙いを定める。


「"風の弾丸(ウィンド・バレット)"!」

『……ッ!』


 そして放たれた風の弾丸。音速を越えた速度で突き抜ける風はディオニュソスの体内を貫き、背後の壁に穴を空けた。それによってディオニュソスは吐血する。

 風には実態がない。しかしフォンセのエレメントからなる風には確かな破壊力が秘められている。なので風にも拘わらず貫くと同時にダメージを与えられたのだろう。原理で言えば風魔術の衝撃波と同じようなものである。


『これは想定外……予想以上の強さだ……連携も取れている……。やはり本気になった方が良いかもしれないが……相手を狂わせる呪術もヴァンパイアの前じゃさっきみたいに自己解決しそうだな……』


「ふふ……効いているみたいだな。私に催眠の類いは効かないという事も理解しているようだ。そしてその呪術の標的を私だけに定めているという事は……フォンセの体質にも薄々気が付いていると見て良さそうだな」


『ハハ、まあね。けど、何故かは分からない。それに、まだ呪術とかを仕掛けた訳じゃないからね……君の言葉でようやく確信に変わった程だ』


 どうやらディオニュソスは一連の動きでフォンセの、というよりも魔王の体質に気付いたらしい。魔法や魔術などの異能では仕掛けていなかったように思えるが、何処でその体質に気付いたのか気になるところである。

 だがその返答を待たず、ディオニュソスは試みた。


『けど、物は試し……もし死んでしまったら知り合いに頼んで何とかしてみせる。"タナトス"!』


「……!」


 死の呪術をもちいて。

 その言葉から、意味するものは文字通り死。即死の呪術だろう。得体の知れぬそれはエマの横を通り抜け、真っ直ぐにフォンセの身体を捉えた。そしてフォンセは、


「……?」

『やっぱり……そう言う体質か……』


 ──死ななかった。

 それもそうだろう。ディオニュソスは気付いていないが、魔王の体質とはそう言うものなのだから。

 自分でも意識しないうちに自分に降り掛かる全ての不条理を消し去る、自分にとって都合の良い事が起こる体質。流石にフォンセはそこまでの体質ではないが、少なくとも異能の類いを無効化する力は秘めている。即死の術ならば"死"という事柄に対して、"死の概念"に合わせた無限の耐性をその場で形成して防いでいるのだ。

 それは相手が誰であろうと発動する力。相手の力が強ければ強い程にその場でそれに伴った耐性を生み出しているのである。そしてその力は、他の異能にも同じ条件で作用する。完全に使いこなせればその時点で物理的な力以外は受け付けなくなるだろう。


「成る程な。私を積極的に狙っていなかったのはそれを確かめる為か。異能の類いへの耐性を考えた後で攻めるつもりだったのだな?」


『まあ、そんなところかな。君が気にしていた君に対する警戒心だけど、薄い訳が無いからね。これで分かった。蔦をいなして呪術に反応を示さなかったという事は、物理的な力なら効果があるって事だ』


 ディオニュソスがフォンセを狙わなかった理由は、どの程度の耐久力を持ち合わせているかの確証を得る為。蔦などのような物理的な力を防いだのに対して今さっきは動こうともしなかった。何かが迫っている事は理解していたのに、だ。

 その事からフォンセの体質を完全に見切ったディオニュソスは近くのエマと共に、フォンセにも細心の注意と警戒を払う。


『やっぱり一人……いや、今は一匹か。一匹で二人を相手にするのは辛いものがあるな。動物はベースじゃない、此方の戦力を増やすとしよう。"葡萄の樹の巨人スタフィリア・デンドロン・ギガンタ"!』


『『…………!』』


 それと同時に、ブドウの樹からなる二体の巨人兵士を形成した。

 その巨人兵士は大広間の天井を突き抜け、最上階の廊下にまで届く頭でエマとフォンセを見やる。そのままディオニュソスは二人を誘導した。


『召喚しておいてなんだけど、外に出てくれ。城の中で暴れられたら俺も困る』


「やれやれ。面倒だな」

「まあいい。外の空気を吸いたかったところだ」


 二人は一応その言う事を聞き、エマは日差し対策の為に何処かへ仕舞っていた傘を取り出して外に向かう。酔いが完全に覚めていないフォンセもそれに続き、二人と一匹。そして二体は城の外で改めて向き直る。


『出て貰ったばかりで悪いけど、いきなり攻めさせて貰う。此処からは全力で行こう!』


『『……!』』


「ほう?」

「へえ?」


 地面に四肢を突き立て、力を込めて大地を踏み砕く。その勢いで加速したディオニュソスは第三宇宙速度でエマとフォンセ目掛けて迫った。

 二人はその速度を見切って避け、ディオニュソスが空を切る。同時に背後へ進み、背後に連なる山々を粉砕した。


「速度と破壊力はまあまあのようだな。ブドウの神がこれ程の力を持っているのは凄い事か」


「ああ。空気を吸って少し落ち着いた。これならあのくらいの速さは見抜ける」


『『……!』』


 力を上げたディオニュソスに二人が称賛している時、樹の巨人兵士が家一軒程の範囲に及ぶてのひらを持つ巨腕を振り下ろした。


「攻めて来たか。それなりに巨大だな」

「ああ、しかし速度はそうでもない」


 エマとフォンセは見切ってかわし、それによって山の一角は沈み、辺りに大きな土煙を舞い上げる。

 力はそれなりだが、エマたちからしたら大した速さではない。常人から見れば巨体にしては中々の速さと思うかもしれないが、エマたちからすれば今まで戦ってきた存在からしてもあまり速くは感じないのだろう。


「しかしまあ、広範囲の攻撃は厄介。ディオニュソスが戻って来るよりも前に片付けたいところだが……」


「それも難しそうだな」


 樹の巨人をどうするか。そう考えているうちに山を崩したディオニュソスが戻って来る。それもそうだろう。先程の速度なら数十キロを数秒で進める。なので戻るのも速いのだ。

 エマとフォンセは改めてディオニュソスと樹の巨人に向き直り、相手の出方をうかがう。しかし全力で行くと告げたディオニュソスは即座に行動へと移り、エマとフォンセ目掛けて一気に肉迫した。


『ハァ!』

「仕方無い。受け止めるか」

「ああ。"風の緩衝材(ウィンド・クッション)"!」


 エマが手に風を込め、フォンセが風魔術の緩衝材を作り出す。第三宇宙速度で進んでいたディオニュソスだがそれに受け止められ、勢いが殺されて停止する。即座に腕を振り上げて爪を下ろし、それはエマが腕を掴んで受け止めた。それと同時にフォンセへ指示を出す。


「今だフォンセ! 巨人の兵士を焼き払え!」

「分かっている! "終わりの炎(ラスト・ファイア)"!」


 その指示に従い、禁断の魔術をもちいて樹の巨人を焼き払う。刹那にエマはディオニュソスの懐へ手を伸ばし、雷を纏った。


「近距離の電力は痛いぞ。気を付けろ!」

『……ッ!』


 それと同時に雷を放出し、その獅子の身体を感電させる。雷撃に包まれたディオニュソスは痙攣を起こし、稲光によって周囲が白く染まった。

 当然雷では倒し切れないだろう。しかし確かなダメージは与えられた筈だ。

 雷を受けたディオニュソスは飛び退くようにエマから離れ、少し焦げた身体に視線を向けてエマとフォンセへ向き直る。


『こりゃ少しマズイかもな。樹の巨人もあっさり消されたし、成す術の大半が消されたか』


「まあ、元々奥の手は少ないと言っていたからな。それで、どうする? 続けるか?」


「私たちは何も完全に倒す必要が無いからな。お前が降参するならそれを受け入れる。無論、降参した降りをして奇襲を仕掛けても構わないがな」


 ディオニュソスが自身に課せた制約から、呪術などの攻撃は使わないで戦っていた。なので肉体変化にブドウの樹を神域に昇格させた力。それらをもちいて戦っていたのだが、結果はこの有り様。殆どの手は尽くしたようだ。

 その事について、エマとフォンセからすればディオニュソスが降参するならその時点で終わらせると告げた。勝利という事実が手に入れば良いのでその様な考えなのだ。

 そんな二人の言葉に対し、ディオニュソスは続く。


『それは有り難いが……そう言う訳にもいかないさ。一応幹部だからね。侵略者相手に退く訳にはいかない。……だから、まだまだ全力で行かせて貰おう……!』


「分かった。それなら私たちもそれを受け入れるまでだ。貴様ももう覚悟は出来ているのだろう。何も問う必要も無いだろうな」


「ああ。幹部のお前が続けるなら此方も続けるまでだ」


『当然……!』


 まだまだ気力のあるディオニュソスは、山全体を覆い尽くす程のブドウの樹を生やした。それを身体に纏わせ、自らをブドウの樹にて強化する。

 その全長はこの山程の大きさ。足元にある巨大な城がミニチュアに見える程の巨躯だった。しかしそのまま攻めるのではなく別の山に一回の跳躍で跳び移る。おそらくそこから一気に突進するつもりなのだろう。


『"神樹獅子の突進イエロ・デンドロン・リョダリ・ルッシュ"!』


 それだけ言い、神としての力を纏いながら第三宇宙速度を超越して加速した。

 まだまだ気力はあるが、おそらくこの一撃で決めるつもりなのかもしれない。神の力と巨躯も相まり、直撃すれば星くらい容易く砕けてしまう程の力。エマとフォンセはそれを前に自分たちも力を込める。


「あれの対処をするには山に通じる天候が必要か……大変だな……!」

「まあ、正面から迎え撃てば良いだけさ。"魔王の風(サタン・ウィンド)"!」


 そしてエマとフォンセによって放たれた、強大な力。

 エマが放ったのは台風やハリケーンと言った嵐を全て圧縮して威力を凝縮した塊。そしてフォンセが放ったのは魔王の魔力からなる風魔術。

 それらによって全身を覆ったディオニュソスは止められ、その衝撃が天空を覆う。ディオニュソスの巨体からして余波は地上では無く天空に飛ばされているらしい。それによってこの星から近辺の惑星は軌道がズレ、一周回って元に戻る。そして当のディオニュソスは────遥か上空にまで吹き飛んだ。



*****



「……どうやら……やられてしまったようだな……」


「ああ。力も解けて元の姿に戻っている。だが、大したものだ。あれを受けてまだ喋れるとはな。死してもおかしくない力だったからな」


「そうだな。ああそれと、此処にある山々……大分沈んだから後で戻しておくとするよ」


「ハハ……それは……助かる……」


 それだけ言い、上空から落下したディオニュソスから意識が消えた。死んではいないが、あの破壊力から暫くは意識が無くなったままだろう。

 エマとフォンセも平気そうではあるが余波によって大分ダメージを負った。因みに城は無事である。というより、余波で城が消えなかったのは奇跡と呼べる事柄だった。おそらく風によって山岳地帯全体が押されたので山岳地帯その物が下がった代わりに城は無事だったのだろう。


「さて、私たちの役割は終わった。少し休憩してから城に戻るとしよう」


「ああ。酔いは覚めたが……今度はダメージで動きにくくなっている……」


 何はともあれ、幹部の一人ディオニュソスとの決着は付いた。残るは城内に居るライ、レイ、リヤンの三人とこの街最後の幹部のヘスティアのみだろう。

 二人は戦闘に置ける負傷もあるので一時的に休憩する。

 これにて、エマ、フォンセ、とディオニュソスの戦いは終わりを迎えるのだった。

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