七十六話 魔族の国・三番目の街
洞窟に入り込む微かな光を追い掛けて少し歩くと、清涼な風がライたちの間を通り抜ける。
「おお……」
「……ほう?」
「「「「…………!」」」」
バサァと吹く風に煽られ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、キュリテの服や髪が風の流れに乗って少し浮かび上がる。
ライとエマはその風を受けて少さく声を上げ、レイ、フォンセ、リヤン、キュリテは顔を腕で覆った。
そしてその風は通り過ぎ、咄嗟に目を閉じていたレイたちはゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていた光景は──
「……大きな……木……?」
──先ず目に入ったのは天を突く程の巨躯を誇る大木。
目を凝らすとそれは建物らしく、今居る場所から見れば小さい窓があった。
魔族の国にある街での夜という事で、此処に届く程賑やかな声が聞こえる様子が窺える。
その街が発している光によって、夜でも辺りを見渡せる程だ。
しかし、それだけならば魔族の国全体に言える。ライたちは別の事が気になった。
それは、
「……珍しいな……今時箒や絨毯で空を飛ぶなんて……」
箒や絨毯を駆使し、空を飛び交う人々だ。
この世界では空を飛ぶことなど風を扱う魔法使いや魔術師なら容易に出来る事である。
そう、四大エレメントの"風"を使えば、魔法使いや魔術師の身体から風を放出して空を飛ぶ事が出来るからだ。
しかし箒や絨毯で空を飛ぶという事はつまり、自分の魔力をそれらのような"物"に入れ、一時的に"物"を強化して空を飛ぶ物を創るという事。
勿論魔力を込めずとも飛ぶ事の出来る魔法道具はあるが、大抵は自分で込めて創る物なのだ。
一度それを創れば数日は魔力が逃げずに飛び続ける事が出来るが、悪いタイミングで魔力が切れてしまった時はそれによって怪我をしたり死してしまう可能性がある。それならば自分に魔法・魔術を纏って空を飛んだ方が怪我の確率も少なく、安全性も高いだろう。
「……道具だけじゃない。……まあ、これは古いと言う訳じゃないが……この街の人々は生活に関する全てを魔法・魔術で行っているな……こっちから見えるだけだからよくは分からないが……武器は杖とかのような魔力を込めて使う魔法道具ばかりだ……」
それに加え、その者達の服装は黒い物や高いとんがり帽子などを着用している。
"イルム・アスリー"が科学の街だったとしたら、さしずめこの街は魔法・魔術の街。と言ったところだろう。
「科学の次は魔法・魔術か……。ハハ、それは良いな」
その街を一望し、フッと笑いながらライは言った。何はともあれ、地図によるとこの街に幹部が居る筈だ。
そして目的を着々と進める為、その街へ向かう事にしたライ一行だった。
*****
──魔法と魔術の街。
先程の洞窟からこの街までは然程距離が無く、僅か数分で街に辿り着いたライたち。
夜という事もあり、その街に住む魔族達はやはり賑やかだった。
そして、
「……ねえ……本当に此処までする必要があるの?」
「アハハ……まあ、キュリテは有名らしいし……科学の街……"イルム・アスリー"……だっけ? そこでやった事とかもあるからね」
「ふふ……その通りだ。情報網が回復しているかは分からないが、全員が全員ダークやゼッルのような思考ではないからな。キュリテの事を報告する輩もいるだろう。数時間で復興できたとはいえ、自分の街をボロボロにされていたんだ。怒りが収まらない者も多い筈だ」
「えーと……」
顔バレしているキュリテと人間であるレイ、そして魔族ではないエマとリヤンは近くにあった適当な装飾品で変装していた。
ただの変装では意味が無いレイ、エマ、リヤンは自分たちの持つ特有の匂いを何とか消している。
「備えあれば憂いなしって言うだろ? 何事にも備えは必要なのさ。……まあ、見たところこの街に住んでいる魔族は喧嘩とかをしている様子も無いからな。ある程度は他の街よりも温厚そうだ」
辺りを一瞥し、この街に居る者の様子を窺っているライ。
そもそも、今まで行った魔族の街では"イルム・アスリー"だけが異常なまでに喧嘩っ早かった。
他の街は分からないが、幹部が住む街では幹部が管理している為、争い事なども起こりにくいのだろう。
"レイル・マディーナ"のように裏路地くらいにしかそういった輩は集まらない筈だ。
「さて……温厚そうだというのには同意するが……これからどうするんだ? 宿を探すのか一通り街を見て回るのか……私的には魔法・魔術の街らしい此処でこの本を調べてみたいところだが」
そしてフォンセはリヤンの家で見つけた本を取り出しながら話す。魔法・魔術に長けている街ならば、詳しい事が分かるかもしれないからだ。
本を再生させるだけならばフォンセも出来る。しかし、それから得られる物はどの程度の情報なのかは分からない。
古い書物という事でエマが着いて行くのは決定事項だが、エマの持つ知識よりも古い知恵が必要なのだ。
なので、魔法・魔術関連の物が多彩に置いてありそうなこの街で調べものをするという事はこの本の謎を解くというに当たって重要な事の一つなのである。
「そうか。なら、また別々にチームを作って調べ物でもしてみるか? その本を調べる者と、宿を探す者。そして街を軽く探索する者……いや、宿を探す者と街を探索する者は一緒で良いか」
フォンセがやりたい事を言ったあと、それを聞いたライが提案する。それは大きく分けて二つのグループを作り、それぞれの行動をすると言う事だ。
「ふむ、それが良いな。私はライの意見に賛成だ」
「うん。私も賛成かな」
「……意義なし……」
「そうだねー」
「ああ」
エマ、レイ、リヤン、キュリテ、フォンセの五人はライの提案に賛成する。そして何度目かになるチームを作くる事となり──そのチーム分けの結果、街を探索しながら宿を探すメンバーはライ、レイ、キュリテの三人。本を詳しく調べる者はエマ、フォンセ、リヤンの三人となった。
それらのメンバーだが、決めた理由はこうだ。
──先ず本を詳しく調べる為のメンバーは、本を再生する為のフォンセに、再生させた後に現れるだろう古文を読む事の出来るエマ。そしてその本の持ち主? であるリヤンが加わるという事。次に街を探索しながら宿を探す者は、消去法でこのメンバーとなったのだ。
*****
「……さて、先ずは宿を探すか街を見て回るか……どっちにする?」
「うーん……私は宿かな……?」
「うん。私も宿が良いと思うよー? 街の事なら少しは分かるからね」
エマたちと別れ、三人となったライ、レイ、キュリテは何から始めようかと話し合っていた。ライが切り出した質問に対し、宿を優先と答えるレイとキュリテ。
「そうか。……確かに宿を見つけてそこを拠点として動けば動きやすくなる。宿を見つける途中でもこの街をある程度見て回れるからな……よし、そうしよう」
レイとキュリテの言葉を聞き、それから利点を探し当てて宿を優先する事に賛成するライ。
こちらの三人は、先ず始めに宿を探すという事で纏まった。
*****
「この本を調べたいが……この街で図書館のような場所はないだろうか……?」
「さて、どうだろうな? 図書館のような場所は大きな建物……まあ、魔法・魔術の国で普通に考えれば一際目立っている大木の中……という線が一番それっぽい」
「……うん……。それに、本を持って歩いている人は皆あの木の方向から来ている……」
一方の三人は、本をどうやって調べるかを考えていた。
取り敢えず図書館に行くという事になったが図書館の場所が分からず、周りの人々を見て図書館の場所を推測する。
「……じゃあ、やはりあの大木へ向かうのが一番か……」
「「ああ(うん……)、そうだな(ね)」」
フォンセが言い、その言葉に頷くエマとリヤン。そしてこの三人は、大木を目標に動き出す事となった。
*****
「見れば見るほど魔法使い・魔術師が多いな……」
「まあ、見ての通りこの街……"タウィーザ・バラド"は魔法・魔術が盛んだからねー。日常に必要な事は大体魔法・魔術でやっちゃうよー?」
「"タウィーザ・バラド"……この街の名前ってそう言うんだ……」
ライたちは周りを興味深そうに眺めながら歩いていた。
そんな中、キュリテがこの街の名を言う。この街の名は──"タウィーザ・バラド"というらしい。
"レイル・マディーナ"、"イルム・アスリー"と続いて、三つ目の街の名だ。
そしてライたちが歩いている場所は石造りの街道で、そこの左右に揃えられて両脇を埋めている街路樹にはあらゆる花弁が咲き誇っている。
「今の……この国の季節では無い花……魔法・魔術を使って様々な季節の花々を咲かせているのか? ……となると幹部は花や木のような自然が好きなのかもしれないな……」
その花を見、幹部の姿を想像するライ。それは自然が好きそうという偏見的なイメージだが、争い事が好きな魔族で花が好きというのは一体どういう事なのか分からなくなる。
中には自然を愛する者も居る。という事なのだろうか気になるところだ。
「えーと……この街の幹部は誰だったっけなー……」
「ハハ、別に思い出そうとしなくても良いぞ? そんな事をしなくても何れ出会うんだからな」
ライの言葉を横に、幹部の名前を思い出そうとしているキュリテ。そんなキュリテに向け、ライは別に良いと言う。
仮に名前が分から無くとも、征服するに当たって何れ分かる事だからだ。
「それよりも今は宿を探さなきゃな。休む場所がなきゃ戦いは不利になる」
「うん」
「そうだねー」
そしてライは戦闘に備え、宿を見つける事が最優先と言う。拠点が無ければ何事も進まない。なのでレイとキュリテも頷き、再び宿探しを再開する三人。
「とは言ったものの……この街の全体がどんな風になっているのかは分からないからな……地図に書かれているのは幹部が住む街の場所だけだし……」
そして再開するや否や、ライは何処をどう行けば何処へ辿り着けるのかが分からないと言う。如何せん初めて来た街の為、その街に関する知識が無いのだ。
「まあまあ、元々探索を兼ねて宿を見つけるつもりだったんだし仕方無いよ」
「そうだな」
そんなライの言葉にキュリテがこらから探索するつもりなのでまだ詳しく知らないのは仕方無いと返し、ライは割りきるように頷く。
「……あ」
すると突然、レイが何かを見つけたような声を出した。
「……どうしたんだ?」
そんな反応を見、ライとキュリテはレイの方に視線をやり、小首を傾げて"?"を浮かべる。
「あ、いや……大した事じゃないし宿を見つけたって事でも無いんだけど……彼処にあるお店のような建物……彼処にこの街の地図とか無いかな……? ちょっと古い見た目だけど……地図が無くても場所を聞けるかもしれないし……」
レイが見つけた物、それは数十メートルほど離れている場所にポツンと建っている店だ。雑貨屋らしく、そこならば何か手掛かりがあるかもしれない。
「確かに店があるな……不自然なのは他の店には人だかりが出来ているにも拘わらず、彼処の店だけ人が集まっていない……それも古いからか?」
ライは手を横にして額に当て、暗闇に目を凝らしながらその店を確認する。
その店は中々古いらしく、客と呼べる者どころか店に興味を示す者すら居なかった。
「まあ、ヒント……っていうかこの街に関する知識が全く無いし、利用しない手は無いな。人がいないってのも場合によっては、邪魔が入らない……って考えられるからな」
しかし、人が居ないのは好都合。盗み聞きされる心配も無く話が出来ると考えれば中々良いモノだ。そしめ、その店に寄ったライ、レイ、キュリテの三人。
その店は本当に雑貨屋らしく、魔法道具から食料まで、品揃えも豊富な店だった。それは客が一人も居ないのは不自然と思える程に。
「すみませーん! 誰かいませんかー?」
先ずライは店の入り口で店員がいないかを確認する為に少し声を張って呼ぶ。
それに対してはシーン。と静寂が返し、特に返事らしい物は無かった。
「留守……ではないな。微かに人? の気配もするし、何より留守だったら戸締まりをしていないってのは考えにくい……まあ、戸締まりを忘れただけ……ってのもありそうだけどな」
店内をグルッと見渡し、試しに商品を手に取ってみるライ。
このまま入り口で屯していても意味が無い為、三人はその店に入った。
「何かお探しですか……」
「「「!!?」」」
そして、店に入ると同時に『後ろから声が掛かる』。
ライたちは警戒しながら振り向き、そちらを見やる。
「何かお探しですか……?」
そこは、先程までは誰もいなかった筈の場所だったのだが、ローブを纏って顔の見えない一人の老婆が立っていた。
気配を感じさせず、突然現れたかのように錯覚する程に何も感じ無かったのだ。いや、突然現れたとたら現れた瞬間に気付くだろう。
なのにライたちは、声を掛けられるまで気付く事が出来なかった。それが問題だ。
「……ああ、探し物だ……。長旅(この国では三、四日だけど……)で疲れているんです。だから、六人くらいが泊まれる宿か何かを知らないですか?」
ライは警戒を解かずにローブを纏った老婆へ自分の目的を話す。話しているライの後ろではレイとキュリテが肯定するように頷いていた。
「……そうですか。宿ですか……いやいや、お若いのに大変ですねぇ……宿なら、彼処の突き当たりを右に曲がってそのまま真っ直ぐですよ……」
その老婆はライに返すよう、ライたちに笑い掛けながら石造りの道を指差して説明してくれる。
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ僕たちは此処で……」
「じゃ、じゃあ、またねー……」
「またいつかー……」
そして道を聞き終え、そそくさと帰ろうとするライ、レイ、キュリテの三人。
得体の知れない老婆。そんな者の前にずっと居る事はそれだけで何かしらの問題が起こる可能性もある。なのでライたちは即座に行こうとしたのだ。
「いやいや、折角この店に来たのですから……少し話しましょうや……」
「い、いや……」
予想通りライたちを引き止めようとする老婆。即座に行けなくとも、話を聞くのも別に構わないのだが、此処は魔法・魔術の街。
仮にこの老婆が"テレパシー"のような技を使った場合、レイやキュリテの思考が読まれて征服しようとする考えがバレてしまう可能性があるのだ。
「安心して下さいな。私は何もしませんよ。……しがない老い耄れの話を聞いて欲しいだけです」
「……えーと……」
「ど、どうしよぅ……」
そして当たり前か、お祖母ちゃん子だったライやお祖父ちゃん子のレイに老人の誘いを断れる筈も無く、話を聞く事になってしまった。
「えーとですねぇ……」
そして老婆は話を始めるが、その話は本当に他愛も無く世間話のようなものだった。特に問題も起こらず老婆の話は終了し、ライ、レイ、キュリテの三人と老婆は店の外に出る。
「いやいや、ありがとうねぇ。こんな老婆の話を聞いてくれて……。……そのお礼に、これを上げるよぉ」
そしてライたちが店から出るとき老婆はそう言い、箱のような物をライへ手渡す。
「……これは?」
ライはその箱を受け取り、老婆に箱の中身を尋ねる。何の変哲も無いただの箱。それが何か分からなかったのだ。
「ふふふ……それはいつか必要になると思うさねぇ……。お友達と一緒に見なさんなぁ……『ライ・セイブルちゃん』……」
聞いた事のあるような言い回し。老婆はそれだけ言い、店の中へ消えていく。
「え!? いや、ちょっと……!」
ライはその言い回しに疑問を覚え、ライは老婆の後を追ってその店に入る。
その後に続くよう、レイとキュリテも訝しげな表情をしながらライの方へと着いて行く。
「「「………………え?」」」
──そして、そこには『店など無くなって』おり、誰もおらず崩れ掛けの建物のみがあった。
「……! まさか……!」
流石にこれはおかしいと外に出るライたちだが、そこには先程のような古い店の形さえ無くなっており、ただの空き地。大昔に何かがあったかのような跡地のみが残っていた。
「……これは……」
「幻術……?」
「……いや……」
レイ、キュリテ、ライの順番にそれを見て話をし、レイとキュリテは敵の仕業と推測する。
しかしライは、そんな二人を横に話など耳に入っていないかのように俯いており──
「…………ッ」
──何も言えなくなっていた。
「……ライ……?」
「……ライ君……?」
その様子に訝しげな表情を浮かべるレイとキュリテ。先程まで元気だったライ。
しかし、今のライは何とも言えぬ表情となっており、生気があるのか無いのかすら分からない状態。
「……いや、何でもない……。……何はともあれ、宿の場所を聞けたんだ……。早くそこへ向かおう……。それから街を探索だ……」
ライは顔を上げ、顔を引きつらせながら無理やり笑顔を作って二人へ返す。
このライの反応を見、何でもない訳が無いと考えているような表情のレイとキュリテ。
「……レイちゃん……あれって……」
「……うん。何時ものライらしく無い……」
二人はライに聞こえないようヒソヒソ話をし、その様子を窺う。
「……あ、そうだ……。私の超能力……"テレパシー"で……」
そして、キュリテは何かを考えているライに向け、"テレパシー"を放って思考を読もうと考える。レイはキュリテに向け、静かに話す。
「……多分、無理だと思う……。魔……ライはそういった能力が効かないから……"テレパシー"でも思考を読む事は……」
「……あ、そっか……」
しかし、ライ……もとい魔王(元)は魔法・魔術・超能力etc.の類いが効かない体質だ。
その為に、ライの考えを読む事は不可能だとレイは言う。
ライはまだ魔王(元)の事をキュリテとリヤンに教えていない為、一応その事は伏せるレイ。
キュリテもライの体質は理解しておりフォンセにも言われた事がある為、それは無理な事だと納得する。
(……まさか……そんな……)
【……動揺してんな……】
ライの疑問と動揺が収まらず、魔王(元)がそれについて言うがライには聞こえていないようだ。
そして何とか歩き出したライと怪訝そうな表情をしているレイとキュリテは老婆に教えられた道へ行き、宿を見つけた。