七百七十話 激化する戦闘
「少し空気が薄いな。悪いけど、この部屋は破壊させて貰うよ」
「「「ええ、構いませんよぉ。アナタ達も修繕は手伝ってくれるらしいので」」」
三人となったヘスティアを前に、一先ずレイとリヤンの身を案じたライが壁を砕いて外から空気を一気に取り込ませた。まだ炎は残っているが、それも何れ収まるだろう。
改めて六人は向き直り、次の瞬間一気に駆け出した。
「オラァ!」
「やあ!」
「えい……!」
「「「"暖炉の炎"!」」」
ライが拳を放ち、レイが勇者の剣を振り下ろす。リヤンがコピーした魔術で嗾け、ヘスティア達が小手調べの時に放った炎と同じ炎を放つ。技は同じだが三人のヘスティアからなる炎はより強力なものとなっており、六つの攻撃が衝突してこの部屋を吹き飛ばした。
「もう部屋が耐え切れなくなったみたいだな。外と廊下がよく見えるようになった」
「ふふ、けれど中々に力は抑えられましたねぇ。本来ならこのお城その物が消え去ってもおかしくない破壊力でしたから」
消し飛んだ衝撃によって生じた煙を周りに、ライたち三人とヘスティア達三人は向き直る。この部屋が吹き飛ぶだけで済んだのはかなり力を弱めたからかもしれない。本来ならこの城から城の建っている山の一角は削れていた事だろう。
「さて、まだまだ嗾けますよぉ」
「ああ。構わないさ」
本物のヘスティアの言葉に、分身達は緩く不敵な笑顔で構える。その両手には炎が纏われており、次の瞬間にそれらが放出された。
その火炎をライは片手で防ぎ、レイとリヤンが炎に紛れて左右からヘスティアを狙う。
「じゃあ、私達はこの二人を相手にしますねぇ」
「任せて下さぁい」
「ええ。任せましたぁ」
「「はーい」」
ヘスティアとヘスティアがレイとリヤンに対応し、本物のヘスティアがライを相手取る。同じ顔と身体を持つ三人が別々に話しているのは何とも言えない奇妙な感覚だが、ライたちは自分の相手となるヘスティアをしかと捉え、三人が各々の相手をする。
「私の相手は貴女ですかぁ。その剣……気になっていたので調べるには丁度良いですねぇ」
「悪いけど、分身相手にはそう時間を取れないから……!」
「そんなぁ。もう少し楽しみましょうよぉ」
レイの相手をするヘスティアが両手に込めた炎を放ち、レイは勇者の剣で炎を切り裂いて迫る。このヘスティア(分身)の思考回路は本物と同じ。分身が勇者の剣を気に掛けているという事は本人も気にしているようだ。
しかしそれは今、関係の無い事。構わずに剣を振るい、ヘスティアの分身を狙う。しかし分身とは言え簡単にやられる訳でもなく、剣を躱すと同時に炎を纏って放出させた。
「……っ。やあ!」
「おっとぉ……その剣……炎も簡単に斬れるのですかぁ。まぁ、確かに切り裂いていましたねぇ」
その炎を切り裂き、ヘスティア(分身)を突く。だがヘスティア(分身)はそれも避け、身体を炎に変えて剣を潜り抜けるようにレイへ近付いた。
「やっぱり……ゾフルやロキみたいな動き……」
「ふふ……ロキに会った事があるのですかぁ。私はありませんけど、中々貴重な体験しているようですねぇ。ゾフルさんという方はご存知ありませんけど」
ロキの名を聞き、ヘスティア(分身)は興味深そうに話す。しかしそこまで気にはしていないのか、即座に炎を放つ。その炎も切り裂き、二人の衝突で周囲が揺れた。
「貴女の力……何か不思議ですねぇ。何と言うか、規則性が無い……様々な力は持っているようですけどぉ……その全てが別物なんですねぇ」
「……別に……」
その一方で、もう片方のヘスティア(分身)はリヤンの力を気に掛けていた。リヤンは自分の持つ幻獣・魔物の力のみならず、魔法や魔術の類いも使っていた。それがあったからこそリヤンの力が気になったのだろう。
本物でも分身でも気の抜けている存在なのは変わらないが、幹部としての鋭さはある。仕掛けた様々な罠にライたちとの接触。今までの行動からしても案外巧妙なのだ。罠の方は途中から手を抜いたりしていたが、巧妙だからこそ幹部を努める事が出来ているのである。
「急激な身体能力の上昇に、種類の違う魔法や魔術。他にも色々と隠していそうですねぇ」
「……っ」
その鋭さに戦う事なくリヤンを追い詰めるヘスティア(分身)。緩い口調とは裏腹の鋭さ。それがあるからこそ調子が狂って相手のペースに飲み込まれるようだ。
なのでリヤンはそれを振り払い、力を込めて嗾けた。
「そんなの……どうでもいい……! "炎"……!」
「通常の炎魔術……けれど、その呪文は魔族の国のものですねぇ……先程までは何も言わずに今と同威力の魔術を放てたようですけどぉ……態々それを唱えて無詠唱と同威力の魔術を放つ……少し慌てているようですねぇ」
「……!」
リヤンが放ったのは魔族の国の炎魔術。しかし先程までは何も言わずに放てるバロールの魔術を使っていた。というより、通常エレメントは何も言わずに同威力を誇るバロールの魔術を使う事が多いのだ。
しかしヘスティア(分身)に指摘された事が響き、その言葉を掻き消したいからこそ思わず放ってしまったこの魔術。ヘスティア(分身)はその事から更なる核心を見つけつつ、魔族の炎魔術を炎で相殺する。
「考えられる線は別々の国で色々なスキルを身に付けた……もしくは、何らかの方法で他国の力を模倣した……感じでしょうか?」
「……っ。"神の炎"……!」
「……! これは……不味いですねぇ……」
リヤンの力を見抜き続けるヘスティア(分身)の言葉に畏怖し、思わず放ってしまった神としての炎。それによってヘスティア(分身)の炎は容易く掻き消され、分身その物を焼き消した。
「今の力……神聖な……私たちと同じような感覚でしたねぇ……」
「余所見をするな!」
「……! おっとぉ……危な……い?」
その力を見た本物のヘスティアはリヤンの炎に興味を示し、ライがそれを掻き消すように拳を放って嗾けた。
ヘスティアはそれを避けるが、その攻撃に一瞬困惑の表情を浮かべる。ライの放った拳は漆黒の気配を纏い、リヤンの炎と相殺されて消滅した。
「……貴方の拳……心無しか私を狙っていないように思えましたねぇ……? それに、あの禍々しい気配……一瞬、貴方の力が膨れ上がったような……」
「ハッ、気の所為だ! 余所見してると危険だぜ?」
誤魔化すような口調で言い、ヘスティアに向けて回し蹴りを放つライ。
そう、今のライはこの世界を消し去るよりも前にリヤンの炎を魔王の力を纏って相殺させたのだ。ヘスティアはその事に気付いていないらしいが、魔王の力からおぞましい気配は感じたようだ。
だがライが繋げた攻撃によってその思考と感覚は消される。リヤンの為にもライがそうしたのである。
「気の所為……その言葉で私を誤魔化せるとでも思っているのですかぁ? それは腹立たしい事ですねぇ……。しかし、貴方の……アナタ達の力……危険です。侵略者とのゲームをもう少し楽しみたかったのですけど……もう楽しんでいる余裕は無さそうですねぇ……」
「ハハ……厄介な事になりそうだな……まあ、別にバレても良いんだけど」
当然ヘスティアを誤魔化せるとは微塵も思っていない。だが、リヤンの正体に気付いていない様子からなるべく隠し通したい気持ちはあるようだ。そうでなくては此方としても色々と不都合だからである。
ライ、レイ、リヤンとヘスティアの織り成す戦闘。それはヘスティアの分身一体が消え去ると同時に、終盤に掛けて進んでいた。
*****
『ハァ!』
『グルァ!』
「はっ!」
「"切り風"!」
獅子の身体であるディオニュソスと巨大な熊。そして無数の蔦が一気に迫り、エマとフォンセが風を用いて迎え撃つ。
エマの風によって二匹は飛ばされ、フォンセの魔術で蔦を切り裂く。同時にエマが駆け出し、着地したディオニュソスが駆けるエマの足元から槍のように蔦を突き上げた。それを次々と躱し、跳躍して蝙蝠の翼を広げて滑空しながら嗾ける。
「はあ!」
『素早いな……!』
放ったのはヴァンパイアの腕力を用いた拳。天候を纏うにも少し時間が掛かるのでこの勢いで攻めるならその方が手っ取り早いのだ。
しかしディオニュソスも何もせずに受けるという事もなく、獅子の巨腕で迎え撃つ。二つの腕はぶつかり合い、エマの拳が爪に貫かれる。それによって鮮血が飛び散るが関係無い。勢いそのまま殴り飛ばし、一瞬ディオニュソスの身体を浮かせる。そして片手に暴風雨を纏い、圧縮して威力を高める。同時に体勢を低くして浮き上がったディオニュソスに嗾けた。
『グルァ!』
「……! 貴様が先か……!」
その瞬間に熊が背後から迫り、ディオニュソスから標的を変更する。エマの圧縮された天候の塊が熊の懐に放たれ、一気に解放されたエネルギーがその身体を吹き飛ばした。
込めたのは暴風雨。雷なども混ざっており、魔力からなる熊は光の粒子となって消え去った。
『消されたか。また1vs2に逆戻りだ』
「元々そんな感じだっただろう。あくまで魔力の塊……その気になれば、まだまだ無数に出せる筈だ」
『まあね。けど、ベースが生き物だからな。あまり残酷な事はしたくないのが心境さ』
先程までの熊は魔力の塊である。なので倒されたとしても幾らでも生み出せるのだ。
しかしディオニュソスの考え方が考え方なので、生き物を何度も消されるのには耐え難いとの事。なのでディオニュソスは獅子の姿のまま、他の味方生物は出さずに構える。
『まあ、俺だけでも十分さ。本気の殺し合いという訳じゃないんだ。拘束するか意識を奪えれば上々……!』
「ふっ、そうかもな。しかし、そう簡単にはいかないだろう。まあ、確かに貴様が本気じゃないのは見て分かる。伝承でのディオニューソスは呪術も得意としていた筈だが、貴様はまだそれを使っていないからな。あくまで私たちの拘束が目的という訳だ」
『まあ、そんなところかな……!』
四肢に力を込め、一気に駆け出すディオニュソス。周りには蔦も生み出しており、自身の肉体と蔦などの操作術のみで攻めていた。
ディオニュソス。もとい、ディオニューソスは相手を狂わせる呪術なども使える。しかし今回のディオニュソスは変化の力とブドウの蔦や樹に召喚術しか使っていない。なので今回は、本気ではあるが殺さぬよう調整した上での戦闘という事である。
相手を狂わせる呪術のみならず、おそらく即死の呪術も使えるだろう。様々な力を使える事も相まり、幹部という立場上自身で抑制して戦っているという訳だ。
「まあ、気にはしないがな」
『そう来なくちゃ侵略者の名が廃るだろうさ!』
蔦を霆で焼き落とし、ディオニュソスを正面から受け止める。それによって床が剥がれ、音を立てて砕け散る。そこにフォンセが姿を現し、エマをサポートすべく嗾けた。
「"風の衝撃"!」
『"蔦の守護"!』
放たれた風の衝撃波をディオニュソスが束ねた蔦の壁で護り、押し出された空気圧がその壁を更に押し潰す。それによって部屋全体が崩れ落ち、下層の方へと落下した。
それによって大きな粉塵が舞い上がり、一つ下にある別の大広間へと到達する。
「この城も中々の広さを誇っているようだな。大広間の一つ下が大広間か。寧ろ少し多過ぎるくらいか」
『まあ、色々と役には立つからね。最近は物騒だ。いつ何時街が襲われるか分からない。だから街の住人を避難させる事の出来るように大部屋を増やしているんだ』
「成る程な。確かにその考え方はありだな。幹部の街を襲撃するような命知らずが居ればの話だが」
『それ、自分の事を棚に上げているよね?』
「ふふ、さあな」
再び床から無数の蔦を生やし、先程まで床だった場所、つまり天井から降りてきたエマとフォンセに構えるディオニュソス。熊は消したが、数の差など幹部相手では僅差だろう。
ライ、レイ、リヤンとエマ、フォンセが織り成すヘスティア、ディオニュソスとの戦闘。それはまだ激しく続くと同時に、完全なる決着へと向かっていた。