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七百六十九話 幹部達の奥の手

「じゃあ、早速見せてあげるよ……!」

『……』


 ──刹那、ディオニュソスは片手に魔力を込め、体長六メートルはある巨大な熊を召喚した。


「召喚術……。確かにディオニュソスはその様な力を使うと聞いたな」


 そう、ディオニュソスは魔術や呪術のような力に召喚術を使う事が出来る。他の神々は魔法や魔術とも少し違う力だったが、半神半人のディオニュソスは様々な力に対応出来ているのだ。

 その事について知っているエマは特に指摘せず、熊の方へ視線を向ける。


「それでその熊……ただの熊ではないな? おそらくだが、野生の熊とは違う魔力から構成された熊だろう。その大きさも通常の熊より巨大だしな」


「まあ、そんなところかな。俺の魔力からなる熊……そんじょそこらの幻獣・魔物よりは遥かに強いよ」


 ディオニュソスの創り出した熊は普通の熊ではない。通常の熊の何十倍も力は強いだろう。そして当のディオニュソスは四つん這いになり、自身の身体に魔力を込めた。


「……。そうか、そう言えば貴様も何かになれるんだったな?」


「ああ。言っただろ? 多くは無いけど、奥の手は幾つか持っているってね……!』


 少し長めの紫色の髪の毛が更に伸び、その身体は体毛に覆われる。筋肉が急激に発達し、口からは鋭い牙が生える。次いで尾が生え、人間の姿から徐々に獣の姿となり、気付いた時エマの前には紫色の獅子が威嚇していた。


『様々な動物に変身出来るヴァンパイアの君からしたら別に珍しくはない……形態変化の力さ』


『グルル……』


「ふふ、確かに珍しくはないな。だがまあ、異形の生き物よりも人間の国にも普通に存在していて比較的見慣れている熊や獅子の方が落ち着く感じはあるな」


 幻獣・魔物も人間の国や魔族の国に一定数居るがそれらはほんの僅か。大多数は幻獣の国や魔物の国で生活している。しかし熊や獅子と言った生物は頻繁に見れる訳ではないが、幻獣・魔物よりは多く居るのだ。

 なのでエマからすれば見ていて落ち着くものとの事。


『そうか。それは良かった。けど、此処からは此方としてもそれなりの実力を出していくよ。そうでなくちゃ奥の手とは言えないからね。少しくらいその身体が砕けたとしても文句は言わないでくれよ……!』


「ああ。元より此方から攻めているんだ。多少の怪我には目を瞑るさ。……まあ、本当に目を潰される可能性すらあるがな」


 四肢に力を込め、毛を逆立てるディオニュソス。熊も臨戦態勢となり、獲物を狙うかのようにゆっくりとエマの背後へ移動。前後を二匹に囲まれたエマはその二匹を一瞥する。


『では、行くとしよう……!』

『グルァ!』


 それと同時にディオニュソスと熊が駆け出し、正面からディオニュソスが一気に迫って鋭いを振り下ろした。エマは跳躍してそれをかわし、その攻撃によって床が砕ける。熊は跳躍したエマの方へ視線を向けており、上に居るエマ目掛けて巨体を立ち上がらせ、巨腕を振るうった。


「あの大きさなら天井までは届かなくとも、少し飛ぶだけでは避け切れないな」


 六メートル程の熊から繰り出される巨腕。軽く跳躍しただけでは避けられないのでエマは蝙蝠の翼を広げ、一瞬上昇してその後に空中を滑空するように避ける。

 そのまま着地したエマへディオニュソスが迫り、再び剣よりも鋭い爪を振り下ろした。エマは霧となってそれもかわし、ディオニュソスの懐へ入り込んで圧縮した風の力を込める。


「吹き飛べ!」

『……ッ!』


 圧縮された風は懐に触れると同時に破裂し、暴風を引き起こしてディオニュソスの身体を吹き飛ばす。

 吹き飛んだディオニュソスは空中を舞うが、それでも何とか着地には成功する。それによって再び床が砕けたが問題は無いだろう。そこにエマが迫っており、即座に切り替えて巨腕を振るった。


『ハァ!』

「ふっ……!」


 獅子の巨腕とヴァンパイアの腕がぶつかり合い、二人の身体を弾き飛ばす。その衝撃でまた床が少し砕けたがそれも無問題。弾かれたエマの背後には熊が立っており、今にもエマへのし掛かろうとしていた。


「ほう? やる気か……獣風情が……?」

『……ッ!?』


 そしてそれは、威圧のみで制する。

 ヴァンパイアは人間の天敵にして、様々な種族の頂点に立つ高貴な存在。ディオニュソスの魔力から創られた熊だとしてもその威圧は効果があるのだろう。

 熊の動きが止まったのを確認したエマは跳躍して熊の巨腕を掴み、ディオニュソス目掛けて放り投げた。


「貴様のしもべだ。返してやるよ」


 数tはありそうなその巨体はヴァンパイアの怪力によって軽々放られ、ディオニュソス目掛けて一直線に注ぐ。ディオニュソスはそれを見切って横に避け、三角飛びの要領で勢いを付けて空中のエマにけしかける。


『丁重に扱ってくれ。可愛いペットなんだ』

「そのペットを前線に出してどうする」


 飛び掛かるディオニュソスを紙一重でかわし、いなす。しかしディオニュソスは着地した瞬間に力を込め直し、更に飛躍した。

 エマは空中で風を圧縮し、球体にする。同時に二人は力を込め、エマの球体とディオニュソスの巨腕が衝突して破裂し、大広間の大半を消し飛ばした。


「やはり手強いな。通常の獣ならこれに触れるだけで粉々になりそうなものだが、貴様は自らの肉体で相殺するか」


『ああ。これでも一応幹部を任されているからな。神としての力もほら、今までのように健在だ』


「……!」


 砕けた大広間の一角からブドウの樹を生やし、それを操り鞭のようにエマへ振り落とすディオニュソス。エマはそれを見切ってかわした。

 獅子の力はあくまで身体能力の強化。神の力も残っているのでブドウの樹を元にした様々な攻撃をけしかける事は可能なのだ。


「獅子の姿に熊の召喚。鞭のような樹。色々な力を使えるものだな。それぞれのベクトルが違う力をこうも操れるとは。大したものだ」


『ま、それは先代ディオニューソスから受け継いだ力だけどな。自分で生み出した訳じゃないから、受け継いだ力を如何様に応用するか。それが重要だな』


「ふふ。力は借り物でも、気転や応用は自分の才能。素直に誇りに思えば良いものを」


『当然誇りに思っているさ。力を与えてくれたのなら、その者に感謝をするのは当然だろう? 感謝しつつ、誇りに思う事が与えてくれた者への礼儀だ』


 それだけ告げ、再び加速してけしかける。今度は樹も熊も同時に迫った。

 自分の力は誇りに思う。それが先代から受け継いだ力だからこそ、誇りに思わない訳にはいかないだろう。自身の能力を自分の力じゃないからと卑下する者も居るが、ディオニュソスは感謝しているようだ。


「それはまるで、私やライに対する言葉のようにも聞こえるな……。私もライも、一応自分の力は誇りに思っているがな……。"炎の渦(ファイア・スワール)"……!」


『『……!』』


 飛び掛かるディオニュソスと熊。そしてけしかけられる樹の鞭に向けて放たれた渦巻く炎魔術。それによって二匹の動きは止まり、ブドウの樹が焼き払われる。

 エマはそちらに視線を向けた。


「フォンセ。気が付いた……というのもおかしいな。元々意識はあったんだ。……うむ、こうしよう。酔いは覚めたか?」


「ああ。……とは言い難いな。まだ少しクラクラするが……まあ大丈夫だ」


 声の主は当然フォンセ。

 ディオニュソスの酒によって暫く酔っていたが、その酔いは完全にではないにせよ覚めたには覚めたらしい。

 なので不完全ながらもこの戦いに参戦する気力はあった。


『これでまた2vs1……ではないね。俺と熊が居る。2vs2の正々堂々とした戦いだ』


「器が大きいのだな。その熊は貴様の魔力からなる、謂わばフォンセたちの放つエレメントのようなもの。それでも数に入れるとは」


『ハハ。自由に動いているのは俺の意思じゃないんだ。生き物の定義からは外れた存在だけど、数に入れるのは良いだろう』


「ふふ……私もまだ不完全……まあそれもディオニュソスの力でなんだが……まあまあ対等かもしれないな……」


 フォンセが加わる事で再び始まった最上階一つ下の階層にて行われる戦闘。エマ、フォンセとディオニュソス、熊の戦いは終わりに向けて進み出した。



*****



「さて、お手並み拝見ですねぇ"暖炉の炎(ザキ・フロガ)……!"」


「「「…………!」」」

 

 一方の最上階にて、始まったヘスティアとの戦闘ではヘスティアが最初にけしかけた。

 放たれたのは炎。しかし本人の言うような暖炉の炎には程遠く、凄まじい熱量を誇る超高温の火炎だった。


「じゃあ、此方も試されてやるか」


 対するライは自身の力を込め、軽く仰ぐように炎を払った。刹那、それによって暴風が巻き起こり、ヘスティアの放った炎が一瞬にして消火される。部屋全体が大きく揺れ、ソファーやテーブルなどの家具類全てが天を舞って落下した。


「成る程ぉ。一歩も動かずに消し去ってしまいましたかぁ……これは手強い。お手並み拝見以前の問題ですねぇ」


「と言う割にはまた仕掛けてくるんだな」


 遠距離からの攻撃は無駄と判断したヘスティアはそれでも炎を纏い、今度は両手から放出してライ、レイ、リヤンの三人を狙う。ライは再び片手を振り上げ、軽く仰いで消し去った。

 しかし次の瞬間映った視界にヘスティアはおらず、ライたちは周りを見渡す。


「あの炎はカモフラージュって事か。けど、気配は辿れる」


「うん……見失う訳にはいかないからね……!」


「匂いも残っている……」


 姿を眩まされたところで、ライたちに関係は無い。気配を追う事が出来、気配が分からずともリヤンの鼻が利く。なので何処から来るのか即座に見破り、そちらの方向に向けて回し蹴りを放った。


「そこだ!」

「流石ですねぇ……!」


 その回し蹴りは避け、姿を現したヘスティアがライの眼前に炎を放つ。

 何もヘスティアは姿を消していた訳ではない。炎に隠れていただけである。ロキのような力は使えないが、炎の扱いは随一のものだろう。


「よっと……!」

「これも駄目ですかぁ」


 眼前の炎は仰け反って避け、倒れ込みながら後ろに手を着いて起き上がると同時にヘスティアの顔へ両足の蹴りを放つ。それをヘスティアはかわし、炎を広げ周囲に燃え移しながらライへけしかけた。


「女性の顔を容赦なく蹴ろうとするとは。品がありませんよぉ」


「ハッ、アンタもさっきから炎を放出しっぱなしだな。炎から炎には移動出来ないとなると……視界を消す事だけが目的か、何かの狙いがあるのか……気になるところだな」


「私の一連の動きを見てそう考えるとは……不意討ちのような形や自分の作戦を遂行するには難しい相手ですねぇ……基本的には無駄な動きと一蹴されてしまうのですけどぉ」


 先程からおこなっているヘスティアの行動。それは周りに炎が燃え移ってしまっている事も相まってただ闇雲に炎を放っているようにも見えるが、ライには何かの考えがあるのではないかと思えていた。

 自分で無駄な行動を起こし、自身の作戦を悟られないようにカモフラージュする事はある。なので一つ一つの動きに注意を払っているのだろう。

 それに感心するヘスティアは更に炎を放出した。


「させない!」

「おっとぉ……そう言えば三人でしたねぇ」


 何かを考えているならさせる訳にはいかない。レイは鞘から抜いた勇者の剣を振り下ろし、ヘスティアの行動を妨げた。それを見たヘスティアはかわし、炎を纏めて棒状の形へと変換させた。


「得物には得物……やっぱりそれが良いですよねぇ」


 そう言い、炎から形成した剣でレイの剣を受け止める。だが防げるとは思っていなかったらしく、即座にその剣を手放した。


「……!」

「その剣……異能からなる剣や通常の剣。私の近接戦闘の力は何も通じなさそうですよねぇ。ですから、やはり遠距離、中距離を保って仕掛けます」


 同時に炎の剣を分解して散らし、爆発のような形でレイの身体を吹き飛ばす。その爆風にレイの足が止まったのを確認し、片手に炎を込めて放出する。


「やあ……!」

「また阻止されてしまいましたねぇ」


 その腕をリヤンが蹴り上げ、レイに向けて放たれた炎が天井を突き抜けて上空の雲を焼き払う。ヘスティアは片足から炎を放出し、炎を加速に使った動きで回し蹴りを放った。


「今度も阻止させて貰う……!」

「うーん、惜しい」


 その回し蹴りはライが片手で受け止め、そのまま掴んでヘスティアを放り投げる。しかしヘスティアはその場から消え去り、この部屋の中心にある暖炉から姿を現した。


「攻撃がことごとく阻止されてしまいますねぇ……牴牾もどかしい事です。やはり三人居るとそれだけでかなり不利になってしまいます」


 暖炉のある場所なら瞬間移動のような形で現れる事の出来るヘスティア。投げられて何かにぶつかりダメージを受けるよりも前に移動したようだ。

 しかし数の不利は重々感じているらしく、少し考えた後で言葉を続けた。


「じゃあもう行動に移っちゃいます。さっき貴方に指摘された、炎の件。それの答え合わせを今から実行しましょう」


「へえ、もう見せてくれるのか。隠さなくて良いんだな」


「ええ。元々数の不利を誤魔化そうと考えていましたから」


 ──次の刹那、ヘスティアの散らした炎が徐々に集まって形を形成し、人のような姿となった。

 そこから更に変化し、焔の集まりはヘスティアの姿となる。


「……。へえ? そう言う事か」


「「「ええ。炎の分身ですね。力は本物より劣りますが、元々が炎なので攻撃は通りにくいですよぉ」」」


「成る程ね。炎の分身……分身の方はゾフルやロキみたいなものか」


 ヘスティアが準備していたもの。それは自分自身の肉体だった。

 1vs3は明らかに不利。だからこそヘスティアはライたちが此処に来た瞬間から炎を展開させて自分自身の準備をしていたのだ。

 ヘスティア達三人は更に言葉を続けて話す。


「「「さて、此処からが本番です。アナタ達三人を三人の私がお相手して差し上げますよぉ」」」


 更に炎を広げ、ヘスティアとヘスティアとヘスティアがライ、レイ、リヤンの三人に向き直る。既にこの部屋は暖炉を除いて大火事となっており、空気も減ってきている。ライは兎も角、レイとリヤンからしたら中々に辛い環境だろう。

 ライたちとヘスティア達の織り成す戦闘。それはヘスティアが考えていた作戦を実行した事で中盤戦に持ち込まれた。

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