七百六十六話 幹部からの挑戦
「此処は……大広間か。人は居ない。あるのは暖炉にソファー、テーブル……。至って普通の物だな」
城の入り口付近にて門番をしていた兵士達は簡単に通り抜けられた。それで城の中に入ったのだが、エントランスからレッドカーペットの上を通って進み辿り着いた部屋がこの大広間。ある物は天井から吊るされた部屋全体を照らすシャンデリアに部屋を温める今の季節には使わない暖炉に柔らかそうなソファー。そして整頓されたテーブル。周りには本棚が並んでおり、観葉植物がその隣に置かれている。そして床にはカーペットが敷かれていた。しかし見たところ、置かれている物や飾られている物は他の城と同じなのだが城に必ずあるような豪華絢爛な装飾品が少しばかり少ない印象だった。
豪華と言えば豪華なのだが、今までに見てきた城の中ではかなり質素なものであり、それもそれで落ち着ける景観だ。
「暖炉……炉か。怪しいな。怪し過ぎて逆に怪しくないんじゃないかと錯覚するくらいには怪しいな」
「見たところ観葉植物もブドウの樹……これも怪しいな。と言うか、城の大広間なのに使用人や兵士が一人も居ない時点でもう罠だろう」
「うん。後は何処に誰が潜んでいるかだよね。私たちは気配を消していたけど、見つかっていないなら幹部や兵士、使用人達は警戒も無く寛げる筈……こんなあからさまな罠を仕掛けるって、やっぱり気付かれていたのかな?」
「多分……。人材不足なのか分からないけど……お城にしては外に居た見回りの兵士も少ない……お城の中にも居ないし……やっぱり何処かに潜んでいるのかも……」
その景観を見たレイたちはエマ、フォンセ、レイ、リヤンの順で話、大広間の中心にて周りを見渡していた。
そう、本人たちの言うようにこの光景は怪し過ぎる。兵士が居ないのがよりその感覚を際立てていた。
「取り敢えず、一先ずはこの部屋を調べてみるか。これが罠なら敢えてそれに引っ掛かってみるのも考え様だ。まあ、色々と触れるのは特性的にも俺だけで良い。レイたちは軽く見て回ってくれ」
これ程までに怪しいと罠という事は見て分かる。なのでライは敢えてそれに乗っかってみるつもりのようだ。
魔王の力を宿し、それが自動的に発動するライなら例え罠が張られていても無問題だからである。どの様な罠があるかは分からない。レイたちは心配そうにライへ話す。
「うん。けど、ライも気を付けて。万が一があるかもしれないから……」
「ああ。罠というのは物理的なものが殆ど……その力が何処まで持つかどうかだな」
「後ろは任せろ。何かあったら直ぐに動く」
「うん……」
異能も物理的な攻撃も効きにくい体質のライだが、罠があるとしたらその罠の種類にもよる。魔法・魔術のような異能の類いを用いた罠から槍や剣のような物理的な物を用いた罠までその種類は様々。なので警戒するに越した事は無いだろう。ライは大広間を調べ始めた。
「……と言っても、特に怪しいのはこの暖炉とブドウの樹くらいだけどな。それに、この部屋に拘らず適当に城内を探索する線もある」
第一優先で調べるのは、一番怪しいと言っても過言じゃない暖炉とブドウの樹。此処に居る幹部が炉とブドウ酒を司るヘスティアとディオニュソスなのだから当然だろう。本人と関係しているからこそ、何らかの恩恵は宿っていると踏んだのだ。
ライは多少慎重になりつつ、先ずは一番近くにある暖炉の方に手を伸ばした。
「……。何ともないな。暖炉には何の問題も無さそうだ。まあ、何故か火は灯っているけど、それだけだな」
その結果、特に何の問題も無かった。火は灯っていて「夏にしては暑いなぁ……」と思うくらいで罠などは無さそうである。
暖炉の周りからソファーにテーブル。カーペットの下に本棚など、色々探したが特に見つからない。なので次にライは観葉植物。ブドウの樹に触れた。
「……!」
──その刹那、ブドウの樹から一瞬にして伸び切った蔦が生え、ライの身体を見る見るうちに拘束していく。
それを見たライは「成る程」と、何かを納得した。
「これを操っている力は異能の類いだけど、この蔦その物は物理的な力。拘束術なら俺相手でも問題無いって訳だ」
そう、異能を無効化にする魔王の力と物理的な攻撃でダメージの通りにくいライの体質。それを併せ持てば大抵の攻撃は無効化出来るのだが、今回の蔦は物理的な力と異能の併せ技であり、攻撃ではなく拘束が目的。当然蔦自体の強度も強化されており、これなら大抵の者は拘束出来るという事だ。
「ま、関係無いけどな」
そして次の瞬間、ライは身体に巻き付いた蔦を引き千切って拘束から脱出した。
少し強化されたくらいの蔦で拘束される程にライは柔じゃない。少しの驚きはあれど、容易く破壊する事くらい造作も無いのだ。
しかし罠があった事は分かった。やはりライたちの存在は昨日のうちに知られており、わざと城に誘導されたのだろう。今までに無い珍しいパターンだ。
「──という事は、此処の城は色んな罠や仕掛けがあるビックリキャッスルって訳か。この部屋のみならず、他の部屋や場所……幹部の居る場所まで仕掛けが盛り沢山って事だな」
この部屋の仕掛けから城の構造を推測し、そうであろうと言う結論に至る。
幹部はライたちの挑戦を始めから分かっていた。それを踏まえた上での昨日の接触に至るという訳だ。
そんなライの言葉に反応するよう、火のついている暖炉から気の抜けるような声が聞こえてきた。
「ふふ、正解ですよぉ。私たちは貴方達の存在に気付いてましたぁ」
「この声と話し方……ヘスティアか。やっぱりアンタらは昨日の時点で分かっていたんだな」
その声の主、炉の女神ヘスティア。
ヘスティアは相変わらず気の抜けるような、眠くなりそうな声で軽く笑いながら言葉を続ける。
「えぇ。その通りです。アレスさんの街"ポレモス・フレニティダ"を通ったと報告がありましたからねぇ。国境の街"セルバ・シノロ"はさておき、デメテルさんの街"エザフォス・アグロス"から始まり、ヘパイストスさんの"スィデロ・ズィミウルギア"。そしてアポロンさんとアルテミスさんの"ミナス・イリオス"。そして前述したようにアレスさんの"ポレモス・フレニティダ"今まで通った道順から次に来るのは此処、"フォーノス・クラシー"ではないかと推測しましたぁ」
曰く、今までライたちの通った道順から次の到達地点を推測したとの事。他の街を除き、幹部の街だけにした場合"エザフォス・アグロス"を始めとして一番最後に寄った"ポレモス・フレニティダ"。確かにライたちは真っ直ぐ進んでいた。此処に来るという推測はそう難しくないだろう。
そんなヘスティアの言葉にライは苦笑を浮かべて返す。
「ハハ。話し方と性格の割りには随分と鋭いんだな。と言うか、アンタは何処から声を届かせているんだ?」
それと同時に、気になった事を訊ねる。
それはヘスティアが何処から声を届かせているのか。此処は大広間で、周りにある物からして連絡手段も特に無い。本人は何でもないように答えた。
「勿論"炉"を通じてですよぉ。炉と炉の行き来が自由なのですから、声くらい届かせられないと炉の女神としての面目丸潰れですぅ」
「成る程ね。炉の女神だから暖炉も情報伝達に使えるんだな。便利なものだ。その様子から、その気になれば炉から炉への移動も出来るんだろ?」
「えぇ。そうですねぇ。炉の発するエネルギーと私の力が呼応する事で自在に移動出来るのですよぉ」
「へえ。……それ、結構重要そうな情報だけど教えて良いのか?」
「はい。今回は演出と雰囲気作りの為に火を灯しましたけど、炉があるだけでその場所に行けるので。仮に破壊されても炉があった事実が存在していれば条件は達成されます」
炉の女神であるヘスティアは炉を自由に行き来できるらしい。それはかなり重要そうな情報だったが、本人の性格からしても特に気にしていないようだ。それを事前に知って対策されたところで、過去その場所に炉があった事実だけで発動出来るらしいので便利なものだろう。
ライはそんなヘスティアに訊ねた。
「それで、何でアンタは声だけとは言え俺たちの前に出てきたんだ? その様子だと、俺たちと戦うつもりはあるんだろ?」
それは何故ヘスティアが態々ライたちの前に声を届かせたのかという事について。
確かに罠に嵌める為なら自分達の存在を明かさず手出しをしなくても良いだろう。ヘスティアは笑って返す。
「ふふ……それはですねぇ……。所謂私からの挑戦ですよぉ……」
「挑戦……?」
挑戦。その言葉にライは小首を傾げる。現在挑んでいるのはライたちの方。しかし何故それがヘスティアからの挑戦になるのか。それが疑問だった。
ヘスティアは質問に対して更に続く。
「えぇ。貴方達の目的は分かっています。私たちへ挑みたいんですよねぇ? それなら、此方のルールで此方が有利になるように、貴方達に向けて挑戦をしたのです」
「成る程ね。どちらにしても戦う事になるのなら、アンタらのルールで迎え撃った方が良いって判断の訳だ」
「その通りでぇす。パチパチパチ~」
「……あ、うん」
その理由はライたちが挑んで来る事を理解したからこそ、自分達でルールを作って挑ませる為との事。確かにそれなら純粋な力で劣っていたとしても上手く運べるかもしれない。
それを聞いたヘスティアのわざとらしい手拍子(自分の声)にライの頭には一瞬"?"が浮かんだが、本人の性格からして本人なりの称賛なのだろうと取り敢えず軽く流した。
その反応を見たヘスティアは態度を変えず、最後に話す。
「それではぁ、私たちは上階に居ますので罠を潜り抜けて頑張ってやって来て下さいねぇ」
「"て"が多いな。そんなにやる事が多いのか。……まあそれは捨て置き、侵略者の俺たちは別にそのルールに従わなくても良いんだが……もしこのまま城を破壊して登って来たらどうするんだ?」
「ふふ……貴方達のやり方は理解してますよぉ。余計な破壊や被害は起こさず、なるべく穏便に征服する……征服と穏便は矛盾していますけどぉ、多分ルールに従ってくれると思ってます」
「ハッ、そうかい。じゃ、お望み通りクリアしてみせるさ。今までの街もこんな事はあったからな」
幹部の居る場所まで行かなかればならないのなら、城を破壊して一瞬で幹部の元に到達するのも良い。だが、それでは力付くの侵略行為と変わらないだろう。それもあってライはヘスティアの挑戦を受ける事にした。
いや、それをヘスティアは始めから見透かしていたようだ。掴み所の無い程までに気の抜けた話し方と性格だが、思っていた以上に切れ者のようだ。
しかしそれはそれで構わない。魔族の国ではこの様に変則的な征服方法も何度か行ってきた。ライたちにとっては容易い所業だ。
「さて、行ってみるか。久々の攻略タイプの征服だ」
「ああ。しかしまあ、今回は罠を潜り抜ける事が大前提。謎解きとかも無さそうだ」
「うん。思ったより単純な仕掛けかも。逆に、求められるのは肉体的な強度かな?」
「ふふ、どちらにせよ、向こうがやる気なら手間は省けたってものだ」
「うん……」
ヘスティアから出題されたミッションのような征服方法。相手もやる気のようなので、これをクリアして幹部に勝利するだけで終われるのはライたちにとっても都合が良いだろう。その難易度自体は高いが、波を立てぬように慎重に行動するよりは楽である。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は"フォーノス・クラシー"攻略の為に城内を進むのだった。