七百六十四話 休息と捜索
──"フォーノス・クラシー・宿屋前"。
街を少し移動したライたちは、近場の宿を見つけていた。
既にそこへ荷物などは預けており、残った時間は改めて五人での探索に当てるつもりのようだ。
「さて、これからどうする? もしかしたらこの街の幹部に疑われている可能性もあるし、あまりのんびりはしていられなそうだけど」
「向こうから来てくれるのなら反って好都合なのだがな。如何せん相手の思考は分からない。何かしらの考えはあっても良さそうだが……」
「ああ。兎に角、私たちも常に気を張っていた方が良さそうという事だな。これから行動を起こすにしても、周りの目は気にしていた方が良さそうだ」
ライとエマの言うように、これからどうするか。相手の行動が気になる。など、色々と思うところはあるが警戒はした方が良いというフォンセの言葉にライたちは頷いて返す。
アポロンやアルテミスの時のように尾行されてもライたちにとって都合は良いが、なるべく住人から反感を買わないようにしなくてはならないのが問題なのだ。
力に物を言わせた、かつての魔王が行ったような世界征服。確かにそれなら世界は纏まるが、その世界が反逆を起こして世界の王は消され、全て元に戻ってしまう。歴史は繰り返すと言うが、力に物を言わせた征服では正にその通りになってしまうのだ。
なので尾行されるならあまり目立たぬ場所にて、されるのが理想である。
「じゃあ、取り敢えず残った時間でもう少し街の地形を頭に入れとくか。そう言ってそれを生かせた事は無いけど、何もしないで待ち続けるのは性に合わないや」
「そうだね。と言っても名産品とかは大体分かったけど……後は何をしよう……」
「ふふ、適当にブラついてみるのも悪くない。最近は戦い詰めだったんだ。まあ、この二週間はそれなりの休養を取れたが……此処が幹部の街である以上戦いは避けられない。もう少しこの休息を楽しむのも悪くないだろう」
特にやる事は無い現在。厳密に言えば街を見てみたり幹部について詳しく調べてみたりとそれなりにあるが、どれも簡単に終わりそうである。
一先ずライたちは今日の残った時間を潰す為、もう少し街の探索を続けるのだった。
*****
「……結局何もなかったな。もう日が暮れる時間帯だ」
「うん。特に絡まれる事も無かったし、尾行されているような気配も無かった。本当に何もなくて終わっちゃったね」
──そしてそれが数時間前の出来事。今現在、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は宿屋に入りそこに置いてあるベッドや椅子に座って今日一日の出来事について話していた。
と言っても軽い談笑のようなもの。結局何事も起きずに今日という一日は終盤に差し掛かっている状態だ。
「後やる事はまあ、明日に備えての休養くらいだけど……今日はあまり疲れなかったな。街の雰囲気からして喧騒も少なくて長閑で落ち着けるものだったからかな」
「そうだね。長閑で落ち着いていて平穏……。最近の街は治安の悪い所が多かったから新鮮に感じるよ」
実は今まで。この二週間のうちに寄った、"ポレモス・フレニティダ"後の街は場所が場所なので治安の悪い所が多かったのだ。
その付近の街々は常に戦争が起こっていた。"ポレモス・フレニティダ"に寄る前からその戦火をライたちは目の当たりにしていただろう。そこ自体は幹部が居るという理由だけで狙われなかったが、戦乱の世である現在の世界ではそれが普通なのだ。
今までの街も同じ。戦争を行うに当たって魔物を刺激してしまう危険性の高い国境の街や、人間の国主力である幹部の居た街のみを見ていたから感覚が麻痺していただけであって、世界中の治安は最悪なのである。
だからこそこの"フォーノス・クラシー"は数週間振りに本当の意味で休める平穏な街という事だ。レイは倒れるように座っていたベッドに横になり、柔らかなマットレスに身体を沈めて言葉を続ける。
「少しの警戒はしているけど……今は身も心も休まる時間だなぁ……」
幹部に目を付けられている可能性があるので完全に警戒を解いて休む訳にはいかないが、極力全身の力を抜いてベッドに身を委ねるレイ。この二週間のうちに寄った街では闇討ちなどが日常茶飯事。なのでエマが見張ってくれているとはいえ、決して油断は出来ない場所だった。
それに比べれば疑われているかもしれないという推測の段階である今、思う存分休みたくなる気持ちも分かるものである。
「ふふ。ああ、そうだな。まだもう少し休むと言うのも良いだろう。今日はこの宿に私たち以外の客は少ないみたいだからな。と言うより、場所が場所だから元々宿自体に人が入らないのだろう。此処のみならず他の宿屋にもな」
「その様だ。人が少ないから罠か何かとも思ったが……ただ本当に宿泊客が少ないだけだった」
此処"フォーノス・クラシー"は、幹部の街だが観光客などは少ない。と言うのも、外側がブドウ畑に囲まれているのでこの街自体を見つけ出すのが困難なのだろう。
その様な景観で観光客が来ないと街の経営も大変そうだが、どの様にしてこの街の人々に不自由無く生活させているのか謎である。
何はともあれ、それもあってライたちの泊まる宿には人が少ない。反って落ち着ける様子だった。
「しかしまあ、やる事は見つからないな。人が居ても特にやる事は無いんだ。尚更見つかる訳も無いんだけど」
「じゃあ、さっさと風呂にでも入って休むとするか。夕食とかはもう終えたしな」
やる事が無い。ライが告げたその言葉には他の四人も同意し、エマが提案する。既に食事も終えている現在、本当にやる事が無いのでエマの提案に全員が乗った。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は宿屋の風呂へと向かうのだった。
*****
(今の時間も風呂には誰も居ないみたいだな。一人で貸し切り状態か。悪くない)
【ハッ、二人だろ。実質的な人数はよ】
(ハハ。お前は精神みたいなものだからな。人数は一人で間違っていないさ)
一人だけであるこの風呂近くにてライは魔王(元)と話しつつ暖簾を潜り、脱衣場で衣服を脱ぐ。一応腰にタオルを巻き、浴室の扉を開いた。
「ん?」
「え!?」
「うん?」
「ふむ」
「……」
そしてそこには、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人が居た。
何処か既視感のある光景を前にレイを除いた四人は冷静であり、特に何事も無く湯船に浸かる。
「今回は別に第三者から干渉はされていないよな? 他の客も居なかったし」
「ああ。となると此処の宿には混浴しか無いという事か。いや、元々客が少ないから混浴でも別に良いかと考えたのかもしれないな」
数ヵ月前の魔族の国支配者の街"ラマーディ・アルド"でこの様な事があったなと推測し、誰の手も加えられていない事に対して「うん」と、ライ、エマ、フォンセ、リヤンの四人が頷く。その様子を前に、レイは叫んだ。
「ちょっと! 皆冷静過ぎるよ! 確かにライには下心無いし、私も別に見られても良いけど……じゃなくて! 少しは羞恥心を持った方が……!」
「ふふ、別に誰に見せる訳でもあるまいし。公然の場なら兎も角、混浴しかない風呂なら別に構わないだろう」
「私たちも羞恥心が皆無で何処で全裸になろうが構わないという訳じゃないんだ。仲間と共に風呂に入っている。それは恥ずかしがる事では無いだろう」
「うん……」
「ハハ……まあ嫌だって言うなら先に上がるけど」
「あ、別に上がらなくても良いよ……」
レイの反応を見やり、これじゃ悪いかもなと判断したライは上がろうとするが、レイが手を引いて止める。ライには下心が無い。なのでレイも別に構わないと言った心境なので上がる必要は無いという事だ。
ただ単にエマたちの異性に対する反応が冷静過ぎるので思わず突っ込んだ次第である。
それからライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は改めて湯船に浸かった。
「ふう……」
「はぁ……」
「ふむ……」
「ふぅ……」
「……」
浸かると同時に自然に零れるため息。色々あったが、やはり風呂は落ち着くものである。何処からかカポーンと言う桶の倒れる音が聞こえそうな静かな空間で五人は身を休めた。
風呂自体は狭くないが、流石に五人も入るとお湯は溢れる。湯が零れて浴場の床を濡らし、白い湯気が辺りを覆った。
「基本的に男湯と女湯で分かれているから、この様な機会も良いものだな。親しい仲間と寛げるのは悪くない」
「ああ。他の客も居ないし、のんびり落ち着けるな」
「うん……。やっぱり気持ちいいね」
「ふふ、別に普段の簡易的な風呂にも五人で入るのも良さそうなんだがな」
「うん……私は別に良い……」
湯船から腕を出し、白い肌を擦るエマ。ライも同意するように話、レイ、フォンセ、リヤンも続く。
暫し湯殿で疲れを癒したライたちは、数十分間をのんびりと過ごすのだった。
*****
「さて、疲れも取れた。後は明日何をするかの話し合いだな。どうする?」
「今日の探索で街の地形はある程度覚えたからね。残すのは本当に幹部に挑むだけなんだけど……」
「ヘパイストスの時のように城に乗り込むか、アポロンやアルテミスの時のように尾行されていると判断した上で誘い出すか……思い付かないな」
「相手が都合良く動き出すかは分からないしな。やはり城に行ってみるというのが良さそうだな。今日は幹部を警戒していたからそちら方面には行っていない」
「……うん……やっぱり本拠地を調べてみた方が良いと思う……」
街の事は大体分かった。なので残すはヘスティアとディオニュソス。幹部の二人が居るであろう山頂の城のみだ。
それなりの距離があり、幹部の直属監視下。もしくは拠点なので今日は警戒も踏まえて調べていなかったが、行ってみる他に選択肢が無い様子だった。
「じゃあ、満場一致で明日は城の方を調べてみるって事だな。山の上にある時点でそこに行くまでの道のりも何時もより大変だろうし、警備も厳しそうだ」
「けど、それくらいの障害なら今までも乗り越えてきたから、行けると思うよ」
「ああ。今までに比べたら少しの道のりなど軽いものだ」
「そうだな。大した事は無いだろうさ」
「うん……」
ライたちもそれなりの場数は踏んでいる。だからこそ城に乗り込むというのは容易い所業である。ライたち五人は明日の行動を決定し、言葉を続ける。
「じゃあ、今日はもう休むか。明日から行動は本格的になるからな」
「うん」
「「ああ」」
「うん……」
明日の予定が決まれば後は休むだけ。ライたちは宿泊部屋の明かりを消し、明日に備えて眠りに就くのだった。
*****
──"人間の国・某所"。
ライたちが眠りに就いた頃と同刻、人間の国の複数の地域では少しばかり騒がしくなっていた。
騒がしくしている者達に悪意は無い。ただ目的を遂行する為に行動に出ているのだ。
「此処には居なさそうだな」
「ええ。その様ですね」
その者達──魔族の国と幻獣の国の主力たち。厳密に言えば此処に居るのは魔族の国"マレカ・アースィマ"の幹部ブラックに幻獣の国、西の街"ペルペテュエル・フラム"のフェニックス(人化)。
他の場所でも主力たちが捜索しているが、此処の街では魔族と幻獣の主力たちの中でそれなりに親しい二人が現在行方不明であるアスワド、シャドウ、ゼッル、ラビアの四人を探している途中なのだ。
居なさそうというのはこの街の者に聞いた事。極力住人には迷惑を掛けず、喧嘩を売られたらブラックが買うというやり方で情報収集の途中である。
「他の班は拠点を見つけて片っ端から破壊しているらしいが、その何処にも主力すら居ねェようだからな。言ーか、幾つ拠点あるんだよ」
「謎ですね。けれど、着実に減ってきている事でしょう」
「ああ。寧ろ、そうでなくちゃ困るってもんだ。次の街を探してみるか。ついでに一時期手を組んでいた百鬼夜行辺りとも接触を図ってみっか」
「ええ。おそらく彼らも人間の国に帰っている筈……。百鬼夜行の故郷である街の調査に向かったモバーレズさんたち辺りと出会っているかもしれません」
ブラックとフェニックス。というより魔族の国と幻獣の国が行っている行方不明者たちの捜索。その進行は決して順調ではないが、着実に進んでいた。
ライたち五人が自分たちの目的を進める中、魔族の国と幻獣の国の者たちも自分たちの目的を達成させる為にヴァイス達の捜査を進めていた。