七百六十二話 人間の国・六人目の幹部
「すみません。旅の者なのですが、一つ尋ねたい事があります。彼処にある城。誰が住んでいるんですか?」
「うん?」
城に向かう途中、ライたちは近くの店に入り城に誰が居るのかを訊ねていた。
考えてみれば態々自分が赴く事も無いだろう。此処には住人が居る。仕事中の者には話し掛けにくいが、店の者なら世間話の一つや二つ行える。なのでこの様に訊ねた方が危険も少ない筈だ。
「あー、彼処のお城ね。彼処にはこの街の幹部が居るよ。よく街の方にも来ているからもしかしたら出会う機会があるかもしれないね」
「……! 幹部が……。有り難う御座いました。あ、あとこれ買っていきます」
「おう、毎度あり~」
思ったよりも圧倒的に早く情報が得られた。
どうやら"フォーノス・クラシー"には本当に幹部が居るらしく、街の方にもよく繰り出しているらしい。
幹部自体に自由な者が多いのは分かっていたので度々街に現れる事に対しては特に指摘しないが、驚いたのは此処が幹部の街であったという事。願ってもいない事だがあまりの簡単さに肩透かしを食らい、何となく礼も兼ねてブドウの菓子を買ってしまった。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人はその店を後にし、近場のベンチで買ったブドウ菓子を頬張りながら一旦状況を整理する。
「居たみたいだな。この街に幹部が」
「うん。何時もより見つけるの早いね。ある程度時間が掛かるのに」
「まあ、居たなら居たで早い方が良いのは確かだが」
「ああ。それもそうだな。お陰で十分な準備をしてから行動に移れる」
「うん……結果オーライ……」
思わぬ出来事だったが、ライたちにとっては好都合。何時もはもう少し街の探索を終えてから幹部に関する情報を知るからだ。
しかし今回はそれが早かった。どの様な幹部が居るかはまだ定かではないが、居る事が分かれば攻め込む事は確定。準備諸々が行えるだろう。
「さて、取り敢えずこれからどうする? 幹部の存在は分かった。だけど、いきなり攻めるやり方は好きじゃない。ヘパイストスの時みたいに城へ乗り込むか?」
「うーん……どうしようね。たまに街にも出てくるって言っていたし、もしかしたら探索ついでに出会えるかも……」
「それも考えられるな。何時ものように手分けして幹部を街から探してみるか?」
「良いかもしれないな。まあ、そう簡単に出会えるか……それは不安なところだが」
「どちらにしても……動いてみなくちゃ分からない……」
うん。と全員が頷いて返す。幹部の存在は分かった。それなら次の段階。幹部が誰なのかを突き止める事だ。
と言っても今までのやり方からして幹部が誰であろうと構わず正面から粉砕してきたライたち。とても勝ち目の無かった状態でも負けを認めなかったアレスはさておき、この街でもやる事は同じだろう。
いつの間にか買ったブドウ菓子も無くなっており、それならばとライたち五人は何時ものように二手に分かれて街を調べてみる事にした。それで幹部に会えれば上々だろう。
決まったメンバーはライ、レイ、リヤンの三人。エマとフォンセの二人。二手に分かれた五人はそのメンバーで"フォーノス・クラシー"の街を探索するのだった。
*****
分かれた後、ライ、レイ、リヤンの三人は"フォーノス・クラシー"の商店が並んでいる場所に来ていた。
様々な店があるだけあって賑わいを見せており、炉や竈が多いのもあって街中には煙が蔓延しているが悪い空気ではなく夏の暑さによって熱せられても気にならぬものだった。
そんな商店街にてライたちは、綺麗に並べられた陶器などの品々を見て回っていた。
「陶器に炉。竈。日常生活を送るなら必要なものだけど、今の俺たちには必要が無い物だな」
「うん。けど、旅が終わったらこういった物も揃える事になるかもしれないね」
「ああ、そうだな。けど、俺の場合は先ず自分の家を建てなきゃならないな。消し飛ばしたし。俺自身が」
「アハハ……そう言えば最初にそうなったんだっけ……あれ? けどライの家って消滅した街とは逆方向なんだよね? それでも消えちゃったの?」
「ハハ……余波って予想以上に凄かったんだ……」
「ああ、そう言う……」
ライの言葉に苦笑を浮かべるレイ。
それはさておき、今は旅の途中。なので自宅についてはあまり考えていなかった。この様な品々を揃える事は無いだろう。しかし旅には終わりが来るもの。その時には先ず家を建てようと考えているようだ。
と言うのも、ライが初めて魔王の力を使った時には今のように精密なコントロールも出来ず、魔王(元)が配慮したモノ以外全てを消し去ってしまった。なので家も無いのだろう。
「そう言えば……ライとレイは旅が終わったらどうするの……?」
「「……?」」
そんな話をしていると唐突に、リヤンがライとレイに向けて訊ねた。
確かにそうだ。このままずっと一緒に旅を続けたとして、その後どうなるかは考えていなかった。自宅の事も考えていなかったので二の次だったのだ。
ライ、レイ、リヤンは商店を離れ、三人で"フォーノス・クラシー"を探索しながらライとレイが考える。
「そうだな……家を建てるにも土地は必要だし、前のように人間の国か、改めて魔族の国に移住かな。幻獣の国と魔物の国も悪くないけど、慣れているからそっちの方が良い。……あー、まだ幻獣の国はそのままだったな。そう言えば。まあ取り敢えず、旅が終わったら俺はのんびりと過ごしたいな」
「私は家に帰って……あ、けど世界征服に荷担したってなったら、何してるの! 御先祖様に申し訳ない! って怒られちゃうかも……。帰ってからは剣の修行かなぁ……あー、家事とかも改めて覚えた方が良さそう。そのうち結婚も……」
今後の予定。ライとレイはそれを悩む。世界征服をした暁には世界の情勢などを見直し、より良いモノにしなくてはならない。なので落ち着けるようになるのは何年後になるか分からないが、落ち着いたらゆっくりと余生を過ごしたいというのがライの考えのようだ。まだまだ若いが、若い今のうちに規格外な事を体験し過ぎた事もあって一生分の経験になっているのかもしれない。
そしてレイはレイで、一先ず帰るべき家があるので帰宅は前提。その後で剣の修行を続けるか、花嫁修業とは少し違うかもしれないが家事手伝いを覚えて尽くしたい人に尽くすのが理想のようだ。
二人は話を終わらせ、次は逆にライがリヤンへ訊ねる。
「リヤンはどうするんだ? 魔族の国にある森に帰って、森に居るフェンリルやユニコーンたちと前のように過ごすのか?」
「うん……そうかもしれない……。私もゆっくりと過ごしたいかな……。けど……料理とか誰かの奥さんとか色々やってみたい事もある……」
リヤンのやりたい事はライとレイを合わせたようなもの。まだ具体的な事は思い付いていないみたいだが、外の世界にあまり興味が無かった頃に比べて旅の経験から様々な事に興味は湧いてきているらしい。
しかしやはり女性。人にもよるが、最大の幸福と言える結婚願望はあるようだ。
「結婚ですかぁ。良いですよねぇ」
「「「…………!」」」
その様な会話をしていた時、横から一人の女性が唐突に話し掛けてきた。それを聞いたライたちはギクリと反応を示す。
と言うのも、征服した後の事を話していた今さっき。なのでそれを聞かれてしまったら問題がある。なので少し大きめの反応を示したのだ。
恐る恐るそちらの女性を見やり、その容姿を確認する。その髪は長く赤み掛かった茶髪であり、ややタレ目気味。話し方からしてもおっとりとした性格のようだ。
そんなライたちを見た女性はゆっくりと言葉を続ける。
「あー……警戒させてしまいましたか。失礼しましたぁ。私は怪しい者ではありません。えーと……この街の幹部を努めている"ヘスティア"と申します」
「……っ」
そしてその名を聞いた瞬間、更に追い込まれるような気分になった。
──"ヘスティア"とは、オリュンポス十二神に数えられる事もある炉の女神だ。
この国では炉が家の中心である。その事から家庭の守護神とも謂われている。
しかし伝承では結婚などをしない処女神とされ、自身が家族を持たない代わりに世界中の家族や親無き孤児を見守る守り神である。
家の中心である炉の化身にして人々を守る守護神。それがヘスティアだ。
「ヘ、ヘスティアさん……。えーと、話は何処まで聞いたのですか……?」
「話ですかぁ? それを聞くという事は……何か疚しい事でもあるのです? そうですねぇ……そこの大人しそうな子がフェンリルやユニコーンと一緒に生活していた……と言ったところまででしょうか」
となると、世界征服を終えた後の話であるという事については聞かれていないようだ。その事から一先ず安堵して胸を撫で下ろす。
改めて向き合い、ライは軽く笑って返した。
「ハハ……別に疚しい事はありませんよ。突然話し掛けられたので何も言い返す言葉が思い浮かばず、何から話そうかと考えた結果、俺たちの話を何処まで聞いたかを訊ねてそこから話を広げようとしただけです」
「本当ですかぁ? 少し焦っているようにも見えますけど……まぁ、先に話し掛けたのは私ですし難癖を付けるのは良くないですねぇ。失礼しましたぁ」
何とか誤魔化せたらしい。流石は幹部というだけあっておっとりとした言動の割りに鋭いところもあったが、何より先に話し掛けてきたのがヘスティアの方なので本人も自分に原因があると理解して謝罪した。
そして、時折街に繰り出す幹部というのがこのヘスティアなのだろうと理解したライは言葉を続ける。
「えーと……その幹部であるヘスティアさんは何故こんなところに? 買い物ですか?」
「えーとですねぇ……まぁそんなところです。この国の幹部を任されている手前、この街の人たちも皆家族ですから。簡単に言えば街に何の変化もないかを確かめていると言ったところでしょうか」
「ああ、それで……。その……動けたんですね。貴女」
「……?」
"動けた"。その言葉にヘスティアは小首を傾げる。と言うのも、炉の女神であるヘスティアは伝承ではその炉から離れられないとされているのだ。炉から炉や竈へ移動すれば別の場所に行く事も出来るが、基本的には動けないと伝わっているのである。
ライの質問の意図に気付いたヘスティアは穏やかな笑いで緩やかに返す。
「ふふ……そうなんですよぉ。先代ヘスティアーさんは炉や竈のある場所にしか行けませんでしたけど、力のみを受け継いだ私は自由に動く事は可能なのです。まぁ、結婚出来ないという制約はそのままなので私は純潔のままです」
「は、はぁ……」
「おっと……まだ君には少し早かったですかぁ?」
どうやらこのヘスティアも力を受け継いだ同姓同名の伝承や神話とは違う者らしい。しかしヘスティアという守護神の立場を受け継いだのなら、悪い者では無いのだろう。
ヘスティアはレイとリヤンにも笑い掛ける。
「貴女達もこの子のお仲間ですねぇ? この街は大きな発展はしていませんけど、良い街です。ゆっくりしていって下さい」
「あ、はい。ありがとうございます……?」
「えーと……はい……」
掴み所の無い性格にたじろぐ二人だが、何となく返事は返した。
そのままヘスティアは流れるようにその場を去り、ライ、レイ、リヤンの三人のみがポツンと残る。
「……。幹部、居たな。のんびりした性格だけど逆に嵐にでもあったような気分だ……」
「うん……。多分、話を聞かれたのが原因だと思う……。あまり関係の無いところだったから良かったけど、その数分前の話を聞かれていたら大変だったね」
「うん……。結構鋭かったから……焦った……」
一先ずヘスティアは去った。自分たちが侵略者である事も知られていない。それならばと、三人はホッと一息吐く。
しかし幹部を見つけたのはこれまた好都合。それが守護神、もとい守護女神ヘスティアとなると挑むのもまた苦労するだろう。
二手に分かれたうちの片方。ライ、レイ、リヤンの三人は、幹部の存在と正体は完全に掴んだが、まだ暫く"フォーノス・クラシー"商店街の探索を続けるのだった。