七百六十一話 人間の国・ブドウ畑の街
──現在、ライたちが人間の国"ポレモス・フレニティダ"を発ってから二週間が過ぎていた。
ヴァイス達の事もあるのでもう少し急ぎたいところだが、ヴァイス達の事があるからこそ注意して進んでいたら次の街に辿り着くまでこれ程の時間が掛かってしまったという訳だ。
無論、その道中にいくつかの街には寄っているがヴァイス達の情報は得られず幹部も居らず、現在のペースになったという事である。
そんな二週間目の朝、他の街を探す為に野宿をしていたエマを除くライたち四人は全員が同じタイミングで目覚めた。
「おはよう。レイ、フォンセ、リヤン」
「うん。おはよー。ライ、フォンセ、リヤン」
「ああ、おはよう。ライ、レイ、リヤン」
「……。おはよう……ライ……レイ……フォンセ……」
ライ、レイ、フォンセ、リヤンの四人の目覚めは良好。しかし何処かよそよそしい様子があった。
もしかしたらと四人は顔を見合せ、口を開く。
「レイたちも見たのか……聖域についての夢を……」
「うん……。という事はライもなんだ。フォンセたちも?」
「ああ、私もだ」
「私も……」
四人の予想通り、四人が見た夢は一致していた。
一、二週間程の周期で四人が同時に見る過去の出来事からなる夢。その内容は全て、かつての勇者や魔王が実際に体験した事である。元々はライのみが見ていた夢だが、最近は四人で見る事が増えたのだ。此処はその出来事が起きた国だからこそ、四人が共鳴しているのだろう。
ライたち四人は一旦離れ、状況を整理する。
「何て言うか、昔から色々な問題があったんだな。それに、どういう経緯で勇者と神が出会ったのかも分かりかけてきた」
「うん。世界の異変……それが原因なんだね。かつての神様がどれくらいの力を持っていたのか分からないけど、何かの実験みたいな感覚で世界に何かしていたのかも」
「色々と気になるな。……まあ、今は取り敢えずエマに挨拶をするか」
見た夢の内容。神の目的。話したい事は多々あるが、一旦テントから外に出る事にしたライたち四人。基本的に見張りとしてエマは外に居るので、朝起きたら最初に挨拶するのが習慣なのだ。
ライ、レイ、フォンセ、リヤンは簡単な身支度を終え、テントの外に出た。
「お。起きたか。おはよう。ライ、レイ、フォンセ、リヤン」
「ああ。おはよう。エマ」
「おはよー。エマ」
「おはよう、エマ」
「おはよう……エマ……」
テントの外に出たところで、何時ものように挨拶を交わすライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。これがある事で今日も一日が始まったと実感出来ていた。
挨拶を終えたライたちはまた何時ものように朝食の準備に取り掛かり、そのまま何時ものように終える。後片付けと朝支度を終えたライたちは次の幹部が居るであろう街に向けて歩み始めた。
そしてその道中、エマはライたちからライたちが見た夢の内容を聞いていた。
「成る程。かつての神が居た聖域か。伝承や風の噂では聞いた事があるが……過去にはその姿がこの世界に現れていたのか。確かに色々な異変が起きた時期はあったな。基本的に洞窟か廃墟。森に居たから知らなかった」
「そう言えばエマは断片的に神話を体験しているのか。住んでいた場所が場所だから目の当たりにする機会は少なかったと思うけど……」
「ああ。神の仕業どうかは分からないが、ライたちの話を聞く限りあれは神の仕業で間違いなさそうだ。と言っても地震に暴風雨。豪雪に噴火。隕石の衝突と大した異変ではなかったがな」
「どれも結構大した事あると思うけど……確かにそれくらい出来る人は多いから大した事無いのかな……」
かつての勇者と魔王に神が争っていた時代。エマは既にこの世に存在していた。だからこそ体験した事は多いのだ。
しかし力のある魔法使いや魔術師などのような異能の使い手が居るこの世界。世間一般からすれば事の大きな所業も、当時から天候は操れるエマからすればあまり大きな事に感じなかったのだろう。その事にレイは苦笑を浮かべていた。
「まあ、私たちも何れは行く事になるのかもしれないな。特にレイとリヤン。レイたちは一番気にしている筈だぞ。聖域の存在とそこに居る者の事をな」
「アハハ……。うん。伝承が本当なら、私の御先祖様が居るかもしれないからね」
「私も……先祖が居た聖域……気になる……」
その隣でライとエマの会話を聞き、「この中で一番聖域を気に掛けているのは二人なんじゃないか?」とレイとリヤンに笑い掛けるフォンセ。
確かにその通りだったらしく、レイとリヤンはとても興味深そうにしていた。
「俺も気になるな。俺にとって憧れの人だ。かつての勇者は」
「ふふ、確かに悪くない奴だったからな。概ね伝承通りの男だ。まあ、伝承では奴の陽気さがあまり描かれていないけどな」
かつて世界を救った勇者はライにとって憧れの存在。だからこそ本当に聖域に居るのなら出会ってみたい気持ちがあった。
最も、世界征服をしようとしているライに勇者がどんな感想を持つか気になるところであるが。聖域から全宇宙を見守っている以上、おそらくライたちの行動も筒抜けだからである。
「……! お、なあ皆。あれ、街じゃないか?」
「あ、本当だ。まだ少し遠いけど、街みたいだね」
「となると、次の街に到着したという事か。今回の街は少し遠かったな。幹部が居るかどうかは分からないが」
「まあ、今までも幹部は居なかったが……そのお陰で十分な休養を取れたと考えるべきだな」
「うん……」
夢の内容を話しつつ、気付けば街の見える場所に来ていたライたち五人。この二週間では"ポレモス・フレニティダ"以外に幹部の街へ寄る事が無かった。なので今回の街はどうなのか、それが問題である。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの四人は街へ向かって進むのだった。
*****
「此処か……次の街は」
見えていた街に到着したライたちの視界には、豊かな自然が映っていた。
街自体は大きく発展しているようには見えないが、デメテルの居た"エザフォス・アグロス"のように農業が発展しているようだ。
ワインなどを作る為のブドウ畑を中心に広がっているらしく、道は剥き出しの地面が続いていた。しかしその道の整備も全体に行き渡っており、景観も相まって調和されている。
街全体は柵に覆われており、外側から見る限り家や建物の数は"ポレモス・フレニティダ"に比べて少ない。しかし吹き抜ける風と揺れる木々に葉など、自然と一体化出来そうなこの街には長閑という言葉が最適なものだった。
「建物の数からしても人は少ないみたいだな。けど、見事なブドウ畑があるし人員は足りているみたいだ。この様子だと兵士達も農作業をしているのかもな」
「うん。けど、この雰囲気は落ち着くね。色合いも目に優しいし、視覚情報も少ないから心も落ち着く……」
この雰囲気の街は悪くない。街というよりも村に近いが、ライたちからしても良い雰囲気だ。
此処はまだ入り口付近。柵とブドウ畑によって街の様子はよく分からないので早速入ってみる事にした。特別厳重な警備がある訳でもない。自然に入る事が出来るだろう。
「この街は……"フォーノス・クラシー"か」
穏やかな景観とブドウ畑に囲まれた街──"フォーノス・クラシー"。此処が新たな街である。
ブドウ畑が連なる道を抜け、開けた場所に出る。そこに広がっていたのは活気溢れる人々と建物が少ないながらも賑わいを見せる街並みだった。
建物の少なさは農業やブドウ畑などに力を入れているからだろう。この街はその見た目通りブドウのパイにブドウクッキー。そしてブドウ酒。続に言うワインなどブドウ関連の商品が多い。そして家庭用の品々が豊富である。特に炉や竈のような火床が人気のようだ。今は夏なのであまり必要無いが、冬には寒さを凌げる炉に一年中必要とされる竈。どの家にも必ずあるものなので人気なのは当然だろう。
「平和な街だな。外側から見ただけじゃあまり発展していないように思えたけど、思ったよりも大きな街だ。高い建物が少ないだけか。街のシンボルみたいな時計塔くらいかな」
「そうみたいだな。世界中で色んな争いが続いている現在、もしかしたらこの木々で街を隠しているのかもしれない。重火器の前では容易く焼き消えてしまうが、外から見えた建物の数からしてこれ程の街が広がっているとは思わないだろうからな。しかし、街をその様に隠しているのを見ると幹部の存在が気掛かりだ」
大きな建造物は時計塔くらいしか無いが、それでも確かに発展していると分かる街。外側に広がるブドウ畑の事から大した街ではないと錯覚させる、所謂隠れ蓑。戦争の多い現代だからこそのやり方のようだ。
しかしそうなると、エマの言うように気になるのはこの街の戦力。態々街を隠しているのを見ると、幹部や主力クラスの者が居ないのか気になるところである。
仮に幹部クラスの実力者が居れば隠す必要もない。あまり幹部として働いていなかったアレスの街が無事だった事も相まり、色々と疑問は浮かぶものだ。
「ああ、その辺を考えて探索してみるか。さて、行こうか。"フォーノス・クラシー"の街中を」
「うん。幹部が居るのかどうか、それを調べる必要もありそうだもんね」
「うん……最近は幹部を見てないから……」
「そうだな。居なければ一日くらい滞在してまた次の街へ。居ればこの街をどの様に攻めるかを考えるとしよう」
「ふふ、そろそろ身体も鈍ってくる。私が魔族だからか、本格的に動かしたくなって来たな」
長閑なこの街を落とすのは気が引ける。しかし幹部が居るならば致し方無い事だ。
と言っても直接街を落とす訳ではなく、勝負を持ち掛け征服の事を告げる。その後に幹部を打ち負かすやり方なのでなるべく街へは被害が及ばないようにするだけだ。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人は街の探索を開始した。
*****
「此処にある物は表から見た通りの物だけだな。ブドウに自信があるみたいだ。この街の特産品みたいだな」
「ブドウの木があんなに沢山あったもんね。それを使った商品や日用品を使って他の街と交易とかしているのかな」
──数時間後、ライたちは街の探索をし続けていた。
幹部についてはまだ聞いていない。先ずは地の利を理解する事を優先にしているので住人達に聞いていないのだ。
しかし数時間もあればある程度は見て回れる。それなりの広さがある街だが、開けた場所が多いので大凡の地形は理解出来た。どうやら街を流れる川から水を引いて農業をしているらしい。"エザフォス・アグロス"でも見たようなやり方だ。
そして、一つの確信もあった。
「時計塔以外にもあったな。もう一つを見落としていたみたいだ。──あの城。あれがこの街の王の城か幹部の城かは分からないけど、何かはありそうだな」
「ああ。この街のシンボルが時計塔だとして、あの城もその一つかもしれないな。大分距離は離れているが、折角ブドウ畑に隠れている街を目立たぬようにする為に敢えて遠くに造ったと言ったところか。城の裏は高い山。街の中心側に行かなければ見えにくかったりと城の姿は隠せている」
目の前。と言っても距離はあるが、そこに佇む城である。
確信というのは王や幹部のような強大な存在が居るという事に対してのもの。単純な考えだが、城には大抵大物が住んでいるのだ。城というものは基本的に事故顕示欲からなるものが多いが、彼処に住んでいる者が誰か。それは気になるところだろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンの五人。人間の国"フォーノス・クラシー"に着いた五人は、先ず城の方へ向かってみる事にした。