七百五十七話 幹部vs侵略者
──争いが続く人間の国、"ポレモス・フレニティダ"。元より戦乱の地域に位置するこの国は治安が悪いが、戦争に巻き込まれる事は無かった。それはこの街に幹部という絶対的な存在が居るからこそである。
しかしその幹部は自由気儘であり街の事など大して気にしていない。他の幹部達からも評判は悪く、バレてしまえば瞬く間にこの街が襲われてしまうだろう。
そんな幹部が今、襲ってきた者達と戦っていた。それだけ聞けば良い幹部だが、あくまで自分が楽しむ為である。
「オラァ!」
「ハッ、下らねえ!」
自己満足の為に行われる戦闘にて、ライがアレスに拳を打ち付け、アレスがそれを受け止める。それによってその身体は吹き飛び、街中を突き進んで建物と瓦礫の山を破壊した。
「何処が下らないって?」
「ハッハー! そう来なくちゃな!」
「少なくとも元気はあるみたいだな……」
余裕はあるようだが、魔王の七割に匹敵する力を使っているライと現在のアレス。力や速さでもライの方が上である。
しかし当の本人は楽しんでいるらしく、その言動にライも呆れる。だが実力は確かなもの。油断は出来ないだろう。
「まあ、構わずに倒すだけだ……!」
「それで良い、それが良い。その方が良い! もっと俺様を楽しませてくれよ、侵略者!」
槍を振り回し、竜巻を形成しながら突き進むアレス。
そのまま回転の威力が乗せられた刺突をライは躱し、柄を蹴り上げてアレスのバランスを崩す。それによって無防備になった腹部へ蹴りを放ち、中心街の遠方に吹き飛ばした。
「……ッ、ズェァ!」
吹き飛ばされる最中、アレスは槍を大地に突き刺してブレーキを掛ける。かなりの速度で吹き飛んでいたが、その勢いのまま地面に突き刺しても折れないアレスの槍はかなりの強度を誇っているようだ。
しかしライは止まらず嗾ける。アレスの動きが止まった瞬間に迫っていたライが側頭部に向けて蹴りを放ち、アレスは盾でそれを受け止めた。
それによって街中に衝撃が迸り、アレスから背後の地面が大きく抉れた。それはさながら、大地その物を匙か何かで掬ったような痕だった。
「よっと!」
「……!」
盾で止められた瞬間、ライは盾を隠れ蓑に使ってアレスの側面から目にも止まらぬ速度で移動し、死角から回し蹴りを放つ。それを受けたアレスは怯み、その隙を突いて背部を蹴り抜いた。
蹴られたアレスは浮き上がり、ライは両手を地面に付けて両足で浮き上がったアレスを更に蹴り飛ばす。そこから上に移動し、回転の力を加えて肘打ちを食らわせた。それによって浮き上がり切るよりも前に地面へ落下し、叩き付けられて粉塵が舞い上がると共に数百メートルのクレーターが形成される。
「ハッ!」
「っと……」
そのクレーターの中から槍が突き上げられ、粉塵を突っ切って少し高い位置に居るライの脇を横切る。いや、その狙いは正確だった。正確に放たれた突きをライが避けただけである。
避けたライは槍を伝って降り、勢いそのまま倒れ伏せているアレスの腹部へ蹴りを放つ。アレスはそれを転がって躱し、転がりながら槍を構え直して立ち上がった。既に眼前にはライが迫っており、槍を突いてライは拳を放つ。槍の剣尖とライの拳がぶつかり合って大地が浮き上がる。
「ハッ、随分と硬え拳だな。それなりに強くいったつもりだったんだが……傷一つ付かねえか。少しヘコむぜ、こりゃあよ」
「まあ、物理耐性と異能耐性には自信があるからな。そう簡単にはやられはいさ」
「物理と異能の耐性って要するに……全部の攻撃に耐性があるって事じゃねえか! 理不尽な能力だな! オイ!」
「まあある意味……理不尽なのが魔王の特性みたいなものだからな。多分、アンタも魔王については聞いているんだろ?」
「まあな」
ライの特性。というより魔王の宿ったライが併せ持つあらゆる攻撃に対する無限の耐性。まだまだ発展途上なので太陽系破壊規模から多元宇宙破壊規模まで威力によってはその耐性を貫通するが、魔王の力を纏えば正面から受けても負傷はすれど破壊する事が可能。何れは完全なる耐性が身に付くかもしれない。
「だが、そんな肉体を持ってて態々避けたり受け止めたりするのはなんでだ? 受け止めるのはまだ分からなくも無いが、別に避ける必要も無いだろうによ」
「ハハ、そう言えば何でだろうな。まあ、肉体が普通だった時の癖とでも言うのか? 普通だった時は戦闘経験とかも無かったけどな」
「となると今の戦い方は我流か。神に匹敵する……もしくは神をも超えるような肉体で戦っているうちに自然に身に付いたものという事だ。確かにその身体とセンスがあれば侵略者としてやっていけるな」
「まあそれはいいさ。取り敢えず、やっぱりそれが俺の癖とでも思っていてくれ。さっさとアンタは倒す……!」
「ハッ、生意気な……!」
軽く笑って向き合うライとアレス。
少なくともこの街の幹部を倒せばライの人間の国征服の目標にまた一歩前進するだろう。二人の戦いは続くのだった。
*****
「よっと!」
「……!」
一方のグラオとヘルメスは、常人からしたら何が起こっているのか分からない程の速度で鬩ぎ合いを織り成していた。
大地の砕けた痕や瓦礫の更に砕ける音で戦闘が行われているのは分かるが、その姿を捉えるのは至難の技だろう。現在聞こえている音も大分前の音かもしれない。
「そら!」
「くっ……!」
グラオは拳を放ち、ヘルメスがハルパーの刃で受け止める。しかしグラオにとってそれはマズイ。途中でその拳を止め、体勢を低くして足を薙ぐ。足元を掬われたヘルメスは倒れ、グラオはそのまま倒れたヘルメスの腹部を蹴り抜いた。
蹴られたヘルメスの身体はバウンドもせずに吹き飛び、その先に到達するよりも前に上から畳み掛ける。それによってヘルメスの動きは止まり、真下から巨大クレーターが形成された。
高速で飛ぶヘルメスに追い付いて追撃するなどグラオにとっては容易い所業。しかしそれでもハルパーを離さないヘルメスも流石だろう。
「ハハ、その武器、僕にとっても危ないね」
「どんな凶器でも当たらなければ意味がないさ。速さには自信があったんだがな」
ハルパーを薙ぎ、グラオの身体を自分から引き離す。グラオは軽く跳躍して避け、クレーターの中心で立ち上がったヘルメスは即座に駆け出し、グラオに向かって肉迫する。
「ハァ!」
「よっと」
「……ッ!」
その速度は光速。しかしグラオは迫ったハルパーを紙一重で躱して横から脇腹を蹴り抜く。それによって口から空気が漏れたヘルメスは怯み、次いで腹部を殴り付けられ吐血すると共に遠方に飛ばされる。
「こんな時は……上だろ!」
「……! へえ、バレてたんだ。まあさっき見せたからね」
飛ばされるとなれば追撃は警戒する。先程と同等、上から来る事は分かっていた。なのでハルパーを上に構え、刃を突き立ててそれを防ぐ。予想通り上から攻めて来たグラオは空中で躱し、ヘルメスの横に降り立つ。
そのグラオに向けてヘルメスは立ち上がると同時にハルパーを薙ぎ払い、そのまま踏み込んで嗾けた。グラオはそれも躱してカウンターのように裏拳を放つがヘルメスはそれを避け、ハルパーを斬り上げる。これも仰け反られて躱された瞬間にヘルメスは踏み込んで突き、それも避けたグラオは正面に蹴りを放つ。
二人の攻撃は互いの横に通り抜け、片足を上げたグラオとハルパーを正面に構えたままの体勢であるヘルメスが向き合う形になった。
「やるね。さっきまでは一方的だったけど、段々追い付いてきている」
「それがお前の本気だったなら良いんだけどな。全力には程遠い今のお前と全力に近い私では差が開き過ぎているよ」
ヘルメスの応用力は高い。寧ろそうでなくては人間の国の幹部兼支配者の側近など勤められないだろう。
グラオの言葉に嘘偽りはなく、素直な称賛である。しかし称賛を与えるという事には、相手を下に見ているからという意味もある。現在のヘルメスがそれなりの力を使っている状態でグラオに何とか追い付けるレベル。その程度の力で褒められても嬉しさなど微塵も無いようだ。
「けどまあ、それでも挑まなきゃならないのが幹部としての役割だな。倒せなくてもお前が何者なのか、それだけでも突き止めておきたいところだな」
「ああ、じゃあ教えておくよ。もう街の人には教えたから情報が入るのも時間の問題だしね。僕はグラオ・カオス。この"カオス"はかつての神と同等、この宇宙の創造主という名のカオスさ」
「……!?」
呆気からんと答えたグラオに、ヘルメスは大きく反応を示す。それもそうだろう。カオスの存在はヘルメスにとって大きなもの。そんな名を聞けばこの反応になるのも当たり前だ。
グラオは既にこの街の頭達には正体を明かしている。バレるのも時間の問題という事で面倒なやり取りが行われるよりも前に話したのである。
「取り敢えず、余計なリアクションとか質問はまた後にしてくれ。答えるのは簡単だけど、答える暇があれば戦っていたいからね」
「随分と戦闘好きのようだな。お望み通り質問とかは後にするが……こんな性格だったのか……意外だ」
「ハハ、成り行きでこんな性格になっただけさ。ああ後、今のは僕が自発的に答えたから質問扱いにはしないよ」
「そうか。それは有り難いな」
それだけ告げて光の速度となり、グラオに向けて直進するヘルメス。グラオはそれを正面から受け止める体勢に入るがヘルメスは急停止し、そこから即座に左へと回り込んでハルパーで切り裂く。それをグラオは跳躍して避け、ヘルメスがハルパーを上に振り上げる。峰の部分を足場にグラオは空中で一回転し、ヘルメスの背後から手刀を嗾けた。
だがヘルメスも簡単には食らわない。迫る手刀を前に前方へ駆け出して手刀から逃れた。それならばとグラオは空気を殴り付け、拳の圧力で空気を押し出して拳を飛ばした。
「空気を……!」
それも何とか躱し、グラオに向き直る。拳の圧力によって後方数キロが崩壊したがそれを気にしている暇はない。既に眼前に立っているグラオを前に、ハルパーを振り下ろして斬り込んだ。
しかし光速で振り下ろされたハルパーはグラオに当たらず、グラオの振り上げた拳によって身体が宙に舞う。同時に拳が放たれ、目に見えない大砲のような拳圧がヘルメスの身体を貫いた。
「カハッ……!」
肺を貫かれた事によって空気が漏れるような声を出し、内臓が傷付いた事で吐血する。そのまま落下して土煙を上げ、グラオの前には動かなくなったヘルメスが俯せになっていた。
「流石にまだ終わっていないんだろうけど、過呼吸状態で少し脳震盪を起こしているのかな? 一時的に気を失っているだけ。一分も掛からずに目覚めるかな。多分……すぐに」
「……!」
それを言った瞬間、軽く痙攣を起こしながら目覚めるヘルメス。同時に吐血し、その場の状況を理解。即座にハルパーを拾い上げ、フラ付きながらもグラオに構え直した。
一瞬とはいえ意識を無くしたヘルメスだが、目覚めた瞬間にこの様な行動を起こせるのも流石である。意識を失えば一瞬に感じる時と長時間に感じる場合がある。今回のヘルメスはどちらだったのか分からないが、まだ戦う意思はあるようだ。
「ハァ……ハァ……悪いな……少し意識を失っていた……」
「大丈夫だよ。ほんの数秒。人によっては一瞬の出来事さ。戦意を失っていたらそのまま連れて帰ろうかと思っていたけど……どうやら平気みたいだね」
「フッ……危ない危ない……。攫われたら色々と問題がある……まあ……敵地を探るって意味なら良かったかもしれないな……」
その意思を見、戦闘を続行するグラオ。意識も戦意も完全に無くなっていればヘルメスは合格者なのでそのまま連れて帰るつもりだったようだが、今の様子からして問題無いと判断したのだろう。
ライとアレス。グラオとヘルメス。侵略者達と幹部達の戦闘は継続される。