七百五十五話 西側の戦い・決着
「これが私の……少しの本気……! "神の裁き"……!」
「通常の雷よりも遥かに強力な神の霆。うン、確かに少し本気を出したみたいだ。なら私は悪神の炎を使おう」
「神……? ハッ、成る程な。知られたくない素性で神と来たらそういう事か。ま、気にしねえがな!」
少しの本気。それによって放たれた神の霆と悪神の炎。そしてより強い魔力を込めた弾丸。
デュシスはリヤンとヴァイスの会話から何かを察したようだが、前述したようにそう言った事には興味が無い。なので構わずに撃ち続け、それによって雷、炎、弾丸の三つが正面衝突を起こして激しい乱気流と衝撃波を引き起こした。
少しの本気とは言え、リヤンが放ったのは神の霆。本来ならこの星が落雷に焼き払われている程の力だが、かなり力を落とした上での少しの本気のようだ。
ヴァイスもヴァイスでロキの炎を放ったが、この街を焼き払う程の威力は秘めていない。先程の隕石が壊される前提で放たれたのを考えれば、余波で材料となる人々を巻き込まない為に街の破壊は最後に取って置くつもりのようだ。
「なんつー鬩ぎ合いだ……! やっぱ俺じゃ実力不足だな……!」
しかし例え街を消す力が無くとも、熱と雷撃の余波は凄まじいものがある。魔力を込めて放った弾丸も形無しだ。
精々巨大建造物を砕く事しか出来ないデュシスの力。それでは自然のエネルギーが何百倍にもなった二人の力には敵わないだろう。
「貴方……神って単語に反応していたみたいだけど……」
「あ?」
そこでふと、リヤンは自分が気になっていた事をデュシスに訊ねる。神の力については言っていないが、神という言葉に反応を示した。その事が気になったのだ。
デュシスが神云々を気にしないという事は知っているが、やはり気になるものなのである。
デュシスは軽く笑って返す。
「ハッ、つまりあれだろ? お前が神の知り合いって事だ!」
「……。……え……?」
「神の力が使えんのも神から色々教わったって事だ。合点がいったぜ!」
「……あ……そう言う事……」
そして、斜め上の返答に素っ頓狂な声が漏れたリヤンは困惑しつつ妙に納得する。神と聞いて人が思うものは様々。特にこの人間の国は神話と同姓同名にして神話よりも力のある神が治めている。なのでリヤンは神の知り合いなのだろうと考えたようだ。
それは当たらずとも遠からず、かつての神と分かっているのかは分からないが、確かに神には関係している。だが他の頭ならリヤンが神の子孫という事を分かるであろうと踏まえれば、純粋に頭で考えるのが苦手なだけなのかもしれない。
リヤンはメソンの事などを考えつつ、デュシスやこの街の頭になら教えても良いかと訂正を加えた。
「……けど……それは違う……神様の知り合いじゃなくて……かつての神の子孫が私……」
「……んなっ!?」
その訂正を聞いたデュシスの言葉が詰まる。それもそうだろう。態々かつての神と言い直され、その子孫と告げられたのだから。
そんな驚愕の表情を浮かべるデュシスを余所に、ヴァイスが嗾けた。
「盛り上がっているところに悪いけど……さて、次はどうかな?」
繰り出したのは、先程リヤンとデュシスが被害を出さずに何とか防いだ隕石。その数十倍の大きさの隕石が複数個降り注ぐ。
その全てがこの"ポレモス・フレニティダ"の西側に落ちたらこの街、国のみならず世界に大きな影響が及んでしまう事だろう。
「空なら別に平気……! "神の食事"……!」
そしてその隕石全てを、リヤンは一瞬にして消し去った。
まるで食事をしているかのような空間の隙間が生まれ、天空から降り注ぐ世界を崩壊し兼ねない全ての隕石を消し去ったのだ。
「へえ? やっぱり簡単に消せるみたいだね。このくらいの隕石なら」
「これが神の……直属の血縁者の力……!」
それを見たヴァイスは目は一切笑わずに軽く笑い、驚愕の表情を浮かべっぱなしのデュシスは先程と同じ表情のままだった。
隕石の衝撃と他の場所での戦闘によって既に空の雲は無い。何処までも続く広く青い空を上に、リヤン、デュシス、ヴァイスは構え直した。
「ハッ、すげえ力だ。俺は他の連中と違って危険因子の可能性があるだけで排除したりはしないが……他の奴等が聞いたら戦う事になるかもな」
「それは想定内……。この街には元々戦うつもりで来た……。けど……今はまだヴァイスが優先……」
「そうかよ。なら、何とか敵にならない事を祈るしか出来ねえな。神とやらに」
神の子孫であるという事を認知した上でのリヤンの力。それを改めて目の当たりにしたデュシスは感心していたが、リヤンを危険人物と認識して排除しようとはしていなかった。
やはりこう言った事柄に対してはあまり気にしない質のようだ。それはリヤンにとっても有り難い事。なので一先ずデュシスを一瞥して視線を逸らし、ヴァイスへ仕掛けた。
「"神の刃"……!」
「"魔王の剣"!」
そして放ったのは神速の刃。その切れ味は凄まじく、この宇宙に存在する宇宙一硬い物すらを容易く両断する威力が秘められている事だろう。切れ味が鋭いだけなので広範囲へ破壊は及ばず、的確にヴァイスだけを狙える力という訳だ。
対するヴァイスが放ったのは星をも一刀両断する魔王の剣。それはフォンセの扱える魔王の魔術ではなく、魔王の力を限りなく再現した剣魔術だ。それは魔族の国"マレカ・アースィマ"に居るブラックの技である。なのでコピーする事が出来たのだろう。
神速の刃と魔王の刃がぶつかり合い、互いと空間を切断して鬩ぎ合う。その余波で空気が薄くなるのを感じたが対抗する手段がこれなので致し方無いだろう。
そしてヴァイスの放っている魔術だが、実は神の力に押されている側。連続して魔力を流しているので形が継続されているだけであり、力を使うのを止めたらヴァイスの身体が切断される事だろう。
「すげえ圧力だが……俺もやってやるよ!」
それに気付いたのか本能か、ただ仕掛けただけなのかは定かではないがデュシスが二丁拳銃を構え、一気に連射して嗾ける。
デュシスも今まで以上に本気を出しているからか、第一宇宙速度を越えた速度で弾丸は進む。第二宇宙速度にはまだ到達していないが、先程よりは明らかに速いだろう。
「……!」
そして弾丸に気を取られ、持続して放っていた剣魔術が途切れたヴァイスはリヤンによって切断された。
断面などあるのか分からない程に、まるですり抜けたかのように切断されたヴァイス。光速以上の速度で行われる破壊ですら即座に反応出来る細胞が後から気付いて再生を始める。
不死身ですら細胞が斬られた事に気付かない程の切れ味を持つ神の刃。これならば不死身をも殺せるかもしれない。いや、死んだ事にすら気付けないかもしれない。そんな威力だった。
「成る程。不死身への対抗手段がもう一つ生まれたね。細胞一つ残さずに消し去るか、細胞が気付かない程の速度で破壊する。これは良い収穫だ。感謝するよ」
目も何も笑わず、淡々と感謝の言葉を述べるヴァイス。此処までくればもう不気味でしかない。しかしそれを理由にこの戦闘から逃れる事は出来ない。リヤンは神の刃を消し去り、今度は細胞その物を消しに掛かる。
「"神の光"……!」
「光……光か。ならこれかな。"魔王の影"。そして私のオリジナル。"魔王の影の手"」
次に放ったのは、細胞一つ残さずに消し去る神の光術を広範囲に広げた光速の消滅柱。ヴァイスは光速で降り注ぐそれを見て流暢に話、光の速度よりも素早く魔族の国"ウェフダー・マカーン"幹部シャドウの影魔術を用いた。
先ず魔王の影を創り出し、そこから魔王の力に迫る手を形成。そして傘のように自分の頭上へ広げる。魔王の影魔術も魔王を再現したモノなのでヴァイスにも扱え、応用する事が出来たのだ。
目映く世界を照らす白い光に包まれたヴァイスは、自分の場所にだけ影を創ってやり過ごす。この全てを光速以上の速度で行ったのだから驚異的だろう。
「あの光の中じゃ、俺の銃弾は意味ねえな。簡単に消されちまう。今回は見学か」
一方で、弾丸その物が消滅するであろうあの中には手出しできないとデュシスが立ち竦んでいた。
幹部の側近クラスの魔力を込めた弾丸も、神の力と魔王の力を再現した力の前では無力である。次第に光は収まり、その中から無傷のヴァイスが姿を現した。
「いやいや、危なかったね。光魔術には闇魔法か闇魔術が良いんだけど、それを使える者は滅多に居ないから手間取ったよ。強いて言えば闇魔術に近いのは影魔術かな」
「闇魔法に闇魔術……そんなものもあるんだ……」
「ハッ、闇魔法や闇魔術は心の底から黒く染まりきった存在にしか扱えねえよ。そんな奴が居たら大変だ」
「ああ、そう言えばアジ・ダハーカやヴリトラなら多分闇の力も使えるね」
「居るのかよ!? つか、アジ・ダハーカにヴリトラ……神話級の魔物じゃねえか」
闇魔法に闇魔術。光魔法や光魔術に対抗するにはその力が良いらしい。曰く影魔術はそれに近い存在で、魔物の国の幹部であるアジ・ダハーカやヴリトラなら使えるらしい。そうなればその者たちの力も取り込んでいるヴァイスにも使えるのだろう。
そしてどうやらデュシスは魔物の国の幹部にその者達が居る事を知らないようだが、それは当然だ。元より他国と関わろうとしない魔物の国。人間の国でも幹部の存在を知っているのは極僅かの筈だ。
「さて、今日は中々の収穫があった。これで君達を連れて帰れたら最高なンだけど、君達が付いて来る訳無いと判断した結果、一旦この場を離れるとするよ。最後の一撃を放ってね。これを君達が耐えれば見逃す。君達が意識を失えば連れて戻る。因みに同意はしなくて良い。私独自の判断で放つつもりだからね。これを受けなきゃ街や国、世界が滅茶苦茶になるだろうから君達は否が応でも受けなきゃならないって事さ」
どうやら色々な収穫はあったのでこの場は去るらしい。しかしリヤンとデュシスの事は狙っており、この一撃が今回のトドメのようだ。
押し負ければリヤンとデュシスが攫われる。そして断る事は出来ない。何故ならヴァイスの決定事項だから。
そんな理不尽極まりない申し出にデュシスは笑って返す。
「ハッ、別に構わねえよ。理不尽だとかなんだとか、今回の戦いでは意味が無いのを知っているからな。此方も全力でいかせて貰う!」
「私も……此処で貴方を倒す……!」
ヴァイスの申し出にリヤンも同意し、リヤンとデュシスがヴァイスに構える。ヴァイスは力を込め、目は全く笑わず、口元だけで不敵に笑って言葉を続けた。
「フフ、それは助かるよ。──"完璧な一撃"……」
「"神の粛清"……!」
「技名は無いが……オラァ!!」
──そして放たれた、文字通りの一撃。魔力を始めとして様々な異能の力が合わさる事で完全なるモノとなったエネルギー体。リヤンは先程放った霆よりも更に強力な神の霆を放ち、デュシスは山河を崩壊させる弾丸を自身の最高速である第三宇宙速度で連続して撃ち込んだ。
本気なのはデュシスだけでリヤンとヴァイスは力を落としているが、直撃すればこの世界が大きく揺れる攻撃だった。
それら三つの力は鬩ぎ合い、"ポレモス・フレニティダ"西側の街を飲み込んだ。
*****
「うン。どうやら耐えたらしい。約束通り、私は帰るとするよ。肉体の損傷も激しいからね。しかも神の力からなる負傷。そう簡単には治らないしまた暫くは身を潜めるとしよう」
「…………」
「チッ……俺はボロボロなのに……アイツらは本当に化け物だな……」
そして視界が晴れた時、衝突で失った片腕を見たヴァイスが西側の街だった更地の中心にてやれやれと困ったように告げながら不可視の移動術の準備をしていた。
リヤンも疲弊と負傷はしているが相手がその気なら戦える状態であり、デュシスは立つのもやっとな程にボロボロだ。
しかしリヤンは戦う事よりも別の事に思考が向いているらしく、口を開いてその事を訊ねる。
「……。前は聞きそびれたけど……今日は訊く……ライたちは忙しいから……私が……! アスワドさん……シャドウさん……ゼッルさん……ラビアさんは何処……!」
「……?」
リヤンが聞きたかった事、それは現在行方不明の主力であるアスワド、シャドウ、ゼッル、ラビアの四人について。"世界樹"以降でヴァイス達と出会ったのが人間の国"スィデロ・ズィミウルギア"だけである以上、訊ねる機会がなかった。なのでなるべく早いうちに聞いておこうと今この瞬間に訊ねたのだ。
その問いに対し、ヴァイスはわざとらしく顎の下に手を置き、白々しく答えた。
「ああ、彼女達か。覚えていたンだね。前に会った時には聞いて来なかったから手っきり忘れていたと思ったよ。……けど安心してくれ。彼女達。彼らは無事さ。合格者に手荒な真似はしない。更にヒントを与えるなら、私たちが行動するにも幾つかの拠点が必要不可欠だ。だから、彼女達と彼らはこの世界の何処かにある拠点に居るよ。更に述べるなら、捜査は君達よりも魔族の国や幻獣の国の方が進ンでいるね。その国々から来た主力によって、既に幾つかの拠点が潰されている」
「……」
「一体……何を……」
それだけ、と言っても多くの情報を言い、ヴァイスは不可視の移動術でその場から消え去った。
どうやらアスワドたちの捜査は魔族の国と幻獣の国で進められているらしく、見つかるのも時間の問題かもしれない状況のようだ。
その内容がよく分からないデュシスは困惑しているが、ただならぬ状況である事は理解したのか特に言及はしなかった。侵略者のヴァイス達と関係しているので後々に幹部や他の頭へ報告するかもしれないが、今は身体を休める為に腰掛けた。
「……。ライたちと合流しなきゃ……」
だがそれを聞いたリヤンは穏やかな心境ではない。何としてでも早く、ライたちにこの事を伝えるべきと肝に命じて即座に移動を開始した。
「貴方も治したから……後は好きにして……」
「……あ? ……! おお……本当だ……身体が軽くなった。痛みもねえ!」
そのついでに頭数は必要だとデュシスを治療し、回復を喜ぶデュシスを余所に先を急ぐ。
"ポレモス・フレニティダ"西側にて行われていたヴァイスとの戦い。それは、互いにある程度の情報交換の形で痛み分けに終わった。残る戦いは中央に居るライ達だけである。
数時間に及ぶ"ポレモス・フレニティダ"での戦闘も、着実に終わりへ向けて進んでいた。