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七百四十九話 南側の戦い・続行

 着弾して破裂した天候の塊。それによって生じた衝撃波は周りの建物と炎を消し去り、瓦礫を巻き上げて荒れ果てる。

 石造りの道すらをも粉砕して巻き込み、大量の水が溢れ返ってこの場所にだけ大洪水と大嵐が通り過ぎたかのような有り様となっていた。だがそれは当たらずとも遠からず。エマが引き起こした嵐によってこうなったのだから当然だ。


 圧縮された事で力の込められた天候の塊。それが一気に解放された事で街一つを崩壊させる程の破壊が生まれたのだろう。

 まだ慣れていないので南側の一角を吹き飛ばす程度の破壊力だったが、この力を自由に操る事が出来るようになれば"ポレモス・フレニティダ"のような大都市を一撃で崩壊させる事の出来る力も手に入る筈だ。加えて、強大な力が圧縮される事によって範囲を抑える事も可能。最小限の範囲に強大な力がぶつかれば食らった相手は一堪りも無い筈である。


「予想以上の破壊力だ。風と雨水で一気に吹き飛ばしたが……さて、ロキはどうなったか」


「というか南側が悲惨な事に……住人は避難させていたから怪我人とかは居なそうだけど、立て直すのに膨大な費用が掛かっちゃうな……」


「魔法では直せぬのか?」


「そんな魔法を使えるのは幹部クラスだけだよ。私たちじゃ地道に直さなくちゃ。まあ、敵を放って置いたら今よりも悲惨な事になっていただろうし、そう考えるとこの程度の被害で収まって良かったのかもね」


 エマの放った攻撃は、エマ自身の想像よりも強い力だった。

 なので南側が壊滅状態となってしまったが、ロキを放って置けばそれよりも被害が甚大になっていた事を踏まえてまあいいかという結論に至ったようだ。


『凄まじい破壊力だったな。ただの衝撃波なら良かったが……水が混ざっていたのは危なかった』


「無傷……ではないにせよ無事か。それなりのダメージを受けているから無事とも違うな。まあいい」


「あれを受けても立ち上がるなんて……何てしつこいの……」


 そして瓦礫の山から現れた、全身にダメージは負ったがまだ戦える様子のロキ。暴風と大量の水による衝撃。流石にこたえてはいるようだが、気力は死んでいなかった。

 元よりロキの精神力は強い。かつて激痛を及ぼす毒が降り続けるという洞窟に幽閉されていた事もあり、この程度のダメージでは立ち上がるのだろう。


『いやいや、中々効いたぞ。ヴァンパイア。お前はそれを誇りに持つが良い。──今日のところは退散するとしよう』


「ほ、本当に……!?」

『ああ、(本当)だ』

「……!」

「気を付けろ。奴は嘘吐きだ」


 刹那、ロキは油断したノティアへ炎を放ってけしかける。だがそれをエマが片手に込めた雨で受け止め、水が蒸発するような音と共に炎を逸らした。

 その瞬間にロキは炎から炎へ移動し、エマとノティアの背後に回り込んで攻め入る。


『フッ、やはりヴァンパイアには気付かれていたか』

「ああ、何度か相対しているからな」

「……。成る程、ロキは嘘吐きの悪神って言われていた……だから……」

「そう言う事だ」


 ロキの伝承はノティアも知っている。なので嘘吐きであり、全ての言葉に裏があると思った方が良い存在という事も承知の上だ。

 だからこそ先程の行動はロキにとって当たり前の事と割り切る他無さそうだと、ノティアはそれを踏まえた上で警戒する。


「今更だけど、ロクな相手じゃないわね……。嘘による不意討ちもしかけてくるし、また何かしてきそう……」


「ふふ、戦いとはそう言うものだ。ルールのある試合なら卑怯と批判されるが、勝利だけがルールの本来の戦いでは純粋な力の他に汚い手の一つや二つ仕込むのが当たり前の事。この街の治安は悪いが、チーム同士で暗黙の了解となっているルールがあるなら平穏だ」


「暗黙の了解……確かに卑怯な手はチームの誰も使わない……それがそうなのかもしれないわね……」


 ルールも何もあったものではない。勝つか負けるか、それだけが必要な事である。言うなれば、それが生死を懸けた戦闘に置ける唯一のルールだろう。

 どの様な手を使おうと、どの様なやり方で勝利しようと、死んだら終わりのこの世界で甘い事は言っていられない。この世を生きるノティアもその事はわきまえており、向き直ると同時にけしかけた。


「だったら、此方も気にしないで仕掛けるのが筋ね。"ショーニ"!」


 魔力を込めて杖を振るい、夏である人間の国に雪を降らせる。その量は通常よりも多く、一瞬にして周囲が白く染まった。

 それを見たロキは小首を傾げ、言葉を発する。


『フン、何をしているのか。夏場に雪を降らせて涼もうとでも考えているのか? だが、油断はしない。先程はそれで嫌な目見たからな』


 何をするのか定かではないが、ロキは小馬鹿にしつつも油断はしていない。それによってついさっき足元を救われたからだ。

 なので闇雲に炎も放たず、夏に降り注ぐ魔力からなる純白の雪を見届け、ノティア、エマから目を離さずに構える。身体は炎へと変えており、水以外の不意討ちにも対応出来るものと化していた。


「"デンドロン"!」

『次は樹……』


 同時に白銀の雪から樹を生やし、ロキの足元から貫く。傍から見れば雪をフェイクに樹を仕掛けたようにも見えるが、これにも何かの考えがある筈。ロキは決して油断はせず、慎重に木々をかわして行く。

 雪に樹。夏のような景色とは程遠い白銀の世界は何とも不可思議なものだが、それを見やるロキは一先ず炎を展開させた。それによって雪は溶けて樹は燃え、静かな白と激しい赤のコントラストが反射を繰り返し、視界が狭まる。


『目眩まし……? だが気配は感じる。そこだ!』


 より強く感じるのはノティアの気配。ロキは反射の中に炎を放ち、紅蓮の炎で撃ち抜く。ノティアはそれをかわして進むが、まだ狙いは分からない。

 次の瞬間、足元からまた樹が生え、ロキの身体を貫いた。雪に濡れた樹だったが炎の身体にダメージは無く、複数自分に向けて放たれる樹に次々と当たっては無傷で抜ける。


「"変形樹パラモーフォシ・デンドロン"!」


 生えた樹は変形し、逃れたロキの身体を移動して狙う。それも当たるがロキには効かず、足元の雪を舞い上げてその下にある石造りの道と大地を粉砕する。

 炎となったロキは警戒しつつ、炎のままで進んで迫る雪と樹は無視して進む。一番手っ取り早い結論に至ったからだ。


『魔法を使う本人を倒すのが一番だったかもしれぬな。フッ、我ながら衰えている』


 それは、相手の行動を待つよりも前に直接本人を潰すという事。寧ろ何故今の今まで態々(わざわざ)相手の出方を待つ必要があったのか。ロキは自嘲する。


『……。いや、それが狙いだった訳か』


 おそらく、それを含めた先程までの細かい罠の全貌だったという事だろう。

 一つの罠を破ればまた別の罠が出てくる。それによって警戒心を高めさせ、疑心暗鬼状態にして要らぬ警戒までさせる。そうする事で次の罠を、意図せずに待つ態勢が作られるという事だ。

 そうなれば最後、先ず確実に相手の罠を発動させる事になってしまう。警戒しているからこそ、逆にその罠に自ら引っ掛かる結果となるのだ。なのでロキはそれを阻止するべく、炎の身体を以てして一気に迫った。


『先ずは厄介なお前からだ!』

「フフ、先ず"は"ね。じゃあ、もう一人の存在を忘れていないかしら? 貴方にその傷を負わせたヴァンパイアをね?」

『……! まさか……!』

「ああ、そう言う事だ!」


 背後から霧となっているエマが近付いた時、ロキは気付いた。此処までおこなってきたノティアの派手な動きは、全てこの為の布石だったのだと。

 ノティアの動きは、全てエマを隠す為のもの。罠に警戒し、それも罠かもしれないと考える事で必然的にノティアの存在へ意識が誘導される。

 エマは霧となる事で既に砂埃や雪、煙に紛れて姿を眩ましていた。だからこそその存在その物がロキに認知されていなかったのだ。


「私達が行える貴様への決定打はこれしさなさそうだからな。決めさせて貰う!」


『フッ、構わぬ。だったら迎え撃つだけだ……!』


 霧となっている最中にも天候の力は掌に纏わせており、決定的なダメージとなりうる雨の力を始めとし、風の力に雷の力と一通りの天候ほ纏った。

 その全ては先程のように圧縮されており、力が一点に込められている。今度のロキは下手に避けようとせず、片手に炎を込めて構え直した。


「ハァ!」

『フッ……!』


 圧縮された天候の塊が放たれ、全てを焼き尽くす炎が放たれた。

 それら二つは正面からぶつかり合い、空間に吸い込まれるような形となって消え去り、次の刹那に空間を歪める程の大きな爆発が巻き起こった。

 天候の塊は破裂と同時に雷混じりの暴風雨となって巨大な竜巻になり、その竜巻に吸い込まれる炎が纏う。

 雷、暴風雨、炎。様々な力が宿ったその竜巻は崩壊途中の南側を更に飲み込み、轟音と共により一層巨大化して膨れ上がる。その大きさは"ポレモス・フレニティダ"の街全体から見渡せる程のものが形成されていた。

 その破壊は収まらず、暫くその巨大竜巻が街に留まる。存在するだけで全てを崩壊させ兼ねないそれは、


『ハッ!』

「はあ!」


 二人の衝突によって消滅した。

 再び放たれた炎と圧縮された天候の塊。それがぶつかり合う事で今度は場に留まらず、一瞬にして爆発と共に崩壊した。

 それによって広がった風雨と熱。バリバリと雷がほとばしり、肩で息をする二人が向き合っていた。


「はぁ……不死身の肉体は持っているが……あのぶつかり合いはキツイものがあるな。傘を守るので精一杯だ……」


『その疲労は傘を離した一瞬で差し込んできた日差しによるものか……。直接的なダメージが無いとは、此方としても少し面倒だ』


 もう一度述べれば、既に南側は崩壊している。だからこそ影になっていた建物が消え去り、日差しによるダメージがエマに及んでしまっているのだ。

 つまり今のエマが受けている疲労とダメージは日差しのものである。ロキも基本的には無事だったが、火が苦手とする水や空気が一瞬無くなる程の衝撃でダメージを負っているのだ。

 自分より質量の多い水が掛かったり酸素が無くなれば火は存在出来ない。その二つの合わせ技のような衝撃を受ければ当然こうなるだろう。


「面倒なのは此方も同じだ。決定打が少なく、決定打になりうる攻撃を放ったとしても今のように耐久力も高い貴様。何時になったら終わるのやら」


『有効な技があるだけマシだろう。こうなると傘を重点的に狙うのが一番効率的なのかもしれないな』


「この戦い……私には少し荷が重いかもしれないわね。ちょっとした魔法を使えても殆ど効かない……今までのように誘導が関の山だわ……」


 軽く交わし、向き合う三人。互いに相手の実力は理解した。だからこそと言うべきか、エマとロキがこの戦いはかなり長引く事になる事を考えて気が滅入っている様子だ。

 ノティアはノティアで自身の実力の無さを実感し、思わず歯噛みする。"ポレモス・フレニティダ"では上位の実力を持っていたのだが、そんな自分でも侵略者一人を足止めするので精一杯という事実が悔しいのだろう。

 次に相手が何をするのか、三人がその様子を窺っている時──


「「「……!」」


「「……!」」

『……!』


 ──"ポレモス・フレニティダ"北側の方向から三つの影が吹き飛んできた。

 その影達は勢いよく落下し、辺りに粉塵を舞い上げて停止。即座に立ち上がって向き合う。エマ、ノティア、ロキの三人は影達に話し掛けた。


「フォンセ!」

「ヴ、ヴォーリア!?」

『む? リッチでは無いか』


「エマ……成る程。此処まで吹き飛んだか……」

「ノティア……となると此処は真逆の位置にある南側か……」

「だから、リッチって呼び方止めて!」


 現れた。というより吹き飛んできたのはフォンセ、ヴォーリア、リッチ。もとい、マギアの三人。

 どうやら何かがあり、真逆の位置にある北側から吹き飛んできたのだろう。と言っても、大凡おおよその検討は付いているのだが。


「見たところ、戦いの余波で吹き飛ばされたと言ったところか。フォンセ」


「ああ、まあそんなところだ。やはりと言うべきか、奴も中々やるからな」


「マギア。ふむ、北側にはマギアが攻めていたのか」


 マギアとの抗争途中で吹き飛ばされてこうなった。それがよく分かる状況だった。

 その予想は的中し、戦闘の余波によってこうなったらしい。此処が言えた話ではないが、何ともまあ激しい戦いがあったものだとエマとフォンセは軽く笑い合う。


「あらヴォーリア。随分と良い姿ね。何か用かしら?」


「フン、何でもないさ。と言うか、さっきの驚き振りを見た後で余裕の態度を見せてもあまり意味が無いと思うけど」


「うるさいわね。本当に嫌な奴」


 エマ、フォンセと違い、不仲な様子のノティアとヴォーリア。まあ当然の反応だろう。チーム同士の抗争が絶えないこの街ではこの様に不仲なのは当たり前だ。


『ほぼ相討ちと言ったところか。リッチ』


「リッチって言わないで! ……けど、貴方も貴方で苦労しているみたいじゃない。やっぱりエマは強いんだね♪」


『フン、これから終わらせるつもりだ』


 一方のマギアとロキ。仲間になったばかりという事もあり、あまり仲は良くないらしい。だが、マギアはロキよりもエマの強さを目の当たりにして気分が良さそうだ。

 何はともあれ、エマ、ノティア、ロキとフォンセ、ヴォーリア、マギア。決着へと向かっていた"ポレモス・フレニティダ"南側での戦いは、北側で戦っていた筈の三人が現れる事でまた暫く続くのだった。

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