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七百四十七話 東側の戦い・決着

「はっ! やっ! はあ!」

「ハッ、益々(ますます)速さに磨きが掛かってんな」


 何とかして勇者の力を引き出そうとレイは集中して奮闘する。上下左右に上段下段中段、巧みかつ迅速かつ重量感のある、あらゆる達人が同時にけしかけているかのような刃の猛攻。それを受けるシュヴァルツも流石と素直に称賛出来るが、レイの速度と力はより一層研ぎ澄まされ、更に上昇して放たれた。


「やあ!」

「……ッ! んなっ!? 破壊魔術で砕いた空間を──剣がすり抜けただと!?」


 その一撃を掠り、真っ赤な鮮血が飛び散るシュヴァルツ。直撃はしなかったが、レイの振るった斬撃により空間が切断されたのを見て驚愕の表情を浮かべる。

 シュヴァルツは破壊魔術でレイの剣を受けていた。しかし、破壊魔術ではレイの剣によって逆に破壊される。だからこそ空間に隙間を創って防いでいたのだが、どうやら勇者の剣はその空間をもすり抜けて斬撃を届かせたらしい。

 それは有り得ない事だ。空間が無いにもかかわらず剣が当たるなど、あってはならない。砕けた空間は周りが埋めるので一瞬で戻るが、レイの場合は戻る前に斬り付けた。それは破壊魔術を扱うシュヴァルツからすると正に異常と呼べる事柄だったのだ。


「チィッ……! 動きが良くなるのは一向に構わねェが、よく分からねェ力は対処が難しいな……!」


「はあ!」


 この様な状況でも一瞬の動揺以降取り乱さないのは流石と言うべき事だが、此処は安全策を取るべくレイから距離を置いた。レイはその距離を即座に詰め寄るがシュヴァルツは跳躍して屋根の上へ登る。


「やあああ!」

「空中なら容易に動けねェだろ! "破壊ブレイク"!」


 その後に続くレイ目掛け、振り返ると同時に破壊魔術をけしかける。が、レイは怯まずそのまま──破壊魔術(・・・・)()断ち切った(・・・・・)


「やっぱこうなるのかよ!」


 破壊魔術が破壊されたシュヴァルツは屋根から飛び降り、レイの剣が空を斬る。それによって生じた斬撃は吹き飛び、遠方に広がる山々を斬り崩して見えぬ程まで遥か遠くに飛ばされた。


「この感じ……これをより強く維持出来れば……!」


 集中しつつシュヴァルツに向き直り、感覚が研ぎ澄まされるのを実感するレイ。

 そう、実感する事が大事なのだ。何も分からないまま感覚だけで戦っていては次にその力を引き出すのに時間が掛かる。だからこそ実感し、己の力を理解する。それを行う事で好きな時に自身の力を解放出来るようになるのだ。

 つまり、今のレイは最高とまではいかないが中々のコンディションである。感覚をより鋭く研ぎ澄まし、シュヴァルツの方に視線を向けた。


「貴方を倒せる……!」

「クク、言うじゃねェか……」


 フラつくのように前のめりに倒れ、そこから屋根を踏み込んで一気に加速するレイ。落下速度を遥かに超え、音速も超えた速度で落下する。踏み込みの速度が加わる事で落下に音速を超えた速さが出せるのだ。

 シュヴァルツには当然目視する事が出来ており、レイが近付く中で破壊魔術を纏って構える。


「はあ!」

「"破壊ブレイク"!」


 そして行われた、数度目となるぶつかり合い。その衝撃は街全体を駆け抜け、周りを崩壊させる。なるべく街は巻き込まないようにしたいレイだが、こればかりは不可抗力だろう。最も、レイの斬撃は破壊魔術をいなしているだけなので破壊魔術が大半の原因だが。

 しかしながら、完全に消滅させる事が出来ず、攻撃をいなさざるを得ないレイは自身の実力不足にさいなまれている。おそらくライならばもっと被害を抑えながら破壊魔術を破壊していた事だろう。まあ街は結局崩落する事に変わりはないのだが。


「クク、どうやら純粋な力はまだ俺の方が上みてェだな。いや、もしかしたら既に超えているのかも知れねェが……その力を出せずに居るってところか?」


「……っ」


 どちらの力が上なのか、それはレイ自身にも分からない事である。素の状態では圧倒的に劣るだろう。性別の問題もあるが、生まれついて持った力の差によるものだ。

 血縁的なものからなる本来の力ならばレイの方が上という事は分かる。だが、レイはまだ力の半分。それどころか、何百分の一も出せていない状態。勇者の剣から力を得る事で本来の力に迫ってはいるが、少し先には進めない状態なのである。その壁を打ち砕いたその時、かつての勇者に匹敵する力は扱えるようになる筈なのだから。


「だったら無理矢理にでもじ開けて力を解放させつつ楽しむか、万全を喫させる為にも目覚める前に倒すか……テメェはどっちが良い?」


「力を目覚めさせつつ、貴方を還付無い程までに打ち倒す……!」


「クク……前者か」


 だったらその力を解放させない訳にはいかない。なのでレイはシュヴァルツの言葉に返答し、集中してけしかけた。

 踏み込むと同時に斬り付け、シュヴァルツはそれを破壊魔術で防げなくとも一瞬の隙を作って逃れる。レイは更に追撃し、勇者の剣を突きつつ天叢雲剣あまのむらくものつるぎを薙ぐ。決定打を与えられるのが勇者の剣だけだったので片手に持ちつつも天叢雲剣は使っていなかったが、避けた瞬間には必ず隙が生まれるものだ。だからこそレイはその隙に相手の意識を勇者の剣に向けさせ、天叢雲剣でその隙を突いたのである。

 だがシュヴァルツの咄嗟の判断も中々のものだろう。天叢雲剣にも掠りはしたが身を引いて直撃は避けた。判断力と反射神経は流石という事だ。

 刀剣と破壊。周りを斬り砕くそれらの攻防が高速で織り成される中、アナトリーとハリーフの戦闘も続いていた。


「"無数の槍アダド・ラー・ニハイィ・ハルバ"!」


「はああ!」


 一斉に放たれた無数の槍を刀一つで受け止めて防ぎ、槍の弾幕を潜り抜けてハリーフの身体を斬り付ける。


『『『…………!』 』』

「……っ。不死身の兵士……!」

「危なかったですね」


 そんなアナトリーの刀は生物兵器の兵士達が肉壁となって防いだ。レイの剣でなければ即座に再生する生物兵器の兵士達。主人であるハリーフなどを護る為の肉壁には最適な能力を秘めている。

 ライたちのような主力クラスにとっては簡単に砕ける身体だが、生物兵器は常人に比べて強靭な肉体を持っている。他の兵士達がその身体を破壊しても主力クラスの攻撃より直ぐに再生する理由がそれだ。


「"ハルバ"!」

「……っ。味方の兵士を……!」


 生物兵器を盾として防御に使ったハリーフはその場で槍魔術を形成し、盾である生物兵器を貫いて目に見えぬ位置からけしかけた。

 突然の攻撃に思わずたじろぐアナトリーだが即座に立て直し、刀を構えて全ての槍を斬り弾いた。


「正直驚いた。正義感のある者なら、何故味方を盾にする! ……とでも言うだろうな。しかし、見たところ意思も無い、不死身の兵士にそんな事は関係無いという事か」


「そうですね。貫いた傷も即座に再生しますし、そもそも痛覚のような兵器として無駄な感覚は遮断していますから。というか、生物兵器に五感は不要。自分が何処で何をしているのかも分からない。ただの傀儡として行動しているのですよ。まあ、傀儡も傀儡でたまに精霊や神霊が宿って動き出す事もありますが、この生物兵器の兵士達にそんな心配は無いでしょう」


「それだけなら別に何とも思わないが、元々が普通の人間。もしくは君と同じ魔族と考えたら気分が悪くなるな。さっさと終わらせよう」


 ハリーフの言葉を聞き、気分が害されたアナトリーは刀を握り締めて踏み込む。それと同時に生物兵器の兵士達も斬り付け、鋭い一閃がハリーフに掠った。


「……! 成る程……感情など無用と考えていましたが……感情が昂る事で力が上がる事もあるようです。まあ、感情に支配されて冷静さを欠いたらその時点で終わり。冷静に昂る感情を抑えながらけしかける。難しい荒業ですけどそれを実行出来るとは流石のリーダーだ」


「馬鹿にされているようにしか聞こえないな!」


 ハリーフの言葉に苛立ちながら返し、刀を薙ぐアナトリー。ハリーフは槍魔術でそれを防ぎ、刀と槍魔術の剣戟けんげきが織り成される。

 槍を片手に振り回してけしかけ、その全てを刀で受ける。槍の刃と刀の剣尖がぶつかり合い、火花と魔力を散らす。正面からぶつかって二人は弾かれ、再び正面から迫り行く。


「はあ!」

「"ハルバ"!」


 刀と槍の衝突。そしてハリーフの背後から形成された槍が更に迫る。アナトリーはハリーフと近接戦闘を行いながらも複数の槍をいなし、身を翻してかわし、懐へと斬り込んで仕掛ける。


「そこだ!」

「……ッ!」


 そして、確かな一撃が入った。

 ハリーフが槍魔術に集中していた事もあり、注意が疎かになったところで刀が突き刺さったのだ。そのまま横に薙いで切り裂き、ハリーフは吐血して斬られた脇腹を抑える。そこからは真っ赤な鮮血が緩やかに、止まる気配無く流れていた。


「まさか……受けてしまうとは……ッ! ざけんじゃねえぞクソが……!」


「……!」


 そして、そんなハリーフの変わり様に驚愕の表情を浮かべるアナトリー。

 そう、アナトリーを含めて大多数は知らないが、ハリーフはたまにキレる。そうなると普段の冷静さが無くなり、見境も無くなってしまうのだ。

 先程ハリーフ本人が言っていた冷静さを欠いたらその時点で終わりという言葉。それはもしかすれば、この癖を直したいと考えているからこそ出た言葉なのかもしれない。


「あーあ、ハリーフの奴キレちまったか。こうなると面倒だな。勢い余って殺しちまうかも知れねェ。住人とかも生かしておくのが俺たちの考えなんだけどな。まあ後々は死ぬ事になるかも知れねェけど」


「……?」


 ハリーフの様子を見やり、頭を掻きながら破壊魔術を収めるシュヴァルツ。攻撃手段である破壊魔術を使わなくなったのを見たレイも警戒と集中はしつつ、勇者の剣を少し緩める。

 そんなレイを一瞥したシュヴァルツは周りを見渡し、少し考える素振りを見せて頷いた。


「……。はあ、しゃーねーか。何時もは冷静なハリーフがこの様じゃな。こういう時は俺が冷静にその場の状況を判断する役割を担わなくちゃならねェんだな」


「何を言っているの……?」


「あ? 皆まで言わせるなよ。何か逃げてばかりで満足する戦いが出来てねェんだからな。……要するに、また、一旦この場は離脱するって事だよ。テメェら主力は問題ねェと思うが、住人や普通の兵士はそうじゃねェからな。ハリーフの手によって殺される未来が容易に想像出来らァ」


 どうやらシュヴァルツは、非常に不本意ながらもこの場を離脱するらしい。

 本人もまともに決着が付いた事の少なさを嘆いているようだが、あくまで自分の楽しみより目的を優先して行動を起こさなくてはならない。侵略者という存在も大変なものである。


「逃がさない! ……って言いたいけど、どうせ何時もみたいにこんな時の為に逃げる準備は終わっているんだよね」


「ああ。いつ何時なんどき不測の事態が起こるかは分からねェ。その為の準備は多過ぎるんじゃね? って思うくらいに用意しておかなきゃならねェからな。俺、案外考えてんのよ」


 それだけ言い、一瞬だけ纏った破壊魔術で空間を砕き、空間を移動する不可視の移動術で消える。困惑しているアナトリーを余所にハリーフも連れ去り、その場には吹き抜ける風と崩れた瓦礫の欠片が落ちる音。そして辺りを包み込む静寂のみが残った。


「消えた……」

「終わりのようです。もう東側に気配は感じません」

「あ、そうなのか。……そう言えば兵士達も居なくなっているな……」


 突然キレたハリーフと消えた二人。そして訪れた静寂によってより激しい困惑の渦が脳裏を渦巻くアナトリーは、よく分からないながらもレイに説明されて納得する。生物兵器の兵士達も消えたらしい。


「けど、まだ終わりではありません。他の場所でも戦いは起こっている筈ですから」


「あ、ああ、そうだな。遠くで爆発音も聞こえる。急がなくては」


 東側の決着は一応付いたが、まだ戦争は終わっていない。他の頭と違って街の事をしっかりと考えているアナトリーは困惑を振り切り、レイと共に別の戦場に向かう。

 "ポレモス・フレニティダ"東側の戦い。それは、ハリーフがキレた事でシュヴァルツが状況判断をすると共に立ち去って終わりを迎えるのだった。

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