七百四十六話 主力達の戦い・東側
「はあ!」
「やあ!」
「"破壊"!」
「"槍"!」
ライとグラオ達。ヘルメス達が相対する中、東側ではレイとアナトリー。シュヴァルツとハリーフが攻防を繰り広げていた。
レイとアナトリーが斬撃を飛ばして牽制し、シュヴァルツの破壊魔術とハリーフの槍魔術がそれらを粉砕する。斬撃と魔力の欠片を抜け、レイとアナトリーはシュヴァルツ、ハリーフに迫った。
「何も言わなくても魔術は発動出来るんだろうけど、力は弱まる。言ったら言ったでその分遅れが生じる……だから、正面から攻める!」
「ハッ、ご丁寧に説明してくれるなんて随分と優しいな! んじゃ、礼代わりに破壊してやるよ!」
高速で迫るレイに対し、無詠唱で破壊魔術を放つシュヴァルツ。レイは破壊を見切って躱し、砕けた空間を背に加速した。そのまま剣を振り上げ、シュヴァルツに向けて勢いよく振り下ろす。それをシュヴァルツは破壊魔術で弾き、レイの死角に回り込んで破壊魔術を脇腹に放つ。
「……!」
「避けたか……!」
その破壊を掻い潜り、レイは振り上げるように剣を薙ぐ。対するシュヴァルツは飛び退いて避けた。
一瞬の攻防で二人の距離は離れるがレイが即座に詰め寄り、剣尖を突いて嗾ける。それも避けられるが想定内。そのまま横に薙いで斬り付け、その斬撃を仰け反って避けたシュヴァルツに向けて剣を振り下ろす。シュヴァルツは転がるようにそれも躱し、破壊の力を込めるが間髪入れずにレイは剣を突き刺した。
「……ッ! 直撃は避けたが……随分と荒々しい猛攻じゃねェか……」
「当たり前。本気で貴方達を倒すつもりだから!」
その剣はシュヴァルツの脇腹を掠る。十センチ程斬り込めたが即座に離れて更に刺し込むのを防がれたので大したダメージは負っていないようだ。
しかし脇腹を押さえており、その脇腹から緩やかな鮮血がトクトクと流れているのを見ると確かな苦痛は与えられたらしい。
だが、シュヴァルツとてそれなりの修羅場を歩んでいる存在。この程度の痛みでは動きに変化は無い。もしくは動きが更に鋭くなる事だろう。あまり良い結果は出せなかった。
「レイは向こうを相手しているか。なら、私は君を相手にすれば良いのかな?」
「さあ、どうでしょうね。私的には大人しく降伏してくれるのが一番有り難いのですけど……貴女のその動き、素直に合格と呼べる代物ですからね」
「合格? さっきも言っていたな。そうか、街の住人を攫う理由はそれが基準のようだな。兵士を集めていると言ったところか」
「ええ、そうです。優秀な者を集めて理想郷を創るというのが私たちの目標。貴女はそれに合格したので、好戦的という理由でも無い限り私たちと戦わなくとも良いのですが……」
「断る。つまりそれは、街の住人には危害が及ぶという事だからな。一応チームのリーダーをやっている手前、大衆に手は出させない!」
ハリーフの言葉に返し、刀を握り締めて駆け出した。
東側を治めるチームリーダーのアナトリーは、東側のみならず"ポレモス・フレニティダ"全体を視野に入れて行動を起こしている。どうしても他のチームと抗争になるのは避けられないが、おそらくこの街で一、二を争う程に街の事を考えているのだろう。だからこそ、ハリーフの言う理想郷の為に必要な犠牲をこれ以上街で出す訳にはいかないのだ。
「見たところ、君は敵の主力の中でも弱い方だろう。確かな力は持っているが、組織の主力の中では下から数えた方が早い位置に居ると推測出来る。それなら、私の敵は他の場所よりも簡単に倒せるという事だ」
「まあ、当たってはいますね。私は比較的穏健派ですので。多分私の種族、魔族の中でも好戦的では無いと思いますよ」
「なら、私の言葉は正しいという訳だ。さっさと決めさせて貰う!」
質問しながら刀を振るい、ハリーフは槍魔術でそれらを受ける。槍魔術は飛ばすだけでなく普通の槍と同等に扱う事の出来る魔術だ。なのでハリーフ自身の実力も相まって剣戟を行えるのだろう。
しかし近接戦ではより多くの場を踏んできたアナトリーに分がある。ハリーフはそれを踏まえ、槍の射程圏内の中距離に陣取ってアナトリーを近付けさせぬように迎撃していた。
『『『…………!』』』
「「……! 邪魔!」」
そんなレイとアナトリーに向け、新たな生物兵器の兵士達も嗾ける。剣や槍を構えた近接戦闘中心の生物兵器を二人は斬り捨て、正面に迫っていたシュヴァルツ、ハリーフへ剣と刀を振るって牽制する。
破壊魔術と勇者の剣。槍魔術と刀。ぶつかり合ったそれらは次の瞬間に弾き飛ばされ、四人は互いに向き合う形となった。
「そういや、生物兵器の邪魔が入っちまうな。俺的には個人で戦りたいところだが……」
「別に良いんじゃないですか? まあ、元々殺す戦いではないので私は生物兵器を戦わせるのも悪くないと思いますけど。隙も生まれるし此方としても優位に立てる」
「……! もう再生しているのか……」
この勝負では生物兵器を使いたくないシュヴァルツと、使った方が効率良く目的を実行出来ると話すハリーフ。既にアナトリーの斬った生物兵器は再生を始めており、それを見て戦慄く。
しかしふと、アナトリーは気になった事をレイに訊ねる。
「ところでレイ。何故君が斬った生物兵器は再生しないんだ?」
それはレイが。厳密に言えばレイの持つ勇者の剣で斬った生物兵器の兵士達はそのまま絶命している事について。
あれ程までに切り刻んでも再生する生物兵器の兵士達。そんな生物兵器が微動だにせず倒れ伏せたままなのが疑問なのだろう。生物兵器の不死身性を知ったアナトリーからすれば当然の疑問だ。
レイは少し考えてからアナトリーに説明する。
「えーと……あ、そうそう。この剣には不死身無効化の力が備わっているんです! それでこの兵士達も倒せたって事です!」
「不死身の無効化……この国に居る他の幹部が使うハルパーのような力か。成る程、合点はいく……」
その返答は、不死身を無効にする力が宿されているとだけ告げた。流石に勇者の剣の事を教えては騒ぎになるのでそれを避ける為にそう告げたのだ。
この世界では何かを無効にする力というものも存在している。アナトリーの言うハルパーもその一つだ。なので本人は納得したらしい。事実、レイの言っている事は強ち間違いではない。神話や伝承に伝わっている武器。誰かが想像するような、この世に存在しない架空の最強の武器。その全てを遥かに超越している勇者の剣には全てを無効化する力も付与されているからだ。
アナトリーを納得させる事に成功したレイは改めてシュヴァルツとハリーフ。そして生物兵器に向き直る。その一方で、シュヴァルツとハリーフの会話も終わったらしい。
「んじゃ、俺は一対一でやる。テメェは生物兵器を使いつつ自身も前線に出る戦い方だ」
「うん。それが良い。実際、私一人では掛かる負担が大きいからね」
その様子を見る限り、レイとアナトリーが会話している時に攻めて来なかったのは生物兵器を使うか否かの話し合いをしていたらしい。
主人が自分達の使用云々を決める話し合いをしていたので生物兵器の兵士達もレイとアナトリーに手を出さずその場に留まって待機していたのだろう。何とも律儀なものである。
「向こうも丁度話し合いが終わったみたいですね」
「その様だな。此方もそろそろ嗾けるか」
そんな二人の様子を見やり、レイとアナトリーは行動に移す。
自分たちとほぼ同じタイミングで終わった向こうの話し合い。それを見計らって剣と刀を握り締めながら加速した。
「やあ!」
「っと……!」
走り寄ると同時に勇者の剣を斜めに振り下ろし、シュヴァルツは紙一重で躱す。レイはそこから更に踏み込み、振り下ろした体勢のまま勇者の剣を振り下ろした方向とは逆方向の横に薙いだ。
だがシュヴァルツはそれも見切って躱し、悪い体勢のまま魔力を込める。それと同時にレイの胸目掛けて破壊魔術を放った。
「"破壊"!」
「……!」
その破壊魔術は勇者の剣で受け止め、流動されて周りの空間が砕け散る。同時にシュヴァルツはもう片方の手へ即座に魔力を込め、曲線を描きつつ内側に向けて掛けるような一撃を放った。
それも何とか躱したレイは天叢雲剣も腰から抜き、二刀流となってシュヴァルツに向き直る。
「はあ!」
「ハッ!」
勇者の剣と天叢雲剣を交差するように同時に振り下ろし、両手に破壊魔術を纏ったシュヴァルツが素手で受け止める。様々な力を宿す勇者の剣は破壊魔術でも触れられないだろうが、空間を砕き緩衝材のような隙間を創る事で防いでいるのだ。
そのままその刀剣を弾き、破壊魔術を纏った状態で懐に潜り込んだ。が、レイは飛び退いて距離を置き、中距離から斬撃を放って牽制。それを破壊魔術で防ぎ、周囲の建物が斬れて粉砕した。
「はっ!」
「この早さ、やはり近接戦は挑まない方が得策か」
『『『…………!』』』
レイとシュヴァルツの方で建物が粉砕して轟音と粉塵が舞い上がる中、アナトリーの刀を避けたハリーフが生物兵器に指示を出して向かわせる。刹那に生物兵器を粉微塵に斬り捨てたアナトリーはハリーフの元へ向かい、ハリーフが槍魔術で迎え撃つ。
「幹部や側近以外の人間に君のような者が居たとはね。それもこの街に五人居る。私たちが望んでいた達人クラスが君のような者達なのですよ。"槍"!」
「ふん、興味ないな。理想郷と暗黒郷は表裏一体だ。お前達の言う理想郷は自分に都合の悪い者達を排除しただけの世界だろ」
「そうかもしれないですね。けど、優秀な者はどんなに反発しても生かして理想郷に参加させる予定……悪くないと思いますけど」
「尚更断る! 仲間達が消えた世界で優秀な者達だけが残ってもつまらないからな!」
ハリーフ達の言う理想郷。それの誘いである申し出を即座に断り、踏み込みと共に肉迫した。
刀と槍魔術が正面からぶつかり合い、衝撃波と共に魔力の欠片を散らす。崩れた建物と割れた歩廊。それら全てが更に崩壊を起こし、街中に嵐のような波が散りゆく。刹那に周囲へ迸り、瓦礫を舞い上げて再び二人は衝突した。
「クク、案外向こうも盛り上がってるみたいだな。だが、流石はチームの頭。生物兵器を仕掛けても倒せはしないが、数分は行動不能に出来るみてェだ」
「余所見している余裕なんてあるの?」
「あァ、ねェな」
レイの相手をしつつ、アナトリーとハリーフのやり取りを楽しそうに見やるシュヴァルツ。当然そこまでの余裕はないのだが、本人の性格からして楽しそうな事柄には引かれやすいのだろう。
レイは気にせず勇者の剣を振るって嗾け、シュヴァルツはそれを受ける。レイとアナトリー。シュヴァルツとハリーフ&生物兵器の兵士達。主力四人はほぼ互角の鬩ぎ合いをし、様々な体勢を取りつつ様々な方向に進んだ結果、互いが互いに弾かれるよう背中合わせに向き直った。
「アナトリーさん。向こうも大変そうですね。此方としても早く片付けられたら手伝いたいのですけど……」
「気にするな。その気持ちは私も同じだからな。思ったよりも手強い……いや、他の街々を落としている事を考えれば当然の強さという事だろう……」
シュヴァルツとハリーフを前に、背中合わせで会話をするレイとアナトリー。二人は互いを手助けしたい気持ちはあるが、思ったよりも優位に立てない現状に牴牾しさを感じているようだ。
特にレイはライたちとの旅で旅立った当初よりも遥かに強い力を見に付けた。それでもシュヴァルツとほぼ互角の今、自分の実力不足を犇々と感じていた。
(このままじゃ駄目だ……ライたちの力になる為にも……もっと強くならなくちゃ……!)
勇者の剣を持つ者は、間接的に勇者の力が宿る。それは血縁者のような生まれついて決められた者だけの特権であり、ライにも扱えない力。今まではダメージの蓄積などで初めてその力が解放されたが、それを自分の意思で使えるようにならなければ意味が無いだろう。
今でも微量のものは扱え、支配者に匹敵するかもしれない力は使える。だが、かつての勇者の力はそれの遥か上を行くもの。だからこそレイは、その力を無理矢理引き起こした。
「はあ!!」
「……! レイ!?」
突然の声にビクッと肩を震わせて反応を示すアナトリー。レイは気にせずシュヴァルツに向かって駆け出し、その距離を一気に詰め寄った。
「クク……さっきより速ェじゃねェか」
(集中して……シュヴァルツを討つ!)
シュヴァルツの言葉には返さず、そちらに向けて集中しながら勇者の剣を振るう。それの影響があったのか、レイの動きには少し鋭さが増していた。
「……。私も負けていられないな。はあああ!!」
そんなレイに感化されたアナトリーが力を込めてハリーフと生物兵器達に向けて駆け出す。ハリーフは槍魔術を形成しつつ、アナトリーに疑問を投げ掛けた。
「声を上げれば強くなるのですか?」
「フッ、知らないのか? 人は声を上げたり応援されると少し力が上がるんだ」
「フム、まあ別に構いませんけど」
それは俗に言うシャウト効果というものだ。人は声を上げる事で脳の制御を少しだけ解き放つ事が出来る。この場合の気合いの声はシャウト効果とも少し違う気もするが、本人が乗っているのでそれは置いといても良いだろう。
何はともあれ、レイとシュヴァルツ。アナトリーとハリーフの戦闘もより激しさと騒がしさを増して続く。四人の織り成す戦闘は、終盤へと差し掛かっていた。