七百四十四話 中心街・中心街の頭
──"ポレモス・フレニティダ・中心街"。
此処は"ポレモス・フレニティダ"の中心街。普段はこの全区域で一番賑わっている場所であり、良くも悪くも活気に溢れた場所である。
しかし現在の中心街は、喧騒と悲鳴が広がる地獄のような世界と化していた。
突如として街全体に現れた兵士達。殺しても殺せぬその存在は人々の脅威に他ならない。次々と現れては街を破壊し人々を攫う生物兵器の兵士。幹部が居る事もあって中心街に人々は避難していたが、その幹部は行動に移っていない。なので逃げ惑う人々で溢れ返っていた。
「アレス。一つ聞きたいんだが、君は動かないのか?」
「あ? 別に俺様が動かなきゃいけない理由はねえだろ。この街の奴等は日々鍛えられているからな。この程度じゃ動じねえよ」
「現在進行形で悲鳴と狂騒が広がっているように見えるけどな」
「気のせいだ。それに、あんな雑魚共ならチームの頭が何とかしてくれるだろうよ。侵略者が来たら動くって言ったが、主力クラスじゃねえとやる気も出ねえ」
「やれやれ。相変わらずだな」
城からその様な光景を見下ろすのは"ポレモス・フレニティダ"の幹部であるアレスと手伝いに来ている支配者直属の部下ヘルメス。
アレスはやる気を見せずにダラけており、ヘルメスは呆れるように肩を落としていた。
「まあ、アレスは行かなくても良いさ。一応命令だから、俺一人で行くとしよう」
「そうか。んじゃ、気ぃ付けろよ。っても、心配は要らないか? いや、敵の主力が出てきたらお前は簡単に負けちまうかも知れねえな。その場合は俺様も駆け付ける予定だが」
「それはその時次第だ。というか、態々事が起こってから駆け付けるより適当に暴れた方が敵の主力と出会える可能性も高いと思うけどな」
「確かにそうかもな。だが、やっぱり駆け付けるならピンチに駆け付けた方が格好良さげだろ? 男ならロマンを求めなくちゃな」
「ロマンで街が滅びたら洒落にならないと思うけどな。国に及ぶ損害も多くなる。国を経営するに当たってその点を弁えなくちゃな」
それだけ言い、ヘルメスはアレスの城から街の方へと向かう。支配者の命令でなくては動かなかったのだろうが、命令を受けたからにはそれに従うのが役目である。
街の方は既に被害が出ている。なので命令に従い、自分の街ではなくとも街の防衛を行う為に進んだ。
*****
「うーん、ハズレを引いちゃったかな。強い人が居ないや」
アレスが自分の城で寛ぎ、ヘルメスが中心街に向かう途中、中心街にはヴァイス達の中でも随一の実力者である主力、グラオ・カオスがやって来ていた。
しかしグラオは街の様子に退屈しているらしい。というのも、グラオが何をせずとも生物兵器の兵士だけで街の制圧に事足りている現状が心底つまらないのだろう。
「あ、君達。攫った人達は拠点に運んでいて。僕は此処でのんびりしているから」
『『『…………』』』
「クソッ! 離せ!」
「何をする……!?」
グラオの言葉に無言で頷いて制圧を進める生物兵器の兵士達。その途中で回収した人間達は拠点に運んで生物兵器の材料にするのが目的だ。
当然本人達も暴れているが、生物兵器の手は微動だにしない。それもその筈、そもそも力が違い過ぎるのでただの人間ではどうしても逃れる事は出来ないだろう。
「何だか騒がしいから来てみれば、どうやらこの兵士達とは違う存在が居るようだな」
「……! おや、面白そうな人が来たね……」
その様に退屈しているグラオの前に、片手に酒瓶。片手に生物兵器達の残骸を持った男性が姿を現した。片手に持たれている生物兵器は生きているが、見動きは取れないように拘束されている状態。この男性が中々の強者である事は一目見て分かった。
酒瓶と生物兵器を持つ男性は生物兵器の残骸を捨て、この街の者達を連れ去ろうとしている生物兵器の前に一瞬で移動した。
「街の者は返して貰おうか」
『『『…………!』』』
刹那に生物兵器を分解し、鮮血と肉片を散らしながら攫われた人々を救出した。グラオならそれを止める事も出来たが、既に興味はこの男性に移っている。然程興味の無い材料などどうでもいいと言った表情で男性を見ながら笑っていた。
「ハハ、やっぱりそこそこやるみたいだね。けど、あの兵士達は直ぐに再生しちゃうよ?」
「まあそうなんだろうな。さっき捨てた兵士も既に再生を始めている。頭と身体を切り離して別々の場所に置いたが、身体が生えているな」
「まあ分裂とかはしないから。君が捨てた方の身体は自然に消滅すると思うよ? ああ後、君とは楽しみたいから生物兵器の兵士達は別の場所に向かわせてあげるよ」
「それもそれで迷惑だが、お前を放って置いた方が厄介になりそうだ。よってその条件を飲むとしよう」
グラオは自分が楽しむ事が第一優先。故に、生物兵器の兵士達には手出しをさせないらしい。
それでも街には多大なる被害が被るだろう。しかしグラオという一目見ただけで危険と分かる存在の足止めが出来るなら利点の方が多い。だからこそ男性はグラオの相手をする事にした。
「僕の名前はグラオ。名前を知っただけで操ったり殺す力は持っていないから君も名乗りな。それが礼儀だからね。まあ、名乗らないなら名乗らなくても良いけど」
「侵略者が上から物を言うな。しかし、まあ名乗るくらいなら良いか。俺の名は『メソン』。中心街でチームの頭をやっている者だ。好きな物は酒。嫌いな物はまあ色々だ」
「そうかい。じゃあ、僕の好き嫌いも教えておこうかな。好きなものは楽しい事。嫌いなものは退屈かな」
それだけ告げ、二人は構える。瞬間的に軽い雰囲気から一変、場に重い空気と威圧感が広がった。常人や一般兵士ではその場に立つ事すら出来ないこの状況、メソンが望むは中心街の住人が誰も入って来ない事だけである。
「取り敢えず、僕から攻めておこうか?」
次の瞬間、グラオは一気に駆け出し、刹那の間にメソンの眼前へと迫った。
「速いな。それも、軽く踏み込んだだけでこの速度か」
「ハハ、それを避ける君も君だけどね」
迫った瞬間に放たれたグラオの拳。それをメソンは紙一重で躱してその速度を推測する。
これ程の速さで攻められては近距離で避けても衝撃波が全身を覆い尽くす筈。それが無いという事は、メソンは肉体的にも強靭と呼べる代物なのだろう。そのまま踏み込み、グラオに向けて回し蹴りを放った。
「おっと。中々鋭い蹴りだね」
「軽く避けられてから言われても皮肉にしか聞こえないな」
「皮肉さ。実際ね」
「そうだろうな」
放たれた蹴りを避けた瞬間に裏拳を打ち付け、メソンは回転途中であるグラオの腕を足場にそれを躱す。そのまま背後に回り込んで逆に裏拳を放ち、グラオは片手でそれを受け止めた。同時に手を掴み、自分の方向に引き寄せてメソンの腹部へ蹴りを叩き込んだ。
「……ッ!」
「手応えあり」
それによって怯んだ姿を確認し、続くように蹴りを差し込む。勢いよく蹴られたメソンは吹き飛び、複数の建物を粉砕して数キロ程に飛ばされた。
グラオが軽い蹴りを放っていなければ何万キロ飛ばされていたのか検討も付かない。その飛ばされた方向では、瓦礫の山からメソンが割れた酒瓶と共に姿を現す。
「あーあ、勿体無い。折角の酒が無くなっちまったよ」
「まあ、お酒ならまた買えば良いさ。何なら自分で作れば良い。物を創るって事柄には詳しいよ、僕はね」
「そうか。だが、やっぱ戦闘途中に飲む酒が格別なんだ。惜しい事をした」
肉体的なダメージはかなりあるだろう。しかしメソンは、その事よりも酒の心配をしていた。
それ程までに酒が飲みたいならせめて何処かに置いておけば良かったのかもしれないが、戦闘の途中で飲むのが好きなので常に持っていたらしい。何ともまあ、呆れた男である。
「まあ、無くなったなら仕方無い。後で買うとして、目の前のお前を倒さなくちゃならないな」
「勝てるのかい? 君一人じゃ、絶対に勝てないよ。今の攻防で実力差は明らかになったからね。だからそれは確定事項さ。お酒を持っていた両手のハンデを抜きにしてもね」
「そうだろうな。予想以上に手強かった。この街の幹部以上はあるだろう。──だが、もう一つの強い気配が此方に向かっている。味方なら良いが」
「ハハ、確かにそうだね。多分ライたちの誰かかこの国の幹部だと思うけど、後者かな。ライたちの気配は至るところに散らばっているしもっと強いからね」
実力の差は明白。それはグラオもメソンも理解している事。しかしこの二人は此方に近付いている一つの気配に気付き、その事について話していた。
その気配が誰なのかは分からないが、大凡の検討は付く。グラオの予想では少なくともライたちじゃない。アレスかどうかは不明だが、人間の国の誰からしい。二人は互いに睨み合いながらその気配が到着するのを待ち、気配の持ち主は次の瞬間に現れた。
「お前は確かチームリーダーのメソンだったか。そしてもう一人は灰髪の侵略者……過激派組織の一人か」
「君は……ヘルメスだっけ。会った事はないけど噂は聞いているよ。て言うか、人間の国の幹部は先代になら全員に会っている」
「先代の幹部様方に会っている? 何者だお前。そうなるとかなりの長寿か、相当高い身分の者になるぞ」
その持ち主、ヘルメス。
そんなヘルメスは先代の幹部などに会った事があると告げるグラオの言葉に反応を示し、怪訝そうな表情でグラオを見やる。神の領域に踏み込めば、その瞬間に寿命はとてつもなく長くなる。常人が七、八十年ならばその十倍から百倍と様々だ。
なので現在の幹部に代わったのが数十年程度前だとしても、今の幹部達もそれなりの年齢にはなっている。だが、その先代に会っているとなればグラオもかなりの長寿という事になるのだ。
グラオは軽く笑って返す。
「まあ、そんな事はどうでもいいじゃないか。仮に僕が長寿で高い身分。それこそ、神様のような存在だったら君はどうするんだい?」
「無論、国に仇為す者は討ち仕留めるまでだ。お前が何者だろうと、今のこの国はゼウス様のものだからな……!」
「そゆこと。僕が何者だろうと関係無い。君達が何者だろうと関係無い。ただ単に僕を楽しませてくれる存在なのか、それだけが重要さ」
グラオの質問に返しつつ懐に手を入れ、不死をも殺せるハルパーを取り出すヘルメス。まだヘルメスにグラオの実力の程は分かっていないが、グラオが只者ではないのは一目見て分かる事。だからこそ始めから全力なのだろう。
取り出した瞬間にヘルメスは加速し、疾風迅雷の速度でグラオへ嗾けた。
「ハッ!」
「へえ、疾いね。流石は神々の伝達係」
目にも止まらぬ速度で放たれたハルパーをグラオは紙一重で躱し、素直な感想を述べる。まだまだ余裕はあるようだが、それはヘルメスにとって関係無い。気にせずヘルメスはハルパーを振るった。
「お前に褒められても嬉しくなんかない」
「ハハ、そう」
上段に振るわれたハルパーをしゃがんで避ける。流れるようにヘルメスの下段に足を差し込み、その足を掬うように蹴り抜いた。
ヘルメスはそれによってバランスが崩れる。そこを突き、脇腹を蹴り上げて空中に舞い上げた。
「だけど、そこまで戦闘向きって訳じゃないみたいだね」
「……ッ!」
そのまま空中から横回し蹴りで腹部を蹴り抜き、高速で落下して街の岩盤を浮き上げる。そこから連鎖するように街が崩壊を起こし、辺りには瓦礫の山を築いた。
「メソンにヘルメス。悪くないね。君達なら余裕で合格を受けられるだろうさ」
「合格……? 成る程な……。そうやって選別をしているのか……。選ぶ基準は強さ……」
「敵に合格を貰っても嬉しくないな」
腹部を押さえながら、軽く吐血しつつグラオの言葉から目的を推測するヘルメスと、言い渡された合格を一蹴するメソン。力の差は歴然。圧倒的にグラオの方が上のようだ。
それもその筈。原初にして混沌の神カオスと神々の伝達係。そして幹部の治める街の一チームのリーダーでは差が生まれるのも必然である。
「まあ……そろそろこの街の幹部も動くだろうな。この機会を楽しみにしていた」
「へえ? アレスの事か。僕も一回会っているよ。彼が来たら三対一。うん。丁度良いかもね」
フラつきながらも立ち上がり、グラオに視線を向けつつアレスもそろそろ行動に移るだろうと確信するヘルメス。実際、今の少ない攻防だけで街に大きな被害が及んでいる。それなら楽しみたいアレスが動いてもおかしくないだろう。
それならそれで寧ろ丁度良いと、グラオは楽しそうに笑っていた。
人間の国"ポレモス・フレニティダ"の最も賑わっている中心街にて、グラオと主力の戦闘が始まった。